フレーゼが目を開いた時、そこは自室のベッドの上だった。 朦朧とする頭をすっきりさせるように振り、モニターの電源を入れた。 スイッチを操作し、カトレアを呼び出す。 『はい。こちら、カトレアですわ』 「カトレア。状況がわからないんだ、説明してくれないか?」 『あらあら、フレーゼさん。起きたんですね』 モニターの中で、カトレアは小さく微笑んだ。 カトレアは緊急の用事がない限り、各員の自室に関してはノータッチであり、こうして呼び出しでもされない以上は、それぞれが部屋で何をしているのか知らない。 「僕が気絶する前は、作戦行動中だったはずだよね? 作戦はどうなったんだ?」 『作戦行動は終了しました。では、経過報告をしますわ』 フレーゼが頷くと、カトレアは状況を教えてくれた。 『まず、今回のターゲットである未確認機動兵器は、爆発により喪失しました。同時に研究所も爆破され、データは全て失われました』 残念な結果だった。 だが、場合によっては破壊してもいいという命令だったのだから、問題はないかもしれない。 『フレーゼさん以外の皆さんは軽傷で済みました。フレーゼさんも、左腕部の擦過傷と脳しんとうで済んだようですね』 「へえ……」 そこで、フレーゼは初めて気付いた。自分の左腕に、包帯が巻かれていることに。触ってみると、頭にも包帯が巻かれている。 『今回で最大の問題は機体の方ですわね。ステラ、およびイグニスに関しては損傷軽微ですが、アルマは四肢に深刻なダメージを負っています。それと、サーチ系の機能が全て破損しているようです』 「モルス、は?」 カトレアは、そこで目を伏せた。コンピュータの映像の割に、なかなか細やかな動作である。 「どうなんだ、カトレア」 重ねてフレーゼが問いかけると、カトレアは重い口を開いた。 『モルスのダメージは、アルマ以上です。全身に深刻なダメージ。左足部に至っては、ほとんど繋がっているだけ、といった状態です』 「なッ――!?」 それは、報告の中で最も重大で、ショッキングな内容だった。 元々、ペリキュラムは至近距離で爆弾が炸裂したところで破壊されるような代物ではない。それが、通常機動も不可能なほどに破壊されているのだ。その事実だけでも、爆発のレベルが知れる。 「それで、直る……のか?」 『わかりませんの。ここまでダメージを受けた記録はありませんから。ただ、おそらくは修復可能だと思います。時間は、かかるでしょうが』 「そう、か」 修復可能なのは不幸中の幸いと言えるだろう。モルスが戦闘不能になれば、部隊としての戦闘能力も大きく下がる。 「……わかった、ありがとう。モルスは今、どこに?」 『格納庫で整備しきれる状況ではありませんでしたから、リペア・ルームにいます』 「わかった」 言って、フレーゼは立ち上がった。 「これは、ひどいな」 フレーゼは眉をひそめた。 リペア・ルームは、格納庫で整備しきれない損傷を修理するための部屋だ。要するに、ロボット専用の医務室である。 そこの、ペリキュラム用のベッドの上に、モルスは横たわっていた。 カトレアから損傷の程度は聞いていたが、実際に見てみると、また違った印象を受ける。 全身の装甲は傷つき、青かったその身体は金属の地肌が見えてしまっている。左足は特に損傷がひどく、コードのようなものがはみ出していた。繋がっているだけ、というカトレアの言葉通りなのだが、見ていると心がかきむしられる。 フレーゼはそっと、モルスの肌に触れた。返ってくるのは冷たい感触。何も言わず、これほどのダメージを受けても文句のひとつも言わず、ただ横たわる相棒に、フレーゼは何も言えなかった。 「モルス……」 兵器は何も思わない。ただ扱う者の意思が赴くまま、活動する武器に過ぎない。 けれども、フレーゼはモルスが何を考えているのか、知りたかった。不甲斐ない自分に対して、文句のひとつでも言って欲しかった。 何も言わず、ただ守られるだけの自分が、不甲斐なかった。 「くそッ――!」 ベッドを殴りつける。手に鈍い痛みは残ったが、心の痛みは消えなかった。 と、フレーゼの背後で扉の開閉音が聞こえた。