「カトレア。知っていることを正直に話せ」
 ホログラフを取り囲む四人。その中のひとり、イリスは厳しい視線を向けた。
「連中は何者なんだ。お前とはどういう関係がある?」
 カトレアは言いにくそうにもじもじしながらも、ぽつりぽつりと語り出した。
「……彼らは、リチャーター。異星人です」
 パッと、正面モニターに画像が映し出された。
 それは、精巧なCGのようにも見えた。ウロコにびっしりと覆われた肌。人間のような手足に、やはりウロコに覆われた尾がある。その顔はまるで、トカゲのようだ。
「これが、あの機動兵器の中身です」
「――確かに、この星にこういう姿の生物がいるなんて話、聞いたことがないな」
 だが、と続ける。
「本当にこんなものがいると? しかも異星人だって? それはまさか、星間航法を完成させた世界があるという意味か?」
 カトレアは重々しく頷く。途端、笑い声が響いた。ディルだ。
「はは、そいつは面白ぇ! 人型兵器を使える連中ですら宇宙空間には出るのがやっとだってのに、よりにもよって宇宙人だとよ!」
「真面目な話です」
 カトレアの真剣なまなざしに、ディルも笑い声をひそめ、真面目な顔になった。
「カトレア。マジで宇宙人だっつーのか」
「はい。そもそも、この星の科学力は下の下です。本来なら人型兵器はおろか、ドームもミサイルさえも存在するはずのないものですわ」
「……どういうことだよ?」
「歴史を紡ぐ者があまりいないこの星では、知る者も極端に少ない事実ですが、ある時を境に、この星に存在する科学技術が爆発的に進展しているんですの」
 正面モニターに、エクイットの映像が現れた。
「たとえばこのエクイット。第一世代の、最も古いタイプですわ。言い換えれば、最も基礎的な人型兵器、とも言えますわ」
「ああ、そうだな」
「人型兵器は、元来なら非常に効率の悪い兵器ですわ。修理や点検にも莫大な労力を要しますし、その大きさから、歩兵からすれば巨大な的とも呼べます。そのような兵器を今なお使っている理由、おわかりになります?」
 カトレアは一同を見回す。ディルとフレーゼはすぐさま首を横に振った。
 情けないふたりの男の代わりに、ラナスが答えた。
「エクイットの初号機は、遺跡から発掘された設計図を基礎としたはずです」
「その通りですわ。そして、その設計図とは、本来ならペリキュラムを作るためのものなのです」
 MASは再現できなかったようですけど、と付け加えた。
「はいはーい、質問」
 まるで子供のようにぴょんぴょんと跳ね、ディルは尋ねた。
「そんじゃあ、どうしてペリキュラムは人型なんだ? しかも、人型兵器を使うほどの科学技術を持った連中が、どうして存在しない?」
「まずは世界の現状について説明しますわ」
 正面モニターの映像が切り替わり、荒野が映し出された。どこでも見られる、何の変哲もない荒れ果てた地形だ。
「その昔。人々は優れた科学によってこの星を支配していました。どの国も豊かで安定しており、現在のような奪わなければ生きられない世界ではありませんでした。ですが……」
 目を伏せ、カトレアは続けた。
「彼らが現れたのです。当時、この星に存在していた兵器は、戦車や戦闘機と呼ばれる、非人型兵器が主でした。そして、それらの機動性、攻撃力では、歯が立たなかった。そこで生まれたものこそ、機動兵器という考えですわ」
「ペリキュラムのことだな」
 頷き、カトレアは続けた。
「ペリキュラムの持つマインドアクションシステムやその発展系は、ガーディアムを参考に作られたものです。確かに維持は大変ですし、遠くから見れば的に過ぎませんわ。それでも、高い機動性でガーディアムの動きに対応し、精神波を武器に変えるという構想から、高い攻撃能力も有したペリキュラムは、それまでの兵器とは一線を画す能力を発揮したのです」
