「ディオート1、これは一体――?」 フレーゼはサブモニターをじっと見つめていた。アルマのデータは画面上から消え去り、モルスに二機分のデータが表示されている。 『どうやら、こいつがアルマのMASらしい。なるほどな、他のペリキュラムの戦闘力を上昇させるMASか。だからアルマにはMAS用の兵装がなかったんだな。道理だ』 「他のペリキュラムを強化するMASなんて、そんなのアリなんですか!?」 『アリもナシもない。ここにこうして存在する、その事実が大事だ。なに、どうせペリキュラムはまだまだ解析されていない未知の兵器に過ぎない。初めてMASが起動した時も同じくらい驚いたものだ』 機械がどうやってできているのか、どのような経緯で作られたのか。そんなことは知らなくても、説明書さえあれば機械を使うことはできる。 今、彼らの前には説明書が内蔵された機械があった。ならば、それがどうして作られたのか、どのようにして作られたのか、どのような仕組みなのか、そんなものは知らなくていい。そんなものを知らなくても、敵は倒せる。 『どうやら出力制御はこちらに移ったらしいな。ディオート4、思い切りかませ。援護は私がする』 フレーゼには、何がなんだかわからなかった。あまりにも急な展開に、頭がついて来ない。 『……ディオート4? 何をしている、行くぞ』 けれど。何をすべきかは、わかっていた。そして、それで十分だ。 『聞こえているのか、ディオート4?』 「すごい……。これなら、これならやれる!」 『当然だ。やれなければ問題だろうが』 小さく笑いを漏らし、フレーゼは答えた。 「――了解。ディオート4、敵兵器を撃破します!」 前を見つめたフレーゼは、強い意志を再燃させていた。 モルスは両手に持っていた剣の柄を、ひとつに繋いだ。ここまでは通常のモルスでも可能な動作だが、モルスはさらに、右腕からコードを伸ばした。それを剣の頭に値する部分に接続する。 『ロングレイブレイド『レーヴァテイン』起動!』 鋭い声が響く。そして、刀身が形成された。 長い光剣を持ったモルスは、凛々しくも美しかった。 モルスは、そのまま上空に向かう。真っ直ぐ、目指す先には戦艦。 正面を塞ごうとするガーディアムたちは、まさに瞬殺された。圧倒的な切れ味の刃の前では、ガーディアムの装甲など、ないに等しい。 モルスは、巨大戦艦の脇を固めるように飛ぶ戦艦の前に飛び上がった。戦艦もモルスの存在を認め、射撃を行う。 だが、機動兵器を相手にするには、戦艦の照準は甘すぎた。モルスは迫り来る弾丸を軽々とかわし、回避しきれないものは全方向自動防御壁で弾いていく。 戦艦の前まで来たところで、モルスは乗り手の気合を剣に換えた。 『ハアアアアアッ』 刀身が、巨大化していく。モルスすら超えて、なおも刀身は膨れ上がった。 『いっくぞぉ! 今の間に脱出しないと知らないよ!』 剣はすでに、戦艦の大きさと同格までになっていた。 機動兵器が持つにはありえない大きさの剣を、モルスは全力で振り下ろした。 刃が戦艦を切り裂く。もはや、馬鹿げた光景ですらあった。人型兵器が戦艦を倒す、その瞬間。人型兵器の限界を完全に超えた、人には過ぎた力。 モルスは刹那、燃え落ちる戦艦に目を奪われたように立ち尽くし――次の相手を求めて、飛び立った。 巨大戦艦の中から、ユールフォビアは戦艦が崩れ落ちる様を見つめていた。 「なん、なんだ……。あの馬鹿げた兵器は!?」 メイン・ルームの空気は凍っていた。たった一撃で、たった一機の機動兵器によって、戦艦が叩き落される。どこまでもありえない光景が、モニターに映っていた。 あの青い兵器が出てきた時から、嫌な感じは漂っていた。あの兵器に普通のガーディアムでは歯が立たないことはわかりきっていた。 だが、それでも、戦艦までもが落とされるとは考えていなかった。そこまでの攻撃能力をたった一機の機動兵器が所有しているなど、想定していない事態だったのだ。 「まさ、か、あれがまだ生きているとは――」 「あれについて何か知っているのか、副長?」 常に無表情で感情を表に出さないトカゲの副長も、さすがに眼前の光景を信じられないかのように見つめていた。 「あれは、前回の惑星戦争の最終期に登場した、桁外れの攻撃力を持つ機動兵器です。精神波抽出システムを極端に改造し、乗り手が強い攻撃の意思を持つ限り、どこまでも刀身を巨大化させるとか。