山間まで四体の人型兵器が移動すると、そこには戦艦が停泊していた。
 鋭いフォルムの、飛行可能なタイプの戦艦だ。決して大型とは呼びがたく、人型兵器を六体も納めれば、それで満室になるであろうサイズの格納庫しかない。大型の戦艦は百体単位で機動兵器を収納できるから、むしろ小さい方と言えるかもしれない。
 格納庫に続くハッチが開くと、兵器たちは次々に中に入っていった。その中、一体の巨人は戦艦を見た。
 そのフォルムは、世界中で使われているどの戦艦とも違う代物だった。戦艦など自国で建造する以外に入手する方法はないから、どれもフォルムはだいぶ違うのだが、それにしてもこの戦艦は特殊だった。そもそも、流線型のフォルムを採用した戦艦など、今までどこの国も使用していない。
『ディオート4、早くしろ』
 なかなか帰還しない味方に、戦艦の中から声が飛ぶ。巨人は慌てて格納庫に入った。
 機動兵器をその腹に入れると、戦艦は浮き上がった。
 そのまま高度をぐんぐんと上げ、そして、爆発的な速度で飛び立っていった。

 少年は機体を格納庫の所定の位置に収めると、ハッチを開いた。
 ヘルメットを脱いでシートの上に置き、機体から降りる。
「いよう、フレーゼ。久しぶり」
 降り立ったところで、少年は声をかけられた。
 振り向くと、そこには長髪の男が笑っていた。長い金髪は、彼の自慢だ。割と背が高いこともあって、黙っていればそれなりに見える。だが、その軽薄な口調は、彼が三枚目であると告げていた。
 少年は眉をひそめ、答える。
「さっきまで一緒に作戦行動してたじゃないか」
「あれ? お前、いたっけ?」
「戦場で会っただろ。だいたい、今日の作戦は全員でやったんじゃないか」
 そうだったかな、と長髪の男はとぼけた。
「そういやフレーゼ。どうして逃げろなんて言ったんだ」
 急に真剣な顔になり、長髪の男は語気を強めた。
 途端、フレーゼは弱気な表情になる。
「だって、殺したくないじゃないか」
 そっぽを向いて、そう言った。
「バカ。いつも隊長にも言われてるだろ? 戦場で情けは禁物。邪魔者は全て殺すくらいの心意気で、って」
「僕はそんな真似はしたくない」
 長髪の男はため息をつくと、少年の乗っていた青い機体を見上げた。
「なーんでお前みたいのがモルスに選ばれちまったのかなあ?」
「知るかよ。どうせ僕は隊長やディルみたいに強くないよ」
「オレや隊長が強いのは当たり前なの。元軍人なんだから」
「じゃあ、ラナスちゃんは? あの子なんか、まだ僕より子供じゃないか。でも、僕よりずっと役に立ってる。さっきの作戦だって、あの子がいなきゃ成立しなかった」
「あれはもっと特別。あいつの生い立ち、お前だって知ってるだろうが」
「それは……」
 ディルはぽん、とフレーゼの頭に手を置いた。
「ま、お前はまだガキだけどさ。モルスに選ばれた以上、誰より強い何かがある筈なんだ。そいつを信じて、まずは殺しを割り切れるようにならなきゃな」
「そんなの、なりたくない」
 フレーゼはディルの手を払いのけ、続けた。
「僕はなりたくて傭兵になったわけじゃないんだ。モルスに選ばれちゃったから、こうして人殺しをしている。本当は選んで欲しくなんかなかった。殺しをする理由なんか、欲しくなかったんだ」
 ディルは目を細め、呟いた。
「困ったヤツだな」
 そして、苦笑を浮かべる。
「でも、お前のそーゆーとこは嫌いじゃない」
 そして、またフレーゼの頭に手を乗せた。
 フレーゼは不満げにディルを見上げ、けれど、今度は払いのけなかった。
『フレーゼ、ディル。早くメイン・ルームに来い。いつまで待たせるつもりだ』
 と、そこに艦内放送が入った。ふたりを呼び出す放送だ。その語気には、怒りが混じっている。
 ふたりは青ざめ、慌てて格納庫を飛び出した。

 ふたりがメイン・ルームに到着すると、すでに三人の女性たちが待っていた。
「遅い。任務を終えたらすぐにここに戻れと、いつも言っているだろうが」
「すんません、イリス隊長」
 ディルは頭を笑いながら頭を下げた。フレーゼも頭を下げる。
