そこは尖った岩が天を指す、剣山を巨大化したような地形だった。 その中を、ディオート・クラットの所有する戦艦『キャストラム』は突き進む。 時刻は夜と朝の合間。もっと高く飛べば、遠くに朝日が拝めただろう。 ある程度まで進んだところで、キャストラムは止まった。そして、左舷のハッチを開く。中から現われたのは、三体の人型機動兵器『ペリキュラム』だった。 戦艦の先端近い場所には、すでにイグニスが待機している。その周囲を囲むように、フライトユニットを装備したモルスたちが飛び交った。 前の戦いで負った傷は、完全には回復していない。だが、少なくてもMASだけは全て完全に起動できるよう、修理されていた。その分、それ以外の修理や補給はされていない。不完全な状態で、彼らは、戦いを迎える。 『来ます』 イグニスから響く声。それは、轟音でかき消された。 崩れる岩山の裏から、数十もの人型兵器が飛び出す。それを封殺するように、イグニスが火を吹いた。 それが、突撃の合図となった。 空を舞う三体のペリキュラムは、煙の向こうに垣間見える敵の戦艦に向かい、全力で出撃してゆく。 モルスの中、フレーゼは全神経を集中して、MASの維持に努めていた。 次々に現われる敵機体を斬り捨てる。敵の攻撃も苛烈を極めており、MASを使った全方向の壁ですら、攻撃を完全に凌げない。方向を逸らして回避するのがやっとだった。 それでも、フレーゼは止まらない。ただ真っ直ぐ、アルマの背後を飛ぶ。 『ディオート1よりディオート4へ。フォーメーション・ステルス。遠慮はするなよ』 「ディオート4よりディオート1へ。戦闘陣形・了解。健闘を祈ります」 『バカ、百年早い』 笑いを含んだ声で通信は途切れた。 フレーゼは一度、深く息を吐く。そして、モルスの軌道を大きく変えた。 眼前に新たに現われた敵は斬り捨て、背後からの突撃を身をひねってかわす。攻撃よりも優先されるのは耐えること。とにもかくにも、生きて、相手の注意を引きつけねばならない。 幸い、前回の戦闘結果をきちんと分析したらしく、敵機体はモルスとイグニスに向かって集中的な攻撃を仕掛けている。モルスはその高い機動能力で相手の攻撃をかわし、イグニスは正面から向かい来る敵を滅殺する。そして、キャストラムは砲撃によって二体の援護を行っていた。 「うわっと!?」 機体が揺れる。すぐさま、フレーゼは計器類に目線を向けた。 『損傷軽微。戦闘に影響なし』 モルスの機械音声が、喰らってしまった攻撃の状態を教えてくる。頷き、フレーゼはとにかく剣を振るった。 「――隊長。長くは持たないんですから、お願い、しますよ!」 何体目かの相手を斬り飛ばし、フレーゼは握る手に力を込めた。 銃弾を四方に放ちながら、小さな機体が敵機の合間を縫って飛んでいく。 腰と足、そして腕に、合わせて六本のナイフ。手にはいつもの、エクイット用マシンガン。アルマは、機動性を失うためにいつもは装備しない兵装を、大型のフライトユニットが持つ出力に任せて身につけていた。 『邪魔だ!』 迫り来る敵機を、アルマは蹴飛ばした。もちろんダメージなど与えられないが、反撃もさせない。 アルマの機動性は、モルスのそれを上回る。ダメージを与えられないまでも、打撃とマシンガンによる牽制は、相手の行動を制限するくらいはできる。その上、ガーディアムの反撃を殺す存在が、アルマの背後にいた。 剣を振り上げ、正面から敵機がアルマに向かう。一瞥し、しかしアルマはそのまま突撃を止めない。 振り下ろす直前で、ガーディアムの剣を持つその手が、吹き飛んだ。 目には見えない。レーダーでも察知できない。アルマを後方から支援する存在が、確かにいた。言うまでもない、ステラだ。 ガーディアムたちは目に見えるアルマに振り回され、目に見えないステラによって撃墜されていく。 ステラが狙うのは、胴や頭部ではない。ガーディアムの、背中だった。 ガーディアムとて、何もなくして空を飛んでいるわけではない。その原理はフライトユニットの延長線上にある。 よくよく見れば、ガーディアムの背中は青く光っている。フライトユニットより高出力の動力機関を装備しているのだろう。だからこそ、エクイット用の大きな翼がなくても、宙を舞えるのだ。 逆に言えば、それを破壊されればガーディアムとて飛べなくなるということだ。もちろんマシンガンで破壊できるような代物ではないが、ステラの指向性レイキャノンならば撃ち抜ける。 『退け退け! 邪魔をするならば容赦はしないぞ!』 煙の中を通り抜け、その先に待っていた。黒い肌を持つ、巨大な戦艦が。 