みんなで逃げて、どこかの教室に飛び込む。
 背中を壁に預け、息を整える。追いかけてくる足音は聞こえてこない。
「ふう」
 息を吐き、ようやく周囲を確認する余裕ができてきた。
 机と椅子が並ぶ普通の教室。黒板には何も書かれていなかった。
 部屋の中に逃げ込んだのは、僕とリリパット、テリタマさん、それに”メトロ”という名札をつけた一人。他の人たちは、どうやらはぐれてしまったらしい。
「四人か……」
 カラテカさんは、考えるまでもなくやられただろう。
 彼女がいなくなったのは控えめに言っても痛い。仲間を失う痛み、そしてそれ以上に、彼女は頼りになる人だった。格闘技をやっていたせいか、言葉に強さと自信が溢れていた。
 彼女とマジシャンさんを失った今、僕らは教師に対する切り札を失ったに等しい。対抗手段はもう残されていない。
 けどーー。
「まさか、糸が切れるなんて思っていませんでした」
 リリパットの言葉に、僕は首を横に振った。
「切れたんじゃない。切らされたんだ」
「切らされ、た?」
「糸が切れやすいように加工されていたんだと思う。だから引っ張っただけで切れた」
「……!?」
「だって、昨日は阿久津教諭を引っかけても切れなかったんだもの。彼より体重の軽い女性教諭を引っかけた程度で切れるはずがない」
「でも、そんなの誰が」
「……教師じゃない。教師は夜になってからしか活動できないから、今日の昼間に仕掛け直した糸に細工できたはずがないし、そもそもそれほど理性があるようには見えない」
「でも、他には」
「いるじゃないか。教師側だけど、自由に活動できる人。”卒業生”だ」
「ッ!」
 そう、他には考えられない。
 教師にできない以上、この学校にいるのは生徒と卒業生だけだ。けど、生徒が生徒の邪魔をすることは考えられない。
 つまり、犯人は卒業生しかありえない。
「しかも、あそこに糸を仕掛ける作戦は、あの場所にいた僕らだけしか知らない。犯人はあの中にいたんだ」
「それって……」
「そのうち、カラテカさんはありえない。ルールその5、教師は卒業生を襲わない。同じ理由で、襲われた僕も卒業生じゃないと証明できる」
「それじゃ」
「それと、細工をしたのはリリパットでもない。リリパットは僕とずっと一緒にいたから、そんな細工をしていないことは僕が証明できる」
 僕の目が、小柄な少女に向かう。
「犯人になりうるのは、テリタマさん。そして、あなたと一緒に隠れていたメンバー。それだけなんだ」
 僕の言葉に、テリタマさんは首を横に振った。
「そんなの偶然よ。たまたま糸が切れただけで、あの中に卒業生がいただなんて。暴論だわ」
「でも、他に考えようがないんだ。他の容疑者は考えられない。もちろん、数人の中から絞り込むのは難しいんだけど、一番怪しいのは……」
 メトロさんをはじめとする他のメンバーは、怯えきっていた。それが演技だったとしても、仕掛けなどに対して積極的に関わったわけじゃない。
 冷静に考えるなら、一番怪しいのはテリタマさんなんだ。
「……」
「言っておくけど、この場で申し開きが必要なのは僕じゃない。君の方だ、テリタマさん」
「なんですって?」
 僕はひとつ頷き、
「ここは暴力が一番強い場所だ。その場所において、君は容疑者となった。安全策は君を殺してしまうことなんだ。僕らにとって、生徒確定となったメンバーだけが生き残れば、他のメンバーは全滅した方が安全なんだからね」
「自分で、自分の潔白を証明しろっていうの?」
「そういうことになる」
「あなた、紳士的だと思っていたけど、とんだバーサーカーね」
「生き残るのに必死なだけだよ」
「ふうん。まあいいわ」
 テリタマさんは髪をかきあげ、
「ま、あなたが正解よ。あたしは卒業生」
「ひっ」
 案外と、あっさりと認めた。小さく悲鳴をあげたメトロさんが、じりじりと後ずさる。
