研究所強襲依頼から数日が経過した。 結局、依頼人からは依頼料を倍にしてもらうということで折り合いがついた。依頼人としては、これで相打ちなら金を払わなくて良し、成功したなら元から倍額を払う、という腹だったのだろう。 モルスの修復も、ゆっくりながら着実に進んでいた。ペリキュラムの修復はカトレアでなければできない。その間、依頼も受けられないメンバーは、久しぶりの休暇を楽しんでいた。 その日。フレーゼは、艦の最上部に位置する部屋にいた。 大人が四人も寝転がればほとんど埋まりそうなほどの小さな部屋の中は、色彩も鮮やかな花々が咲き乱れている。これらは全てフレーゼが育てているもので、ここは言うなれば、彼の植物園だ。上部は強化ガラスになっており、明るい日差しが部屋の中に差し込んでいる。 フレーゼがいつも通り花に水をやっていると、ノックと共に扉が開いた。 顔を上げると、ラナスが立っていた。 「やあ、ラナスちゃん。どうしたの?」 「食堂のハーブが切れていましたから、分けてもらいに来たんです」 「ああ、そういえばまだ補充していなかったね。うん、ちょっと待ってて」 フレーゼは花々の中から、特にお茶に適した種類をいくつか選び、それを袋に詰めてラナスに手渡した。 「はい、どうぞ」 「ありがとうございます」 花を受け取り、ラナスは頭を下げた。 「どういたしまして」 フレーゼも笑顔で答え、水やりに戻った。 花を受け取った後もしばらく、ラナスは植物たちを眺めていた。 「きれい、ですね」 ぽつりと、ラナスはそんなことを言った。 「わたしには、こんなきれいな花は咲かせられません」 「そうかな?」 ジョウロを床に置き、手袋を外しながら、フレーゼは続けた。 「花を育てるのに最も大事なのは、愛情だよ。そりゃ知識も必要だし、道具だってあった方がいい。でも、何よりも大事なのは、愛情なんだ」 フレーゼは手近の花に手をかけ、そのにおいを嗅いだ。 「ほら、こんなに甘い。植物だって生きている。楽しければ良いにおいになるし、苦痛だと枯れてしまう。要はどれだけ花を楽しませられるか。そういうことなんだよ」 「花を、楽しませる?」 「そ。だから、そんなに難しいことじゃない。ラナスちゃんにだってできるさ」 ラナスはふっと、自嘲的な笑みを浮かべた。 「私に、誰かを楽しませるなんて、できません」 フレーゼは手を止め、ラナスを見た。 「それって、どういう――」 『フレーゼ、ラナス。メイン・ルームに来てくれ』 フレーゼが意味を問いただす前に、艦内放送が入った。 「行きましょう、フレーゼさん。イリスさんは待たせられませんから」 いつの間にか常の通りの無表情に戻っていたラナスは、まるでフレーゼから逃れるように背中を向けた。 フレーゼとラナスが連れ立ってメイン・ルームを訪れると、やはりと言うべきか、すでにイリスとカトレアは待っていた。 「来たか」 イリスは立ち上がり、ふたりを迎えた。 「隊長。どうかしたんですか?」 「ああ。依頼だ」 イリスちらりとカトレアに目をやる。と、前の大画面に、どこかのズーム写真が映し出された。 この前の研究所とは全く異なる、大きなものだ。どうやらシェルターの外から映したらしく、映像は荒いものの、それなりの規模があることはわかる。 「バロルトドームだ。ドームとしては小規模だが、中は最新の研究施設で一杯さ」 「ここに行けばいいんですか?」 「ああ。お前たちにはこの研究所で研究しているデータを奪ってきて欲しい」 「お前たち? 隊長は行かないんですか?」 頷いて返し、イリスは続ける。 「私とディルには別の依頼が入った。少し難しいかもしれないが、ふたりで行ってきてくれ」 こういう事態は、さして珍しい話でもない。 基本的にディオート・クラットは四人で一緒に依頼をこなすが、たまに複数の依頼が重なる時もある。そういう時は、それぞれが別々に行動する場合もあった。 よほど難しい依頼でなければ、適材適所に配置することで、ひとりでも依頼をこなすほどの能力がある。そして、それを可能にしている最大の理由が、ペリキュラムの非常識なまでの戦闘能力だった。 「ただし、モルスは動かせない。代わりのエクイットを調達してあるから、フレーゼはそっちを使え」 エクイットでは作戦の成功率が大きく下がるが、それでもイグニスがいる。イグニスを倒すなど、普通のエクイットでは不可能なのだから、それでも十分と言える。 「わかりました。方法は決まっているんですか?」 「いや。どうなるかわからないから、お前たちに任せる。ここに関するデータはお前たちの部屋にプリントアウトしておくから、後で見てくれ」 質問はないか、という風にイリスはふたりの顔を見比べた。 そこで、今まで黙っていたラナスが口を開いた。 「決行日時はいつですか?」 