群がる敵機をかわし、踏みつけ、アルマは戦艦に向かう。 『……む?』 戦艦の双頭を思わせる艦首の間にあるハッチが開く。そして、中から戦艦の肌色に溶け込みそうな漆黒の機体が現われた。 一般的なガーディアムと同じ、竜を模したような、鎧の如き姿。大きさはアルマと大差ないだろう。背には背丈ほどの剣を負い、要所には金色の縁取りがなされている。ただ立っているだけでも、その姿からは威圧的なものを感じられた。 『退けッ! 俺がやる!』 外部マイクで叫びながら、機体は宙を舞った。 アルマの周囲からガーディアムが離れていく。まるで、巻き込まれることを恐れるかのように。 『好き勝手やってくれているようだな』 『大きなお世話だ』 対峙するアルマと黒い機体。アルマは軽く手を挙げ、そして、下げた。 『……、どうやら味方機を下げたようだな。俺を舐めているのか?』 『やはりわかるか。それほどの相手では、味方がいたところで意味はないからな』 一瞬。ただ対峙しただけで、イリスの長年の勘が告げていた。この相手には、不意打ちや騙しは通用しないと。 ステラの最大の強みは、どこから攻撃されるかが不明という点である。だが、この相手は、ただ勘だけでそれを破るだろう。それならば、味方を気にしながら戦うよりは、独りの方がずっと楽だ。 黒い機体は、背中に負っていた鋼鉄色の刃を構えた。 『覚悟はできているな、猿』 『それはこちらの台詞だ、トカゲ』 先に弾かれたように飛び出したのは、黒いガーディアムだった。 猛烈な速度で突撃し、剣を振るう。 直撃すれば必殺の威力を持っているであろう一撃を、アルマは強引に身をひねってかわした。 そして、ナイフを振るう。ガツンと、金属を叩く音が響いた。エクイットを倒すための大型ナイフだが、ガーディアムの黒い装甲が相手では、回転を加えた一撃でさえ傷ひとつもつけられなかった。 『その程度が通じると思うな!』 吼えながら敵は剣を振るう。だが、運動性はアルマの方が勝っているのか、ギリギリのところでかわしていった。眼前を、腕を、腹を、鈍い色の刀身が高速でかすめる。ほんの僅かでも操縦を誤れば、後悔する間もないだろう。 剣を振るう。身をひねる。 ナイフを振るう。弾かれる。 アルマの回避能力と、ガーディアムの防御能力。そのどちらもが高く、それだけにどちらも決定打はおろか、ダメージすら与えられない。 だが、勝機がどちらにあるのかと言えば、間違いなくガーディアムであった。アルマはダメージを与えられないが、ガーディアムは当たらないだけである。当たってしまえば、アルマの薄い装甲は消し飛び、機体はバラバラになるだろう。 『そらあ!』 『ぐッ!?』 ガーディアムの鋭い突き込みが、アルマの肩口をかすめた。装甲が切れ飛ぶ。 『まだまだぁ!』 横っ飛びに逃げようとするアルマを、ガーディアムは蹴飛ばす。体勢を崩したところを狙い、続けて剣を振るった。 耳障りな金属を裂く音が響く。左腕の装甲が切れ、中身であるコードのような管が覗いた。 お返しとばかりに、アルマの蹴りがガーディアムを弾く。だが、アルマの力はガーディアムと比べ、足りなかった。遠く距離を置くことはできず、ギリギリで相手の間合いから離れた程度。 その程度の距離は、飛行によってすぐさま詰められてしまう。斬撃を正面から受け止められないアルマは、かわす以外に選択肢がない。 『ちょこまかと! 正々堂々と戦ったらどうだ!』 『戦いに正々堂々があるものか! だいたい、数で圧倒しておいて何が正々堂々だ!』 『うるさい! 勝者が歴史を作るものだ!』 『意見くらい一貫させろ!』 相手の調子に、イリスも飲まれていた。戦いながら感情的に叫んでいるのがその証拠と言える。 『逃げるしか能のないサルが! それで戦いのつもりか! ええ!?』 『正面から戦うことしか知らないトカゲが偉そうに言うんじゃない!』 『はッ! 我らに逃げはない! そんな、誇りのない戦いができるものか!』 ガーディアムの刃がアルマをかすめる。何度目かの回避だが、しかし、アルマはよろめいてしまった。 『消え去れ!』 『っさせるか!』 相手が大きく剣を振り抜くのを強引にかわし、アルマは敵機を蹴飛ばした。相手のバランスを崩すためではなく、言うなれば空を飛ぶ踏み台。反動を利用して、黒い機体と距離を開く。 そして。見た目には追い詰められての最後の抵抗であるかのように、腰の投げナイフを放った。 照り返す朝日の軌跡を残し、ナイフは直線的に黒いガーディアムを狙う。 しゃらくさい、とばかりにガーディアムは剣でナイフを叩き落す。その、瞬間。 