フレーゼは自室のベッドに寝転がり、天井を見つめていた。
 ――殺すか、殺されるかだ。
 耳に残った言葉は、まるで長い年月を経たカビのように、決して離れようとしない。
「そんなのは、わかっているんだ」
 だから、殺した。何人も、何人も。
 会話の余地はなかった。言葉を交えることができなければ、説得もできない。
 だが、仮に彼らがフレーゼの言葉に耳を傾けたとして、何を言える? 何を言えば、彼らは戦いを止めた?
 全ては机上の空論に過ぎない。いくら考えようとも、それが現実になるわけではない。それでも、考えは頭から離れない。
 戦いは嫌いだと、殺したくないんだと叫ぼうと、そんなものは何の意味も持たない。だが、ではどうすればいい?
「――ッ!」
 想いは螺旋のように堂々巡りし、帰着する点は見当たらない。泥沼のような思考に沈み、気分だけがどこまでも滅入っていく。
 コンコン。螺旋思考を破ったものは、扉を叩く音だった。
「誰?」
「わたしです。今、いいですか?」
「……ラナスちゃん? どうぞ」
 扉を開き中に入ってきたのは、無表情の少女だった。
 フレーゼはベッドから降りると、ラナスに椅子を勧め、お茶の用意を始めた。
「珍しいね、ラナスちゃんから来るなんて。お茶の葉、もうなかったかな?」
「いえ。そういう用件ではありません」
 部屋にローズの甘い香りが漂う。ふわりとした香りは、心を落ち着ける。
「少し、フレーゼさんとお話したくて来ました。ご迷惑でしたか?」
「うん? いや。別に僕も、何かすることがあるわけじゃないしね」
 お茶をカップに注ぐと、フレーゼはひとつを机に置き、もうひとつをベッドの頭に置いた。
 ありがとうございます、と一言だけ置き、ラナスはカップを傾けた。
 互いに少しローズの香りを楽しんだところで、ラナスは話を切り出した。
「フレーゼさんは、マインドアクションシステムのことをどうお考えですか?」
「……兵器、だね。人を殺すための、道具だ」
「そうですね。それは、間違いとは言えないと思います」
 だが、正しいとも言わない。言外に、そう言っていた。
「マインドアクションシステムは、兵器としては非常に不安定な、不完全な代物です。理由は、わかりますよね?」
「うん。兵器の理想条件は、確実に、かつ、誰でも使えること。MASは使う人を選ぶし、その能力は人によってまちまち。僕のように使いこなせない人もいる。兵器として評価するんなら、たぶん二流のものだよ」
「その通りです。では、どうしてそんな二流の兵器を作成したと思いますか?」
「え?」
 うーん、と腕を組んでうなる。けれど、フレーゼの頭では、良案は思い浮かばなかった。
「ごめん、わからないよ。ラナスちゃんは知っているの?」
「いえ。ですから、ただの予想です。妄想と言っても過言ではありません」
 前置きし、ラナスは続けた。
「MASが作られた時期は、カトレアさんのお話によると、リチャーターと戦争をしていた頃です。圧倒的戦力差で、人間側は全滅寸前だったと考えられます」
「うん」
「それだけ危険な時期ならば、なおのこと、効果の高い兵器が必要です。誰でも使える兵器、確実にガーディアムを破壊できる兵器。そちらの方が明らかに需要は高いのに、作られたものは、人間の精神によってその動作を決定する、不安定な兵器でした」
 そこで言葉を切り、落ち着くための時間を置くようにカップを傾ける。つられて、フレーゼもローズティーを口にした。
「製作者も不明ですから真実はわかりませんが、わたしは、殺さないための兵器を作りたかったのではないかと思っています」
「殺さない、兵器?」
 縦に首を振り、ラナスは続けた。
「戦いを終わらせられるものは、人の想いだと。殺すためではなく、殺さないために生まれた兵器だと。そう、思いたいんです」
 カップを膝の上に置き、ラナスは水面をじっと眺めた。
 水面からは湯気が立ち上り、空気に混ざって、消えていく。
「人間が戦う以上、そこにはどうしても躊躇が生まれます。フレーゼさんは極端ですが、珍しくはありません。プロフェショナルと言えど、殺しに喜悦を感じないのであれば、やはりやりたくはないものです」
 そして。MASは、そんな小さな躊躇ですら、威力に影響する。
「MASが最大限の力を発揮できる時。それは、人がためらわずに戦える時だけです。何かを守る時、憎しみで殺す時。理由は様々でしょうが、相手を倒すことに専念しなければなりません。このシステムの製作者は、それを望んでいたのではないでしょうか」
「つまり、ガーディアムを倒すことに専念するってこと?」
「その通りです」
 倒すことに専念する。それだけでは、その中にある想いまでは読み取れない。
 あるいは、ガーディアムが心の底から憎くて、躊躇していないだけかもしれない。憎しみでも、心には違いないのだから。
 だけれども。本当に仮定の話でしかないけれど、何かを守るために、そして、殺さないために、より一層の力が必要だったのなら。
 MASが生まれた背景には、そんな想いがあったのかもしれない。
 すでに過ぎ去った、誰もが忘れ去ってしまった、今では知る術すらない、過去の話。
「わたしには上手く言えませんが、MASを製作した人物はかなりの変わり者であった、それだけは間違いありませんね」
「……そう、だね」
 ラナスは一気にカップを傾け、その中身を飲み干した。
「それでは、わたしはそろそろ行きます。お邪魔しました」
「いや。むしろ、僕がお礼を言わなきゃいけないね。ありがとう」
 ラナスは口元を少しだけ歪ませ、頭を下げて部屋から出て行った。
 閉じた扉を、フレーゼはいつまでも眺めていた。