 新たに開発された兵器。その力は、しかし、世界を守り切れなかった。
「けれども結局、星は壊滅。世界に満ちていた科学は消え、人類の知識はリセットされてしまいました。同時にダメージの過ぎたリチャーターは、撤退したんですわ」
 語り終えたカトレアを、ディルは呆然と見つめた。
「そんじゃあ、お前はどうしてそんな事実を知っているんだ。この星の科学は死滅したんだろ?」
「はい。損傷の大きかったわたくしは、リチャーターが撤退する際に、わたくし自身のデータにプロテクトをかけ、自ら眠りにつきました。彼らが再び襲来した時に、カウンターとなるために」
「そして、プロテクトが強すぎて、自分でも解けなくなった、と」
 カトレアは、てへへと照れ笑いを浮かべた。まったくもって、彼女らしいミスである。そのせいで、今まで真実は闇の中にあった。
 真剣な調子を取り戻し、カトレアは言った。
「ですから、彼らと戦うべきではありませんわ。以前よりも相手の数は減りましたが、こちらの戦力はそれ以上に激減しています。勝ち目はありませんわ。勝てぬ戦など、傭兵がするものではありませんでしょう?」
「だから私たちに指をくわえて見ていろと、お前はそう言いたいのか?」
 こくりと頷く。イリスは頭を抱えた。
「カトレア。確かに傭兵は勝算のない戦いはしない。だが、今回は話が別だ。仲間が危機に瀕している以上、勝算うんぬんの議論はしない」
「死にますわよ」
「死ぬ覚悟なんか十年以上も前からできている」
 なあ、と、カトレアは一同を見回した。
「オレは戦うぜ。コケにされたまんまで引き下がれるか」
「わたしも戦います。他に行く当てもありませんし」
 そして。皆の視線が、ひとりの少年に集まった。
 フレーゼは深く深呼吸し、まっすぐにカトレアを見つめた。
「僕も、戦う。黙ってカトレアが死ぬのを眺めているなんて、僕にだってできない」
「フレーゼさん。今回は今までと話が違います。生きて帰れませんわ」
「いいよ。僕の帰る場所は、ここだけなんだから。ここがなくなるなら、生きて帰る場所なんかない」
 カトレアは皆の顔を等分に眺めた。ひとりひとり、じっくりと。
 全員が、その顔を強い意志の力で引き締めていた。誰も引き下がろうとはしていない。どれだけ壁が高かろうと、彼らは全力で打ち砕こうとするだろう。
 やがて、カトレアは深くため息をついた。
「強情、ですわね。人間は機械と違って、物事を数字以外で判断するから厄介ですわ」
「悪かったな。だが、その想いこそが、MASの源泉だろう?」
 疲れたような、安心したような笑みを浮かべて。カトレアは、小さく頷いた。
「よし。そうと決まれば作戦会議だ。連中を出し抜くぞ」
 カトレアの代わりにイリスが立った。覇気のある声が響く。
「それは構わないっすけど、どうするんスか? マジでオレらの戦力じゃあ、力が足りないッス。このままじゃ、多勢に無勢でどっかーん、ってね」
「そんなことは言われなくてもわかっている。だが、この間の戦果を見る限り、MASを起動させたモルスなら、連中は相手にならないはずだ。それに、イグニスの超火力を叩き込めば、戦艦にすら打撃が与えられるのは証明済みだ。つまり、やりようによっては不可能ではない。そういうことだ」
「アバウトですね」
「詳細はこれから、だ」
 呆れるフレーゼに、イリスはお得意の睨みつけで答える。その様子に、ディルは笑い、ラナスは見飽きたと言わんばかりの眼差しを向けている。
 どこまでも輝くようなディオート・クラットを、カトレアは眩しそうに眺めていた。

 会議も終わった、メイン・ルーム。シートのひとつに座り、イリスはその目をレーダーに向けていた。だが、瞳には何も映っていなかった。
 部屋は暗い。気を利かせているのか、カトレアの姿すらない。計器類の放つ明かりだけが、室内をぼんやりと照らしていた。
 と、その暗闇が光に切り裂かれた。開いた扉から入ってきたのは、黒髪の少年。