 ふたりに文句を言ったのは、肩ほどの長さで切り揃えた髪を持つ女性だ。三人の真ん中に立ち、ウェーブがかった黒髪を揺らしている。その引き締まった表情は、女性らしさが微塵も感じられなかった。
「……まあ、いい。疲れているだろうからな、手っ取り早く話を終えよう」
 ため息をひとつ、イリスは続けた。
「作戦は成功だ。無事、敵格納庫、及び敵研究機関は破壊した。これでこの世からまたひとつ、武力勢力が消えたわけだ」
「人数の少ない二流勢力が、ッスけどね」
 イリスはディルを睨み、続ける。
「修理が必要な場合は各自でカトレアに報告しておけ。それと、目下のところ依頼はない。しばらく休養だ」
「りょーうかい」
 ディルは頷き、他の三人も黙って首を縦に振った。
「よし、今回の作戦は以上で終了! お疲れだ」
 めいめい挨拶をしながらメインルームを出て行く。フレーゼもまた、自室に向かおうとした。
「待て、フレーゼ。お前には話がある」
 と、その背中にイリスの声が飛んだ。フレーゼは肩を震わせ立ち止まる。ディルは同情的な笑みを浮かべながら、メイン・ルームを出て行った。
「何ですか、話って」
 ため息混じりにフレーゼは振り返った。
「フレーゼ。さっきの戦いで、どうしてMASを使わなかった」
「……調子が、出なかったんです」
 フレーゼはイリスを見ずに答えた。
「そのせいでディルがお前のサポートに向かう羽目になったんだろうが」
 イリスの表情は厳しかった。もっとも、それも当然だが。
「いいか。MASの起動に必要なもの、それはお前の精神力が全てだ。いつも言っているが、相手を殺すつもりでやらなければMASは使えない。お前はまだまだ未熟なんだ、MASなしでは普通の機体にだって負ける可能性がある。それを理解して行動しろ。いいな?」
 フレーゼは不満に満ちた顔で、けれど頷いた。
「理解したなら、それでいい。今日はお前も疲れただろう、ゆっくりと休んでおけ」
「はい。ありがとう、ございます」
 フレーゼも先に出て行った三人の後を追うように部屋を出て行く。
 それを眺めていたイリスは、長く息を吐いた。
「確かに、MASは不安定な代物で、頼るようなものではないのだがな」
 イリスは首を振り、彼女もまた部屋を出て行った。

 フレーゼは自室に入ると、まずは着替えた。身体にフィットしたシャツを着ると、ベッドの上にごろりと横になる。
 ふと、枕元に置かれた資料に手を出した。印刷された紙を束ねた書類のタイトルは、『人型兵器に関する考察』。
 ぱらりとめくり、中に目を通した。最初に書かれていたのは、序論。
『現在、戦場における兵器の主流は人型兵器である。エクイットと呼ばれるこれらの存在は、高い機動性と様々な武器を使いこなす応用性を持ち、数々の戦果を示してきた。もしエクイットが存在しなければ、我々は銃を片手に荒野を何千キロと移動しなければならなかったであろう』
 そこまで読んだところで、フレーゼは書類束を放り出した。
「何を言ったって、所詮は人殺しの道具じゃないか」
 それが、彼には気に入らない。殺すための道具の存在意義は、彼にはまるで理解できなかった。
 特にすることもなく、フレーゼが眠りかけていると、コンコンと扉を叩く音が聞こえた。フレーゼが何かを言う前に扉が開き、叩いた本人が顔を見せた。
「フレーゼぇ。飲みに行こう、飲みに」
 金髪を揺らす青年、ディルだった。
「ええ? 嫌だよ、隊長でも誘ったら?」
「隊長は飲まないだろうが。ラナスちゃんはまだ子供だし。飲めるの、お前しかいないんだよ」
「じゃあひとりで飲みなよ。僕まで巻き込まないでくれ」
 目を閉じようとするフレーゼを、ディルは強引に起こした。
「ねーるーな!」
「むう……」
 目をこすりながら、仕方なくフレーゼはベッドから降りた。
「ほらほら、食堂に行くぞ!」
「むう、わかったよ」
 不承不承に頷き、ディルに引っ張られるようにフレーゼは部屋から連れ出された。

 食堂に到着すると、ディルとフレーゼは棚から酒を取り出した。
