「まあ、とりあえず作戦を終えた、それだけはねぎらっておこう」
 キャストラム、メイン・ルーム。帰還した三人は、待ち受けていたイリスに、今回の作戦における首尾を報告した。
 だが、少なくてもイリスの表情を見る限りは、どうにも褒めてもらえそうな状況ではない。それも今回の作戦の結果を考えれば無理もなかった。
 イリスはこめかみに青筋らしきものを浮かべながら、続けた。
「だが。フレーゼの失態をカバーするためにディルを派遣せざるをえなかった点、作戦行動にはないトドメの一撃。これに関してはどう弁明する?」
「フレーゼさんの失態に関しては先にデータを転送した通りです。結果としてディルさんの手を借りることになってしまいましたが、目的は達成しました」
「もうひとつの件は?」
「そちらに関しましても、すでに報告した通りです。本来ならわたししか乗らないイグニスの操縦席に、小柄とは言え男性のフレーゼさんが乗り、結果として無理が生じました。そのため、誤ってスイッチを押してしまい、それがたまたま誘導ミサイルで、たまたま攻撃目標ポイントが研究施設になっており、たまたまそれが見事に命中して撃破しただけです」
 ラナスは表情ひとつ変えることなく、答えた。後ろではディルが笑いを堪えている。
 イリスはため息をつき、頭を抱えた。
「……もういい。とりあえず、先方の依頼内容は全て果たしたんだからな。だが、次はこういう事態にならないよう。特にフレーゼ。今回は、お前のミスのせいでラナスまで危険になったんだ。その事態は、しっかりと受け止めておけ」
「了解です」
 フレーゼが敬礼すると、イリスは頷いた。
「では、これにて作戦終了! お疲れだ、戻っていい」
「イリス。少し、待って頂けませんか」
 と。そこに珍しく、カトレアが口を挟んだ。カトレアは基本的に、ディオート・クラットの行動には口出ししない。彼女も隊長の部下として、金銭関係の管理をするだけだ。
「どうかしたのか、カトレア」
「通信が入っています。ユニバーサルドームからです」
「……何?」
 ユニバーサルドームは、現状で存在している全てのドームの中でも最大級のドームだ。周辺の小さなドームすらもその支配下にあり、世界最大国家でもある。
 その分、軍事力や権力も並ではない。ユニバーサルドームと戦えば、ディオート・クラットでさえ、勝てるとは言えない。
 ユニバーサルの名前で行われる通信は、その重みが他の依頼などとは一線を画していた。
「わかった。繋いでくれ」
 イリスが頷くと、正面モニターに壮年の男性が映し出された。やり手で有名な、ユニバーサルの外交官だ。
『こちら、ユニバーサルドーム通信室。ディオート・クラット殿、応答を願う』
「こちら、ディオート・クラット移動拠点『キャストラム』。しっかりと聞こえていますわ」
 外交官の挨拶に、カトレアが応じた。おそらく、向こうのモニターにはカトレアの微笑が映っているだろう。カトレアはディオート・クラットの窓でもある。すなわち、超実力派傭兵集団の、唯一、判明している顔というわけだ。それがコンピューターによる合成なのだから、いやはや何とも。
『ユニバーサルドームより、ディオート・クラット殿に正式な依頼をしたい』
「天下のユニバーサル様が我々のような小規模傭兵に、何のご依頼でしょう?」
 さりげないどころか、あからさまなイヤミである。
 外交官は苦笑を浮かべつつ、答えた。
『我が国の所有する航空母艦『ゼフィーラ』が正体不明の何者かに撃墜された。その、撃墜した者が何者であるかを調査し、報告して欲しい』
「ゼフィーラって?」
 小声で聞くフレーゼに、ディルが応じる。
「ユニバーサルの持っている中堅クラスの戦艦だ。物資の輸送なんかに使われていたはずだぜ」
 ユニバーサルドームは他の国家より資金が潤沢であるため、戦艦も複数、所有している。ゼフィーラも、そのひとつだった。
「戦艦撃墜の犯人など、かなり目立つはずです。どうしてわざわざそれを傭兵などにご依頼なさるのでしょう?」
『残念ながら、我々の所有する他の戦艦は全て別の任務に着任している。今回の事件の性質上、調査に戦艦は必要不可欠だ。そのため、傭兵で戦艦を持つという数少ない条件を満たすディオート・クラットに依頼したいのだが』
「……、わかりました。ディオート・クラットとして検討させて頂きます。少々、お時間を頂けませんか?」
『その点は問題ない。色よい返事を期待する。では、貴艦の未来に栄光あらんことを』
 最後は決まり文句で、通信は途切れた。
 カトレアはまず、目線でイリスに問いかけた。
「怪しい、な」
「そうですわね」
 頷くふたり。そばで、フレーゼは首を傾げた。
「どこか、怪しかったですか?」
「そりゃ怪しいだろ。ユニバーサルが戦艦ひとつ落とされて、そんで調査をテメエでやらないなんて」
 フレーゼの質問に答えたのは他の誰でもない、ディルだった。
「だって、艦は全て出払っているって……」
「アホか。普通はな、戦闘を吹っかけられた時とかのために、艦をいくつか持っているところってぇのは艦は常駐させておくんだ。少なくてもひとつはよ。だいたい、今回はユニバーサルの名誉がかかった問題だ。そんな話、外注で頼むかよ」
「じゃあ、どうしてユニバーサルは自前の艦隊を使わず、僕らに頼むんだ?」
 それを問われると、ディルには答えられない。黙り込むしかなかった。
 代わりに、ラナスが口を開く。
