葬儀の後から数日、ヒカルはできる事を手伝った。 国内の復旧作業も引き続き行わなければいけないし、ダイナスたちは事務処理もある。人手はいくらあっても足りず、皆が忙しげに動き回っていた。 メイもヒカルより二日遅れで目を覚ました。ヒカルが会いに行くと、今は会えない、と面会を拒絶されたが。代わりに面会したダイナスは言伝だと断り、『ごめんと伝えて欲しいと言われたよ』と、笑っていた。 合同葬から五日後、ギルがディラータを訪れた。 ギルは正式にエルフの族長に決まった事、そしてその最初の仕事としてエルフと人間の間の和平協定を話し合いに来たという事などを話した。 団長室には、ギルとダイナスの他、ヒカルやアリシアたちもいた。 ヒカルの左手には銀色の腕輪が光っている。ひび割れ砕けたガントレットを、ダイナスの知り合いに言って腕輪状に直してもらったものだ。 「コレで人間トエルフの境モ小さくナルダロウさ」 そう言って、ギルは豪快に笑った。 「ギル。少し発音が変わったんじゃないか?」 アリシアが言うと、ギルはやはり笑いながら答えた。 「少しズツ勉強シテいる。マダ難シイが、な」 ふと、ギルはヒカルに視線を合わせた。 「コウして顔ヲ合ワセルのは初めてだったナ。ヒカル・ハシモト」 「何でお前がオレの名前を知ってるんだよ」 「メイに聞イタ」 「メイに会ったのか?」 意外に思いつつ聞き返すと、代わりにダイナスが口を開いた。 「私が会わせたんだ。彼の処遇は我々の一存では決められないし、何より彼が望んだからね」 「彼って、メイが、ですか?」 ダイナスは頷く。 「メイは謝りたかったそうだ。エルフを利用した事を」 「……少しずつ、変わっているんですね」 「ああ。人も、世界もね」 何もかも、ずっと同じではいられない。そして、必ずしも良い変化ばかりが起きるとは限らない。 それでも、最悪に近かった今までから比べれば、どんどんと良い方向に転がっているように思える。その道を修正し、また踏み外さないように監視するのは、ダイナスたちの役目だ。 「ヒカル。エルフ族長として、礼を言ウゾ。オ前にはエルフも世話にナッタ」 「たいした事はしてないな。オレはオレのやりたい事、やるべき事をやっただけだからさ」 「ソウいう問題じゃナイ」 ヒカルが頭にはてなマークを浮かべていると、ギルは続けた。 「任務を与えラレタ時、ソレに押し潰サレズやり遂げるのは個人の力と想イダ。オ前は、少ナクても想いは俺すら凌駕スル勢いダッタ。ソレは、誰にでもできる話じゃナイ」 そう言われてもヒカルには実感が沸かなかったが、それでも褒められて悪い気はしなかった。 ギルはそれからちらりとエレナに目をやり、わざわざヒカルの耳元で、小声で言った。 「ハーフの恋人とは、オ前らしいナ」 「なッ――!」 ヒカルは途端に耳まで赤く染め、全力で否定した。 「そんなんじゃない!」 ギルが真顔で違うのか、と表している。彼にはふたりが恋人同士にしか見えなかったのだろう。 「オレには、そんな資格もない」 「何故だ」 ヒカルは、僅かに目を伏せた。 「オレは、帰るべき場所があるから」 そうか、とギルは呟き、ヒカルから離れた。 「ソレは仕方ないナ。ソレならせいぜい、ソノ時まで大事にスル事だ。エルフも人間も、女を泣かセル男は最低だ」 笑って、ギルはダイナスに挨拶をした後、用件があると部屋を出て行った。案内代わりに、アリシアも随伴して出て行く。 その後姿を見つめた後、エレナはヒカルに目をやった。 「何の話をしていたんですか?」 「いや、たいした話じゃねーよ……」 元気なく言い、ヒカルは無理をしてでも、と笑った。 エレナは僅かに首を傾げ、けれどもそれ以上は何も聞かなかった。 ギルと話をした、その日の夜。ヒカルは部屋の明かりを消し、窓から月を見上げていた。 正確にはそれが月なのかどうかもわからない。ただ、それは夜を穿つ光であるという事だけは間違いなかった。そして、その光は、とても優しげであるという事も。 「――ッ!」 ヒカルはそっと胸を押さえた。苦しげに息を吐きながらも、懸命に呼吸を整えようとする。 「近い、のか」 わかっていた事だった。