振り向くと、にやにや笑いを浮かべる男が壁によりかかっていた。 「ディル、か。今はそんな気分じゃないよ」 「どんな気分じゃないんだよ?」 ディルはフレーゼの隣に立つと、同じようにモルスを見上げた。 「ひゃあ、こりゃひでーな。ボロボロじゃねーか」 フレーゼは答えなかった。何も、言えなかった。 ただ床を見つめ、拳を握り締めていた。 「フレーゼ。モルスは、兵器だ」 ディルの声は、真剣さを帯びていた。だからこそ、フレーゼは顔を上げられなくなった。 「何も思わない、何も考えない。ただ使い手の命令に従って、誰かを殺す道具。それが兵器ってもんだ」 だがな、とディルは続けた。 「オレは、こいつがお前を守りたくて守ったんだと思っている。矛盾しているけどよ、そう思うんだ」 「……それで、僕にどうしろって言うんだ?」 フレーゼがようやく搾り出せた言葉は、それだけだった。 「簡単だよ」 ディルは、それだけの言葉にも、暖かく返した。 「次はこうならないようにしろ。そんだけだ」 「つ、ぎ?」 「そう、次だ」 フレーゼは顔を上げた。ディルは、笑っていた。 「モルスはまだ死んじゃいない。お前もまだ生きている。なら、そのうち、次の戦いがあるだろうさ」 戦い。その言葉に、フレーゼは唇を噛んで耐えた。 「その時、お前はモルスを信じてやればいい。そして、モルスを使いこなしてやればいい。なに、モルスが本気になりゃあステラよりかずっと強いはずなんだ。あの程度の相手なら、まとめてぶっ殺せるくらいには、な」 フレーゼは、モルスを見上げた。 ただそこに横たわるだけの、機械の塊。構造も何も理解できない相棒。 彼は、待っているのかもしれない。自分を使いこなす人物を。 悲壮な雰囲気をまとい、そして、フレーゼは言う。 「ディル。僕、弱いね」 「ああ。弱いな」 「モルスを使いこなすこともできない、みんなを守ることもできない」 「むしろ守られているくらいだな」 ディルは、フレーゼの言葉のひとつひとつに頷いた。 「でも、僕はみんなを守れるくらいになりたい。ディルも、ラナスちゃんも、隊長も、カトレアも、それにモルスも。僕に、できるかな?」 「そりゃできるだろ。お前は、モルスが選んだ乗り手なんだから」 ディルはフレーゼの頭に手を乗せ、くしゃくしゃとなでまわした。フレーゼも、反抗はしなかった。 「お前はオレにだって乗れなかったモルスの乗り手なんだ。オレたちより優れた部分が、お前には絶対にある。そいつを、信じろ」 「――わかった」 フレーゼは最後に、モルスに向けて言った。 「モルス。僕、もっと強くなるから。だからそれまで、待っていてくれよ」 兵器は何も言わない、何も思わない。 けれども、確かにモルスは、頷いたように見えた。 フレーゼは食堂の扉を開き、 「……、すいません間違えました」 閉めた。 と、まるで中から爆発したかのような勢いで、扉は再び開いた。 「待てフレーゼ! このオレを殺す気か!」 「ほら、お取り込み中みたいだし」 「気にするな! いいから来い! つーかお願いだから来て!」 懇願しながら足にへばりつくディルを、フレーゼは懸命に引き剥がそうと努力した。 「ディル! さっさとしろ!」 「はいいい!?」 中からの怒号にディルは背筋を伸ばして答えると、嘆息混じりに中に入っていった。 仕方なく、フレーゼも中に入る。 食堂にはフレーゼ以外のメンバーが揃っていた。ラナスは食卓で何かの本を読んでおり、イリスは足を組んで椅子に座っている。 「ディル。早くしろ」 「は、はい!」 敬礼し、ディルは慌てて厨房に入った。 フレーゼはおそるおそるといった様子で、いつもの席に座った。 フレーゼは斜め前で不機嫌さを丸出しにしているイリスを横目に、こっそりと向かいに座るラナスに話しかけた。 (ラナス、ちゃん。何があったの?) ラナスは本から目を上げず、けれども同じように小声で答えた。 (依頼人に騙されたのをかなり根に持っているようです。今回の依頼内容と報酬では、割に合わないと) (……なるほど) カトレアとイリスは、これでも交渉はかなり上手い。