フレーゼが食堂に赴くと、すでにラナスが席に座っていた。台所では、ディルが何やら、おいしそうな匂いを漂わせている。
「おはよう」
「おはようございます」
 声をかけながら、フレーゼも自分の席についた。
「うーし! 朝飯のできあがりっと」
 ディルは皿に料理を盛り付け、パンの入ったカゴと共に持ってきた。
「と、隊長はまだか。珍しいなぁ、あの人が寝坊なんて」
「昨日も遅くまでカトレアと何かしていたみたいだからね。たぶん、そのせいだと思うよ」
 フレーゼが言うと、ディルは少しだけ嫌そうな顔をした。
 ガーディアムを撃破してから、イリスは頻繁に格納庫にこもるようになった。しかも、カトレアだけを補佐にして。
 いつも夜が更けるまで何かをしているが、何をしているのかと尋ねても、イリスは答えなかった。
「隊長もみずくせーよな。オレらに相談すりゃーいいのによ」
「ディルさんでは相談しても、有益な情報が返ってくるとは思い難いのですが」
「……もしかしてラナスちゃんって、オレのこと、嫌い?」
「いえ。子供なので、本音を包み隠すのが下手なだけです」
 平然と言うラナス。ディルはしばらく複雑な表情でラナスを見つめていたが、突然、フレーゼに向き直った。
「だーもう! お前が悪い!」
「え!? なんで!?」
「うっせー! 上司にゃ逆らえんだろうが!」
 首をがっちり固定し、頭にぐりぐりと拳をひねり込むディル。ラナスはちらとその光景を眺め、興味なさそうに目をそらした。
「だー! ディル、ラナスちゃんにフラれたからって僕にやつあたりするなよ!?」
「誰がフラれたか! まだフラれてねーよ!」
「ディルさん。ロリコン宣言ですか?」
 三人で騒いでいると、食堂の扉が開いた。
 途端、フレーゼもディルも、神速で座席に戻る。毎度お馴染みの光景であった。
 いつもなら叱るイリスなのだが、何故か今日は満面の笑みで、自分の席に座った。
(おい、フレーゼ。お前、なんか怪しげなクスリとか盛ってないだろーな?)
 その異様とも言える姿を目にし、ディルは小声でフレーゼに話しかけた。
(し、知らないよ。ディルこそ、隊長の頭を叩いたりしなかった?)
(バッカ。んなマネしてみろ、オレは今頃、どっかの砂漠のど真ん中で昼寝中だ)
「おい」
 イリスの一言で、ディルもフレーゼも明確に背筋を伸ばして反応する。
 イリスは微笑みながら言った。
「朝食が終わったら、全員、格納庫に集合しろ。その後、サリド砂漠にて戦闘訓練を行う」
「戦闘、訓練? いきなりッスね?」
「さあ、ではまずは朝食だ」
 返事はせず、イリスは両手を胸の前で組み、目を閉じる。一同は目を合わせ、仕方なく、祈りを行った。
 祈りが終わると、食事時間である。いつもながらイリスの料理だけは黄色い物体が彩っていたが、それ以外は別段、変わったところはない。
 食事が終わると、イリスは真っ先に食堂を出て行った。飛び出した、と言ってもおかしくはない。
「……なんだ、ありゃ」
 呆然と閉じた扉を見つめ、ディルは呟いた。
「おい、フレーゼ。マジで何もしてないのか?」
「いや、僕は知らないよ。ラナスちゃんは、何か知ってる?」
「――いえ。わたしも、あれだけ上機嫌のイリスさんを見るのは久しぶりです」
 イリスは別に感情の欠落した人間ではないが、表に出す感情は、怒の割合が圧倒的に多い。その彼女が、事もあろうに終始の笑顔。これはもはや、事件とも呼べる。
「格納庫に行けば、真相もわかるかと思いますが」
「そりゃ、そうだな」
 答え、ディルはパンの切れ端を口に運んだ。

「――なるほど。こーゆーわけッスか」
 格納庫に揃って入った三人の目を引いたもの。それは、ペリキュラムたちの変化した姿だった。
「ん、来たな」
