『ディオート2、ラナス・プラネッシア、イグニスで発艦準備完了、発艦します』 翼を装備できないイグニスが、真っ先に飛び出す。ステラの中でその通信を聞いたディルは、発艦の準備を急いだ。と言っても、フライトユニットの装着はカトレアが行う。ディル自身にできることは、何もない。 『ディオート1、イリス・シャングイナ、フライトアルマで発艦準備完了。発艦する』 隊長の通信を耳にしたところで、ようやくステラもフライトユニットの装着が完了した。 「ディオート3、ディルファン・アジャシス、フライトステラで発艦準備完了だ! 発艦するぜ!」 圧力を全身に感じながら、ステラはキャストラムから飛び出した。 すぐさま背に取り付けた翼が作動し、飛行する。 「ひゃあ、来てやがる」 見れば、すでに敵機はかなり迫っていた。数は、有視界だけで十体以上。 「ステラ、MAS起動だ。フォルト・フィールド作動、指向性レイキャノン準備」 フォルト・フィールドを作動させたステラは、周囲の空間を局所的にねじ曲げ、有視界はおろか、普通のレーダーですら感知はできなくなる。ステラを見つけられるほどのサーチ機構を持った機体は、今までイグニス以外に存在しなかった。 「さーて、そんじゃあまずは、狙ってみますか」 ディルはターゲットをロックし、レイキャノンを放った。相手からすれば、何もないところから攻撃が来たようなものだ。 レイキャノンが、一機の敵を貫通する。胴を貫かれた相手は、閃光と共に爆発した。 だが、相手の侵攻は止まらない。撃破されていない中の何機かが、おおよその見当をつけて突っ込んできた。 と、その連中が飛んでいた空間が焼かれる。地上からの、ラナスの援護攻撃だった。 イグニスは重過ぎるため、フライトユニットを装備しても飛行できない。そのため、地上からの援護に徹している。 視界の端では、アルマが銃撃を行っていた。もっとも、攻撃力の低いアルマでは、どうにも撃破は難しいらしい。 ディルは、レーダー画像に目をやった。イグニスがサーチしたデータを共有したものだ。 「ちッ。これじゃあマシンガンに紙の盾、だな」 敵機の数は、時間を追うにつれて増えていく。 アルマの装備では連中を落とせない以上、ステラとイグニスが踏ん張るしかない。だが、とても二機で倒しきれる数だとは思えなかった。 「それでも、やるしかねーか!」 この全てを倒さなければいけないわけじゃあない。相手が撤退したくなるほど、もうこれ以上は歯向かうだけ損だと思えるほどのダメージを与えればいい。 「それがどんくらいか、わかんねーけど……」 わからないからと言って、退くわけにはいかない。 ディルはモニターに映る相手に向かって、銃を向けた。 「苦戦、してるな……」 モニターに映る映像を眺め、フレーゼは呟いた。 アルマの放つ実弾では、敵機にはダメージが与えられない。その装甲に、弾丸の全てが弾き返されていく。 イグニスの射撃は確実に敵機を消し去るが、その一撃が上手く当てられないでいた。相手が早すぎるらしい。 ステラの射撃はイグニスと違い、確実に相手に当たるものの、その一撃では相手が倒れない。的確なポイントを撃ち抜ければ話も違うのだろうが、これだけの速度で移動されては、そうそう狙えるものでもない。 そして何より、相手の数が多すぎた。三人で相手にする人数ではない。 「カトレア。ここはペリキュラムも援護射撃をした方が――」 振り返り、フレーゼは首を傾げた。 「カトレア?」 カトレアはボーっと画面を見つめたまま、動かない。フレーゼに声をかけられたのも気付いていないようだ。 「カトレア!」 「は、はい!?」 ビクリと肩を震わせ、カトレアは振り返った。 「カトレア、どうかしたのか? 変だよ」 「い、いえ。それが、ですね」 カトレアはモニターに目をやり、ふっと眉をひそめた。 「彼らに、見覚えがあるような気がするんですの」 「見覚え? そんなの、データを探ればわかるじゃないか」 彼女はどう転んでも、コンピューターに過ぎない。機械である以上、記憶と呼ばれるものも、所詮はデータ。人間の記憶とは違い、探せばすぐに出てくるはずだった。 「ええ、それが、一致するデータはありませんの。それでも、見覚えがある気がするんです」 「データはないのに見覚えがある?」 それは、不自然だった。 データがなければ記憶がない。見覚えがあるなら、データがある。 