「ヒカルさん、援護をお願いします」 迫る敵を前に、エレナは早口で言った。ヒカルもまた、早口で返す。 「どうすりゃいい」 「魔法矢で構いません、私と組んでいない方の敵に放って下さい。後は私が何とかします」 それだけの言葉を一瞬とも言える間に交わし、エレナは大地を蹴った。先に剣を振り上げた剣士の斬撃をかわし、拳を振りぬく。 魔力によって極限まで高まった肉体が放つ拳は、鉛の弾丸にも相当する威力でエルフ兵を殴り飛ばす。吹き飛んだ剣兵の影から、槍兵が飛び出した。 「我が敵を屠れ、風の三矢! 風烈矢!」 そこに、ヒカルの放った三本の矢が飛び来る。槍兵は二本を槍で、一本を拳で叩き落した。 「はッ!」 その隙に、エレナは敵に近づく。そのまま槍兵のアゴをジャンプするほどの勢いをもって、平手で打ち抜いた。 槍兵がよろめく。その間に、エレナは呪文を唱えた。 「流水の捕縛縄」 エレナが手を振るうと、その軌跡が水の縄となる。縄はエルフの兵の手足を縛り、動けなくさせた。 「後はアリシアさんの……」 エレナはヒカルの方を振り向いた。つまり、大樹に背を向ける格好となる。 ヒカルの瞳に、大樹の枝の間できらめく何かが写った。 「エレナッ!」 叫びつつ、ヒカルはエレナを突き飛ばす。それと同時に、枝葉の合間から矢が飛び出した。 鉄の矢じりはヒカルの脇腹をえぐり、地面に突き刺さった。 「ヒカルさんッ!?」 エレナの悲鳴にも似た声が響く。やけにゆったりとした動作で、ヒカルは地面に倒れこんだ。 エレナは結界を張りつつ、ヒカルに駆け寄る。その顔色は、すでに悪かった。 「何か、毒が? すぐに治療します」 ヒカルの傷口に手をかざし、エレナは呪文を紡ぎ始めた。 枝の間に隠れていたエルフ兵は、ちっと舌打ちをした。 『治癒術者か……。あいつを殺さないと毒矢の意味がないな』 エルフ兵は背の筒から矢を取り出すと、それを大きな弓につがえた。 魔力を矢に込めていく。エルフは魔法を使う事はできないが、魔力を武器にこめる事によって魔力障壁をある程度まで貫通させる事はできる。 全力の結界では貫通できない程度だが、他の魔法を唱えながらという、本来の威力よりも遥かに低い程度の結界ならば、矢の速度もあいまって貫通できるだろう。もちろん、誰にでもできる技術ではない。この男だからこそできる、ハイレベルな技だった。 エルフ兵はしっかりとエレナに照準を合わせた。 『動くんじゃねーぞ……。無駄に矢を射るほど、矢は持ってないんだからな』 呟き、エルフ兵は矢を離した。 空気を切り裂き、矢はまっすぐに飛んでいった。 風が吹いた。矢は微かに揺れ、その狙いを少しずらした。 矢は結界にぶつかり、僅かにその方向をそらしつつも飛んだ。 エレナが驚愕しつつ振り向くと、矢はエレナの背後をかすめるように飛び去った。幸いにも、身体には傷ひとつ負っていなかった。 エレナは慌てて治癒を止め、結界に全力を注ぐ。 まだヒカルの体内の毒は五割ほどしか浄化してなかった。だが、不幸中の幸いにも、使われた毒はエレナも知っている種類のものだった。解毒は、それが何の毒なのかわかっているのと、わからないでいるのとでは、治療速度や回復効果に大きく差異が出る。 「くッ……!」 毒に侵されたヒカルを放置するのは危険だ。だが、結界を解けば動けないヒカルに追撃が入ってしまう。かと言って、結界を張りながらではこれだけ離れた相手、しかも正確な位置がわからない相手を倒す魔法は使えなかった。 仕方なく、エレナはアリシアに視線を送った。