巨大な戦艦を朝日が照らす。遮るものなど何もない砂漠の夜明けは早かった。
 その朝日を背負い、戦艦が飛ぶ。甲板には、三つの大きな人影があった。
 その中のひとつ、小さな影から、馬鹿でかい声が響いた。
『ユールフォビア! 悪いが、我々は甘んじて死を受け入れるほど、素直でも利口でもない!』
 声は砂漠を駆け巡る。返答する者などいない。その宣言に、言葉による返事は無用だった。
『我々は全力で抵抗する! 殺せるものなら、殺してみろ!』
 どん、と重い音が渡り、影たちは巨大な戦艦を目指して飛び立った。
 己の、信念に従って。

「隊長。ご命令を」
 後ろで手を組んだリチャーターは、ぶぜんとした表情で椅子に座る女性に問いかけた。
 女性は答えず、立ち上がった。
 メイン・ルームで戦艦の操舵や通信、攻撃に関わる全てのトカゲたちが、ユールフォビアに視線を注いでいた。
 ユールフォビアはそれらの視線を眺め返し、そして、正面モニターを見つめた。
 朝日をバックに空を舞う機動兵器。その姿は、神々しくも美しかった。
「……全軍に告ぐ」
 ユールフォビアは目を閉じ、深くため息をついた。そして、いつものよく通る声で、はっきりと宣言した。
「これより我が軍は、敵機動兵器に攻撃。戦艦を含め、全てを滅砕する。その際、乗員の生死は問わない。迷わず、恐れず、ためらわず、ただひたすらに殺戮せよ!」
 オオオォォォ、と地鳴りのような声が返事となった。
 演説を終えたユールフォビアは、すぐさま戦闘の指示を出す。
「ガーディアムと戦艦を出せ! 質は向こうが上だが、数では圧倒している! 多対一で押し潰せ! 全砲門、敵機動戦艦に照準! 撃てぇッ!」
 その叫びは、戦いの始まりを、告げていた。

 艦の揺れで、フレーゼは戦いが始まったことを知った。
「始まった、のか」
 自室のベッドに座っていたフレーゼは、ふと、立ち上がってモニターのスイッチを入れた。
 カタカタと操作をすると、モニターに外の光景が映る。艦の正面に取り付けられたカメラの映像を表示させたのだった。
 外では、ペリキュラムとガーディアムが、戦っていた。
 イグニスの超火力が空間をなぎ払う。追加兵装の効力は抜群で、しかも何の遠慮もしていないため、おそろしいまでの威力になっている。
 アルマは例によって相手の間を飛び回りつつ、ナイフで相手の装甲を削り飛ばし、場合によっては突き刺すことで無力化した。圧倒的かつ正確な操縦技術のなせる技だ。
 ステラはフォルト・フィールドの力を使っているのだろう、姿が見えない。が、たまにどこからともなく光線が現われ、ガーディアムの胸や顔面を貫いていく。
 そして、キャストラムも黙って見ているわけではない。電磁加速砲レールガンとミサイルで、ペリキュラムたちの援護をしているらしい。ミサイルには必殺の威力などないが、牽制には使えるようだ。
 だが。
「負けそう、じゃないか……」
 質で上回ろうとも、量が違いすぎた。あれだけの巨大な戦艦に、追随する双頭のごとき戦艦。小さい方の戦艦もキャストラムとは一回りほどしか違わない。それだけの戦力差は、そうそう埋められない。
「――ッそぉ!」
 フレーゼは拳で壁を叩いた。返ってくるものは、にぶい痛みだけ。それでもフレーゼは壁を叩いた。何度も、何度も。
 今の彼は戦ってはならない。無茶をすれば戦えたリーカス隊の時とは違う。今は、戦ってはいけないのだから。
 相手が純粋な悪党なら。そこまでではなくとも、せめてこちらにも正義があれば、彼でも戦えた。
 けれど、この戦いには正義がない。彼ら純粋なまでに悪役なのだ。たった四機の人型兵器と、ひとつの人工知能を生かすために、世界が犠牲になるなど馬鹿げている。命すらない機械のために、命ある全ての者が犠牲になるなんて。
 だから、彼は戦えない。自分たちが一方的なまでに悪いのに戦うなど、彼にはできなかった。
 馬鹿が付くほどの正直さ。それが邪魔をして、彼から戦いの意思を奪っていく。イリスの言う通り、今のフレーゼではMASも使えないだろう。
「なんで、なんで!」
 不条理を嘆いたところで現状は悪化するばかり。改善されることは、なかった。
「――わッ!?」
 一際、大きな揺れ。
 フレーゼは殴られたように吹き飛び、床を転がった。
 フレーゼはそのまま、天井を眺めた。もはや今の彼には、起き上がる気力さえもなかった。
 頬を、冷たい涙が伝った。
 何に対して泣いているのだろうか。ディオート・クラットと出会った運命に対して? ペリキュラムを、世界を喰らう兵器に作った誰か? それとも、まったく違う何か?