 この艦にコックはいない。この艦で最も料理の上手いディルがコックの代わりで、基本的に食堂の食べ物は勝手に食べていいという決まりがある。
 酒も同様。と言っても飲むのは男ふたりだけなので、他に手をつける者は誰もいないのだが。
 ディルはコップに麦酒を注ぐ。フレーゼもまた、グラスに葡萄酒を注いだ。
「ったくよう、やってらんねーよなあ。人使いは荒いくせに給料は少ねえ、ときたもんだ」
「それはディルが信用されていないだけだろ?」
「どーゆー意味だよ」
「ディルに金を渡すとロクな使い道をしないってことだよ」
 ディルは一気にコップをあおった。ちなみに、ここの酒は彼の個人的な金で買っているわけではない。
「それにしたってよう、オレよりかラナスちゃんの方が給料高いってどういうわけだよ?」
「ラナスちゃんはしっかりしているから」
「呼びましたか?」
 ヒュインと自動扉が開き、少女が顔を出した。
 年齢は十代半ばといったところだろうか。だが、表情や動作には子供らしさは全くない。茶色い髪を頭の後ろでまとめていて、それが歩くたびに馬の尾のように揺れていた。
「いや、何でもない」
 ディルは額に汗を浮かべながらも、そう言った。
 ラナスはその様を冷静な目で見つめ、フレーゼに視線を送る。
「フレーゼさん。何か悪口を言っていませんでしたか?」
「い、いや。何も言っていないよ」
 実際、言っていない。
「……、まあいいです」
 ラナスはふたりから視線を外すと、キッチンの裏側にもぐりこんだ。何やら、戸棚をかたかたとかき回し、やがて目的の物を得たらしく、満足げに顔を上げた。と言っても、無表情のままだが。
 ラナスは茶葉が入った箱を手にすると、用事は済んだらしくすたすたと歩いていく。
「ディルさん、お酒も構いませんが、あまり飲みすぎてイリスさんに叱られないようにして下さい」
 言い残し、ラナスは扉の向こうに姿を消した。
「うるせーやい」
 その後を見つめながら、ディルは呟く。フレーゼは呆れた調子で言った。
「そう思うのなら本人に言えばいいじゃないか」
「バカ、そんな真似をしたらまた隊長に叱られるじゃねーか。まったく、困ったもんだぜ」
「『困ったもん』なのはどっちだか」
 早くもふたつ目の缶に手を伸ばすディルを眺めながら、フレーゼは小声で呟いた。
「だいたい、ラナスちゃんがディオート2なのはオレより早くディオート・クラットのメンバーになったからだ。オレが先に入っていたら、間違いなくオレが2だったね」
「僕はそれでもラナスちゃんが2だと思う」
「ああん? テメエ、男より女に走るのか?」
 ディルはフレーゼの首に腕を回し、ぎりぎりと締め上げる。
「おい、どうなんだ。まさかテメエは男の友情を裏切って女の上司に味方するつもりか。どうなんだよ、おい?」
「ディルさん。それではフレーゼさんが話せない状況だと思うのですが」
 いつの間にか。ディルの背後に、ラナスが立っていた。
「うおッ!?」
 思わず数センチほど浮き上がりながらも、ディルはフレーゼを放した。
「わたしがディオート2であることに何か問題が?」
 ラナスは特に感情の色がない瞳で、じっとディルを見つめる。怒りの表情より、こちらの方がずっと怖い。
「い、いえ。何の問題もございませんのです、はい」
 ディルはホールドアップ状態で、額から汗を流しながら答えた。
 ラナスはため息ひとつ、フレーゼに目をやる。
「フレーゼさん。大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だよ」
 首元に手をやりつつも、フレーゼはそう答えた。
 ラナスは頷き、ディルに視線を戻す。
「ディルさん。わたしに用事がある場合は、フレーゼさんではなくわたしにお願いします。わたしの部屋はご存知ですよね?」
 こくこくと頷くディル。ラナスは満足げに頷き、改めて食堂から出て行った。
 途端、ディルはへなへなと力なく椅子に座り込む。
「やべえ。戦闘の三倍くらい疲れた」
「……やっぱり、ラナスちゃんが2でいいと思うよ」
 葡萄酒を軽く飲みながら、フレーゼはぽつりとこぼした。