ラナスの左右は銃を持った連中に挟まれているので、逃げる余地はない。そもそも、ラナスはさほど運動が得意ではない。
 男はラナスを無事な研究所の中へと連れて行った。その一室に、ラナスと共に入る。かなり広い部屋には、白衣を着た何人かの男と、迷彩服の男。そして。
「あ……」
 フレーゼも、そこにいた。同じように後ろ手に手錠をかけられ、頬には銃弾がかすめた痕がある。
「大丈夫でしたか?」
「ああ、僕は大丈夫。そっちは?」
「まだ大丈夫です」
「おい。私語は禁止だ」
 男がふたりに注意する。仕方なく、ふたりは口をつぐんだ。
 と、今までモニターの方を向いていたひとりの学者らしき男が、椅子をきしませ振り向いた。
「さて。客人はどちらかな?」
「こちらです」
 先ほどの偉そうなヒゲ男が敬礼した。もしかすると、この研究所でも重要なポストに着任しているのかもしれない。
 男は眼鏡をくいと上げ、じっとラナスを見つめた。
「ほう。これは、面白い」
 男はラナスの胸元に手をかけると、ボタンを強引に引きちぎった。
「ラ――!」
 思わず叫びかけるフレーゼを、ラナスは目線で止めた。
 一方、眼鏡の男はそんなやり取りを全く意に介さず、ラナスの胸元にじっと目を注いでいる。
「あ、あの、所長? いかがしましたか?」
 ヒゲ男が、心配そうな声で聞いてきた。ちなみに、身の安全を心配しているわけではない。
「いや。これは、面白い。こんなものは久しぶりに見た」
「所長?」
 所長と呼ばれた男は、楽しげにくつくつと笑った。
「所長、その娘をご存知で?」
「これそのものは知らん。だが、出身は知っているぞ。試験管の中だ」
「試験管?」
「ああ」
 所長は頷き、やはり楽しそうに笑った。
「昔な、とあるドームの研究所で新しい生体兵器の研究がなされていた。今はすでに消滅したところだがな。この娘は、その研究成果のひとつだよ」
「と、言いますと?」
「お前も聞いたことがあるだろう。一体のエクイットで三十機もの部隊を退けた、軍神の話は」
 ヒゲ男は頷いた。その話は、戦いに身を置く者ならば誰でも知っているほどの有名な話だ。
 エクイットには個体ごとに多少の性能差はあれど、そう極端な差はない。だが、軍神と呼ばれた男は、他の連中が使うのと変わらないエクイットで、部隊を全滅させたのだ。その力量は、計り知れない。
「一方、こっちも知っているだろう。最新のエクイットの基礎である制御プログラムを作り出したキチガイ女も」
「ああ、あの全世界に向けてプログラムを発表したっていう? おかげで戦争が激化したんでしたね」
 現行の最新型エクイットは、全てそのプログラムを基礎として動いている。言うなれば、現代兵器の母だった。
「この娘は、そのふたりの子供だ。胸元のバーコードがその証拠だ」
 所長はラナスを見つめ、そう言った。幼い故に膨らみもない胸元の上に、あざのような縦線が何本も走っていた。
「もちろん、正規の子供じゃない。優秀な遺伝子を組み合わせ、戦闘や研究に使える子供を作ろうという計画だ。この娘だけじゃなく、何人もの子供が作られた。成功体はほとんどいなかったが、そうか、まだ生きていたのか。ドーム閉鎖のごたごたですっかり忘れてしまっていたわ」
 ラナスは目の前の男を無感動な目で見つめている。本当に、その目には何の色もなかった。
 自分のことが話題になっているというのに、まるで見知らぬ誰かの話を聞いているような、そんな雰囲気があった。
「なるほど、それならこの年齢であれだけのものを使いこなせるのも合点がいくわ。まさか生物兵器が相手だとはな」
「それで、所長。こやつらをどう処遇しますか」
 所長はフレーゼとラナスの顔を等分に眺め、言った。
「ふたりとも牢に入れておけ。色々と調べたいことがあるからな」
「承知しました」
 ヒゲ男が目で部下に指示を出す。フレーゼとラナスは、男たちに引っ張られて連行された。

 暗い牢の中で、フレーゼとラナスは肩を寄せ合うように座っていた。手錠はない。人間の力では、ここを突破などできないのだから、手錠など意味がない。