 その答えは、フレーゼにも出せない。
 ふと。フレーゼの耳に、聞き慣れない音が届いた。
 爆音や銃撃音に入り交じるこの音は――誰かの、声?
 フレーゼは慌てて起き上がると、メイン・ルームの正面モニターの映像をモニターに映し出した。現れたのは、ヒゲをたくわえた壮年の男性だった。
『こちら、ユニバーサル・フォース重攻撃艦『ファルシオン』。これより貴艦の援護に入る』
『ど、どうしてユニバーサル・フォース様が!?』
 カトレアの、通信音声まで同時に聞こえてきた。少し慌て気味のカトレアに対して、ユニバーサルドームの軍人はいたって冷静に答えた。
『我々は貴殿らに借りもあるし、異星人に大きな面をされてはメンツにも関わる。何より、貴殿らに協力しなければユニットは渡さないとごねられてな』
 そこで壮年の男性を画面から無理やりに押し出し、ゴツい初老の男性が画面を占拠した。
『おう! 生きてるか、ディオート・クラット!』
「レ、レイモンさん!」
 フレーゼはその男に見覚えがあった。遺跡から遺跡を渡り歩き、ディオート・クラットにユニットの護衛を頼んだ男、レイモンの姿がそこにあった。
『あー、姿が見えないフレーゼの兄さんや。聞こえてるなら聞いとけ。どうせまたゴチャゴチャと何か悩んでるんだろーが、気にすんな。やりてーことをしろ。譲れなきゃ譲らなくていいんだよ、戦ってりゃあそのうち、最善が見つかる。それまでは何も考えずに暴れ回りな!』
 言い切ったところで、先ほどの壮年男性が邪魔ですと押し返した。対するレイモンは年寄りはいたわれなどと説得力のない発言をしている。
「レイモン、さん……」
 フレーゼが感慨に浸る間もなく、さらに強制通信が入った。
 レイモンたちの画面を半分に押しのけ、新たな通信が画面の半分を使う。それもまた、フレーゼの身知った顔だった。
『こちら、グラヴィールフォース機動兵器殲滅艦『ソードブレイカー』。これより、貴艦の援護をし、敵機動兵器に戦闘行動を仕掛けます』
 金髪碧眼に、眼鏡をかけた真面目そうな顔。イリスと同郷のグラヴィールドーム出身で新兵器を開発していた、マッティオ・ラインケーナだった。
『ふむ、モルスの姿が見えませんね。フレーゼ君、また悩んでいるのかな? 事情は知らないが、君はこのまま、皆が死んでいくのを黙って見つめるつもりか? それとも、己の信念を曲げてでも、敵と戦うのか? どうしろともどうすべきとも言わないが、君だってもう答えは出ているんだろう?』
 レイモンとマッティオの答えは、明らかに違っていた。ほとんど正反対と言ってもいい。
 けれど、ふたりの行動は同じだった。過程は違っても、結論は同じ。目の前の敵と戦い、皆を守るという強い意志。彼らはそのために、この戦いの場に駆けつけた。
『ディオート・クラット移動拠点『ペリキュラム』より、『ファルシオン』および『ソードブレイカー』に警告、いえ、命令します。すぐさま戦闘区域から離脱して下さい。敵機動兵器は、エクイットで対応などできません!』
 カトレアの悲鳴にも似た声が響く。けれど、画面に映るどちらの男たちも、それを軽く笑い飛ばした。
『グラヴィールの方はどうだか知らんが、こっちは完璧だ。俺の見つけたユニットをユニバーサルドームで解析、量産したもんを全てのエクイットが搭載している。機動性ならお前らのペリキュラムとかよりも上だぜ!』