戦争を止めれば、ヒカルがこの世界にいなければいけない理由はないという事は。 むしろ、これほどの時間を過ごせたのは、感謝すべき事柄だろう。もう時間は、あまり残されていないようだ。 もう一度、ヒカルが夜空を見上げた時、部屋の扉が叩かれた。 ヒカルがどうぞ、と声をかけると、扉が開き、ダイナスが顔を見せた。 「ヒカル。ちょっといいか」 「はい、何ですか?」 ヒカルはベッドの上に腰掛けたまま、問いかけた。ダイナスは部屋の扉を閉めると、そのまま戸に寄りかかった。 「あとどのくらいなんだ」 「……気付いていたんですか?」 質問に質問で返すという無礼に、けれどダイナスは頷いて答えた。 「私も盲目ではないからね。君の魔力が段々と淀んでいる、それくらいは気付く。もう召喚条件は満たしてしまったんだろう?」 ヒカルも頷いて返した。ダイナスは軽く、ため息をつく。 「それで。どのくらい持つんだ?」 「わからないですけど、あまり持つとは思えません。たぶん、あと数日が限度です」 「そうか。もうそれだけしか残っていないのか……」 ダイナスは顔を伏せ、首を振った。 「誰かに言ったのか?」 「ギルには。遠回しですから、気付いたかどうかはわかりませんけど」 「そう、か。アリシアやエレナ殿は悲しむだろうな」 言われ、ヒカルは目を伏せた。それが、今のヒカルの心痛の種だった。 アリシアはともかく、エレナはヒカルが支えになっている。それがなくなった時、エレナがどうなるか。それを思うと、ヒカルは不安だった。 「君が望んでいない事はわかっている。だが、君の意思は関係なく制限時間があるんだ。その中でどういう行動を選ぶのか、それは人それぞれだろう」 「それは、そうです。でも、オレはどういう選択を選べばいいのか、わからないんです。どうすればエレナが悲しまないで済むのか、どうすれば喜んでくれるのか、わかんないんですよ」 「まあ、そうだろうね」 ダイナスは頷き、続けた。 「本当はエドガーが得意な分野なんだが。私も苦手なんだよ、こういう分野は」 「アリシアさんに対する応対を見てればわかりますよ」 ヒカルは苦笑いした。ダイナスも苦笑を浮かべる。 「とにかく、答えは早めに出さなければいけない。直前では何もできないだろうからね」 「ええ。とりあえず、やらなきゃいけない事もありますから」 「やらなきゃいけない事?」 オウム返しに、ヒカルは頷いてみせた。 「人に寄生してる幽霊をどっかに置いてこなきゃいけませんから」 言って、ヒカルは乾いた笑いを漏らした。 ディラータの外れに、城壁修復用の資材を置いてある場所がある。その広場に、ヒカルはひとりで訪れた。 『遅かったな』 エルフ語で言われ、ヒカルは苦笑を浮かべた。 『あんたが早すぎるんだ。忙しいんじゃなかったのか?』 『教会のトップとかいう人間が来るまでにやらなきゃいけない仕事はもう終わったからな』 もちろん、このトップというのはエレナの事ではない。正真正銘、現在の六竜神教会を束ねる者の事だ。 ヒカルは、軽く頷いた。 『なるほど』 ギルはいつもの剣を地面に突き刺し、言った。 『言われたとおり魔法陣は描いておいてやったぞ。もっとも、魔法が使えないエルフが描いたものだからな。効果の程は知らんが』 『誰が描いても魔法陣の効果は同じだよ。陣そのものに増幅の力があるんだから。要は、使い方とタイミングさ』 ヒカルは描かれた魔法陣を確認するようにぐるりと周囲を見渡し、ギルを見上げた。 『じゃあ、さっさとやろうぜ』 『いいだろう』 ギルは頷く。 ヒカルは目を閉じ、ぶつぶつと詠唱を始めた。魔法陣が淡い光を放ち、ふたりを包み込む。 詠唱が終わると、ヒカルはギルの胸に手を当てた。ギルの中に、暖かいものが伝わっていく。 しばらくそうしていた。やがて、魔法陣が光を失うと、ヒカルは目を開いた。 「これで大丈夫のはずなんだが」 「ああ。お前はこれでいいのか? 言語がわからなくなったりは?」 「ああ、それは大丈夫だ。つーか、今、こうして話しているだろ? あいつの記憶はもう一部、オレのもんなんだ。だから、エルフ語だって話せるぜ?」 「それは便利だな」 軽く笑いを浮かべ、けれどそれはすぐに暗い表情に覆い隠された。 