「おそらく、ユニバーサルはアンノウンがどのようなものなのか、知っているんだと思います。そして、それに戦闘をしかけられない、もしくは、勝利の見込みがないために、わたしたちを頼ったんだと思います」
「ふむ、私もラナスの言う通りだと思っている」
 イリスが頷く。そして、続けた。
「連中は戦闘能力だけなら有数だ。そして、権力だけなら誰にも負けない。そんな連中が戦えないんだから、ゼフィーラ撃墜というのも、相当に派手な事件だったんだろうな」
 そこで、隊長はカトレアを振り返った。
「カトレア。どうにかして、そのゼフィーラ撃墜の真相を突き止められないか?」
「もうやっていますわ」
 キャストラムは、その高い機動能力だけが自慢ではない。ペリキュラムを修復する機構や無尽蔵にも思えるエネルギー、そして、世界中のどの国よりも発展したコンピューターがある。
 カトレアのような擬似人格も、このコンピューターの性能を表している。
「情報、ヒットしましたわ。少し違法でしたが」
 詳しい経緯は説明せず、カトレアは正面モニターにデータを映し出した。
 それは、報告書だった。おそらく、ザフィーラの乗組員の書いたものだろう。おのずとその入手経緯も予想できたが、誰も何も言わなかった。そんな細かいことを気にしていたらここにはいられない。
「――つまり、正体不明の戦艦に落とされた、というわけだな」
 報告書をざっと眺めたイリスが言った。
「正体不明の人型兵器を使用した、とありますね。小型で、おそろしく素早く、こちらの攻撃が直撃したにも関わらず、まるで傷を負わせられなかった、と」
「それって――!」
 フレーゼには、その特徴に覚えがあった。ないはずがなかった。
「隊長。この話、乗った方が良さそうっすね」
「私もそう思ったところだ。もしアレが量産されているのなら、相手をできるのは間違いなく、我々だけだからな」
 イリスの表情は、これ以上は険しくならないほどに深いシワが刻まれていた。
 D−04。もしあの超兵器が量産されていたなら、世界は、破滅する。

 ユニバーサルの指定したポイントは、荒々しい山肌が景色の全てを占めるような、荒涼とした場所だった。
 メイン・ルームには、四人が揃っていた。もし連中が現われればすぐに発艦できるよう、ペリキュラムの方も準備はできている。
 もっとも、モルスだけは修理が完了していないため、発艦準備はしていないが。
「ラナス。D−04の量産型が完成している可能性、どのくらいと見る」
 イリスは仁王立ちし、正面モニターを文字通りにらみつけながら、隣に立つラナスに聞いた。
「わかりません。ペリキュラムに匹敵する科学技術を持つ可能性のある国家は、どこにも存在しませんから」
 ラナスは、正直に答えた。
「それが、おかしいんだ。カトレアにも調べさせたが、あの連中に背後関係はなかった。本当に独自の研究所で、あれだけの戦闘能力を持つ兵器を完成させたんだ」
「ペリキュラムみたいに、どっかで拾ってきたんじゃないスか」
 ディルは椅子のひとつにくつろいだ様子で座りながら言った。
 フレーゼはその様子を眺め、呆れたようにため息をついた。
「ディル、よくそれだけ余裕でいられるな。もし本当にD−04だったら、洒落にならないってのに」
「前は不意打ちに近い状態だった。だが、今回はこっちもそれなりに準備してある。プロトタイプより質が落ちた相手なら、数が揃おうと問題なく落とせるさ」
 自分は出撃しないにも関わらず、明らかに緊張しまくっているフレーゼに対し、ディルは平然と事態を受け入れていた。このあたりは、キャリアの差、というものだろうか。
「――正面にアンノウン感知しました」
 カトレアの言葉に、さっと緊張が走った。
 それは、すでに正面モニターにも映っていた。
 大きさはキャストラムよりもかなり大きい。黒い戦艦で、一対の翼とふたつの艦首が見える。その姿は、双頭の化物を連想させた。
「アンノウン、こちらに向かってきます。このままでは五百秒後、衝突します」
「念のため、停船を呼びかけろ」
「了解しましたわ」
 カトレアは頷き、通信で黒い戦艦に呼びかけた。
『こちら、無所属私的戦艦、キャストラム。貴艦の停船を要求します』
 通信の返答がある前に、突如、黒い戦艦が光った。
 同時に響く衝撃。相手からの砲撃だった。
『こちらに戦闘の意思はありません! 即刻、砲撃の中止を願います!』
 カトレアの要求も聞こえているはずなのに、相手はまるで意に介さず、砲撃を続けてきた。
「ちッ……! カトレア、戦闘機動態勢に入れ!」
「了解ですわ」
 キャストラムとて、伊達にペリキュラムの母艦を務めているわけではない。
 カトレアがキャストラムを戦闘状態に変えたことにより、揺れが収まった。あの程度の砲撃では、この艦はビクともしないのだ。
 と、相手の戦艦から大量の何かが飛び出した。カトレアがすぐさま、それにズームをかける。
「くそッ! やっぱり連中か!」
 それは形状に多少の差異があれど、間違いなく、D−04だった。それぞれ、手に様々な武器を持っている。
「発艦するぞ! どうやら相手は飛べるらしい、フライトユニットの装着を急げ!」
 叫びながら、隊長は走り出す。その時にはすでに、ディルとラナスは格納庫へのショートカットに入るところだった。
 三人が飛び出した後、フレーゼはまたモニターを見つめた。
 迫り来る機動兵器は、確実に迫っていた。