『こちらも、ボクの『フォーテス』を改良、実戦用に調整してあります。機動性では敵機動兵器と大差がありませんが、相手の動きを予測できるのであれば、回避は可能です。それは、そちらもご存知でしょう?』
『しかし……』
 カトレアが渋るのも無理はない。相手の強さは、異常なのだから。
 固い装甲はエクイットの装備するあらゆる兵装を弾き返し、その一撃はエクイットなどバラバラにする。
 いかに早かろうと、いかに相手の動きを読もうと、一撃も喰らえず、しかも僅かもダメージを与えられないのであれば、結果など見えていた。
 対するマッティオは、冷静に頷いた。
『わかっています。大丈夫、攻撃行動はそちらに任せます。我々は相手の攻撃に対して邪魔するだけです。戦闘は完全に回避のみ、それならば短時間は耐えられます。その間に、そちらは攻撃に専念して下さい』
『こちらも同じだ。レイモンユニットによる高機動飛行で回避戦闘をする。短時間ならば耐えてみせよう』
 どちらも、言葉などで退くつもりはないらしい。カトレアの諦めたような声が聞こえてきた。
『――わかりました。ですが、絶対に無理はしないで下さい。人間の体は、機械と違って取り替えられないのですから』
『ファルシオン、了解』
『ソードブレイカー、了解しました』
 ふたつの画面が切り替わり、モニターには再び外の光景が映し出された。
 けれど、フレーゼの目は、その映像を見ていなかった。
「みんな、強いな……」
 敵わないとわかっているのに。
 死ぬかもしれないのに。
 それでも立ち向かう、戦う。
 何の力も持っていなくても、それでも戦おうとする。
「僕は、何をやっているんだ?」
 彼らと違って、フレーゼには力があった。他の誰より明確に強い、強大とも言える力を持っていた。
 なのに、彼はそれを使おうとしなかった。戦いたくないと、傷つけたくないと口にするだけで、自分では何もしようとしなかった。
「戦いたくない? ユールフォビアだってそう言っていたじゃないか。それでも彼女は、戦っているじゃないか!」
 不甲斐ない、どこまでも不甲斐ない自分を責めるように、フレーゼは壁を殴りつけた。手に、微かに血が滲んだ。
 争いをしたいなどと、誰も思っていない。平和に解決できるのなら、それが最善だ。
 けれど、フレーゼたちとユールフォビアは、決して相容れない道にいる。どちらかの信念を貫き通せば、どちらかの信念が折れてしまう。彼らのいる道は平行線。交わらず、けれど、常に同じ先を見つめていた。
 ならば、その決着法はひとつしかない。人間か、トカゲか。戦い、互いの目的を果たすしかない。
 ペリキュラムが砕かれれば、トカゲの勝ち。相手の戦う意思を打ち砕けば、人間の勝ち。
 互いが互いの想いをぶつけ合う。それが、結論だった。
「僕は、馬鹿だ――」
 戦わないで解決できれば苦労はしない。
 戦わなければ解決できないから、それしか解決の方法が見つけられなかったから、だから彼らは戦う。
「僕だって、戦いたくない。誰かが死んで笑えるわけない。でも、それなら僕が動かなきゃいけないんだ。僕が、僕がやらなきゃ!」
 答えは、最初から目の前にあった。
 強く拳を握り、フレーゼは部屋を飛び出した。
 消し忘れたモニターには、戦いの映像が映り続けていた。