フレーゼは解散した後、格納庫に向かった。
 格納庫には四体の人型兵器が並んでいる。その名は、ペリキュラム。外見上はエクイットと同じだが、中身は別物だ。
 ペリキュラムはエクイットを遙かに凌駕する機動性や火力、応用性を持つ。そこに使用されているテクノロジーは、どのようなものなのか、フレーゼも知らなかった。
 正確に言えば、誰も知らない。この艦のコンピュータであるカトレアにさえ、わからないとのことだった。
 どうして動くのかはわからなくとも、動かし方がわかれば使用はできる。
 フレーゼも、自分の機体の扱い方だけは知っていた。それは、モルス自身に教えてもらった。
 フレーゼはメンバーの中で最も新入り。傭兵としての経験もたった一年ほどしかなかった。彼が凄腕の傭兵集団『ディオート・クラット』のメンバーでいられるのは、ひとえにモルスの乗り手である、という事実だ。
 ペリキュラムは自ら乗り手を選ぶ。誰でも使えるエクイットとの、決定的な違いだ。フレーゼは一年前、モルスに選ばれた。それからペリキュラム乗りとなり、傭兵として生きてきた。
 どうしてモルスがフレーゼを選んだのか、そもそもどうしてペリキュラムは乗り手以外では起動すらできないのか、理由は定かではない。だからこそ、メンバーはそれを、機体が選んでいる、と表現している。
 実際、ペリキュラムにどれだけの意思があるかはわからない。けれど、乗り手の言葉には必要最低限で返ってくる機械音声などから、ある程度の知能はあると想像できた。
 もっとも、戦闘補佐程度のAIはエクイットにすら装備されている。つまりは、それだけでは意思があるとは判断できないのだが。
 もちろん、ペリキュラムやキャストラムといった兵器を作り出したのは、ディオート・クラットではない。
 フレーゼが聞いた話では、数年前にイリスが地中に埋まっていたキャストラムを偶然に発見し、それからディオート・クラットを結成。各地で傭兵として活動しているとか。
 今ではディオート・クラットの名前を知らない者は、戦場ではモグリと言われる。それほど彼らは有名だった。たった四人と一体のメンバーながらも、その戦果はすさまじく、どのような困難な依頼も確実に遂行してきた。その分、依頼料は高いし、依頼する人も選ばれているのだが。
 フレーゼはモルスの足に触れた。金属の肌は、ただ冷たい感触だけを返してくる。
「モルス……。僕は、どうしたらいいと思う?」
 返事はない。ペリキュラムが会話をしたことは、今まで一度たりともなかった。フレーゼも、返事を期待しているわけではない。
「どうか、しましたか?」
 期待していなかった返事に驚きつつフレーゼが顔を上げると、カトレアがにこにこと笑っていた。
「カトレアか。脅かさないでくれよ」
「それは、ごめんなさい。何か悩んでらしたようでしたから」
 カトレアはそっと、フレーゼの隣に立った。フレーゼはモルスの足に寄りかかり、床に目を落とす。
「たいしたことじゃないさ。いつものやつだよ」
「戦いの意義、ですか?」
 フレーゼは頷いた。
「僕は隊長やディルのように戦場で生きてきたわけでも、ラナスちゃんのように生まれながらに戦う才能が与えられているわけでもない。どこにでもいた、平凡な孤児に過ぎない。僕は、決定的に戦いに向いていないんだ」
 フレーゼは自嘲的に笑った。
 他の誰に言われるまでもない。フレーゼは、自分で自分が戦いに向いていないと、一番に理解していた。
「僕は、殺すのが怖い。殺した人に恨まれるのが怖い。殺した人の家族が泣くのが怖い。殺した人の恋人に憎まれるのが怖い。殺した人の友人に、殺されるのが怖い」
 カトレアは黙って話を聞いていた。彼女の理念の通り、確かにこの方がフレーゼには話しやすいだろう。映像を出す意味も、十分にあると言える。
「僕がディオート・クラットのメンバーとして戦っているのは、言ってしまえば他に行き先がないからだ。モルスを降りて、キャストラムから降りた時、僕を迎えてくれる場所は世界中のどこにもない。戦いの才能も開発の才能もない僕を迎えてくれる国なんか、ないんだ」
 フレーゼは片手で頭を抱えた。
「僕は戦いたくない、殺したくない。なのに、戦わなきゃ、殺さなきゃ生きていくことすらできない! この世界は、どうしてそうなんだよ!?」
