『警告、ディオート2よりディオート1へ。ホームより機動兵器の射出を確認。――これは、モルスです』
「何!?」
 イリスはすぐさまカメラを後方に向けた。遠く、射撃を続けるキャストラム。周囲はガーディアムとエクイットが入り乱れ、混沌とした体をなしている。
 その中を、青い光が一閃していた。光が通り抜けた場所は、エクイットだけを残し、他の全てが消し飛んでいった。
 イリスは通信回線を開いた。相手はもちろん、モルスである。
「ディオート1よりディオート4へ! どうして出てきた!」
『ディオート4よりディオート1へ。僕も戦いに来た、それだけです』
「お前には待機を命じたはずだ。違うか?」
『クビにするならして下さい。それでも僕は、戦います。僕が戦わなければ、変わらないと知ったから。戦わないで、ただ見ているだけで、世界は変えられないって、教えてもらったから。それじゃあ、想いは伝えられないから。だから、剣を握って、戦いたいと。そう思っただけです』
「ほう……」
 あの、戦いを嫌いだと言い、MASも起動できなかった男とは思えない発言だった。
 そこには明確な、戦いの意思があった。誰のためでもない、自分のために戦おうとする強い意思が。
 何があったのかは知らない。だが、予想はできる。
 元々、フレーゼの中に答えはあったのだ。ただ、後押しする、小さな力が必要だっただけで。そして、その力は、みんなが与えてくれた。
 だからこそ。イリスも、認める気になった。
「――わかった。それだけ言うのであれば止めはしない。いいか、その代わり絶対に負けるな。何があろうとも、連中を叩き潰すぞ!」
『ディオート4、了解。突貫します!』
 通信が途切れた。
 カメラには、フレーゼのメチャクチャな戦いが映っている。基礎も何もあったものではない、まさに思いのたけをぶつけるような、激しい戦い方。それは何よりもMASの力を引き出し、そして、フレーゼはさらなる力を得ていく。
 今の彼は、想いを届ける力と、届けるべき想いを持っていた。
「ようやく、成長したんだな。フレーゼ・ハイブリーダ」
 イリスの感慨に浸った声が、アルマの小さな操縦席に満ちた。
 ただ、待ち続けた時。最も必要な心を持った、最も力を持たない少年は、今。彼女を超えた。
 もう、彼を阻む者は誰もいない。立ち塞がる全てを打ち砕き、彼は信念を貫き通すだろう。
「なのに、私は……」
 イリスはサブモニターを眺めた。そこにはデータリンクによって表示された各機の状態と共に、アルマの状態も映っている。
 アルマは、弱い。他のどの機体と比べても弱く、その攻撃力にいたっては、エクイットと大差ない。言ってしまえば、できそこないのペリキュラムに等しかった。
 この戦地において、ガーディアムにダメージを与えられないというのは大きい。現状では、彼女は戦力になっていないのだ。ただ、相手の動きをかき乱すだけで。
「くそッ! 私だって、誇りがあるんだ!」
 敵機の背後に回り、背中の飛行ユニットにナイフを突き刺す。踏み台にするように蹴飛ばして、イリスはそのまま上空に飛び立った。
「くそッ! どうして、私には力がない!」
 ずっと前から知っていた。理解していた。
 この世界を変えるほどの力は、彼女にはないと。
 けれど、それにしても、彼女は非力だった。ガーディアムを相手にしてはとても戦いにならない、ひどく弱い存在だった。
「くそおッ!」
 がむしゃらに、ひたすらに戦う。決して無意味ではない、けれど、効果的でもない。それは、彼女自身が誰よりわかっている。だが、戦わないわけにはいかない。ほんのわずかでも傷を残せるのなら、それは、無駄じゃない。
「――ッ!?」
 アルマの前方に、エクイットに向かって剣を振り上げるガーディアムがいた。エクイットは体勢が悪く、かわせそうにない。
 イリスは何かを考える間もなく、アルマを向かわせた。だが、距離がありすぎる。とても間に合う距離ではない。
 そして。剣が、降ろされた。
 まるでストップモーションでも見るかのような、やけにゆったりとした動き。エクイットの腕が、羽が、足が、ガーディアムの剣に斬り飛ばされた。
 墜落していくエクイット。コックピットのある胴体は無事だったから、搭乗者はまだ生きているだろう。だが、この高さから落ちれば、助かるものも助からない。
「ッそお!」
 戦いの終局を見据えるなら、ここで助けに行く理由はない。だが、そんなもので縛れるほど、感情というものは気楽ではない。
 全速力でエクイットに向かって飛び、まだ残っていた右腕を掴んだ。フライトユニットの出力を限界まで開放し、減速しつつ落下する。
 だが、それはガーディアムたちに隙を見せる行為だった。早くも先ほどのガーディアムが、剣をアルマに突き立てようと迫っている。
『ディオート・クラット! 離せ、死ぬぞ!』
 掴まれているエクイットから声が飛ぶ。けれど、イリスは離す気が起きなかった。
「こんな、ところで見捨てるような奴が! どうして! この戦いを、戦おうなどと思えるんだ!」
 目の前の、死に逝く者を見捨てられないから始めた戦い。ここで引き下がるようなら、最初から戦わない。
 イリスは左手だけでナイフを構えさせた。とても対応しきれるとは思えないが、やるしかない。
「おおおおお!」
 イリスは、覚悟を決めた。

