「食事が終わったら各自、メイン・ルームに来てくれ。会議を行う」
 食堂の卓につき、開口一番、イリスはそう言った。
「何か問題がありましたか?」
 同様に椅子に座りながら、ラナスは返す。イリスは『隊長専用、触るな!』と書かれた黄色いケースを手に取りながら、頷いた。
「昨日の依頼主がだいぶごねた。そのせいで追加依頼をこなさなきゃいけなくなったんだ」
「追加ッスかあ? 面倒ッスね」
 両手には料理の盛られた皿、首からはエプロンをかけた状態のディルは、嫌そうな顔をした。すでに二日酔いは治っているらしい。医務室の薬は効果てきめんだったようだ。
「ああ。詳細は後で話そう。まずは、腹ごしらえだ」
「はいはい、それじゃあ頂きましょうかね」
 エプロンを外し、食卓にディルもつく。四人が揃うと、誰からともなく両手を胸の前で組んだ。
 彼らに宗教はない。困った時に救ってくれる神様などいないという事実を、彼らは知っている。それでも祈るのは、命の大切さを知るが故だ。生命が大事であるのは、宗教家も戦争家も同じだ。
 彼らが祈るのは神ではない。言うなれば、この食事によって失われる命そのもの。生命への感謝は、常に忘れられない。
「それじゃ、食べますか」
 祈りを終えたところで、一同は食事を始めた。
 食卓には色とりどりの料理が並ぶ。これらは全て、ディルが作ったものだ。彼にとって料理は趣味であり、特技でもある。彼の料理はどれも美味い。美味い、はずなのだが。
「……隊長。その、まよねぃずはどうにかならないもんですかね?」
 スプーンをぴこぴこ振りながら、ディルは言った。イリスは平然と取り皿に盛った料理に黄色い物体をかけながら、返す。
「何だ、私の食事に文句でもあるのか?」
「いや、そういうわけじゃないッス。ただ、こう、料理を作った側としては、そんだけ装飾されるのもあれだなぁっていうね、そういう想いもあるわけなんですが」
「そうか、それは残念だったな」
 イリスはディルなど全く気にせず、黄色い食事を始めた。ディルはため息と共にうなだれたが、それでも食事を再開した。
 彼らの食事は早い。いつ緊急事態が発生するかわからない以上、のんびり食事をする癖はなかった。
 食事を終えると、軽く片付けを行ってからそれぞれ自室に戻る。その中で、フレーゼはひとり、メイン・ルームに向かった。特に準備するほどの何かもなかっただけだが。
 メイン・ルームは、この艦の操舵室のようなものだ。壁一面のモニターが外の光景を映し、その下には入力装置が並ぶ。それぞれが索敵や砲撃、通信などに使うものだ。
 彼らがこの部屋を会議に使用するのは、この部屋がどこからも最短で行ける場所だからだ。緊急事態が発生した場合、乗組員はどこにいてもここに来なければ話にならない。そのため、ここはどこからも来られるよう、様々な道と通じた部屋でもある。
 ミーティング・ルームもあるにはあるのだが、たった四人だけの彼らでは、それほど大それた部屋は必要なかった。
 フレーゼは手持ち無沙汰に、レーダーの前に座った。今のところ、レーダーには何の反応も見られない。
「あら、フレーゼさん。早かったんですのね」
 声にフレーゼが振り向くと、紫色にも見える銀髪の女性が立っていた。どこか母親的な雰囲気をまとった、なかなかの美人である。
「別にすることもないしね」
 言いながら、フレーゼは向き直った。
「そういえば、依頼主にごねられたんだってね。カトレアが負けるなんて珍しいじゃないか」
「負けたわけではありませんのよ。ただ、お金の払いもいいお客様ですし、今後とも良好な関係を続けるためには折れた方がいいだろうと、イリスが言ったんですの」
「なるほど、ね」
 それで納得したように、フレーゼは頷いた。カトレアは金銭交渉に強く、基本的に負けることはない。だが、彼女の方が折れろと言われたのであれば、十分に納得できる。
「それで追加任務か。ペリキュラムの方は準備完了しているの?」