どちらか一方だけが成り立つ状況はありえないはずだ。 「……、もしかして、プロテクトデータに関係しているんじゃないか?」 「あ、なるほど。そうかもしれませんわね。少し、探ってみますわ」 カトレアは目を閉じた。データを検索する際に彼女が行う、癖のようなものだ。 カトレアの中には、ロックのかかったデータがある。このプロテクトは、ラナスとカトレアが協力しても解除できないほどの高度な代物だった。 あるいは、その中に彼らに関するデータもあるのかもしれない。それなら、この中途半端な状況も、説明できなくもない。 プロテクトデータには、解除するのに必要な言葉、すなわちパスワードが必要だ。あるいは、彼らの中に、その答えがあるのかもしれない。 フレーゼはしばらく待った。それが一瞬だったのか、それともかなりの時間を要したのか、緊張しきったフレーゼには判断できなかった。 「パスワード認証。プロテクトデータ、解除します」 カトレアが呟き、フレーゼの面にこれ以上があったのかというほどに緊張が走った。 「これ、は?」 カトレアは、データの中身をさらっているのだろう。それを認識し、理解して。 突如、カッと目を見開いた。 画面に目をやる。その顔は青ざめ、心なしか、震えていた。 「カト、レア?」 フレーゼの言葉も、今の彼女には届いていないようだった。 「そ、んな……。ダメ、ダメです、勝てるはずがない!」 「勝てるはずがない? どういうこと?」 フレーゼが問い詰めようとも、カトレアは答えない。答えられない。 すっと息を吸い込むと、カトレアは各機への通信を送った。その内容が、メインルームにも流れる。 『ホームより各機へ! 総員退避! 戦闘区域を離脱します!』 「なッ!?」 カトレアの表情は、あくまで真剣だった。とても冗談で言っているようには見えない。そもそも、冗談を言うような事態ではない。 『ディオート1よりホームへ。どうした、何があった!』 『彼らには絶対に勝てません。すぐに撤退を!』 『だからッ! その理由を言えつってんだよ!』 苛立ったディルの声が、通信機を経由して聞こえてくる。 『彼らの名前はガーディアム! その昔、この星に存在していた人型兵器をことごとく破壊し尽くした、超兵器ですわ!』 『何だ? 何でそんなのを知っている!?』 『とにかく! 退いて下さい!』 カトレアの声は、すでに悲鳴だった。布を引き裂くような甲高い声がメインルームに響き渡る。 『駄目です。ここで退いても、追撃されるだけです』 ラナスの冷静な声も、カトレアを静めるには足りなかった。狂ったように、カトレアは撤退を命じ続けた。 『戦っても死ぬだけですわ! とにかく撤退を! 艦に戻れば、後はどうにかなるかもしれません!』 『なるわけねーだろッ!? こいつらがそんなに甘いわけ――!?』 ザ、とノイズが走る。ディルの声が途切れ、画面には光が走った。 「ディルさん!?」 『――ッ、大丈夫だ。まだ生きてる』 モニターに、ステラの姿が現われた。敵が適当に放った弾丸が命中したらしい。どうやら、姿を消すことすら、できなくなっているようだ。 『ディオート3より各機へ。左胸部をぶち抜かれた。フォルト・フィールド、システムダウン。もう使えねぇ。戦闘区域から距離を置くぜ』 ステラには高い機動能力も、高い防御能力もない。姿を隠し、こっそりと相手を仕留めるのがステラの戦い方だ。だが、その姿を消すという行動が取れない以上、最前線にはいられなかった。 『ディルファン・アジャシス! 撤退しなさい!』 『嫌だっつってんだろうが! 少しは落ち着け!』 カトレアの台詞とて、理がないわけではない。だが、退けないのもまた、事実ではあった。 混乱の極みにあったカトレアは、気付いていなかった。格納庫が手動操作に切り替えられていたことも、いつの間にか、フレーゼがその場から消えていたことも。 その事実に気付いたのは、格納庫の扉が開いた時だった。慌ててカトレアは意識を格納庫に向ける。 そこには、すでにフライトユニットを装備して、出撃準備が完全に整ったモルスの姿があった。 『フレーゼさん! 何をしているんですか、危険です!』 『……ディオード4、フレーゼ・ハイブリーダ、フライトモルスで発艦準備完了。発艦します!』 もはや、引き止める暇もなかった。加速し、モルスは空中に飛び立っていった。 |