「いいか。テリタマたちはいなかったけど、作戦は昨日と同じだ」
 カラテカさんが僕らを前に言う。
「体操場の照明を消して、黒い糸で足を引っかける。んで、転んだところをガムテープでぐるぐる巻きにしちまう、と。ここまでは俺が一人ずつ引っ張ってくる。いいな?」
 僕らが頷くと、カラテカさんは校内へと向かった。
 体操場には僕、リリパット、テリタマさん、それにゼファーと、他に二人ばかり残っている。
 とはいえ、実際に教師と戦う勇気を持っているのは、僕とリリパットくらいだ。
 そこで、ゼファーは体操場の真ん中に立たせ、懐中電灯でヤツを照らす作戦にした。恨みを持たれているゼファーならーー教師がそうと認識しているかは不明だけどーーとにかくターゲットにはなりやすいだろう、という考えからだ。
 それに、ゼファーの顔を照らすことで、かえって足元の暗さは際立つ。扉のところにピンと張られた黒い糸なんて、知っていないと気づきようがない。
 テリタマさんと他の二人は壇の方に隠れている。特に怯えている二人は、とても戦力になるとは思えなかった。
 まあ、無理もない。彼女たちの反応は自然なものだ。ここは死が多すぎる。それも、残酷で無惨な死が。
 今日も片側に僕とリリパットが待機し、反対側は釘に引っかけてある。引っ張って足をかけるだけならこれで十分であると、昨日で証明済みだ。
「うまくいくでしょうか」
「阿久津にだって通じたんだ。たぶん大丈夫」
「だといいですけど……」
 不安そうな様子のリリパット。その頭をそっとなでてあげる。
「……ふふっ。あかりちゃん、本当は男の子でしょう」
「なんでそう思うの?」
「イケメンムーブです」
「そういうのは実際にイケメンがやるからそうなんだよ」
「私にはそう見えますよ」
 とん、と胸に頭を預けてくる。ほのかに甘い香りが漂うのは錯覚だろうか。
「心臓の音、聞こえます」
「じゃあ緊張してるのもバレバレだね」
「ふふっ。知ってます? 心臓の音って、f分の1揺らぎっていう波長があるんですよ。安心する音なんです」
「そうなんだ」
「赤ちゃんはお母さんの胸に抱かれているでしょう? 心臓の音が聞こえる方が、安心できるんです。人間の原初に刻まれた音……」
 原初の音か。
 今の僕には、かえって煩いくらいだけど。でも、リリパットが安心するというのなら、悪い気持ちにはならない。
 そのまましばし待っていると、校内からバタバタと足音が響いてきた。
 僕とリリパットは暗がりの中で顔を見合わせる。
「いくよ、リリパット」
「うん」
「せーのっ」
 二人で思いきり糸を引っ張りーー。
「ッ!?」
 ぶつりと、糸が、切れた。
「カラテカさん!! 失敗だ!!」
「なっ」
 僕が叫んでも、もう遅かった。室内にカラテカさんと全裸の女が飛び込む。
「テリタマさん!! 照明つけて!!」
 壇のところにいたテリタマさんが、慌てて照明のスイッチを入れる。室内が明るく照らされ、女の白い肌が浮かび上がった。
「う、ぁ……」
 焦点の合わない眼差し。虚空をつかもうとする手は、さながらゾンビのようで。
「どいてろ!!」
 カラテカさんが女に飛び蹴りをかます。だけど、昨日のように倒れたりはしない。
 見た目には10代の女の子なのに、なんて力……。
 しかも教師が扉側に立っている。横をすり抜けようとした時にひっかけられるだけでも殺されてしまうかもしれないと思うと、すり抜ける気も起きない。
「ちっ。学習してやがるのか。蹴りだけじゃ落とせないな……」
「カラテカさん……」
「上等だ。力があるからって女に負けっかよぉ!!」
 カラテカさんが仕掛ける。
 鋭い回し蹴り。教師は普通に食らうけど、倒れない。
「ちっ!」
 すぐさまカラテカさんも離れる。捕まったら終わりなんだ、無理に攻めることができない。
 さいわい、動きは鋭くない。カラテカさんなら十分に逃げきれるだろう。
 ……いや、本当なら、カラテカさんだけなら走って逃げきれるんじゃなかろうか。そうしないのは、僕らを守ってくれているんだ。
「僕は、守られてばかりだ」
 でも、このままじゃカラテカさんも、僕もーーリリパットも殺される。そんなのダメだ!
 まわりを探す。体操場の端に転がるモップが目に入った。
 僕はモップに飛びつくと、それを構えて教師に対峙する。
「手伝います」
「……死ぬぞバカ」
「バカで結構です! もう誰かが目の前で殺されるなんてウンザリだ!!」
 僕はモップをぎゅっと握ると、足に力を込める。
「でえええええええ!!」
 モップを思いきり突き出す。動きがにぶい教師にモップが当たる。
「ふっ!!」
 その瞬間、カラテカさんは跳んでいた。一回転する勢いを乗せた蹴りが教師の頭を弾き飛ばす。
「もういっちょう!!」
 倒れた教師を、カラテカさんは思いきり踏みつけた。しかしそれでも教師は動きを止めない。
「くっそ、背骨折る気合いだってのに……!」
「立ち上がります!」
「このッ!!」
 足を引っかけ、教師を倒す。
「仕方ねえ、このまま逃げっぞ!! 走れ!!」
 カラテカさんを先頭に体操場から飛び出そうとして、
「っ!?」
 カラテカさんが吹き飛び、転がされる。入り口にパッと血が飛び散った。
「な、に!?」
 入り口にーーもう一人、教師がいた。首が90度に曲がった女だ。
「いひっ」
 女は不自然に笑った。遅れてカラテカさんに追いついた裸の女が、その腕をへし折る。
「ぐっ……!! あかり、逃げろ!!」
「逃げろって言っても……!」
 きょろきょろと周囲を見渡す。この体操場は入り口がひとつ、逃げ場なんて……。
「こっちです!!」
 リリパットが手を振っていた。中庭側に面した窓……! ガラスがなくなっていて、隙間から外に出られる!
「あかりちゃん! もう逃げるしかありません!!」
 僕は一瞬だけ振り返った。カラテカさんが首折れと全裸、二人の教師に挟まれている。
「もう助かりません!!」
「っ!」
 そんなこと、言われるまでもなく理解できていたはずだ。ただ踏ん切りがつかなかっただけで。
 僕はぐっと奥歯を噛み締めると、前を向いて走り出す。そのまま逃げ出すことしかできなかった。