機動兵器の大半が失われた際に撃破されたとばかり思っておりましたが、まだ残存していたようです」 「あれが、精神波抽出システムだと言うのか……?」 それは、今まで彼女たちが見てきた、どの兵器よりも高い攻撃力を持っていた。戦艦すらも破壊するほどの機動兵器。それは、すでに機動兵器などという名前が相応しくないほどの代物だ。 「対抗策は、あるのか?」 「あれが精神波抽出システムであるのなら、乗り手の心を乱す以外に方法はないでしょう。が、あの剣の大きさを見る限り、そうそう乱れる心ではないでしょうね。あれには、強い攻撃の意思が宿っているように思えます」 「となると、あれだけの攻撃力を持つ機動兵器を倒せと言うのか?」 「はい。その通りです」 「平然と無茶を言うな」 ぎりりと爪を噛み、ユールフォビアはその頭をフル回転させた。あの兵器を打ち砕くほどの力を持つもの。そんなものが、自軍にあったか? 『緊急! 護衛艦『リフォルローズ』撃墜!』 先の戦艦に続いて、更なる戦艦撃墜の知らせが走った。誰がやったのか、などと聞くまでもない。 「ちッ! 次は、こっちか」 「考えている間はなさそうですな」 ガタリと席を立ち、ユールフォビアはあらん限りの声で叫んだ。 「全軍に告げろ! あの青いペリキュラムは捨て置け! 他のペリキュラムに攻撃を集中させるんだ!」 「では、あの青い機動兵器は? まさか最後まで捨て置くわけにもいきますまい」 振り返ったユールフォビアは、不敵な笑みを浮かべていた。思わず、歴戦を経てきたトカゲが悪寒を覚えるほどの笑みを。 「どうせ奴は、この戦艦に乗り込んでくるだろう。なら、迎え撃つだけだ。我が軍の最強にして最大の戦力をもってして、な」 「隊長、それは最も危険な愚策かと」 「では、他に奴を倒す方法があると言うのか?」 副長は顔を伏せた。確かに、他の方法などない。ガーディアムでも戦艦でも倒せないなら、方法など最初からひとつしか残らないのだ。 「あれを使えるのは、人間の血を持つ私だけだ。この艦に乗り込む全ての乗員を含めても、誰ひとりとして使える者はいない。そして、それを使わなければ、奴を倒す方法はあるまい。だろう?」 「――ですが、あれは本当に最後の手段です。我々があれを使うことは、本末転倒としか言いようがありません」 「毒を使わなければ毒は制することができん。いいから、あれを起動させろ」 副長は、それでもしばらく迷っているかのようであった。彼にとって、その策は『最初から選ぶつもりのない策』でしかなかった。それが、使わなければ逆転できないほどに、追い込まれている。 「……、わかりました。指示をしておきます」 「うむ。私は準備を始める、ここの指揮は任せたぞ」 「はッ、お気をつけて」 ユールフォビアはウインクひとつ、場を立ち去った。彼女らしくない動作だった。 副長はその背中を見つめていた。やがて、強く目を閉じ、小さく口の中で祈りを捧げた。 目を開いた副長は、すでにいつもの無感情な顔に戻っていた。 「右舷、何をやっている! 弾幕を張れ、ペリキュラムを絶対に近づけさせるな! 照準を合わせようと考えるな、逃げ道を塞ぐように撃て!」 心配は、心の内だけに秘めて。 男は戦いに没頭していく。 「すげーなぁ、おい」 自軍の猛反撃に、ディルは半ば、あきれていた。 合体としか形容のできない、アルマによる強化ユニットを装備したモルス。その破壊力は抜群で、刃に触れたガーディアムは残らず吹き飛ぶような錯覚さえ覚える。 もちろん、イグニスやステラも指をくわえて見ているわけではない。戦艦撃沈によって浮き足だったガーディアムたちを、確実に沈めていく。だが、そんなものは不要なのではないかと思うほどの攻撃力が、モルスにはあった。 「ステラぁ、後はもうフレーゼに任せようぜぇ? オレらが何かしなくたってよくねーか、これ?」 『ネガティブ。単体で撃破するには数が多いと推察。防御能力に変化はないため、敵機の攻撃を一撃でも受ければ、即座に撃墜される恐れがあります』 「あーあー、わかったよ。お前さぁ、ちっとラナスちゃんに似てきてないか?」 『ポジティブ。プログラムの一部をラナス・プラネッシア殿に変更して頂きました』 「……ラナスちゃん、んなにオレを信用してねーの?」 『何の話ですか?』 気付けば、いつの間にやらイグニスとの通信回線がオープンになっていた。 「いや、こっちの話だ。で、ディオート2。どうした、盗み聞きか?」 『いえ。