「ええ。エネルギー充填、モルスの装甲修理、武器弾薬の補充、全て完了済みですわ」
「さすが。仕事が速いね」
「他にすることもありませんから」
 言い、カトレアは平然と笑った。
 カトレアはこの艦において、最も特殊な存在だ。
 カトレアはこの艦そのもの。フレーゼたち傭兵チーム『ディオート・クラット』のメンバーが使用する戦艦『キャストラム』のメインコンピュータだ。言い換えれば、この艦の意思と言ってもいい。
 コンピュータであるため、睡眠も食事も必要ない。その時間を、兵器の維持や情報収集、依頼主との論争など、多岐に渡る仕事に費やす。
 もちろん、ここに立っている紫美人もただの立体映像だ。どう考えてもこんな映像は不必要なのだが、この方が会話がしやすい、とかの理由で、彼女はメインルームに誰かがいる限りは映像化している。
「そうだ。ねえ、カトレア。MASを上手く起動させるコツってないのかな?」
 ふと思いついたように、フレーゼは問いかけた。
「コツ、ですか?」
 フレーゼは頷き、
「僕はいつも起動に失敗する。隊長は殺すつもりでやれば起動できるって言うけど、僕はそういうのは向いていないと思うんだよ」
 フレーゼがMASを使いこなせていないという事実は、改めて聞くほどのものではない。言ってしまえば、いつものことだ。
 それでも、現存の最新型エクイットを軽く凌駕するペリキュラムならば、何の問題もなく作戦遂行が可能であるために、あまり問題にはなっていないが。
 カトレアも相槌を打った。
「そうですわね。フレーゼさんの性格を考えれば、仕方のないことですわ」
「うん。だから、何かないのかなって」
 カトレアは考えるように口元に指を当てた。カトレアとてMASの仕組みはインプットされていないが、ディオート・クラットとして働いてきた三年のデータから、適切な答えを導き出す。その早さ、およそ二秒弱。コンピューターを舐めてはいけない。
「――フレーゼさん。MASとは何か、ご存じですわね?」
「マインドアクションシステム。人間の精神をエネルギーとして作動、効果を発揮する兵装の一種。現代科学ではそのシステムを解明できない、未知の装置である」
 フレーゼは初めてモルスの乗り手となった時に教えられた言葉をそのまま繰り返した。あまりにぶっ飛んだシステムだけに信じがたいものではあるが、実際に存在している以上、否定はできない。
 カトレアは頷いた。
「つまり、MASを作動させるには、フレーゼさん自身に戦う意思がなければなりません。イリスさんの言葉通り、デュアル・レイブレイドなら殺す覚悟が、オールディレクション・シールドなら殺させないという覚悟が必要ですわ。こればかりは、どうしようもありません」
「……そっか」
 目に見えて肩を落とすフレーゼに、カトレアは微笑みかけた。
「大丈夫ですわ。フレーゼさんはモルスが選んだ乗り手。いつになるかはわかりませんが、『守る力』を理解する日が来ますわ」
「力に種類があるのか?」
「それは、ご自分の手で掴まないと」
 釈然としないながらも、フレーゼは少しばかりの明るさを取り戻していた。
「……ありがとう、カトレア」
「いいえ。乗員のメンタルケアもわたくしの仕事ですから」
「また問題でも起こしたのか、フレーゼ」
 話しながらフレーゼが待っていると、イリスが現われた。
「何でもないですよ。ってか、いつも問題を起こしている、みたいな言い方は止めて下さい」
「起こしているだろうが。実際事実現実的に」
 言い、イリスは部屋の中央に立った。
 ほとんど間を置かずラナスが現れた。けれども、ディルはやはり姿を見せない。
「まーたあいつは遅刻しているな。カトレア、艦内放送だ。すぐに来なければハッチから放り出すと言ってやれ」
「はい、わかりましたわ」
 笑顔で答え、カトレアは目を閉じた。必要性のない動作としか思えないのだが、どうにもこのコンピュータは、動作のいちいちが人間くさい。
