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「殺した?」 僕の問いかけに霧は頷き、 「連中の死因も、心残りもそれぞれだ。それらが共通していたのは、狐塚の持つ負の感情と結びついていたということ。新しく呼ばれる人間も、死穢によって引っ張られている。つまり、死が身近だったんだ」 霧は僕とサキを見つめる。 「まあ、ヤンキーのお前はわかるけどね。どうせ仲間内で人死にでも出したんだろ。薬か? バイクか?」 「っせえ! 薬なんてやってねえよ!」 「なんでもいいけどさ。心当たりはあるんだろ」 「それは……」 サキは押し黙る。確かに彼女は薬に手を出すタイプには見えないけど、バイクで無茶なハンドリングはしそうだ。仲間もいれば、交通事故のひとつやふたつ、起こしていてもおかしくない。 「けど、いくら目の前で人が死ぬところを見たとしても……。それで死穢に感染するのかな? 死ぬ人は決して少なくないし、学生の中でも葬式に出たことのある人なんて珍しくないだろうし」 「なんでお前らだけなのか、って言いたいんだろ。それは言った通り、お前らが人を殺したからだ」 「殺したっていうのは?」 「狐塚の呪いから逃げたとしても、そいつは死穢に感染している。これはアタシのミスでもあるが、ゲームに勝利したところでお祓いが済んでいるわけじゃない。学校に残っている、死者の苦しみや他人を犠牲にして得た生に対する葛藤……。そういうものが呪いと共に体へまとわりつき、新しい参加者と呪いを紐付ける」 「それを殺したって言うのはいくらなんでも無理がないか?」 「事実なんだよ。アタシはあの学校で発生していた呪いの中核を知っているんだよ? 誤魔化しなんて通じない。あんたら、狐のぬいぐるみに引き寄せられたんだろ?」 どきりと心臓が跳ねる。 「あのぬいぐるみは、狐塚のお気に入りだったそうだ。子供の頃から大事にしていたもので、死穢が出回るようになってからというもの、狐塚の分霊が自分と同質化できそうな相手に配っている。あれを受け取った者は物理的な距離を無視して、魂が学校でのゲームに強制参加させられるんだ」 だから僕も、あれほど遠くに住んでいたのに、呼ばれる結果となった。 「生きていれば人の死に触れることだってあるだろうさ。でも、親戚が死んだから、あるいは葬式に出たことがあるから……。その程度じゃ親和性はないし、引っ張られることもない。もっと明確に、死霊となって積極的に人を殺していた狐塚と近しいものが必要なんだよ」 どうなんだ、と問われ、サキはうなった。 「……心当たり、ねえわけじゃねえ」 「どういう?」 「言っとくが、殺すつもりがあったわけじゃねえ。ただ、一緒にバイクで走っている仲間がいて、スピード勝負になって……。相手がハンドルミスっただけだ」 「なるほどね。問題は事実じゃない。お前が、それを自分が殺したって感じているかどうかだよ。お前は後悔していたんだな」 「っ……!」 サキは目を背けた。それは事実を追認しているようなものだった。 「そういうことか」 僕の脳裏に、死体が浮かぶ。 惨殺された死体だった。生臭さも、ハエが飛ぶ音もはっきりと覚えている。 母は刃物で頭と腹を切られ、内臓がはみ出していた。 父はバールのようなもので手足を折られ、焦げた躯を晒していた。 僕はその姿を目の当たりにしている。だから、学校の惨殺遺体にも心が動いたりしなかった。 だって、見慣れているから。 そんな僕の記憶を読み取ったわけでもないだろうけど、霧は鋭い眼差しを僕に向ける。 「そこの暴走族は仲間が無茶して死んだ。ゼファーは目の前で自殺する女たちを何度も見ている。死という穢れに近かった人物が呼ばれるのは理解できる。でも、あんたは違う、イレギュラーだ。どう見ても死に近いようには見えない」 「錯覚だよ」 「……お前は何者だ?」 「何者というほどじゃない。普通の高校生だよ」 ただ、と僕は続ける。 「両親兄弟はもういない。ただそれだけだ」 「……」 「宗古町一家惨殺事件。知っている?」 それで、霧は得心がいったようだった。 「そういうことか。家族を惨殺された、その生き残り。だから死の穢れが体に染みついている」 「……僕は親戚に引き取られた。