メイン・ルームには、ディオート・クラットのメンバーが揃っていた。 「カトレア。ユニバーサルドームを呼び出せ」 「了解しましたわ」 目を閉じたカトレアと共に待つこと、数秒。正面モニターが切り替わり、中年女性が大写しになった。 『はい。こちら、ユニバーサルドーム通信室。応答を願います』 「こちら、ディオート・クラット移動拠点『キャストラム』。そちらから依頼された件について、外交官殿にご報告させて頂きたいのですが」 『承知しました、少々お待ち下さい』 画面がブラックアウトする。それも数秒で、別の画像に切り替わった。 現われたのは、戦艦撃墜の犯人探しを依頼してきた、例のやり手の外交官であった。 『通信を切り替えた。音声は届いているな?』 「ええ、よく聞こえますわ」 何の意味があるのか、カトレアはにこりと笑った。 「依頼を完遂しましたので、ご報告させて頂きますわ。詳細は、この通信が終了した後にデータをユニバーサルドームの通信室宛に転送いたしますわ」 『ああ、頼む。それで、どうだった?』 外交官の顔には、慌てた様子も焦った様子もない。さすがに巨大国家の外交官ともなれば、面の皮も厚い。 「戦艦撃墜の犯人と思われる、黒い戦艦と交戦。停船を呼びかけましたが応答はなく、攻撃行動を取りました。こちらも自己防衛として応戦し、結果、敵戦艦を撃墜せざるをえませんでしたわ」 『そう、か。では、もう連中はいないのだな?』 「ええ、もちろんですわ」 『了解した。では、後で報告書を頼む。概要は以上だな?』 「ええ」 無表情で頷き、外交官は続けた。 『では、報告書を確認した後、報酬を支払う。それで構わないな?』 カトレアが頷く。おそらくは、向こうの画面でも頷いたのだろう。外交官も満足げに頷き、お決まり文句を口にして、通信は途切れた。 「……やはり、おとがめなし、か」 前髪をかき上げ、イリスは呟くように言った。 「犯人をぶっ殺しましたって言っても、まるで無反応。ありゃ最初っから犯人がどういう相手か、わかってたって面ッスね」 憮然とした表情で、ディルも言う。 「おそらくは、我々が連中を倒せればそれでよし、駄目だった場合でもそれなりのダメージを与えられるだろうから、自軍でトドメを刺せばいいってところだろうな」 「っかー! っざけた連中だぜ! こちとら命懸けで戦ってるってぇのに!」 荒れるディルを、ラナスがなだめる。 「今回の相手はそれなりであるとわかった上で依頼を受けています。怒るのは筋違いでは?」 「それはそれとしてムカつくわけだよ、ラナスちゃん」 「理不尽ですね」 「どっちが?」 答えず、ラナスはディルからイリスへと視線を移した。 「イリスさん。今後、どうしますか?」 「連中の話が本当であるなら、世界で対応できるのは我々くらいだろうな」 腕を組み、難しげな顔をするイリスからは、独特の威圧感が漏れていた。 「あの、自分たちは先遣隊に過ぎない、本隊が来るのはこれからだ! ってヤツですか?」 フレーゼの言葉に、イリスは頷く。 「生き残りも全て自害したために判然としないが、本隊と言うからには、それなりの部隊なんだろう。戦艦ひとつを落とすのにもあれだけ苦労したんだ。仮にそれ以上の相手が来た場合、我々でも対応しかねるな」 黒い戦艦を落とした後、フレーゼたちは残るガーディアムを、できる限り生け捕りにしようとした。 だが、連中は逃れられないと察すると、すぐさま自爆した。次々と自害し、結果、ただひとりのリチャーターも捕獲することはできなかった。 その中で、、倒れる前に叫んだリチャーターがいる。本隊が来る、と。 死ぬ間際の強がりであるのなら、それでいい。だが、仮にその話が本当であった場合。それは、この星が死ぬ時かもしれなかった。 「連中の本隊ってーのが来るなら、マジで殺し合いになるでしょうね」 「だろうな。でなければ、一方的な虐殺だ」 イリスはちらりとフレーゼを見た。 「本当にそういう時になったら、お前の力を借りるぞ。フレーゼ」 「……本当に、殺さなければいけないんですか?」 「殺すか殺されるか、だ。生き残りたければ、殺すしかない」 フレーゼは顔を上げず、床を見つめていた。 「フレーゼぇ。いい加減、適当に折り合いをつけようぜ。オレたちの生きている世界ってのは、殺さなくて済むような甘い世界じゃないんだ」 「それは、わかってるよ。だけど……」 ため息をつき、イリスは言った。 「とりあえず、今の我々にできることは戦いの準備をすることだ。異論は認めない。リチャーター軍には本隊があるという前提で戦闘準備を行う。わかったな?」 それぞれが頷く。 その中で、フレーゼだけが、浮かない顔をしていた。 最低限の明かりだけが、部屋を照らしていた。 食堂でひとり、ディルは酒盃を傾けていた。いつもならフレーゼを強引に引っ張ってくるのだが、今日ばかりは、ディルでさえ彼を引いてくる気が起きなかった。 と、扉が開かれた。ディルが目をやると、珍しい人物の顔が見えた。 