砂漠にたたずむ巨大な影は、遠くからでもよく見えた。
 姿を消す機構フォルト・フィールドを発動させたステラから、ディルはスナイパースコープ越しに、その非常識なサイズを持った戦艦を見ていた。
「こいつは、ふざけた兵器だな」
 見れば見るほど、戦いが馬鹿らしくなる。これだけの戦艦を前にしては、大型のイグニスでさえ石ころのようなものだ。
『ホームよりディオート3へ、状況はどうですか?』
 そこに通信が入った。ラナスの声だ。
 ディルは戦艦が映るモニターを眺めつつ答える。
「ディオート3よりホームへ。敵戦艦に変化は見られない。機動兵器どころか、人の影すら見えねーよ」
『そうですか。では、予定通り日没まで監視を続けてください。その後はディオート1が引き継ぎます』
了解ラージャ。あー、そうそう、言い忘れるとこだった。ディオート2、愛してるぜ」
『……ディオート3。冗談は存在だけにしてください』
 ぶつりと通信が途切れた。残されたディルは、ひとりで笑みを浮かべた。
「冗談、ねえ」
 間違いではない。だが、正しくもない。
「ま、しゃーないか。オレの普段の行動言動、どれもいい加減だからなぁ……」
 ラナスがこの場で聞いていれば、自覚あったんですか、などと言って冷ややかに見つめるところだ。
「ひとりの女とするにゃーまーだはーやいーっと」
 自作の下手くそな歌を口ずさみ、ディルは退屈そうにモニターを見つめていた。

 一方その頃、移動拠点『キャストラム』は、砂漠の外れで停泊していた。
 そのメイン・ルーム。通信を終えたラナスはヘッドフォンを外し、ひざの上に置いた。目は手元の操作パネルを映しているが、ラナスは何も見ていなかった。
「ラナスちゃん? どうかしたの」
 呼び声に顔を上げると、フレーゼが表情を少しばかり曇らせて立っていた。
「いえ。なんでもありません」
 答え、ラナスは立つ。
「ディルに何か言われたの?」
「いえ、本当になんでもないんです」
 ふと思いついたように、ラナスは聞いた。
「フレーゼさん。フレーゼさんはディルさんが皆さんをどう思っているか、知っていますか?」
「ディルの考え?」
 ラナスは真面目な顔つきで頷く。もっとも、表情の少ないラナスは、これが常だが。
 フレーゼもラナスの表情は気にせず、気軽そうな雰囲気で考えた。
「んー、そうだな。たぶん、大切に想っているよ」
「そう、ですか?」
「うん。僕も一年くらいしか付き合っていないけどさ。ディルって、軽口ばっかで本心はわかりにくいでしょ? でも、たぶん本当は僕らを大切に想っている。家族みたいな感じ、なのかな?」
「家族――ですか」
 フレーゼも、ラナスも。イリスもディルも、当然カトレアも。ディオート・クラットの面々は、誰もが家族を持っていない。どころか、家族というものがどんなものであるか、という最低限のことさえ知らない者もいる。
 だからこそ。彼らにおいて、家族という言葉は何より重く、それだけにとても軽い。
「……、フレーゼさんはディルさんのこと、どう思っていますか?」
「僕? うーん、まあ、大切であることは変わらないよ。ラナスちゃんも隊長も、僕にとっては大切な人だし」
 どんな風にとは、言えないけれど。フレーゼは、そう続けた。
「そう、ですか」
 ラナスはじっと床面を見つめ、何事かを考えていた。
「ラナスちゃん、本当にどうしたの? 明日、大丈夫?」
「ええ。あるいは、この方が戦えるかもしれません」
「ふぇ?」
 不思議な顔をするフレーゼに頭を下げ、ラナスはその場を立ち去った。残されたフレーゼは首をひねったが、いまいちラナスの考えは読めなかった。
 フレーゼは、知らない。立ち去ったラナスが、薄く笑みを浮かべていたことを。

『各機、発艦準備は完了したな?』
『ディオート2、発艦準備は完了しています』
『ディオート3、発艦準備は完了してるッス』
「ディオート4。発艦準備、完了。いつでもいけます」
『よし! 行くぞ!』
 イリスの掛け声と共に、フレーゼの全身に加重がかかる。外の光景を映すモニターに、ぐんぐんと迫る砂漠が見えた。
 艦の外に飛び出す。まだ明けきらぬ砂漠を、フレーゼは飛んだ。
『全機、最大戦速! 相手が反応する前に一挙に叩くぞ!』
「了解!」