「隊長、こんなところで何をしているんですか? 今は体を休めた方が……」
「そういうお前こそ、こんなところに何の用事だ。作戦行動まで体を休めておけと言ったはずだが?」
 フレーゼはイリスの言葉など聞かなかったフリをして、その隣のシートに腰掛けた。
 イリスはちらりとフレーゼに目を向け、けれどあまり気にせず、前の画面を睨んだ。
「……隊長、らしくないですよ。どうしたんですか?」
「お前に心配されるほど、私も腑抜けてはいない」
「どこがですか」
 正面モニターには、今は外の映像が映し出されている。星が輝く夜空と、荒涼とした大地が、暗闇の中を占めていた。
「僕、普段から隊長とか、ディルとか、ラナスちゃんとか、みんなに迷惑をかけてばっかりです。だから、たまには頼って下さい。いつもの分、お返ししますから」
「借りなどと思わなくていい。私とお前はチームだ。戦場において、チームメイトをカバーするのは、任務達成のためには当然だ」
「隊長は、任務のために僕を助けるわけではないでしょう?」
「――ッ」
 言葉に詰まり、イリスはシートを回転させ、フレーゼに背を向けた。
「フレーゼ。私はいつもお前に言っているな、MASを作動させるのは想いだと」
「はい」
 イリスの語調は、いつもと何も変わっていなかった。それなのに、どこか不安になる。イリスがいつも持っている、天井を知らずの強さが、どこかで欠けていた。
「お前は知らないだろうが、実はアルマにもMASは装備されている」
「……え? でも、隊長がMASを起動させたことは――」
「ああ、ない。私は、MASを使いこなせないんだ。いや、使いこなせないどころではないな、動かすことすらできないんだから」
 はは、とイリスは笑った。自嘲的だった。
「笑い話にもならないな。MASを使えない私が、MASを使えるお前に講釈するんだから。いつもの相手なら、今のままのアルマでも十分に戦える。だが、今度の相手は別だ。マインドアクションシステムなくして、連中とは勝負にもならない」
 高い機動性。圧倒的な攻撃力。そして、通常兵器を軽く弾き返す、脅威の装甲。
 ガーディアムの持つ戦闘能力は、エクイットなどとは比べ物にならない。何より脅威なのは、その装甲だった。ダメージを受けないとわかっているから、連中は正面から突撃できる。アルマには、それを止めるだけの火力がなかった。
「私はな、フレーゼ。ペリキュラムを発見した時……、これならば戦いと争いの中に何かを残せると、そう思った。通常のどの人型兵器より優れた戦闘能力。平和を呼び込むには、どれほどの詭弁で塗り固めようとも、力が不可欠だ。そして、ペリキュラムにはそれだけの力があると、そう信じていた」
 けれど。現状、アルマには、それだけの力がなかった。
 戦いと争いを招く異星人を相手に、アルマは、手も足も出なかった。
 ただ、うるさく相手の周囲を飛び交うだけしか、できない。
「隊長……」
「同情など受け取らないぞ。私はこれでもディオート・クラットの隊長だ。手も足も出ないからと言って、引き下がるつもりもない」
「隊長。僕は、いつもMASを使いこなせません。戦う時、殺す時、どうしたって躊躇する。そんな心じゃ、MASは使えない」
 でも、と続ける。
「そんな僕でも、依頼をこなせました。腕も二流、MASも使えない、僕なんかが。それは、ペリキュラムの力があってこそです」
 フレーゼはじっとイリスを見つめた。イリスとフレーゼの視線がかち合った。
「アルマだってペリキュラムじゃないですか。MASが使えないなら、使わなければいいでしょう。攻撃を弾かれるなら関節でも狙えばいいし、機動性で負けるなら経験で埋めればいい。隊長は、僕なんかよりずっと強いんですから」
 そこで、フレーゼは言葉を切った。さらに何かを言おうとして、しかし何も言えず、口を閉ざした。