アリシアはギルと攻防を繰り返している。しかも、どちらかと言えば、アリシアの方が押されていた。あれでは援護を望むどころか、こちらが援護をしなければならない。 しかし、エレナにその余裕はなかった。元々、最高クラスのふたりが剣で戦っているのだ。そこには下手に援護できない。味方に攻撃して倒してしまったとあれば、それは冗談にもならない。 「どう、すれば……」 エレナの頬を汗が伝う。動けない状況下、エレナは奥歯を噛み締めるしかなかった。 同様に奥歯を噛み締めた男がいる。樹上の弓兵だ。 確かに狙いすましたはずの矢は、しかし思いのほか強力な結界のせいで方向が変わり、傷ひとつ負わせられなかった。 結界を貫けると判断した相手は、障壁を強化してしまった。これでは、矢で貫く事はできない。しかし、彼にはこれ以外にほとんど武器がなかった。その華奢な身体では、接近戦を挑んだところで、気絶した剣兵か捕まった槍兵と同じ道しか待っていないだろう。 『運の悪い。どうする?』 弓兵は下を見た。木陰ではギルと人間が戦っている。下手に邪魔をすれば、後でどんな目に遭うかわかったものではない。ギルは、自分の獲物を取られるとひどく怒る。 『打つ手なし、か。いや……まだ戦える阿呆がいるな』 弓兵は腰の皮袋から石を取り出すと、それを樹下に向かって投げた。 石が当たり、気を失っていた斧兵がよろよろと立ち上がった。 「まずい――!」 エレナは焦りの表情を浮かべた。ヒカルを矢から守りながらでは、得意の格闘術が使えない。しかし、歩兵を倒す魔法は、結界を張りながらでは使えない。全方位を結界で防いでいても、あれほどの大きな斧で力任せに殴られ続ければ、耐え切れる保障はない。 「せめて、どちらかを倒さないと……!」 斧兵は軽く頭を振って、エレナの方に向かって駆け出した。 エレナは、覚悟を決めた。 結界を解き、呪文を唱えだす。同時に、ヒカルを小脇に抱えるようにして飛びすさった。 刹那の後、ヒカルが寝ていたところに矢が突き刺さる。エレナはその角度から、弓兵のいる場所を大まかに測定した。 「――獲物は汝が手の下に! 水狼王!」 エレナの放った水流は狼をかたどり、空を駆けた。狙う先は、樹上の弓兵。 慌てて樹から弓兵が飛び降りてきた。エレナは人差し指を軽く下に向ける。それだけで、狼は樹上から樹の下のエルフ兵へと狙いを変えた。 エルフ兵が驚愕に目を見開くのとほとんど同時に、狼は弓兵の持つ弓ごとその腕を噛み砕く。そして、ただの水へと戻った。エルフ兵の肩口から鮮血がほとばしる。真っ赤な血がぼたぼたと垂れ、草木を赤く染めた。 そこまで見て、エレナは迫り来る斧兵へと視線を移す。すでに斧兵は目前にまで迫っていた。 振り下ろされた斧を横跳びにかわし、エレナの平手がエルフの腹を突く。エルフは地を削りながら五メートルは吹き飛び、しかしニヤリと笑った。 「頑丈、ですね……」 『どうした、軽いな。これならギル隊長の一撃の方がずっと重かったぞ』 エルフ軍の精鋭なのか、本来なら一撃で瀕死になってもおかしくないほどの一撃を受け、しかしエルフ兵は倒れない。鎧によるダメージの軽減もあるだろうが、やはり元の資質が大きいだろう。 エレナは構え、一挙に距離を詰め。 『そこまでだ!』 そこで、止まった。 エレナは背後に視線を送った。そして、その光景にすい、と目が細くなる。 エレナの背後では、ヒカルに剣をつきつけるエルフ兵がいた。先ほどエレナに殴り飛ばされた男だ。