「言葉が使えたって、言いたい事も言えなきゃ同じだよ」 「なんだ。まだ言っていないのか?」 ギルは呆れたようにため息をつき、やれやれと首を振った。 「なんて言ったらいいのか、わかんねーんだ」 「事実を言えばいい。何を言おうとも、事実は変わらないだろうが」 「そりゃ、そうだけどよ」 ヒカルは不満げに口を尖らせた。 「心なんて自身でどうにかするもんだ。お前が何を言おうと、あのハーフが自分で立ち直れなければ同じ。お前はただ、事実を告げればいい」 「そんなもんかなぁ?」 「俺がどれだけ生きていると思ってる」 想像もつかねぇ、とヒカルは笑った。 「笑えるなら十分だ。そうやって言ってこい」 「……わかったよ」 ため息混じりに言うと、ヒカルはギルに背を向けた。肩越しに手を振り、大きな声で叫ぶ。 「エルウェン、ありがとなッ!」 立ち去るヒカルの姿を眺めながら、ギルはひとり呟いた。 「あれが竜神の使徒、か」 そして、口の端を持ち上げる。 「なるほど、エルフが負けるわけだな。そうだろう、メイ?」 ギルは軽く首を後ろに回しながら声をかけた。 呼び声に答えるように、建築資材の合間から、ひとりの男が顔を出した。 「気付いていたのか」 ゆらりと立ったメイを前に、ギルは笑った。 「俺を誰だと思っている。エルフの耳は人間より優れているんだ」 「知っているよ。エルウェンにはそれで、よく余計な事まで聞かれたからな」 メイは資材に腰を下ろすと、ギルを見上げた。 「まだ未練があるのか?」 だが、先に口を開いたのはギルだった。メイは自嘲的に笑い、首を振った。 「いや。ヒカルに負けて、何もかも失って、逆にすっきりした。もう、今を受け入れる準備はできてるよ」 「そうか。お前は、こちらにいられるのか?」 「ああ。シーフの肉を食った時点で、オレはもう竜神の魔力に頼る人間じゃない。むしろ帰る方法がないくらいさ」 そうなのか、とギルはわかったのかわからないのか、判断しかねる声を出した。 「帰らないなら、これからどうするんだ?」 「これから、か?」 ギルは無言で頷く。メイは少し考えるように、口元に手を当てた。 「そうだな。とりあえず、諸国を渡って、オレにやれる事をやるつもりだ。魔法で誰かを助けても構わないし、力仕事でもいい。とにかく、オレが迷惑をかけた世界中の人に、謝りたいんだ」 戦い負けて、残ったものは罪悪感。世界の全てに謝罪したいという、果てしない後悔だった。 「なら、お前が連れるべきじゃないのか」 「エルウェンを、か?」 ギルが頷く。けれど、メイは首を横に振った。 「今のオレにはそんな資格はないさ」 「好きな女を連れるのに資格が必要なのか?」 ギルはすたすたと歩くと、メイと視線を合わせた。いつの間にか、ギルの表情は、さっきまでの強気なものから、温和で女性的なものへと変化している。 「メイ。私は、贖罪を欲していません」 「……エルウェンか。だけど、オレはお前のためって名目で、酷い事をしちまったんだぞ。今更、お前と一緒になんか生きられない」 「酷い事をしたと思っているのなら、関係ないのではありませんか?」 メイは黙ってエルウェンを見つめ、言葉の続きを待った。 「確かに、あなたは許されない行いをしました。けれど、それでもまだ生きていて、罪を罪と理解しているんです。なら、私にはそれで十分です」 ふっと、ギルの表情が普段のものに戻った。 「納得、したか?」 メイは答えなかった。答えられなかった。 ほろほろと、目からは涙がこぼれていた。 「……涙もろくなったか?」 「大きな、お世話だ」 涙を拭い、メイはギルの胸に手を当てた。 「頼む。やってくれ」 「魔法はお前が唱えろ。魔力くらいなら、貸してやる」 苦笑交じりに頷き、メイは呪文を唱え始めた。ギルは、全身を魔力で覆う。 ふたりは光に包まれ、そして、消えた。 「じゃあな。俺はこれでも忙しいんだ」 「そう、か」 ギルは笑みを浮かべると、軽く手を上げて去っていった。 残されたメイは、胸に手を当て呟いた。 「なんだ。結局、簡単な事なんだよな」 そして、メイは目元を拭った。 世界は徐々に、動き出している。確実に、良い方向へ。 |