「それは、誰が決めたことでもありません」
 カトレアは穏やかな口調で言った。
 フレーゼが顔を上げると、カトレアは微笑んでいた。
「世界中の小さな意思が、集まりまとまって、戦いという見えない大きな意思になっているんです。戦いを望まない人々はシェルターの中で身を縮めて生き、戦いを望む者だけが戦っている。みんな、自分のやりたいことをやっているだけなんです」
「僕は、戦いたくなんかない」
 そうですか、とだけカトレアは答えた。
「いつか、フレーゼさんにもわかる時が来ますよ。戦うことの意味が」
「そんなもの、わかりたくもない」
 フレーゼは吐き捨てるように言った。
 カトレアは悲しげに眉をひそめ、けれど、反論はしなかった。
「……ごめん。カトレアに八つ当たりしたって、仕方ないのにね」
「いえ。私は、皆さんの心の管理もお仕事ですから」
 フレーゼはカトレアを見つめ、続いてモルスを見上げた。
 物言わぬ巨人は、主を足下に、鎮座するのみだった。

 薄暗い視界。明かりはモニターの青白い光だけだった。正面の、外の光景を映すモニターは、黒く塗り潰されている。
『ディオート1、発艦準備完了だ』
『ディオート2、発艦準備完了』
『ディオート3、発艦準備完了ッス』
「ディオート4、発艦準備完了しました」
『キャストラム了解、ハッチ開きます。その後、各自発艦して下さい』
 暗かった視界が開けた。開いた扉の向こうには闇夜、その向こうには岩石が、文字通り樹林のように広がっている。
 フレーゼはシートに身体を預け、ペダルを踏み込んだ。
「ディオート4、フレーゼ・ハイブリーダ、モルスで発艦します!」
 全身にかかる重力。勢いに身を委ねながら、フレーゼは空に飛び立った。
 フレーゼたちの使用する戦艦は、高速飛行と機動戦闘を可能にする優秀な存在だ。だが、今回のような強襲作戦には向いた存在ではない。特に、今回は情報の収集という仕事もある。下手に戦艦からの砲撃などすれば、貴重な資料が失われることになる。キャストラムが動くのは、最後の最後でなければならなかった。
 エクイットでは、パラシュートでも使用しなければ、これだけの高さから飛び降りなどできない。だが、フレーゼたちの使用するペリキュラムにとっては、この程度の高度は問題にならなかった。
「ディオート4、着陸完了」
 巨岩の合間に降り立ち、フレーゼは通信を行った。他の各機も無事に着陸したことを無線通信で伝えてきた。
 全員の着陸を確認したキャストラムは、進路を変えて後退して行った。後は作戦終了時に回収に来るまで、どこかに身を隠す算段だ。その場所はカトレアが臨機応変に決めることになっている。
『ディオート1より各機へ。これより作戦行動を開始する。各自、MASを起動した後、進軍を開始せよ。データリンクは怠るなよ』
「ディオート4、了解」
 フレーゼは目を閉じた。集中しろ、と自分自身に言い聞かせる。
 それでも。
 MASは、起動しなかった。
 仕方なく、フレーゼはそのまま進軍を開始した。データリンクにより、モルスの得た情報やモルス自身の情報は他の各機に伝わる。フレーゼがMASの起動に失敗したことも、すぐに伝わっているはずだった。
『ディオート1よりディオート4へ。どうした、MASを早く起動させろ』
「ディオート4よりディオート1へ、MASの起動に失敗。このまま作戦行動を開始します」
『またか……。仕方ない、ディオート1よりディオート2、およびディオート3へ。ディオート4のサポートを頼む』
『ディオート2、了解』
『ディオート3、了解。勘弁してくれよなぁ、まったく、困ったヤツだよ』
 フレーゼの目には、苦笑を浮かべる仲間たちの姿が見えるようであった。
 その雑念を、首を振って振り払う。戦場で余計な想いは死を招く。彼は、それを一年の経験で身をもって知っていた。
 モルスの足元は岩などが転がり、非常に移動しにくい状態になっている。フレーゼは慎重に足を運んでいった。
『ディオート2より各機へ。敵機動兵器を発見。データリンクします』
 ラナスからの通信。フレーゼが画面に目を向けると、暗視カメラに映った三体のエクイットの姿が見えた。一世代前の、古いタイプのエクイットだ。
『なんだぁ? 秘密研究所の守備にしちゃあ、随分とお粗末だな』