「六日後だ」 フレーゼとラナスは、同時に頷いた。 バロルトドームにほど近い丘の上に、イグニスと一体のエクイットが隠れていた。 ドームの周辺は荒野で、目隠しになるような場所はない。これ以上ドームに近付けば、確実に見つかるだろう。 『ディオート2よりディオート4へ。準備はいいですか』 『大丈夫。いつでも行けるよ』 『では、作戦行動を開始します』 地面を揺らし、イグニスは立ち上がった。その重苦しい身体を、ドームに向けて走らせる。 フレーゼ機はしばらくその様子を眺めていた。イグニスはドームに寄っていく。ドームの警備システムが作動しているのが、遠目にもわかった。 瞬間、イグニスが輝いた。まさに文字通り、全身から火器がドームを攻撃する。 ドームの警備システムなど意味がなかった。マシンガンやらミサイルやらは、全てイグニスの放つレーザーやミサイルによって吹き飛ばされていく。 ドームの壁が吹き飛び、イグニスが中に入ったところで、フレーゼ機は身体を起こした。 静動性と高速移動に優れたチューニングをされたこの機体は、攻撃力など皆無に等しいが、その分、長距離を静かに、かつ素早く動くのに適している。 フレーゼ機がイグニスの開いた穴から進入しても、誰も気付かなかった。警備システムは破壊され、人は目立つイグニスに目を奪われている。 イグニスが陽動している間に、フレーゼも仕事を終えねばならなかった。 外からの調査で、研究所内のメインコンピュータの位置はだいたいわかっている。フレーゼはエクイットをそちらに向けた。 建物から少し離れたところまで到着すると、フレーゼはエクイットから降りた。誰にも見つかっていないことを確認し、白衣を着て研究所の中に入った。 「邪魔だ!」 フレーゼを突き飛ばし、何人かの男が建物の外に出て行った。 研究所の中は、大混乱だった。白衣を着た男たちが、慌てた様子で右往左往している。白衣を着た見慣れない男に注目する者など、誰もいなかった。 コンピュータの端末がある部屋まで一気に駆け抜ける。部屋の中には、すでに誰もいなかった。 正面に大きなモニター。そこには、暴れまわるイグニスの姿が映し出されていた。 フレーゼは端末のひとつに腰掛けると、ラナスに渡されたレーザーディスクを取り出した。 「うー、と?」 それを、機械に読み込ませる。後は、ラナスの作り上げたプログラムが、勝手に作戦を遂行してくれるはずだった。 「よし、これでいいな」 ディスクを取り出し、立ち上がって振り向いた。 その、眼前に。 「何者だ。所属を名乗れ」 迷彩服を着た男が、銃を構えて立っていた。 フレーゼは両手を挙げた。けれど、何も話さない。 「何者だと聞いている。答えろ」 フレーゼは答えない。男の顔が紅潮していく。 「面倒だ」 男は引き金に指をかけた。すでに、いつでも発砲できる状態にある。 フレーゼは、ゆっくりと目を閉じた。 そして、銃声が、響いた。 ラナスの指がコントロールパネルの上を走る。イグニスは他のペリキュラムと異なり、入力しておけば自動的に火器を作動させる機能もある。その入力は、コントロールパネルでしか行えない。 適当にドーム内を移動しながら、それでいて最も重要な施設への被弾だけは避けるように、上手くイグニスを操作していく。 『止まれ! こっちを見ろ!』 外部の音声に、ラナスはそちらにカメラを向けさせた。ズームにすると、フレーゼが進入したはずの研究所の屋上に、ふたりの人影があった。 『今すぐに攻撃を止めろ! でないと、こいつの命はない!』 カメラには、見知らぬ迷彩服の男と、白衣を着たフレーゼが映っていた。 「捕まって、しまいましたか……」 ラナスはすぐさま、イグニスを止めた。 すると、間を置かずイグニスを囲むように、迷彩服の男たちがどこからともなく現れた。どうやら、ずっとチャンスを狙っていたらしい。 『中のヤツ! 降りて来い!』 命令に逆らえば、フレーゼがどうなるか、わからない。 フレーゼは別に戦いのプロじゃない。他のメンバーはともかく、フレーゼもラナスも、格闘技の心得はなかった。 ラナスは浅くため息をつくと、最後にキーボードを何度か叩き、イグニスをしゃがませた。 スイッチを操作し、ハッチを開く。ベルトを外して外に出ると、すぐさま銃器を構えた男たちがラナスを囲んだ。 「何だあ? こんな小娘があれだけやってくれたのか」 迷彩男たちの中から、ヒゲ面のおっさんが出てきた。どうやら、ここでのリーダーらしい。 男はラナスを見下ろし、その額に銃口を向けた。 「安心しろ。まだ殺さねえ。お前さんには聞きたいことも、それ以外の用事も山ほどあるからな」 男はあごで部下らしき連中に指示を出した。すぐに手錠を持った男が現われ、ラナスの手を後ろで拘束する。 「連れて来い」 男が先導し、歩き出す。ラナスは黙ってその後を追った。 |