そのふたりが騙されたのだから、相当の相手、と言えるだろう。 もっとも、ペリキュラムをここまで追い詰めるほどの兵器は、ディオート・クラットにとっても初めてだ。騙されたのも無理はないかもしれない。 「くそッ、あのタヌキめ……」 今のイリスは、それはもう触れがたい空気を身にまとっている。ラナスが珍しく食堂で本を読んでいるのも、それから逃れるためだろう。 そして、どうやら今、隊長のその空気はディルへと矛先を向けているらしい。 「ディル! 準備は!」 「は、はい! 間もなく!」 いつもはイリスの台詞すらひょうひょうと受け流すディルでさえ、この濃密なまでの怒気からは逃れられないらしい。 それからの食事は、やはり重苦しい空気の中で、という嫌な体験になってしまった。 食事が終わると、イリスはさっさと食堂から出て行ってしまった。 一同、安堵のため息。 「隊長、すっげー怒っていたな」 机に突っ伏し、ディルは呟いた。 「お疲れ様だよ、ディル」 フレーゼは、ただ一緒の食卓にいた、というだけで疲れているのに、その矛先を向けられていたディルの疲労はと言えば、推して知るべし、といったところだ。 だからこそ、フレーゼも自然とねぎらいの言葉が口をついた。 「ったくよぉ、ありゃ完璧に八つ当たりだろ。どう考えても」 「隊長がやつあたりなんて、珍しいけどね」 実際、イリスはたまに感情的になるものの、基本的には冷静な人だった。少なくても、八つ当たりなどという無意味に関係を悪化させるようなものはしない人だ。 「それだけ、今回の件に立腹しているということでしょう」 食後のハーブティーを楽しみながら、ラナスは言った。このハーブは、フレーゼが育てたものである。 「隊長もハーブティーでも飲めばよかったのにね。その方が落ち着くし」 フレーゼも同じように、カップを傾けた。ほんのりと、甘い香りが漂う。 「あの人がハーブなんて楽しむようなタマかい」 「失礼だね。あれでも隊長、僕の淹れるハーブティーは飲んでくれるんだよ」 「そーかい」 まるっきり信用していない風のディルに、フレーゼはやや不満げな顔を向けた。 「今日はとてもそんな気分になれないと思います。この後も、依頼人と交渉があるようですから」 「そりゃ、あんな依頼じゃあな。いくら積まれても割に合わないっての。オレたちは傭兵なんだぜ? 慈善事業じゃないんだからよ」 「そのあたりは、イリスさんとカトレアさん任せましょう。わたしたちは、それぞれできることをするだけです」 「そーかい。そんじゃあラナスちゃん、後でオレの部屋に来ないか? 可愛がってやるよ」 ラナスは冷たい視線をディルに向け、見下ろすようにして言った。 「冗談は存在だけにして下さい」 「存在ごと全否定か!?」 「ディルさんに子供を偏愛する嗜好があるなら別ですが、その場合はわたしの身の安全のため、退艦勧告を出すことになります」 「……オレが悪かった」 ふたりのやり取りを、苦笑を浮かべながら眺めていたフレーゼは、ふと真面目な調子に戻って言った。 「でも、冗談抜きであんな相手はもう戦いたくないね」 「ああ、そうだな」 その言葉には、ディルも真剣に頷いた。 「あんなのが量産されちまえば、マジで世界制服できるぞ。そうなったら、オレたちでも対応できねーな」 世界最高峰の戦闘能力を持つディオート・クラットが対応できない。それはすなわち、世界の軍事力の敗北を意味していた。 「幸いなのは、あれが悪用される前にデータがロストした、ということでしょうね」 「データが他に転送された可能性ってないの?」 フレーゼが聞くと、ラナスはゆっくりと首を横に振った。 「ありえません。あの研究所からは有線で繋いである場所などありませんでした。無線の方はイグニスとキャストラムが監視していましたから、まず間違いなく問題ありません。おそらくはかなり高い確率で、あの研究所の中だけで独自に開発されていた兵器だと思われます」 「そう、か。じゃあ、とりあえずは危機を脱したってことか」 今さらながらに危機感を肌で感じながら、フレーゼはハーブティーを口にした。 少し、苦かった。 |