犯人はまだ見つかっていない」 それからの僕は不幸だったーーなんて言うつもりはない。 両親の代わりを勤めてくれた叔父さん夫婦はとてもよくしてくれたし、本当の両親に負けないくらい愛情を注いでくれた。休みの日には遊びに連れていってもらったり、玩具を買ってもらったり。 恵まれていないなんて言うつもりは全くない。けど、将来に希望がないことも事実だった。 僕が大人になったところで、僕の家族を殺した人間が捕まることはないだろう。 僕が大人になったところで、たくさんの問題が解決するわけじゃないだろう。 僕が大人になったところで、この閉塞した世界から抜け出すことはできないだろう。 魚が木登りしているような、できないことを無理矢理やって、それで成功だスゴいことだなんて言うような。そんな人生を生きていくしかないと思えるようなーー。 「きっと、僕が狐塚の呪いに引っ張られたなら、その理由はひとつだけ」 狐塚が、レイプされた女性たちが、半グレの阿久津が、そして学校で死んだ多くの人たちが願ったこと。 進路調査表なんて学校で貰って、友達と話して、少しくさくさした気分で。そのせいで、要らないことまで考えて。 「世界なんて滅んでしまえって、ちょっと思っちゃったからだよ」 霧はため息ひとつ、 「ここで起こっていた自称はおおむね説明できた。ここにはもう何も残っていない。お前らも帰って忘れな。ここでの出来事はもう終わったんだ」 「いや。終わっていない」 「はぁ?」 霧は僕を見返す。 「これ以上、何を望むって言うんだ。学校を消せって言うのかい?」 「それもひとつだけど、それは直接的に関係するものじゃない。僕が欲しいのは、卒業生のその後だ」 「卒業生の……。その後?」 「だって、あんたも卒業生だったのに生きているだろ」 「……!!」 そう、滝川霧はイレギュラーな存在だったけど、教師、すなわち死霊ではない。あの学校で魂を殺され、束縛されていた卒業生だ。 「学校に魂だけの状態で呼ばれ、そこで殺された人は一種の幽霊になる。そして、幽霊は幽霊のルールに従い霊団にさせられる。たぶん起きていた出来事はそういうことだ」 根拠はある。ここで霧が生きていることもそうだけど、僕らが生きていることも起因している。 「あそこはおかしな空間だった。この世の場所じゃない。そして、そこを脱出した後、僕らは自分の肉体に戻ることができた。すなわち、肉体は魂が離れていたとしてもただちに死ぬわけじゃないってことだ。あの空間で過ごした時間は実際の時間と違うようだから、それも関係しているのかもしれない」 「それで?」 「生徒だって実際に死ぬわけじゃないんだから、卒業生もそうじゃないかと考えた。ここに来れば手がかりが得られるかもっていうのは希望的観測だけど、実際に手がかりそのものであるーーあなたに出会えた」 「言っておくけど、他の卒業生については何も知らないよ。あの空間にどこから呼ばれたかなんて、こっちにはわかりっこないんだ」 「それでも鍵はあなたしかいない。僕は他の卒業生がどこに行ったのか知りたいんだ」 「違うだろ」 霧は僕を見返し、 「リリパットだったか? お前と一緒にいた女。あいつがどこに行ったか知りたいんだろ」 「……まあそうだよ」 「リリパットとはゲーム運営を一緒にやったし、少しは話したこともある。住所というほどのものじゃないけど、どういうところに住んでいたかは知っているよ」 「本当!?」 「でも、あんたの考えにはひとつだけ間違いがある。卒業生は確かに肉体が生きていれば戻ることができた。けど、長期間に渡って魂が離れていると、肉体は徐々に死んでいく。いわゆる植物人間、そして脳死だ」 それはつまり。 「リリパットも、肉体に戻れた保証はない」 「それでも、僕はもう一度、彼女に会いたい」 「……」 霧はメモを取り出すと、走り書きを僕に渡す。 「ここに行ってみな。あいつはその近くに住んでいるって聞いたよ」 メモ書きには神社の名前らしき名称がある。スマホで検索すると、ここからあまり遠くない場所のようだった。 「サキ、連れてってくれる?」 「ま、乗り掛かった船だな。いいぜ、バイクで送ってやる」 ガラの悪い先輩は、優しくそう言ってくれた。 |