金船神社は、月暈学園からバイクで40分ほどの場所にあった。
 ここが、霧がリリパットから聞いた唯一の現世情報らしい。神社の周囲にはぽつぽつと民家があり、人が住んでいる様子がある。
「ここまで来ることはできたけどよ。このあとはどうすんだ。もう手がかりはないんだろ」
「それはそうなんだけど……」
 考えてみる。リリパットは卒業生として学校に呼ばれていた。それは、彼女が呪いにかかっていた証だ。
「そうだ」
 僕は家から持ってきた狐のぬいぐるみを取り出す。
「お前、それ……」
「これは狐塚の呪いで作られた存在だ。今は呪いの因子が消えて、ただのぬいぐるみになっている。でも、リリパットはこのぬいぐるみに見覚えがあるはずだ」
「それの持ち主を探す風を装うってことか? けど、他人のぬいぐるみなんて覚えてるやついるかよ……」
「他に手がかりがないんだから仕方ないよ。聞いてみよう」
 周囲の家々で、ぬいぐるみの持ち主を聞いてまわる。
 みんな知らない様子ではあったけど、何件か聞いた先で偶然にもヒントが見つかった。
「そのぬいぐるみ……。そういえば、八神さんの持っていたぬいぐるみに似ているかも」
 そう答えたのは、二十代くらいの女性だった。今日はたまたま実家に帰ってきていたらしい。
「八神さん?」
「高校ん頃の友達。このへん、他に同年代っていなくてね。まあ正確には一個上なんだけど、同じ高校に通ってたからさ」
「その人はどこに?」
「坂の上の家だよ。まだ住んでいるかは知らないけど」
 そう教えてくれた。
 教えられた通りの道を行き、30メートルほどの坂を登ると、表札が見えた。
 普通の平屋。石の表札には八神と彫り込まれている。家は古く、築年数は30年を越えているように見えた。
「ここにリリパットが住んでるんか?」
「わからないけど……」
 僕は玄関の前に立ち、インターフォンを鳴らす。家の中から声が聞こえ、しばらくすると扉が開いた。
「はーい? どちらさま?」
 出てきたのは30歳前後の女性だった。ロングヘアに、白いブラウス。田舎だけど、都会にいても違和感がないくらい垢抜けて見える。
「あら? あなたたち……」
 顔を見て気づいた。彼女は、うちの高校の教師だ。僕と直接の接点はないけど、たしか三年生の担当。
 僕は女性に、狐のぬいぐるみを見せる。
「突然すみません。僕は遠野碧と申します。ぶしつけですが、こちらのぬいぐるみをご存知ありませんか」
 ぬいぐるみを見たとたん、女性の顔が青ざめた。
「そのぬいぐるみをどこで……」
「僕の住んでいる町のゴミ捨て場にありました。経緯はわかりませんけど、拾ったんです。そして、関係する人に会いたいと思っていました」
 僕は相手を見つめる。
「あなたが、リリパット?」
「……! あなたは?」
「あかりだよ、リリパット。こちらは紅蓮さん」
 サキが軽く会釈する。すると、女性は目を丸くした。
「あかりちゃん……。なんで、ここが」
「色々と話したいことがあるんだ。君に、もう一度」
「……その様子だと、色々と察したんですね。わかりました、中にどうぞ」
 そう言って、リリパットは僕らを応接間に通してくれた。

☆   ☆   ☆   ☆


 居間に通された。
「まずはどうぞ」
 コーヒーカップの中では黒い液体がゆらゆらと湯気をあげている。粉砂糖を入れてから飲むと、少しだけ気持ちが落ち着いた。
「……私も知らなかったんです。まさか学校での呪いが解けた後、もとに戻れるだなんて」
「誰も知らなかったよ。誰もね」
 対面にいるリリパットーー八神先生は、どこか居心地が悪そうだった。無理もない。
 あの学校で、僕らは殺す者と殺される者だった。今さら、どの顔で会えばいいというのか。
「もう学校の呪いは終わったんだ。僕らは普通に戻ってもいい」
「それは……」
「できない?」
 僕が問いかけると、八神先生はこくりと頷いた。
 当然だ。
「あれだけの体験だったんです。私は直接殺したことがないとはいえ、殺人幇助はたくさんしました。魂だけとなり、呪われ、殺意と共に……。決して命令に従っていただけではありません。自分の意思で人を殺そうとしていたんです」
「それは……」
「言い繕うことはできません。あなたたちがその責任を問いに来たと言うのであれば、私も言い訳はできません」
「責任なんて、僕は問うつもりはないよ」
 隣を見る。サキは首を横に振った。
「喧嘩してやられたのに、いつまでも引きずってられねえだろ。こちとら、さっさとあの学校は忘れたいんだよ。でも、忘れられねえんだ」
 そう、それがみんなの気持ちだ。僕も、八神先生も、サキも。
 あの学校には、誰も望んで関わっていない。強制的に巻き込まれて、苦しんで。そして、その記憶が僕らを縛り続けている。
 どこかでケジメをつけたいと、ずっと思っているのに。
「ねえ。みんなで、葬式を……。お葬式をしてみないか」
 だから僕は、そんなことを言った。
「レイプされた女性たちの分も、学校で犠牲になった人たちの分も、阿久津の分も、そしてーー狐塚さんの分も。もう幽霊はこの世にいないかもしれないけど、僕らの気持ちに線を引くために」
「そんなの何か意味あんのかよ。葬式なんて」
「儀式って大事だよ。それで気持ちにケジメをつけるんだ」
「……」
「……」
 二人は沈黙し、ふう、と息を吐いた。
「協力します。狐塚さんのお墓があるはずです。そのお寺にお願いしてみましょう」
 八神先生はそう言った。