 フレーゼとイリスは、しばらくの間、見つめ合っていた。ただ、お互いの瞳だけを見ていた。
 先に口を開いたのは、イリスだった。口元に笑みを浮かべ、とうとう本当に笑い出した。先刻の自嘲的な笑いではない、楽しそうな笑い声だった。
「まさかお前なんかに教えられるとはな。私も落ちぶれたもんだ」
「む。なんだかバカにしていません?」
「いーや。別に」
 シートから立ち上がり、イリスは少年を見下ろした。
「私はもう大丈夫だ。お前も寝ろ、フレーゼ」
「はあ、わかりました」
 フレーゼも立ち上がり、お先に、とメイン・ルームから出て行った。
 消えた後姿を、イリスはしばらく見つめていた。
「――お前がモルスに選ばれた理由、なんとなくだが、わかる気がするな」
 呟くイリスの顔には、誰にも見せない笑顔が浮かんでいた。

 そこには、異形の者たちだけが存在していた。
 薄暗い戦艦のメイン・ルーム。主たる明かりは計器や機器類の放つものだが、僅かながら、照明も照らしている。その中に、彼らはいた。
 不気味な色合いの鱗に覆われた肌。手足が長く、指も長い。その長い指先が、キーボードを叩いている。
 奇妙な部下たちを率いているのは、人の大人より頭半個は大きなトカゲ人であった。目つきが悪く、頬には深い古傷が残っている。
 そこに、彼よりも階級の低いトカゲ人が近付いてきた。
「リーカス様。通信が……」
「おい。貴様、俺を何と呼んだ?」
 伝令には耳も傾けず、リーカスは部下を睨みつけた。
「は? ですから、リーカス様、と」
「今の俺は先遣隊の隊長だ。リーカス隊長、と呼べ」
 部下のトカゲ人は一瞬、嫌そうな顔をした。それでも内なる想いをムリヤリに飲み込み、言葉を続ける。
「はッ、失礼しました、リーカス隊長」
「それでいい。で、なんだ」
「はッ、プルチェリマ総司令官から、通信が入っております」
「繋げ」
 部下のトカゲ人は、リーカスの隣にあるコントロールパネルをカタカタと叩いた。すると、リーカスの手元にある小さなモニターの画面が切り替わった。だが、画像は乱れており、誰が映っているのやら、いまいち判然としない。
「こちら、リーカス先遣隊隊長、カメイ・リーカス。応答願います」
「こちら、作戦総司令部。リーカス、聞こえているか」
 返ってきたのは、案外と高い声だった。画像と違って、音声の方に乱れは感じられない。
「音声だけは。画像までは届いておりませんがね」
「そうか。音声が届いているのなら問題はない。それで、首尾はどうだ」
「大地は予想以上に荒れていますね。これは、支配後の開墾も面倒になりそうです」
「……そう、か。機動兵器の方はどうなっている?」
「敵戦艦を撃破しました。我々を舐めているのか、精神波抽出システムを使用した形跡は認められませんでした」
「システムを使っていないのか?」
 画面の向こうでうなる声が聞こえる。やがて、自分の中で折り合いをつけたのか、言葉が続いた。
「わかった。だが、無理はするな。お前たちの役目は土地の調査と敵戦力状況の把握であって、戦闘ではないのだからな」
「わかっておりますよ、総司令官殿。全て我々にお任せ下さい」
 リーカスは皮肉な笑みを浮かべた。
 総司令官は、わかっているならいい、と言い残し、通信を切った。
 暗くなった画面を睨み、リーカスは唾を吐いた。
「はッ、小娘が。戦いのことなど何もわからんくせして、口だけは一丁前ときている。始末におえないな」
 リーカスは部下を振り向き、
「おい。俺はしばらく休む。後をやっておけ」
「はッ、了解いたしました」
 敬礼する部下をその場に置き、リーカスはメイン・ルームから出て行った。
 その後姿を眺めていた部下は、小さく呟く。
「――あれで自分の方が価値のある存在だと思っているんだからなぁ」
 嘆くように首を振り、トカゲ人の部下は深々とため息をついた。