 ディルの呆れたような声が聞こえる。確かに、これでは最新型のエクイットで戦っても問題なく勝てるだろう。その程度の相手でしかなかった。
『ディオート1より各機へ。警戒を怠るな、敵地である以上はどこに罠があるかわからないからな』
「ディオート4、了解。そんなにのん気な真似はできませんよ」
 フレーゼは苦笑を浮かべた。彼は戦闘の度、緊張を強いられる。余裕など、今まで一度たりともなかった。
『ディオート3より各機へ。狙撃ポジションに着いた』
『ディオート1、了解。では、これより突入する。各機、戦闘機動態勢に入れ』
「ディオート4、了解」
 フレーゼは頭上のスイッチを入れた。マニュアルで戦闘モードに入るためのスイッチだ。
 ペリキュラムはエクイット同様、普段はエネルギーロスの少ないノーマルモードで移行している。戦いの時は戦闘モードに切り替え、エネルギーを消費する代わりに、爆発的に戦闘能力を高めるのだ。
『CMS、了解』
 機械音声が返事をした。
 そして。低い唸りと共に、モルスが、目覚めた。
『突入開始!』
 隊長の合図と共に、フレーゼはモルスと共に思い切り前に出た。
 岩々の合間を駆け抜け、研究所までの最短ルートを駆け抜ける。外から見れば、その姿は青い影にしか見えないだろう。
 走る、走る、走る。
 すぐに研究所の白い建物が見えてきた。その前にはエクイットが三体。
 と、すぐにその内の一体が崩れ落ちた。ディルが狙撃したのだろう。おそらくは、足の関節を。
 エクイットは構造上、足を狙われるのが最も弱い。金属の塊をたった二本の足で支えているのだから無理もない。そこを打ち抜かれてしまえば、連中は移動ができなくなる。動けないエクイットなど、ただの砲台と何も変わらない。それはすなわち、ペリキュラムにとっては、何もないのに等しいということだ。
 フレーゼがエクイットに攻撃できる範囲に入った時、すでに二体目のエクイットが倒れるところだった。
 フレーゼは残る一体に射撃を加えた。狙うのはもちろん、足元。相手を殺すのが目的ではない以上、これで十分だった。
 見事、足を打ち抜く。最後のエクイットも反撃する間はなく、ゆっくりと地面に倒れ伏した。
『ディオート1より各機へ。これより研究所内部に突入する、援護しろ』
「ディオート4、了解」
 岩影から、箱を繋げたようなシルエットの小型ペリキュラムが飛び出した。イリス専用機、その名もアルマ。機動性は四体のペリキュラムの中でも最高で、その小さな体もあって、室内戦を得意とする。同じく機動性に優れるものの、身体は決して小さくないモルスとの、決定的な違いだった。
『突入路を形成します』
 ラナスの声。同時に、研究所の屋根が吹き飛んだ。
 そして姿を現したのは、モルスよりも大型で重装備のペリキュラム。ラナスの専用機で、名前はイグニス。重武装による火力は並ではなく、前の作戦でミサイル攻撃すら弾くシェルターを破壊したのは、この機体の能力による。もっとも、あまりに装備が重すぎて、機動性は優れない。ペリキュラムの中で、移動速度は最も遅い機体だ。その速度は、前世代のエクイットと大差ない。
『突入路確認。ディオート1、突入する』
 アルマの小さな体が宙を舞い、天井のあった部分から内部に入った。イリスが情報収集を行う間、フレーゼたちは周囲の状況に気を配る算段になっている。
 念のためエクイットの乗組員は器用にもペリキュラムの身体で、フレーゼが縛り上げた。彼は戦闘こそ苦手だが、こういう手先の動作は得意だ。
『いよう。無事だったか?』
 フレーゼが後方を確認すると、景色が一度、揺れた。
 現われたのは、女性的なフォルムを持つ人型兵器。ステラだった。
「無事だよ。狙撃、ありがとう。助かった」
『それが仕事だからな』
『おふたりともお喋りも構いませんが、警戒は怠らないようお願いします』
 明後日の方向を警戒しながら、イグニスからの音声が届く。フレーゼは苦笑いを浮かべ、レーダーに視線を移した。
 モルスのレーダー機能はさして優秀ではない。それはむしろ、ディルやラナスの得意分野だ。従って彼がレーダーを動作させていても、ほとんど補助的なものでしかない。
 それでも注意しないわけにもいかず、フレーゼは半ば緊張した状態でレーダーに注視した。