イリスの大声が響いたのは、突入から五分ほど経過した頃だった。
『各機、研究所から離れろ!』
 コードネームも何もあったものではない。ひどく切迫した、もはや悲鳴にも似た声だった。
 モルスたちはほとんど反射的に、建物から大きく跳び退った。その瞬間、白い研究所は爆発した。
 エクイットの残骸も吹き飛ばし、建物の破片やら何やらが飛び交う。
『な、何だぁ!?』
 ディルが驚きの声を上げる間に、白煙の中から何かが飛び出した。
『た、隊長!?』
 それはまさしくイリス専用機、アルマだった。だが、全身はボロボロ、装甲などほとんど剥がされていた。
『ディオート1より各機へ、通信機器と計器類がイカれた。アルマの状態を通信してくれ』
『ディオート2よりディオート1へ。両腕部、及び両足部に深刻な被害。すぐに戦闘機動状態を解除するよう勧告します』
『ディオート1、了解。ちッ、やはりアルマの防御機構じゃ無理があったか』
『ディオート3よりディオート1へ、いったい何があったんスか? アルマがそこまでやられるなんて!』
 アルマの体が唸りを止める。戦闘機動が解除された証拠だった。
『ディオート1より各機へ。まずいぞ、例の開発中兵器とやらは洒落にならない。各機、全力で破壊しろ。いいか、捕獲なんてしようとしなくていい。破壊するんだ、そうでなければやられる』
 言いつつもアルマは後方の岩石の樹林に姿を消した。戦闘機動状態にないアルマでは、並のエクイットと大差ない。そんなレベルではこの場にいるだけ邪魔、ということだろう。つまりは、それだけの相手という意味だ。
『くそ、困ったねぇ』
 ステラはライフルを研究所のあった場所に向けた。モルスも、マシンガンを白煙立ち込める研究所に向けた。
『ディオート2より各機へ。アンノウン感知、攻撃行動を許可します』
 モルスにデータリンクによって送られてきた映像には、煙に浮かぶ人型の何かが映っていた。
 モルスは引き金を引く。ほぼ同時、イグニスとステラの武器も火を吹いた。
『ひゃっはぁ!』
 そこに、オープンチャンネルの通信が入った。
 煙を吹き飛ばし、銃弾の雨から、一体の機械兵が姿を現した。
『噂のディオート・クラットを相手にできるたぁ幸せだな! お前らに、このD−04の実力! 見せてやるよ!』
 それは、鎧を着た人のような姿だった。
 アルマを一回り大きくしたくらいのサイズ。ドラゴンを模した兜に、藍色を基調とした鎧。その手には反り返った片刃の剣が握られていた。
 フレーゼが慌ててロックオンをかけようとするが、その前にD−04は姿を消した。
 モルスが敵機を再び発見した時、その鎧は、すでにイグニスの目の前にいた。
『くッ……!』
 ラナスの苦しげな声。
 D−04はたった一本の実剣で、イグニスと渡り合っていた。出力なら随一のペリキュラムと、力で勝負をしている。
『ディオート2! 気にせずぶっ放せ!』
 ディルの通信。モルスはイグニスから離れつつ、懸命にターゲットをロックしようとした。
 イグニスの腕が明るく輝いた。イグニスの腕にはガトリングが装備されている。至近距離では、回避などできない。
『ひゃはははは! その程度かよ!?』
 けれど。D−04は、イグニスのゼロ距離射撃を受けてなお、怯みもよろめきもしなかった。
 イグニスを蹴り飛ばし、剣を真っ直ぐに構える。その姿は、後ろから見てなお、恐怖をあおった。
『く……っそお!』
 モルスはマシンガンを捨て、走った。ほとんどヤケクソだった。
『ディオート4! 不用意に飛び出すな!』
 ディルの警告も耳に入らないまま、モルスは武器を取り出した。
『ロング・サイブレイド、アクション!』
 モルスの足が開き、そこから柄が飛び出す。モルスがそれを握った途端、柄からは光の刃が飛び出した。
 サイブレイドはD−04の使用している実際の剣とは違い、確定的な形のないエネルギーの塊だ。エネルギーの消費は大きいが、その分、威力は遙かに高い。ロング・サイブレイドはD−04の扱う剣と、ほとんど同じ長さの両刃剣だった。
『うおおおおお!』
 奇声と気勢をその身に乗せて、モルスは剣を振るう。振り向いたD−04はサイブレイドの刃を実剣で受け止めた。