 フレーゼは、アルマが無茶をしているその光景に気付いていた。
 すぐさまサポートしようと体を向ける。全力で、立ちはだかる敵機を斬り飛ばし、なおも距離を詰める。だが、間に合わない。
「ッきらめるもんかぁ!」
 気力を振り絞り、さらに加速する。剣を握り、ただ、全力で。
「斬るんだッ!」
 ガーディアムの腕に、剣先が、届いた。
 まるで豆腐でも斬るように、あっさりと装甲が弾けた。重々しい剣が宙を舞い、体勢を崩したガーディアムを蹴飛ばす。
「ディオート1!」
 フレーゼは、アルマの腕を握らせた。自身もフライトユニットの全力を発揮させ、とにかく耐えようとする。
『駄目だ、ディオート4! お前は戦いに専念しろ! 来るぞ!』
「こんなところで命を見捨てて! 戦う意味なんかありませんッ!」
『――ッ!』
 レーダーには、迫るガーディアムの影が映っていた。その数、全部で五。モルスの全力をもってして、ようやく対応できる数だ。片手では、どうにもならない。
「そんなの、隊長だって同じだ」
 手を離せば、イリスがエクイットと共に落ちる。イリスはそれをしたくないから、手を伸ばした。
 フレーゼも、想いは同じ。誰ひとりとして見捨てられない、だから、戦う。
「モルス、ちょっと無茶するよ。大丈夫?」
『全武装、出力安定』
 なんとなく、ズレた回答だ。フレーゼは小さく笑みを浮かべ、モニターに集中した。
「はあッ!」
 迫る一機を斬る。続く二機にも剣を振るった。
 三機の腕を、剣を斬り飛ばし、しかし、まだ二機のガーディアムが迫っている。剣は、もう目の前に振り上げられていた。
『フレーゼぇッ!』
 イリスの叫び、そして。
「なっ!?」
 体が、浮き上がった。
 眼下に先刻のガーディアム。どこか、唖然とした雰囲気があった。
 フレーゼは、慌てて下のガーディアムに剣を降ろす。剣と腕を飛ばされ、ガーディアムは後退していった。
『フレーゼ! 後ろだ!』
 頭が理解するより早く、体が反応する。
 振り向きざまの斬撃が、背後から仕掛けようとしていたガーディアムにトドメを刺した。
 そこまでして、フレーゼはようやく現状を把握する余裕を得た。サブモニターの機体状況に目をやり、
「なんだ、これ……?」
 そこには、計測機器が壊れたとしか思えない値が表示されていた。
 アルマの残存エネルギーが、通常の数倍。まるで小さな燃える星のようであった。
「ディオート4よりディオート1へ! どうしたんですか、一体!?」
『わからん! 急に出力が上がったんだ! 私は何もしていない!』
 何もしないで何かが起きるわけがない。だが、現実はそうとしか見えなかった。
『と、とにかく、エクイットを下に降ろすぞ』
「りょ、了解」
 ゆっくりと戦線を離れ、砂漠に降り立つ。
『す、すまない』
 エクイットの乗り手から、感謝を伝える通信が入った。
 エクイットを砂漠に降ろしたところで、アルマとモルスは一気に上昇をかけた。
『これは……まさか? いや、そうだ。ディオート4! 強化ユニットを外せ!』
「え!?」
 強化ユニットは、今のモルスにとっては重要な兵装のひとつだ。それを外すということは、わざわざ弱体化しろと言っているに等しい。
『大丈夫だ! この表示が正しいなら、その方が強くなる!』
「……、わかりました。信じてますよ、隊長!」
 フレーゼの手が操作パネルを滑る。同時に、フレーゼはモルスに指示を出した。
「モルス、強化ユニット離脱」
『了解』
 ガシャン、と音が聞こえた。下を見れば、外れたユニットが砂漠の砂に突き刺さる光景が見えた。
「それで、どうするんですか、ディオート1」
『そのままで待機。すぐに終わる』
 そう言うと、イリスの通信は途切れた。

 イリスは、サブモニターに並ぶ文字をじっと眺めていた。この表示に間違いがないなら、アルマは更なる力を味方に与えられるということになる。
 だが、イリスは心のどこかで、その事実が信じられなかった。今の今まで、一回もそんなものが発動する気配はなかった。なのに、こんな土壇場になって、いきなり使えるようになるなんて。
 そんなもの、ご都合主義にしたって笑えない。
「アルマ。これは、本当に間違いないんだな?」
 イリスは再び確認し、
『ポジティブ。MAS、いつでも起動できます』
 機械は冷静に回答した。
 イリスは深く息を吸い、叫ぶように命じた。
「では、マインドアクションシステム展開! アルマ、ブレイカーモード!」
『了解。MAS起動、アルムブレイカー展開』
 機体が、大きく揺れた。

 宙を、二機の人型兵器が舞っている。内の一方、青い剣士の前を、小柄な機動兵器が飛んでいた。
 と、小さなペリキュラムの身体に異変が起きた。
 手が、足が、ペリキュラムから外れた。切断されたわけではない、自ら外したのだ。まるで、ただの強化ユニットであるかのように。
 続けて、青い機体に小柄なペリキュラムの胴体部分が接続される。手足も、青いペリキュラムの腕や足を守るように装備された。
 コネクト、完了。
 その姿は、鎧を着た剣士のように見えた。今。二機のペリキュラムは、文字通りひとつになったのだ。
 これこそが、アルマのマインドアクションシステム。
 自分ひとりでは発動できない。仲間と想いを同調させて、初めて発動できるMAS。
 敵を倒すための兵器ではなく、兵器を活かすための兵器。人型強化ユニット『アルマ』の、真の姿だった。