 ペリキュラムはその圧倒的船速で、砂漠の外れからここまで近付いてきた。幸いにも相手はまだこちらの動きに気付いていないらしく、ガーディアムの影は見えない。チャンスだった。
 外での戦いになれば、数の差で押し潰される可能性が高い。なんとかして絶対的な戦力差を覆すためには、奇襲によって相手を中に封じ込めるのが理想だった。
『敵主戦艦まで、距離800』
 ラナスからの通信。その距離は、またたく間に縮まっていく。
『500』
 モニターには、すでに戦艦の巨大な肌だけが映っていた。
『300』
 装甲が映る。フレーゼの握る手に、力が入った。
『ひゃ』『機動兵器使い! 我が名は、リチャーター軍第一機動部隊隊長、ユールフォビア・プルチェリマ!』
 ラナスの通信音声すらかき消すほどの大音量が、夜明けの砂漠に響き渡った。
『我々に交戦の意思はない! 交渉に応じてもらえないだろうか!』
「え……!?」
 交戦の意思はない。リチャーターの隊長を名乗った誰かは、確かにそう言った。戦いたくはないと。
「ディ、ディオート1! どうするんですか!?」
『うろたえるな! 相手の作戦だ!』
 イリスの慌てた声が響く。士気に影響するような行動を取るとは思っていなかったからだろう。
『ディオート2より各機へ。敵戦艦甲板に人間大反応。データリンクします』
 ラナスからの通信の後、サブモニターに甲板の様子が映った。
 そこにいたのは、ひとりの女性。見る限りでは人間にしか見えない。意思によって引き締められている顔が印象的だった。
『私がユールフォビアだ! 繰り返す、我々に交戦の意思はない! 武器を収め、交渉に応じて頂きたい!』
 仁王立ちするその姿は、堂々としていた。ひるみも恐れもない、強い姿だった。
「ディオート1!」
『――くそッ、奇襲は失敗だ。総員退避』
 イリスは、決断せざるをえなかった。

 キャストラムのメイン・ルームには、複雑な緊張が走っていた。
 ディル、ラナス、カトレア、そしてフレーゼ。四人は沈痛とも言える面持ちで待機している。
「……、来ましたわ」
 カトレアの声に、三人は扉に目を向けた。扉が開かれ、イリスと、ユールフォビアが現われた。
「お招き、感謝する」
 ユールフォビアは敵陣のど真ん中でも、胸を張って言った。彼女は、武器どころか、防弾服すらも着ていない。イリスとカトレアがチェックしたのだから間違いなかった。
 そこからは、殺すのであれば殺せという、強い覚悟が見て取れた。
「ユールフォビア、だったな。本当にリチャーター、なのか?」
 イリスの声に疑問が混じるのも無理はない。彼女らの知るリチャーターとは、トカゲ人間そのものだったのだから。
 それが、ユールフォビアときたら、どこからどう見ても人間にしか見えない。少なくても、尻尾もウロコも見当たらなかった。
「間違いない、と言っても信用はしてもらえないだろうが、間違いなくリチャーターだ。ただし、半分だけだが」
「半分?」
「ふむ。要するに、私は人間とトカゲのハーフだ。以前、リチャーター軍がこの惑星に侵攻した際、私の父は人間と知り合った。私はその時の子供だ」
 そんなことは些事である、とばかりにユールフォビアは話題を変えた。
「それより。先ほども言ったが、我々は交渉に応じて欲しい」
「どういう、ことだ」
「我々の目的は虐殺でも支配でもない、ということだ」
 イリスは眉をひそめた。
 以前、先遣隊であるカメイ・リーカスと戦った時は、そんな印象は全くなかった。彼はむしろ、積極的に支配を狙っていたようにも思える。
「……やはり、リーカスが何か迷惑をかけたらしい、な」
 はぁ、とユールフォビアは浅くため息をついた。
「奴が何をしたのかは知らないが、申し訳ない。奴は私に反発していた。何かしらの攻撃行動を取ったなら、奴とその部下の独断先行だろう。少なくても、私は攻撃や戦闘を指示したことはない」
「――証拠、は?」
「ない。私を信じてもらう以外にない」
 その潔さには、嘘を言っている気配はなかった。
「支配だのが目的じゃねーってのなら、あんたらの目的は何なんだ?」
 ユールフォビアはディルに目をやり、
「我々の目的は、機動兵器と、戦艦の破壊だ」
 はっきりと。そう言った。
「つまり、我々と戦うことが目的という意味か?