「あん? 隊長?」 ウェーブがかった髪を揺らして、イリスは食堂に入ってきた。 「邪魔するぞ」 イリスはディルの向かいに座った。 「何か飲みます?」 「――ああ、そうだな。葡萄酒をくれないか」 「ふーん、珍しいッスね」 答えつつも、ディルは席を立つと、葡萄酒のボトルとグラスを持ってきた。 グラスに紫色の液体を注ぎ、それをイリスに渡す。 ディルもグラスに麦酒を追加すると、酒盃をかかげた。 「乾杯?」 「ああ、乾杯」 カチン、と、清らかな音が響く。そのまましばらく、ふたりは静かに酒を飲んだ。 「……んで。どーしたんスか、今日は?」 一杯を飲み干したところで、ディルは優しく問いかけた。 「む。いや、まあ、な」 イリスは答えず、どこか危なっかしい手つきで葡萄酒を注いだ。 仕方なく、ディルは適当に聞いてみる。 「フレーゼのこと、ッスか?」 「それだけじゃあないな」 注いだ葡萄酒を口にする。すでにイリスの瞳は混濁としており、どうにも頼りない。だが、何故だか口調だけはハッキリとしていた。 「フレーゼは戦いたくないと言う。それも、間違いだとは言えないんだ。殺し合いは決して良いものではない」 「そうッスね。けど、戦わなきゃどうにもならないってのも事実ッスよ?」 「それはそう、なんだ。そのジレンマは、誰にだってある」 普段は酒を飲まないイリスが、今日に限ってはやたらとペースが早かった。ディルは心の底で、後でイリスを担ぐ覚悟をした。 「ディル。お前は私と出会った時のことを覚えているか?」 「あーあ、ばっちりと覚えているッスよ。ありゃあもう、悪夢ッス」 ディルは遠い目をした。 「たった二体の人型兵器。楽勝と思われた迎撃作戦。それが、部隊壊滅ッスからね」 「ああ。だが、お前のせいで私もラナスも苦戦した」 「最後の抵抗ッスね。見たこともない人型兵器に見下ろされた時は、死ぬ覚悟よか綺麗だとしか思わなかったッスよ」 傷ひとつない、その姿。それは恐怖や悲しみが湧くよりも、ただ見とれてしまう光景だった。 ディルは麦酒を煽り、また、注いだ。 「部隊は壊滅、行く当てを失くしたオレを拾ったのが、こともあろうに部隊を殺した相手なんだってんだから、皮肉な話ッスよ」 「殺したとは失礼だな。誰も死んでいないだろうが」 「……ま、そうなんスけどね」 現われた巨人は、まさに奇跡のような戦いをした。 自らは傷ひとつ受けない。そして、エクイットだけを破壊していく。誰も死なず、兵器だけを破壊していく傭兵。それは、ディルファン・アジャシスの知るどの傭兵が持つ特徴とも当てはまらなかった。 「だから、惚れたんスよ。ディオート・クラットに」 殺さない傭兵。今までの、戦うために戦う軍の在り方とは決定的に違う、戦いを終わらせるための戦いをする人間。それは、どこまでも美しかった。 「そういうの、そろそろフレーゼに教えてやってもいいんじゃないスか? あいつ、マジで悩んでいるみたいッスよ。殺さなきゃMASを使いこなせるようにはならないって」 「だろうな。私がそうさせたんだから」 イリスはグラスの中で揺れる葡萄酒を見つめた。ゆらゆらとたゆたう酒は、常に同じ姿は見せない。 「どちらにしろ、殺せる能力は必要だ。あいつには、それが足りない。絶対的にな」 「そりゃそうッスよ。あいつはオレや隊長みたいに戦争して生きてきたわけでも、ラナスちゃんのように自分に嘘をつく方法を知っているわけでもない。真っ直ぐ正直、んでもって殺した責任を何もかもテメエで背負い込んじまう」 「そんなヤツだからこそ、ディオート・クラットに相応しいだろう?」 「まあ、そうッスけどね」 艦内は静かだ。物音は、何も聞こえない。まるで、世界中でこの部屋しか存在しないような、そんな馬鹿げた錯覚さえ覚える。 「今度の相手は、間違いなく殺さずにはいられない。会話の余地はないと考えていいだろう。そういう相手なんだ、迷ってもらっては困る」 「ま、ステラやイグニスじゃ、ガーディアムには対応し切れないッスからね。モルスがやられちまえば、オレらもやられちまうのは明白ッス」 もちろん、とディルは続けた。 「隊長がやられても同じッスけどね」 イリスは酔った目でディルを見つめ、グラスを飲み干した。 「――ディル。どうすべき、なのだろうな」 「やりたいことをやる。それしかないッスよ。だいたい、隊長は昔っからそうだったんでしょ?」 「まあ、な」 コトン、とグラスを置く。ほぼ同時に、イリスの首がガクンと傾いた。 ディルは、はぁ、とため息をつく。 「弱いのに、無理なんかするからッスよ」 すーすーと寝息を立てるその姿からは、普段の毅然とした強さが感じられない。弱く儚い、女性的な雰囲気だけが漂っていた。 よいしょ、と掛け声ひとつ、ディルはイリスを担ぐ。その身体は、軽かった。 「ったく。一人前に悩みがあるくせに、他人の意見なんか聞きもしないんだからよ。部下はやってらんねーよなぁ」 文句を言いながらも、ディルは上司を背負って歩くのだった。 |