『押さえてろよぉ!』
 ディルの声。その方向には、ライフルでD−04の頭部をロックするステラの姿があった。
『これで、終わりだぜ!』
 ライフルが銃弾を撃ち放つ。それは吸い込まれるようにD−04の頭に向かい、
『なッ!?』
 そして、弾かれた。
 ディルは思わず驚きを声に出しながらも、二発、三発と打ち込む。けれど、それはまるで壁にボールを投げるが如く、何の傷も負わせずに弾かれていった。
『嘘だろおい!? こんなんズルイってぇ!』
 狙撃用ライフルはマシンガンよりも一発の威力は高い。貫通性の高い銃弾で一撃必殺を狙うためのものなのだから、当たり前だ。
 だが、それは効かなかった。実弾では、この化物のような機体には傷も負わせられない、それを証明した瞬間でもあった。
『ははは、無駄無駄! ドラゴシリーズにダメージ与えたきゃ、ビーム兵器を持ってこいよ!』
『ああ、そうかい! なら、お望み通り!』
 ステラはライフルを捨てると、もう片方の銃器を手に取った。長いバレルは先ほどと同じだが、こちらの方が先ほどのものより先端が細い。
『そらよ!』
 銃器からは真っ直ぐなレーザー光が放たれた。D−04はモルスを蹴飛ばし、大きく後ろに下がる。
『甘いっつーの!』
 ディルの勝ち誇った声が響いた。直線的に進むしかないはずのレーザーは、いきなりカーブを描き、D−04の腕に命中した。
『指向性のレイキャノンだ! これなら文句ねーだろ!?』
『お・お・あ・り、だよ!』
 収束したレーザー光を、D−04は強引に弾き飛ばした。すぐさま跳び、ステラに向かって真っ直ぐ突っ込む。
『おっとぉ!』
 ステラは姿を消す機能を起動させた。景色が揺れ動き、ステラの姿は見えなくなる。
 D−04は仕方なく止まると、今度は正反対の方向で立ち上がるイグニスに向かって突っ込んだ。
『フルオープンアタック、ファイア』
 イグニスは手足をD−04に向ける。そして、装備する全武装を、一気にD−04に向かって発射した。
 イグニスの最大最強の攻撃。シェルターさえ打ち破るこの一撃は、連射はできないものの、必殺の威力を持つ。
 けれど、それは全弾が命中した場合の話。
 小型のD−04は、それらを上手くかわしていく。実弾には自ら飛び込み、レーザーなどの光学兵器を優先してかわしているところを見ると、本当に高威力の兵器には耐えられないのだろう。
 フルオープンアタックが止む、その刹那。モルスは両手でロング・サイブレイドの柄を握り締め、思い切り跳躍した。
 重力すらも利用し、モルスの光刃がD−04に襲いかかる。
『ちッ!』
 転がるように斬撃をかわすD−04。そこに、ディルの声が聞こえた。
『今度こそ終わりだよ、馬鹿』
 何もない場所から、レイキャノンの光が放たれる。それは、D−04の目の前からだった。
 光の線が、D−04の両足を貫通した。
『クソッ!』
 両腕で懸命に立とうとするD−04を、モルスとイグニスが踏みつけて止めた。
『動かないで下さい。あなたには質問したいことがあります。抵抗しなければ安全を保障しましょう』
 イグニスからラナスの声が流れる。それは確かにD−04にも聞こえたはずだった。
 けれど、D−04はじっとしようとはしない。踏まれてなお燃え尽きない闘志に突き動かされ、抵抗をしようと必死だった。
『くそッ! くそッ! こんなとこで、誰が死ねるかッ!』
『聞こえませんでしたか? 抵抗しなければあなたの安全は保障すると言っているのですが』
 それでもD−04は懸命に動こうとする。まるでラナスの言葉など関係しないかのようだった。
『おいおい、ここは大人しくしてた方がいいぜ? オレたちだって別に殺しをやりたくてやっているわけじゃないんだからさ』
 歩み寄るステラ。それを、イグニスは止めた。
『――ッ! 総員退避! 急いで下さい!』
『な、何?』
 反射的に後ろに跳ぶステラやイグニスを眺め、けれどモルスは動かなかった。否、動けなかった。
『ターゲットより熱源反応! 間もなくターゲットは自爆します!』
『な――……』
 フレーゼの言葉はそこで途切れた。
 先ほどの爆発とは比べ物にならないほどの轟音と閃光が、闇夜に轟いた。