 おそらくは艦内放送をしているのだろう。防音に優れたメイン・ルームには聞こえてこないが。
 待つことおよそ二十秒。いきなり転がりこむようにしてディルはメイン・ルームに入ってきた。
「遅いぞ、ディル」
 それを平然と見下ろすイリス。まるで何事もなかったかのようである。
 一方、ディルは汗に彩られた青白い顔できょろきょろと見渡し、そしてフレーゼを見上げた。
「ふふふふフレーゼ! お前かあの嫌がらせ!」
「嫌がらせ? 何の話?」
 素直にフレーゼが首を傾げると、ディルは震える指で扉を指しながら言った。
「おおおオレの部屋に出た半透明の映像だよッ! お前、あれはマジでびびるぞ馬鹿ヤロウッ!」
 フレーゼは無言でカトレアを見た。カトレアはにっこりと笑い、答える。
「すみません、映写装置の調子が悪かったようですわね。どうせなら美人に言われた方がいいと思いまして、黒髪で白いワンピースの女性を映像化したのですけれど。失敗しちゃいましたか?」
「お前かカトレアぁ! あんなホラー映画のおばけみたいな映像を作ったの!」
 カトレアに掴みかかろうとするディルを、フレーゼは後ろから押さえ込んだ。
「落ち着けディル! 立体映像に八つ当たりしても仕方ないぞ!」
「フレーゼ! ここで退いたら男がすたる!」
「すたれ、馬鹿」
 と、ディルの頭を叩く拳がひとつ。イリスである。
「いつまで会議の邪魔をするつもりだ。ほら、早く始めるぞ」
「う……」
 隊長が相手では反論もできず、仕方なくディルも所定の位置に立った。
「それじゃあ、会議を始めるか」
 一同の顔を見渡し、イリスは満足げに頷いた。
「まずは依頼内容だ。今度の依頼は、小さな研究所の強襲だ」
 正面モニターに映像が映し出された。どこか遠くから望遠カメラで撮ったような、不鮮明の映像である。
 見えるものは、さして大きくもない白い建物くらい。周囲は木々に囲まれているようだ。
「場所はセメトドームの西に三千キロ。珍しい、ドーム外の建物だ。もっとも、こんなポイントに軍事行動を仕掛ける国はないだろうが、な」
 指定されたポイントは岩の樹林が広がるところで、資源になるようなものなど何もない。確かに、軍事的に役立つ場所ではなかった。それだけに、秘密の研究所を建造するには穴場とも言える場所なのだろう。
「外見ではわかりにくいが、どうやら地下に研究施設が広がっているようだな。ここを攻め、可能ならば研究中の資料を奪取、不可能ならば研究内容の全てを抹殺する。それが今回の任務だ」
 質問は、と周囲を見渡す。ディルが手を挙げた。
「武装の類は?」
「事前情報ではエクイットが三台。兵器はそのくらいだな。攻撃された場合よりも、そもそも見つからないという前提で作った建物らしい」
「なら楽勝ッスね」
 エクイットは強力な兵器ではあるが、彼らの所有する兵器『ペリキュラム』はそれを軽く凌駕する。たかだか三体のエクイットがいたところで、彼らには何もないのと同じだった。
 今度はラナスが手を挙げた。
「研究中の資料とは、具体的に何のことですか?」
「新型兵器だそうだ。だが、詳細は不明。下手をすれば迎撃にそれを使う可能性もあるから、油断は禁物だな」
「大丈夫ッスよ。んな兵器のひとつやふたつでペリキュラムが落ちるもんですかってね?」
 イリスはディルを睨み、けれど反論はしなかった。彼女自身もそう思っているからだろう。なにせ、今までペリキュラムよりも優れた兵器など、一度も見たことはないのだから。
 最後に、フレーゼが手を挙げた。
「人は、どのくらいいるんですか」
「研究要員がいるそうだが、人数は不明だ。なに、戦闘能力など持たない連中だ。殺す必要はない」
 最後に、お前の望み通りな、と加えた。
「他に質問は」
「作戦開始時間は?」
「明晩零時。よって明日の二十二時までは自由行動とする。問題ないな?」
 三人が頷く。隊長も頷き返し、そして笑った。
「よし。それでは解散ッ!」