 地下牢はほんのりと冷たい空気が漂い、どこかかび臭い。
「……フレーゼさん」
 ふと、ラナスはフレーゼを見上げた。フレーゼも黙って見返す。
「フレーゼさんはわたしの出生、ご存知でしたか?」
「少しだけね。あそこまで詳しい話は聞いたことがなかったよ」
 フレーゼが答えると、ラナスは、そうですか、と頷いた。
「わたしは研究所で人工的に作られ、そして育ちました。しかしそこも、他国からの軍事介入で壊滅。脱出に成功したわたしは、孤児院に引き取られました」
 どこのドームにも孤児院のひとつやふたつはある。それだけ、孤児が多いということだ。むしろ、家族が健在の一家など、よほどの上流階級以外には、そうそういない。
「わたしがディオート・クラットにスカウトされたのは三年前です。もっとも、その頃はまだ名前もなく、イリスさんとカトレアさんしかいませんでしたが」
 そのすぐ後にディルが仲間になった、とラナスは語った。
「フレーゼさんは、わたしの出自をどう思いますか」
「どうって?」
「変だとか、気持ち悪いだとか。あるいは、彼らの言う通り、化物だと思いますか?」
 ラナスの瞳に映る色からは、どういう意図でその質問をしているのか、読み取れない。だからフレーゼは、自分が思う通りに答えると決めた。
「強いて言うなら、人間を道具のようにするなってところかな。ラナスちゃん自身には何の関係もないよ」
「本当にそう思いますか?」
「そう思うよ」
 ラナスはじっと、フレーゼの瞳を見つめた。互いの瞳に互いの顔が映るほどの距離。ラナスの吐く息が、フレーゼの鼻にかかった。
「――どうして、そう思うんですか?」
 ようやく顔を離したと思ったら、ラナスはさらにそう聞いた。
「だって、今のラナスちゃんにその過去は何の関係もないじゃないか」
 言って、フレーゼは照れたように鼻の頭をかいた。
「ラナスちゃんは知っているだろうけど、僕も孤児だ。しかも、両親の顔も覚えていない。だから、もしかすると僕もラナスちゃんのような存在なのかもしれない」
 それに、とフレーゼは続ける。
「隊長だってディルだって過去がある。僕は詳しく知らないけど、ふたりとも軍人として活躍していたんでしょ? そしたら言いたくない過去もいくらでもあると思うよ。過去なんてあってないようなもの。今には、関係ないさ」
 ラナスはしばらくフレーゼを見つめていた。表情には、特に変化がない。
 やがて、そっと口を開いた。
「カッコつけましたか?」
「ちょっとだけね」
 はは、とフレーゼは小さく笑う。
 ラナスもまた、ふわりと微笑を浮かべた。
「それにしても、困ったね。どうする?」
「大丈夫です。すぐに助けが来ますから」
「……、助けって?」
 ラナスは立ち上がり、とことこと檻に近付いた。
「冗談の好きなスナイパー、です」
 ぐらりと、地面が揺れた。ほぼ同時に、轟音が響き、天井が割れる。
 石を砕き天井を崩し、現われたのは巨大な金属の手だった。
 手が引っ込むと、次に割れ目から顔らしきものが覗いた。
『おーい、ラナスちゃんと、ついでにフレーゼぇ。大丈夫かぁ?』
「わたしは大丈夫ですが、フレーゼさんはディルさんの崩した天井に巻き込まれたようです」
 石の中からもぞもぞと這い出し、フレーゼは言う。
「気付いていたなら、教えてくれてもいいじゃないか……」
「すいません。運が悪かったですね」
 言い、ラナスは切れ目に目を向けた。
「ディルさん、イグニスはどこにいますか?」
『ポイントA−32。場所はわかるな?』
「はい。ではフレーゼさん、行きましょうか」
 ようやくガレキから這い出し、服をはたくフレーゼに、ラナスは言った。
「行くって、イグニスのところに?」
「はい。ディルさんが陽動と援護をします。その間に、イグニスを取り戻します」
『フレーゼ、ラナスちゃん。こいつを持っていけ』
 ガチャンと何かが放り込まれた。
 見れば、それは銃器だった。拳銃が二挺と、大型のバズーカ砲がひとつ。
 ラナスが拳銃を、フレーゼが残る武器を手に取ると、ディルの一撃で曲がった檻の合間をすり抜け、ふたりは駆け出した。