「ふれえぜぇ……」
 死霊が地獄から搾り出しているような声に思わずフレーゼが振り向くと、真っ青な顔のディルが入室するところだった。
「ディルか、脅かさないでくれよ。それで、一体どうしたんだ? 顔色が悪いけど」
「ああ、二日酔い……」
 それだけ答えると、ディルはフレーゼのベッドに倒れこんだ。
 フレーゼは部屋の隅にある鉢植えから立ち上がると、ディルの脇に立つ。
「二日酔いの薬ならカトレアにでも頼めばいいじゃないか」
「カトレアはぁ、たまに薬を間違えるからぁ、信用ならん」
 それもそうか、とフレーゼは思い直した。彼も以前、胃薬を貰ったはずが、何故か便秘薬にすり替わっていたことがあった。
「フレーゼぇ、薬を貰ってきてくれよぅ」
「ここまで来る余裕があるなら、自分で持ってくればいいじゃないか。僕も暇じゃないんだよ?」
「うっせー、先輩の言うことは素直に聞いとけぇ」
 フレーゼはため息ひとつ、頷いた。
「わかったよ。頼むから大人しく待っていてくれよ?」
 念を押し、フレーゼは部屋から出た。
 薬関係は医務室にある。と言っても、医者がこの艦にいるわけではないから、ただの薬の貯蔵庫だ。
 フレーゼは医務室に入ると、戸棚に並べられた薬の中から二日酔いの薬を探す。
「二日酔い、二日酔いっと?」
 薬瓶のラベルをひとつずつ確認し、フレーゼは目的のものを見つけた。
 それを戸棚から取り出すと、それをポケットに突っ込んで部屋を出た。
 と、出たところで別の人物とぶつかりかけた。慌てて立ち止まり、そのせいでよろめいて倒れた。
「おい、何をやっている」
 呆れ声と共に差し出された手。フレーゼはそれを握り、立ち上がった。
 ぽんぽんと尻のあたりをはたきながら、フレーゼは真正面で腕を組む女性に頭を下げた。
「ありがとうございました、隊長」
「いや。それより、医務室なんかに何の用事だ? 怪我でもしたのか?」
 フレーゼは咄嗟に右手を瓶の入ったポケットに突っ込み、嘘をついた。
「ええ、まあ。ローズのトゲが刺さっちゃって」
「珍しいな。お前は花の扱いだけは上手いのに」
 イリスはどこか訝しげな様子でフレーゼを見上げる。フレーゼは可能な限り動揺を隠しつつ、話題をそらそうとした。
「そ、それより隊長こそどちらへ?」
「ああ、私はカトレアと依頼に関して話があってな。どうも依頼人が依頼料に関してごねているとかで、面倒なことになっているらしい。まったく、連中は戦いの価値がわかっていないから困るな」
「え、ええ。そうですね」
「――フレーゼ、私に何か隠し事をしていないか?」
 フレーゼは内心でドキリとしつつも、首を横に振った。
「いえ、何も。それより隊長、カトレアが待っているんじゃないですか?」
「ああ、そうだった」
 邪魔したな、と言い残し、イリスは颯爽と立ち去った。フレーゼはその背中を眺めながらため息をつき、自室へと足を向けた。幸いなことに、イリスの行き先とフレーゼの部屋は反対方向だ。これ以上、怪しまれながら行動する必要はない。
 フレーゼが自室に戻ると、まだディルはベッドの上で横になったままだった。
 もっとも、眠っているわけではない。その証拠に、この世に対する恨みつらみが、まるで怨嗟の呟きのごとく続いているのだ。
「ディル。それ、不気味だから止めてくれ」
 言いながら、フレーゼはポケットに突っ込んであった薬を枕元に置いた。続いて、部屋の洗面台でコップに水を汲み、それも枕元に置いてやる。
「ありがとなぁ……」
 元気のない様子でディルは丸薬を手に取ると、水でそれを一気に飲み込んだ。
「ああ、ったくよう。酒ってのはどうして飲んでいる時はあんなに気持ちいいのに、次の日にゃこんなに気持ち悪くなるかねえ?」
「基本的に飲みすぎ。そのせいだろ?」
「お前な、酒は飲める時に飲んだ方がいいんだよ。死ぬ間際になって後悔するの、嫌だろ?」
「ディルはどんだけ飲んでも死ぬ間際には後悔すると思うよ。ついでに言うと、今まさに死にそうになっているじゃないか」
 ディルは恨めしげな様子でフレーゼを睨んだ。
「くそ。戦いでなきゃ強気なヤロウだな」
「正論だろ」
「お前ね、世の中は正論だけより、嘘とか憶測が混じった話の方が好まれるんだよ」
「そういう台詞は自分で二日酔いの薬を持ってこれるくらいになってから言ってくれよ。僕も隊長に見つかりかけて、やばかったんだから」
「何ぃ!?」
 叫んだ途端、
「くおッ……!」
 自分の声でダメージを受けたディルは、頭を抱えた。
 涙目でフレーゼを見上げつつ、聞く。
「それでまさか、オレが二日酔いとか言ってないだろうな?」
「言わないよ。そのせいで僕まで叱られたら嫌じゃないか」
「おーう、やっぱ持つべきものは友人だねぇ」
 そして、もう駄目、とばかりに、ディルはベッドに倒れこんだ。