 すでに待っていたイリスの隣には、にこにこと笑うカトレアの姿がある。もっとも、彼女の場合はだいたい微笑んでいるので、特に奇異な光景というわけでもないのだが。
「隊長、なんスか、これ」
 愛機・ステラを見上げながら、ディルは聞いた。フライトユニットを装備したステラは、腰の部分に見慣れない兵器を装備している。
「ふふん。これが、私とカトレアがガーディアムを参考にして作り上げた、ペリキュラム専用の追加兵装というわけだ!」
 イリスは嬉しそうに言った。
「ここんとこずっと引きこもってたと思ったら、こんなもんを作ってたんスね」
「――イリスさん。各種兵装の説明をしてもらえますか?」
「もちろんだ。この後、その実働を試す」
 こほん、と咳払いをし、イリスはイグニスのずんぐりした姿を見上げた。その背中には、今まではなかった、翼のようなものが生えている。また、腕には環状の、腕輪のようなものが取り付けられていた。
「まずはイグニスの兵装だが。ガーディアムの使っていた推進装置を流用し、イグニスの重量に耐えられるフライトユニットを開発、装着してある。他のペリキュラムも同様に、最大出力はアップしているぞ」
 イグニスは他のペリキュラムよりも圧倒的に重く、そのため、フライトユニットを装備しても宙に浮くだけの力が足りなかった。
 だが、ガーディアムの高出力装備を使うことで、その難点をクリアしたらしい。
「それに、両腕部にエネルギー増幅器を追加した。連中の戦艦が推進力に使用していたシステムだ。MAS兵器は、あれでエネルギー増幅をできるはずだ」
 次に、イリスはステラを見上げた。ステラの変化は見たところ、腰の部分に取り付けられたベルトのようなものだけである。
「ステラの追加兵装はふたつ。ひとつはイグニスと同じ、MAS兵器の増幅器だ。もうひとつは、モルスのレイブレイドに似たものだ。コードを指向性レイキャノンに接続することで、一時的に銃口に光刃を発生させる」
 ステラはスナイパーとしての性質から、近距離用の兵装を持っていなかった。
 だが、この前の戦いのように、敵機と距離を置けない場合も出てくる可能性だってある。また、常に隠れる場所があるとも限らない。この光刃発生装置は、そういった場合に使えるものだろう。
 続けて、イリスはモルスを見上げた。モルスは他のペリキュラムと比べ、最も顕著な変化がある。
 両腕部、両足部に、まるで鎧のようなものが取り付けられているのだ。
「モルスは格闘能力を高めるパワーローダーを追加した。理論上、イグニスだって持ち上げられるほどの出力が出せるはずだ」
 以前の戦いでは、刃同士がぶつかり合った場合、互角の勝負となる場合もあった。だが、このパワーローダーがあれば、あるいは力任せに両断することも可能かもしれない。
 最後に、イリスはアルマを見上げた。アルマもモルスと同じような、鎧のようなものを全身に装備している。
「そして、アルマの追加兵装だが。連中の使っていたナイフをそのまま流用させてもらった。エクイット用のナイフより切れ味が良くてな。それに、モルスと同じパワーローダーを装着した。ガーディアムの装甲を貫くとまではいかなくても、傷つけるくらいはできるだろう」
 それは、大きな事実だった。
 今までアルマは、ガーディアム相手ではほとんど何もできなかった。一対一ならば装甲の隙間を狙うこともイリスの腕によって可能だが、多対一では手も足も出ない。
 だが、相手に少しでもダメージを与えられるなら、それも変わってくる。もちろん多対一で互角に戦える、とまではいかないだろうが、モルスたちのサポートくらいはできるようになるだろう。
 何もできないか、何かができるか。それは、決定的な違いだった。
「これらの兵装を砂漠で試すぞ。いいな?」
 いつもと同じ強い語調ながら、イリスの表情は明るかった。