こちらも、やはり斧兵と同様にしぶとい。 「エレナ、すまん。身体が言う事を聞かねーんだ……」 「くッ!」 エレナは歯噛みした。まさか起き上がるとは思ってもみなかった。 斧兵と剣兵、双方に均等に気を配りつつ、エレナは叫んだ。 『その人を放しなさい。今なら許してあげます』 『お前、エルフ語がわかるんだな』 剣兵はカチャリと剣を握りなおした。日光の下、鋭い切っ先が恐ろしげにきらめく。 『少しなら。会話をするつもりなら、少しゆっくりと話して貰えますか』 『いいだろう。そうそう、こいつを放せとか言ったな』 首筋に剣をつきつける。ヒカルの首に、薄っすらと血が滲んだ。 『貴様、今の状況を理解できていないようだな。貴様は俺たちに手出しできないんだぜ? 仮に俺を攻撃しても、あいつが貴様の隙をつく。逆にあいつを倒せば、俺がこいつを殺し、貴様も殺す。貴様に命令権なんてないんだよ』 その通りなのだ。 ヒカルを人質に取られた今、エレナには策がない。仮に剣兵ひとりならば、力技でなんとかする方法もある。だが、相手はふたり、しかも挟み込む位置にいるのだ。下手にどちらかに攻撃をしかければ、もう片方にやられてしまう。 『こいつを殺したくなければ、とりあえず両手を頭の後ろで組むんだ。魔法なんて使うなよ。つい反射的に刺しちまうかもしれねーからなあ!』 仕方なく、エレナは言われた通りに手を頭の後ろで組んだ。無詠唱で魔法矢を放てばフェイントくらいにはなるが、それでは決定打にならない。一撃で両方を倒すくらいの魔法を、しかも無詠唱で使えない限りは、下手に魔法を使うわけにもいかなかった。 剣兵は目で斧兵に攻撃を促した。頷き、斧兵はゆっくりとエレナに近付く。それに、エレナは何もできない。 エレナはそっと、ヒカルに視線を送った。ヒカルはギリギリの状態ながらも、エレナと目で会話をかわす。 (魔法を使って下さい) (詠唱できねーぞ) (構いません、とにかく隙を作って下さい) (わかった) これだけの会話を目だけで行えるのも、日頃から一緒にいるおかげだろう。 ヒカルは微かに頷くと、口の中で呪文と紡ぎ始めた。すでに魔法を使うほどの体力が残っているとは思っていない剣兵は、最初からヒカルが魔法を使う可能性を考えていない。チャンスだった。 斧兵がエレナに歩み寄り、間合いに入った瞬間、 「――風巻塵舞!」 ヒカルの魔法が発動する。ヒカルを中心に、周囲を凪ぎ飛ばす魔法。まだ不慣れなヒカルが使ったところでほんの数十センチくらい吹き飛ばす程度だが、今はそれで十分。 『ぬおッ!?』 予想外の突風に戸惑い、剣兵はヒカルを手放してしまった。それを見るやいなや、エレナは斧兵に向き直る。 『なッ……!?』 斧兵の上げた驚愕の声は、 『ぐあッ!』 すぐさま悲鳴へと変わった。 蹴り上げたエレナは速攻で魔法を唱え、放つ。 「流水の捕縛縄」 槍兵を捕まえたのと同じ魔法が、斧兵の自由を奪う。物理的な攻撃によっては千切れない縄は、斧兵の胴と足首に巻きつき、その動きを止めた。 ゴン、という頭をぶつける音を背後で聞き流しつつ、エレナはヒカルに向かって駆けた。 「ヒカルさん!」 剣兵から逃れるように走るヒカル。それを迎えようと走るエレナ。そして、隙を作られた不覚から、怒りに身を任せ剣を振り上げるエルフ兵。三人が、直線に並んだ。 エルフ兵が、突きを繰り出す。戦闘に慣れていないヒカルは、剣兵に背を向けていた。つまり、攻撃をかわせない。 「ヒカルさんッ!」 エレナの悲鳴が響く。そして、血が舞った。 |