「卒業生には裏ルールがあってね。”生徒を皆殺しにすること”が勝利条件なの」
「まあ、それは言われなくても想像がつくよ」
「そうでしょうね。で、あたしはあんたたちを皆殺しにするチャンスを狙ってた。積極的に教師と絡みに行くなんてチャンスだと思ったんだけどね。やったことも簡単よ、名札の安全ピンで糸を刺しただけ。ちょっとでもほつれたらラッキー程度のものだったんだけど」
「残念だったね」
「ええ、本当に。あんなところから脱出できるなんて思っていなかったわ」
 テリタマは首をすくめ、
「それで、どうするつもり? ここであたしを殺そうったって、あんたには何もできないでしょう。殺し合いになるなら、あたしは積極的に逃げるわ。途中で教師に乱入されたらあんたらが終わる」
「……質問させて欲しい。君はなぜ卒業生なんだ?」
「なぜ?」
「生徒のようにただ巻き込まれただけの人にも見えない。もっと堂々としているように見えるし、そもそも教師側の人間が普通の人というのも納得できない」
「ああ、そういうこと。あたしは、言うなれば死者よ」
「し、死者!?」
 テリタマはこくりと頷き、
「あたしも元はゲーム参加者なの。で、ここで惨殺された。その時は痛いし怖かったけど、死んでーー幽霊たちの一部になったのよ。そうなっちゃえば、むしろここは心地よいわ」
「こ、心地よい?」
「そうよ。ここでは姿かたちを自由にできる。醜い元の姿なんか捨てられる」
 テリタマは自分の胸に手を当て、
「生前のあたしはね、そりゃあブスだったわ。一重だし、目は小さくて鼻は上向きで、唇だってカサカサだった。おまけに背ばっかりでっかくて胸はなくて、裏じゃトーテムポールなんて渾名がついてたのよ」
 でも、とテリタマは続ける。
「ここでなら自分の望んだ姿でいられる! 可愛く、小さな自分でいられるのよ! それなら人を殺すくらいなんだっていうの!」
「あ、あんたは……」
「だってそうじゃない!? みんな自分の願いを叶えるために生きてる! でも! あたしの願いは生きたままじゃ叶えようがなかった! ここが今のあたしが生きるべき場所なの!! そのためになら、何十何百って殺しても構わないわ!!」
 ……狂ってしまっている。
 ここの環境なのか。あるいは、彼女は元からそうだったのか。それは分からない。
 ひとつ分かることは、彼女はもうまともな日常には戻れないところまで至ってしまったということ。
「さあ、どうするのあかり! ここであたしを殺してみせる!? いいわよ別に! ここであんたらに負けたって、あたしの魂はずっとこの学校に残り続ける! 次のゲームでまた何人も殺せば済む話だわ!」
「君の理屈はわかった。でも、そうさせるわけにはいかない」
「じゃあ何!? あんたがあたしを殺すっていうの!? そんなことできもしないくせに!!」
「それは……」
「でしょう! この偽善者!! 何もできないなら何も言うんじゃ……!!」
 ね、という言葉が口から息と共に漏れ出る。けど、それは正しく形になることなく、溶けて消えた。
 ぐらりとテリタマが倒れる。その後ろに、包丁を握ったメトロさんの姿があった。
「こ、こ、これで帰れるのよね? ねっ!?」
 メトロさんは必死の形相で言うが、何も変化はない。校内放送もなく、窓の景色も変わらない。試しに窓を開けようとしてみたけど、開くことはなかった。
「駄目みたいだ」
 僕が首を横に振ると、メトロさんの瞳はますます怪しい光をたたえる。
「う、嘘でしょ? そうだわ、きっと殺しきれてないんだわ。もっと殺さなきゃ!!」
 ざくざくとテリタマの遺体に包丁を突き立てる。何の反応もない彼女はどう見ても死んでおり、ただ血が飛び散るだけだ。
「きっとまだ死んでないだけだわ! 早く死ねよッ!! 早く死ねぇぇぇぇぇぇぇ!!」
 僕とリリパットは目配せすると、狂乱するメトロさんを残し、そっと教室の外に逃げ出した。