閃光と振動が、ガーディアムを襲った。 柄の部分に爆薬を仕掛けてある、仕込みナイフ。エクイットならばバラバラになるほどの量が詰め込まれている。 『――のッ! 程度か!』 煙を銀光が裂いた。黒煙を弾く漆黒の装甲は、変わらぬ輝きを放っている。 『私を舐めるのも大概に――!?』 予想していたのだろう。アルマは、煙から飛び出したガーディアムの目の前にいた。 慌てて黒い機体は剣を振るう。アルマはその一撃を軽くかわし、そして、ナイフを振るった。 『悪いが……私にも、誇りがある!』 胴ではなく、その腕に向かって。 ナイフは、漆黒の装甲を避けるように、左の関節を貫いていた。 いかに強固な装甲を持つガーディアムでも、その全てを装甲で覆うわけにはいかない。特に関節部分は、最低限のスペースを開かないと、関節を曲げられなくなる。 だが、もちろんその隙間など、刃一本を突き通すのがやっと、といった程度しかない。イリスは、めまぐるしく動くこの戦いにおいて、その僅かなスペースを正確に貫いていた。もはや、神業とすら言えるレベルで。 アルマの動きは止まらない。ガーディアムを蹴飛ばしてナイフを抜くと、そのままの動きで肉薄する。 黒いガーディアムは、慌てて身をひねった。アルマの攻撃は、装甲に弾かれた。 『ッそぉ! もう、油断はせんぞ!』 『結構だ』 アルマの一撃は、装甲の合間を縫えばダメージを与えられる。それはたった今、証明された。 だが、実際にそれを行うのは難しい。先ほどは爆発によって隙を狙えたが、チャンスはそうそうない。 決して、事態は有利になっているわけではなかった。 ガーディアムは右腕だけで剣を振るう。その速度は先ほどよりも遅く、回避は容易い。だが、飛行能力が衰えていない以上、回避能力は変わっていない。 ガーディアムが横薙ぎに払う剣を紙一重でかわし、アルマは接近を試みる。その瞬間、ガーディアムは一挙に距離を置いた。 『どうした!? 正々堂々と戦うんじゃなかったのか!』 『サルには戦略も理解できんか!』 凶悪な風切り音と共に迫り来る剣の腹を、アルマは蹴飛ばす。少しだけ方向を変え、それを振るっていた腕に向かってナイフを降ろす。 が、ガーディアムも微かに腕を引いた。それだけで、ナイフは装甲に阻まれた。 『ッ! なら!』 アルマはフライトユニットの出力を上げ、ガーディアムから距離を置いた。 と、いきなり背中を見せる。そのまま、黒い戦艦に向かって飛び出した。 『ぬ!? 待て!』 ガーディアムも、慌ててその後を追う。戦艦の下、黒い肌を滑るようにして、二体の人型兵器の追いかけっこが始まった。 どうやらこの漆黒のガーディアムは、射撃兵器を装備していないらしい。馬鹿のようにアルマの後を追って飛ぶだけだった。 アルマはちらと後ろを確認し、なおも飛び続ける。 『待て! 逃げるつもりか!』 返事もせず、アルマは飛ぶ。とうとう戦艦の後ろまで飛んだところで、アルマは一挙に上に飛んだ。 真っ直ぐ、上に。戦艦ギリギリのところを、ペリキュラムとガーディアムは飛ぶ。 アルマは再び、ガーディアムが自身を追っているかを確認し、気合を一閃させた。 『っでぇ!』 『ぬッ!?』 戦艦を蹴り、飛ぶ方向を変える。ガーディアムは突如の方向転換に対応しきれず、行き過ぎた。それは、アルマに対して、背中を見せているということだった。 『これならどうだ!』 背中の、推進装置。エネルギーを凝縮したその装置には、装甲を被せられない部分がある。排気口と、そして。 推進装置の、上部。吐き出すための空気を吸い込むための吸気口は、鎧で覆えない。 その隙間をナイフが通る。破壊の意思を込められた刃が、確実に機械をねじ曲げる。 『ぐ……ぬあああああ!』 アルマを力任せに引き剥がす。未だ宙を舞うだけの推進力は有しているらしいが、とても高速の機動を行える状態ではなかった。 勝機と見たアルマは、一気に飛び寄る。ガーディアムは右手だけで剣を握り、振り下ろした。だが、遅い。 アルマは軽く傾いてかわし、そのままの動作でナイフを右肩に突き刺した。軽くひねって、力任せに引き抜く。 黒いガーディアムはよろめいた。そして、逃げようとする。だが、推進装置を砕かれたガーディアムでは、逃げ切れない。 アルマは更に腰のナイフを引き抜き、追いすがって胴の隙間に突き刺した。深々と、全力で。 そして、フライトユニットの出力を全開にし、アルマは戦闘領域から離脱を図る。 『っさまあああぁぁぁ!』 腹の底にまで染み渡る、どす黒い思念を形にしたような憎しみの声が響く。 直後、漆黒の機体を中心に、空気が揺れた。 |