ディオート3は、わたしのために命を捨てられますか?』 「急な話だな、オイ」 苦笑を浮かべつつも、ディルは正直に答えた。 「もちろんだ。どうした、キツいのか? すぐに援護するぜぃ」 『――いえ。援護はこの後でお願いします』 と、通信がディオート・クラット内でオープンに切り替わった。味方各機への強制通信だ。 『ディオート2より各機へ。これより、ディオート2、および3によって突入路を形成します。ディオート4は敵戦艦内部に侵入、敵部隊長に退却命令を出させるか、あるいは彼女を生け捕りにして下さい』 『ディオート4よりディオート2へ。無理だよ、敵の数が多い。イグニスとステラだけじゃ対応できない』 『可能不可能ではなく、やります。雑魚はわたしたちに任せて下さい。シュミレーションの結果、五分は持ちます』 「……なるほど」 ディルは通信機には届かないほどの小声で呟いた。ラナスの意図が、明確に読み取れたが故に。 「行け、ディオート4! いくらオメエがアホみたいに強くなったって、限度があらぁ。戦艦をぶった斬るような出力は、もう出せねーだろ?」 サブモニターには、モルスの疲弊した状態が映っていた。 MASを使っていても、やはり作られた物である以上は限界がある。あれだけの高威力を二撃も放っただけで異様だ。これ以上は、無理できないだろう。 「戦いは大将を取っちまった者の勝ちだ。ディオート4、おいしいとこは全部、テメエにやる。だから、決めて来い!」 通信機越しにも、フレーゼの緊張が伝わって来るかのようだった。 おそらく、彼の中で答えは出ているのだろう。後は、踏ん切りひとつ。 『ディオート1よりディオート4へ。行くぞ、突入だ』 そこに、イリスの鋭い声が走った。それが、決め手になったらしい。 『――ディオート4、了解』 返事を聞いた途端、ディルはなんとも言い難い笑みを浮かべた。 『ディオート2より各機へ。超長距離射程砲『サルファー』、ブーストモードで発射準備完了』 ラナスの冷静な声。モニターにイグニスが捕らえられ、 『射線クリア、発射します』 それは、一瞬にして光に包まれた。 光が途切れた後、戦艦には穴が開いていた。 「よっしゃあ、ディオート4ッ! 突っ込め!」 『了解! 突入します!』 青い軌跡が、戦艦の暗闇に続いた。戦艦の装甲には通信を遮断する何かがあるのか、フレーゼとの通信回線は切れてしまった。 それを確認し、ディルはラナスに話しかけた。 「ディオート2、五分はいけるって嘘だろ?」 『やはり、わかります?』 「そりゃーわかるさ。オレも、腐っても元軍人だ」 早くも敵機の動きが活発になりつつある。司令官は、それなりに優秀な人材らしい。これほどの相手に、イグニスとステラ、そして攻撃力のないエクイットだけでは、とても応戦しきれないだろう。 『すみません。わたしの勝手に巻き込んでしまって』 「気にすんなって。どうせフレーゼに頼るわけにゃ、いかないんだからよ」 『でも、死にますよ?』 「いつものことだろ」 ディルは、特になんでもない、と言わんばかりに答える。むしろ、ラナスの方が戸惑っているようだった。 『……ディオート2、どうしてそんなに平然としていられるのですか?』 「あ?」 『ここは戦場。わたしとあなたは今、ほとんど死にかけています。なのに、あなたは笑ってさえいる。どうして、そんな風にしていられるのですか?』 どこまでも深刻なラナスに対し、ディルはどこまでも軽かった。それが、ディルらしさ。それが、ディルがディルであるということ。 だから、ディルの答えも決まっていた。 「さーね。これがオレの性分だからな。ま、強いて言うなら――」 『言うなら?』 あえて間をため、ディルは思い切って言った。 「愛の力、って奴かな?」 返事はなかった。ディルはしばしの間、戦闘に集中した。 回答が返ってきたのは、たっぷり十秒も経過し、ディルが二機ほど叩き落した後のことだった。 『ディルさん』 「おう、こちらディルファン・アジャシス。応答可能だぜぃ」 『冗談は』「存在だけにして下さい?」 通信機の向こうで、笑う気配が届いた。 『わかっているなら、止めて下さい』 「そいつは残念だ」 笑い、ディルは続けた。 「そんじゃー、ラナスちゃん。敵機動兵器部隊を殲滅するぜ、援護を頼む」 『了解。全方向に適当に射撃を開始します』 ディルは刃を持った銃を手に、敵機に突撃する。 恐れなど、もうどこにもなかった。 |