「違う。そうではない」
 言い、ユールフォビアは懐からディスクを取り出した。
「これを見てくれ。その方が私としても説明しやすい」
 イリスはちらとカトレアを見た。カトレアは頷く。それを確認し、イリスはディスクを受け取った。
「いいだろう」
 頷きつつ、イリスはディスクをコンピュータに入れた。
 すぐさま記録されていたデータが画面に映し出される。それは、何かのグラフのようだった。縦軸にはパーセンテージが、横軸には日付が書かれている。
「これは、我々が記録を続けた、この星の状態だ。言ってしまえば、星の生命力の残量とも言えるな」
 グラフは、最初から徐々に減っており、ある時期を境に平行線を辿っている。それがごく最近の日付になって、また減り始めていた。ほんの一年ほど前からだ。
「見ればわかる通り、機動兵器が出現した頃から、この惑星は死に向かいだした。そして、その全滅した頃を境に、生命力の減少は止まっている。星を破壊する存在として機動兵器の影を考えても、何もおかしくないだろう」
「む……」
 フレーゼたちの視線がカトレアに集まる。彼女は、ゆっくりと首を横に振った。
「わたくしの持つデータと矛盾しません。おそらくは、真実ですわ」
「じゃあ、まさか、ペリキュラムが原因で?」
「ペリキュラム、と呼ぶのか?」
 フレーゼの失言に、イリスは目線で文句を言った。敵にはできる限り情報を与えない、これは戦いの基礎だ。
「そのペリキュラムという存在。我々は精神波抽出システムと呼んでいる、人間の精神力を攻撃力に変換する兵装を持っている兵器のことだろう。私がわざわざこの星まで来たのは、それを破壊することが目的だ」
「何の、ために?」
 それが、今の話を総合する中で、最大の疑問だった。
 彼らにとって、この惑星は何の関係もない存在だ。交流もない、同郷の誰かが住んでいるわけでもない。
 彼らにとって、この星の生死など、どうでもいい事柄でしかない。それなのに、ここまで干渉しようとする理由。命懸けで守ろうとする理由が、わからなかった。
 ユールフォビアは、目を伏せた。その口から、小さな声が漏れる。
「それが、私の生きる全てだからだ」
 目を上げたユールフォビアには、ほんの僅かに垣間見えた弱さなど、どこにもなかった。
「私の母は、この星の人間だ。母は変わり者だったらしい。侵略者と恋仲に落ちるのだから、当然だな。だが、リチャーターと違って、人間は短命だ。リチャーターと比べれば、何百分の一という年月しか生きられない。その母の遺言が、この星を守って欲しいというものだったらしい」
 それは、遠い昔の約束。本当に小さな、その星に生きる者ならば誰もが願う、当たり前の望みだった。
「父は母の願いを叶えるためと、再びこの惑星に侵攻することを上層部に進言し続けた。そして、ようやくそれが通ったところで、病に倒れてな。あっという間に逝ってしまった」
 遠い昔の約束なのに、その男は必死で守ろうと生き続けた。守れなかったところで誰も責めはしないし、男にも非はないのに、それでも男は必死だった。
 そして。その努力は、報われなかった。
「私は父を尊敬している。父が守りたかった約束ならば、私も守りたい。そのためにこの惑星に来た。今の私にとって、機動兵器の破壊は生きる全てなのだ。――協力、してもらえないだろうか?」
 星を、守りたい。
 人にしか見えないトカゲの女性は、そう言った。
 それに反対する理由はない。この星に生きる者ならば、誰もが願っておかしくない。
 けれど。その方法には、素直に賛成するわけにもいかなかった。
「私は、無駄に血を流すつもりはない。あなた方が持つ機動兵器、およびこの戦艦。それだけを明け渡してもらえるなら、それで十分だ。代替の戦艦や人型兵器が欲しいと言われれば、我々の持つものを代わりに渡してもいい」
「逆らえば全軍で叩き潰す、ってところか?」
 ディルの軽口に、ユールフォビアは苦笑を浮かべた。
「私たちは何があろうと目的を達成するつもりだ。抵抗されたのであれば、仕方ない。こちらも相応の戦力をもって応じるしかないだろうな」
 だが、と急に真面目な顔つきになり、ユールフォビアは続けた。
「もちろん、それは最終手段だ。何度も言うが、殺したくて来ているわけではない。この星を守りたいだけなんだ。その意思、汲み取ってもらえないだろうか?」
 ユールフォビアは、ひとりひとりの顔をじっと見つめた。
 カトレアは、苦痛と悲しみを織り交ぜた、痛々しい暗さを持っていた。
 ディルは天井を見上げ、イライラとした雰囲気で床を足先で叩いている。
 ラナスは普段と変わらない無表情のまま、じっとユールフォビアを見返していた。
 フレーゼは目をきつく閉じ、奥歯を強く噛み締めていた。
 そして、イリスは。唇を噛みながら、弱々しくユールフォビアを見つめていた。
「すぐに答えをくれ、などとは言わない。ゆっくりと考えて欲しい。この星と、兵器と。どちらを選択するのか」
 静かなメイン・ルームに、ユールフォビアの声はよく通っていた。