「あ、あかりちゃん。どうして」
「変だと思ったんだ。図書室で、名簿を手に取らないで僕を呼んだ。普通に考えたら、名簿なんて自分で引き出しそうなものだ」
 思い返せば、学園史を見つけた時もそうだ。リリパットは自分で本を取らないで、僕を呼んで見せる方法を取った。そうするしかなかったんだ。
「卒業生は生徒を皆殺しにすれば勝利する。僕のそばについて、見守って……。失敗するように誘導するつもりだったんだね」
「そ、そんなつもりはありません! 誤解です! それに、私が卒業生だったなら、いつだって殺せたじゃないですか!」
「無理なんだよ。ルールの8、学生は校内にあるものを自由にしてよい。逆に言えば、卒業生や教師は校内にあるものを自由に使えないんだ」
「ッ……!!」
「自由に使えないというだけだけど、たとえば緊急用の懐中電灯なんて持っただけで使えてしまう。つまり、この制限ってのは学内の動産に対して触れることができないーーあるいは移動させることができないという制限なんだ」
 今更ながら気づく。それが卒業生を見分ける方法だったんだ。
 この学校で数日過ごせば、いくら食事も睡眠も不要とはいえ、おかしな態度には気づく。何にも触れないという特殊な状況。当然、一人では逃げ回ることさえままならない。
「卒業生は、自分では何もできないという縛りがある。だから生徒と一緒に行動する必要があるんだ。君は僕を選んだ。テリタマがメトロさんを選んだようにね」
 そして、結果的にテリタマは自分が選んだ相手によって殺されることになってしまったのだけれど。
「……」
 リリパットは暗い目で僕を見つめる。
「本当に、私はあかりちゃんを殺すつもりなんてなかったんですよ」
「リリパット……」
「この学校は善人を呼びません。みんな、どこか後ろ暗い感情がある人ばかりが呼ばれるんです。その中にあって、あなたはとても善い人に見えました。だから、なんとか生き残って欲しいって思ったんです。それが不可能な願いだとわかっていても」
 そう、この学校は生徒か卒業生、どちらかが全滅するまでゲームは終わらない。
 自分が死なないのであれば、生徒を生かす方法なんてない。ーー少なくても、卒業生のリリパットにとっては。
「リリパット。君はなんで卒業生なんてやってるんだ」
「他に選択肢がないんです。霊団に取り込まれた時点で、霊団に逆らうことはできません。私は霊団として、誰かを殺す手伝いをしなければ存在できないんです」
 いえ、とリリパットは続ける。
「……それは少し美化した言い方ですね。私自身に殺意があったことは否定できません。殺人本能とでも言うべきものが、私にはありました。命を奪うことでしか自分の存在を確認できないんです」
「君が……?」
「あなたの目に、私はどう映っていました? 優しい女の子でしょうか。それは違います。私は人を壊せるから、ここに残っていたのでしょう」
「人をーー壊せる、から?」
「現世では人を殺せば捕まります。ですが、ここでは人を殺す手伝いをしても問題ありません。テリタマさんが理想の容姿でいられるこの世界を望んだように、私も人を殺せるこの世界を望んでいたんです」
 暗い目でリリパットは僕を見つめる。
「リリパットとはガリバー旅行記に出てくる小人の国。転じて、取るに足りない矮小な存在を指します。私は、そういう存在なんです」
 人を殺せる存在。人を壊せる存在。
 本当にリリパットが殺人犯……。 
「……ううんっ!」
 僕は頭を振り、余計な思いを弾き出す。
「リリパット。君が卒業生なら、手伝って貰えないだろうか」
「てつ、だう?」
「僕は、この学校の呪いをなんとかしたい。こんなに人が死ぬなんてーーもうたくさんだ」
 マジシャンさん、カラテカさん。
 ゼファーやテリタマだって、死んでいい命じゃなかった。
 その他にも、たくさんの人が死んだ。命が失われた。
「僕はもう、誰にも死んで欲しくない。そのためには、この学校の呪いを解くしかないんだ」
「呪いを解く、って……」
「マジシャンさんは霊団を除霊できればって言っていた。それを、今度は僕らでやるんだ」
「む、無茶です。私は除霊には協力できませんし、そもそも除霊なんてどうすればいいか……。あかりちゃんだって、霊能力者ってわけじゃないんでしょう?」
「うん。でも、なんだか不可能じゃない気がしているんだ。もちろん、霊団なんて取っ掛かりのない存在を除霊するのは無理だ。だけど、この学校で除霊しなければいけない相手は一人しかいない」
「……」
 言うまでもない。霊団のコアとなる存在。キーだ。
「彼女を除霊できれば、霊団そのものは瓦解するはず。そうすれば、リリパットを束縛しているものもなくなるんだ」
「……それは」
 リリパットはその先を言い淀み、結局飲み込んだ。
「発想は、理解しました。でも具体的には?」
「リリパット、君に霊団としての情報を教えて欲しい。キーとは何者なのか。なんで彼女がコアなのか」
「それは私にもわかりません。霊団とは言っても、言うなれば見えない何かで拘束されているようなもので……。彼女の持つ悲しみというか、雰囲気くらいしかわかりません」
「悲しみってのは?」
「なんでしょう。死にたくない、というか。いえ、もっと深い……。理不尽な死に抗っているような」
 死なんてものは、たいがい理不尽だ。
 だけど、その理屈はわかる。おそらくは阿久津を縛っている思いと同じだ。
 彼は、呪いによって殺された。何が起きているかもわからないまま、恐怖と共に死んだんだ。その思いを、キーが共有している……?
 つまり、彼女も呪いで死んだということだろうか。……呪いで?
「そんな馬鹿な」
 呪いの発端は自殺した女性たちのはずだ。その呪いが、キーを殺した?
 そんなはずがない。キーも呪いで死んだ恐怖によって縛られているんだとしたら、先に死んだはずの阿久津が恐怖による拘束を受けようがない。
 順番が違う? キーも強姦されて殺された?
 でも、ゼファーはあんな女性は知らないという……。
「え?」
 ゼファーの言葉が脳裏をよぎる。

『監禁した女たちは服なんか着せてねえ。あんな巫女服、持ってたはずがねえんだ』

 それが、キーが被害者であることを否定する理由。
 でも、じゃあーーなんで、”セーラー服を来た教師”がいるんだ!?
「リリパット。この学校で殺されて、教師になる人はいる?」
「え? それはーー心当たりありません。この学校で死んだ人は、理由はわかりませんけど、卒業生をやらされているようです。他の役割を演じている人は見たことがありません」
「やっぱり……」
 じゃあ、あのセーラー服の教師はなんなんだ?
 あるいは。
「彼女が狐塚志津香、なのか?」
 名簿に載っているイレギュラーな存在。服を着たイレギュラーな女性教師。
 イレギュラーという共通点を持つ存在が、そんなにたくさんいるはずがない。となれば、この想像はそれほど突飛なものではないはず。
 そして、名簿に名前があるということは、狐塚はこの中学に所属していたということだ。当然、レイプされた女性たちとは年代が合わない。
 あの外見からして、狐塚だって死んだのは10代だ。卒業してすぐか、あるいはーー在学中。
「在学中?」
 この学校で知った様々な情報が脳裏を巡る。
 そしてそれらが、ぼんやりとひとつに繋がった。
「……見えたぞ。道筋が」