電車では二時間の距離ではあったけど、サキのバイクで走るともっと早かった。
 山の中をバイクで走る。左右には背の高い樹が並び、日当たりはよくない。
「以前はこのあたりにもバスが走っていて、町もあったみたいだ。それが過疎化し、月暈は廃校となった……。と、いうことになっているみたいだ。表向きはね」
「けど、実際には違うんだろ」
「うん。狐塚さんは男性教師に殺され、無理心中扱いで処理されている。これが契機で廃校が決まったんだ。男性に対する恐怖心、なんら理由がないのに殺されなければいけない理不尽に対する憤り……。それらが混ざって、あの呪いを作っていた」
「巻き込んだあとは?」
「滝川霧、通称キーが噂を聞き、除霊に取りかかった。その時点ですでに何人も殺していたのかもしれない。でも、霧は除霊に失敗した。そこで霊団を可能な限り安全なものとすべく、幽霊の呪いにルールを課して簡単には殺せないようにしつつ、あわよくば狐塚を霊団から切り離そうとしたんだ」
「そいつは成功し、孤立した狐塚は霧によって除霊された、ってのか」
「そう。でも、疑問はまだ残っている」
 僕はサキに抱きつきながら、
「最初の疑問は、なんで僕らが巻き込まれたのかってことだ。僕は月暈なんて聞いたこともなかったし、もちろん無理心中事件なんて知らなかった」
「そいつはオレも同じだよ。たぶん、あのぬいぐるみを拾っちまったのがきっかけなんだろう。あれが月暈に呼ばれる鍵となっていた」
「うん、それは僕も想像している。でも、おかしいと思わない? 狐のぬいぐるみはどこから現れたのか。狐塚の呪いで産まれた産物なら、狐塚が成仏した今、あのぬいぐるみが存在しているはずがない」
「じゃあどうして……?」
「それが知りたいのがひとつ。他にも疑問はある。あの学校で亡くなった卒業生たちと、他の幽霊のことだ」
「阿久津の幽霊やレイプされた女の幽霊がいたはずって言うんだよな」
「教師だね。僕らが出会ったのは四人だけだけど、おそらくもっとたくさんいたんだろう」
 それはゼファーの証言に由来している。呪いで死んだ半グレは阿久津だけじゃないし、レイプされていた女性たちも三人では済まない様子だった。そう考えれば、おそらく教師候補はもっといて、霧が抑えていたんだろう。
「それに卒業生だ。あのゲーム、参加者は一度に数十人だ。初めてのゲームって感じじゃなかったから、少なくても20人から40人は死んだはず」
「そいつらが全員、卒業生になっていたってのか? いや、参加していた卒業生は限られるから、教師と同じで待機組がいたんだろうが」
「たぶんだけど、全員が卒業生になったわけじゃないと思うんだ。理由はひとつ、教師の殺し方だ」
「殺し方?」
「サキも見ただろうけど、教師の殺しってのはかなり残虐だ。生きているうちに、なるべく痛めつけるような殺しをする。すぐに殺したりしないんだ」
 今なら理由はわかる。同一化のためだ。
「霊団は、同じ死因や同じ心残りを持つ者でないと霊団になれない。狐塚の呪いを強力にしていたのは、それだけ多くの人が殺されていた証拠なんだ。つまり、学校で殺された人たちも巻き込まれていた」
「痛めつけて殺せば、レイプされた女や理不尽に死んだ暴走族と同じ気持ちになるって寸法か。でも、それなら全員卒業生にされてるだろ? オレやお前みたいに生き残ったのならともかく」
「いや。必ずしも全員が惨殺されたとは思えない。生徒同士で殺しあった場面もあるだろうし、逃げている時に事故死する可能性だってある。そして、ただ死んだだけじゃ霊団にはなれない」
「なるほどな」
「霊団にならずして死んだ人はどうなったのか。教師の幽霊はどうなったのか。そして……。卒業生の幽霊は、どうなったのか」
 脳裏に、あの学校で一緒に過ごした少女の顔がちらついている。
 彼女は今、どうなったのか。
「その答えが、あそこにあるわけか」
 バイクがカーブを曲がると、正面に校舎が見えた。
 木造三階建ての大きな校舎。すでに古びており、遠目にも危険な雰囲気がある。校門はチェーンで縛ってあったようだけど、錆びて崩れていた。
 バイクを校門の外に駐車し、二人で門に近づく。
「ふんっ!」
 サキが門を蹴飛ばすと、内側にバタリと倒れた。器物破損だけど、そんなこと言ったら僕も不法侵入だ。
「ちっ。こんなとこ、二度と来るつもりはなかったんだけどな」
「僕もだよ」
 二人で校庭を横切り、校舎の入り口に立つ。初日、リリパットと入り口が開くか試した時を思い出す。
 今日は扉を押すと、少し動いた。けど、鍵がかかっている様子で、開くことはない。
 今度は窓の方を見てみる。こちらは鍵が壊れているようで、簡単に開いた。二人で協力し、窓から中に侵入する。
 廊下に立つと、学校で過ごした時間を思い出す。つい昨日のことーーいや、時間の流れは正しくなかったろうから、気分の上での昨日だけど、もうずいぶん昔の出来事にも思える。
 僕らは廊下を歩いてみる。
 ゲーム中の学校はあちこちに死体や血だまりがあったけど、今は何もない。死体が落ちていたはずの場所を調べても、何の痕跡も残されていなかった。
「これはまあ、想定通りだね」
「だな」
 あの学校が現実のものって可能性もあったけど、普通に考えて現実とすると時間感覚や人が来ないことなどがおかしい。よくよく考えれば、虫の一匹だっていなかった。
 おそらくは、あの学校は霊団が作った幻なんだ。ただ、この学校を元にしていたから、構造などは同じだった。
 実際、教室の並びなどは同じだった。狐塚を除霊した進路相談室も、やはりからっぽの倉庫となっている。
 進路相談室を出て、次にどこを探索しようか考える。すると、
「……しっ」
 サキが口に指を当てた。理由は僕にもわかった。
 どこからか、声が聞こえる。どこかで聞いたような声だ。
「これ、霧の声?」
「こっちだ」
 声がする方向へ足を向ける。それは、奴隷となっていた女性たちが監禁されていた教室だった。
 扉を開くと、中に巫女服を着た女性がいた。なにやらお祈りをしている。
 しばし祈っていた彼女は、やがて手を止めた。
「戻ってきたのか」
 お祈りを終え、巫女ーー霧は振り返る。
「テメエのせいで……!」
「いや、待ちなよ。アタシは何もしていない」
「あぁ!?」
「本当さ。アタシは呪いを抑えていたんだよ? でなきゃ、あんたらは狐塚に目をつけられた時点で死んでいた」
「よそう、サキ。霧の言う通りだ」
 僕は霧と対峙する。
「あなたは、ここにいる気がしていました」
「そうかい」
「どうやってここへ? 表門は閉じてましたけど」
「ああ、裏門は開いてるんだよ。表門こそ閉まっていただろ? どうやって入ってきたのさ」
「壊してきたんです」
「はっ! やるねぇ」
 ごくりと喉を鳴らす。
 幻想の学校で死んでも後はなかったろうけど……。ここは現実。二度はない。
 だけど、言わなきゃ。
「滝川霧さん。あなたに、聞きたいことがあるんです」