戦艦の中は、モルスがギリギリながら走れるほどに高い天井を有していた。どうやら、偶然にもガーディアムが通る道にぶち当たったらしい。
『ディオート4、直進だ。この先に熱源反応。おそらくは動力炉だろう。そいつを破壊し、脱出する』
『了解』
 通信回線が使えなくなったため、フレーゼたちはオープンチャンネルでの会話に切り換えていた。簡潔に言えば、拡声器で会話をするようなものだ。周囲にも丸聞こえだが、何の問題もなかった。なにせ、誰もいないのだから。
 ガーディアムの姿はおろか、敵ひとりとして見当たらない。その理由は、ひとつしか考えられなかった。
『罠、だろうな』
『ストップしてトラップを解除しながら進みますか?』
『ネガティブだ。そんな時間はない。ADSに集中しろ、あれなら多少の攻撃は問題ない』
『了解。全方向自動防御壁ADS、出力全開』
 拍子抜けするほどの静寂。全てを無視するように、気にせず、ひたすらに走る。
 廊下を駆け抜けた、先に。
『ここか――』
 それは、青き戦士を待つように鎮座していた。
 巨大な動力炉は、人間の心臓のようにも見える。いくつもの配管が伸びる様には、機能美があった。
『いけ! ディオート4!』
『そうは、させられないな』
 反論する声は上から降ってきた。
 見上げれば、動力炉を踏みしめる、一機のガーディアムの姿があった。
 白い、どこまでも白い肌。鎧のような装甲に、竜を模した兜。胸には十字が刻まれており、普通のガーディアムよりも二回りは大きいであろうサイズ。そして、他のガーディアムと決定的に違う点は、他にもあった。
 白いガーディアムは。手に、光り輝く刃を持っていた。否。その刃は、光そのものだった。
『それは、まさか……』
『この機体の名は『クロイツ』。お前たちの想像通り、精神波抽出システムを搭載した、唯一のガーディアムだ』
 その刃は、パイロットの心を示すように、赤く燃えていた。
『――それは、ずいぶんとおかしな話だな。お前たちは、その、精神波抽出システムとやらを破壊したいから、わざわざこの星まで来たんじゃないのか?』
『その通りだ。こいつは本来、破棄されるべき兵器でもある。だが!』
 動力炉から飛び降りたクロイツは、モルスと真正面から対峙した。
『精神波抽出システムには同じものをぶつけなければ破壊できない。当初は数で圧倒し、不可能ならばこいつを使う予定だった』
 くっく、と、ユールフォビアの笑い声が漏れた。
『こいつは何を置いても貴様らを砕くためだけに建造された力だ。こいつで、お前たちの愚かしい幻想を打ち砕く!』
『愚かしいのは、どっちだよッ!』
 モルスとクロイツ。駆け出したのは、全くの同時。
 モルスの刃とクロイツの刃が激突し、バチバチと火花を散らした。
『どうしてッ! それだけの力を持っているのにッ!』
 フレーゼの想いに呼応し、レーヴァテインは輝きを増していく。
『誰かを傷つけたって、誰かが悲しくて、それで平和だなんて言えないって! 犠牲の上なんかじゃ笑えないって! そんな簡単なことが、どうしてわからないんだよッ!』
 増していく輝きに応じて、徐々にモルスが押していく。力任せに、断ち切るように。
『貴様こそ、どうしてわからない! 兵器と共存した上での平和は存在しえないと! 何も犠牲にしないなんていう理想論は絵空事だと! どうして理解しようとしない!』
 ユールフォビアの叫びに応じ、赤い剣も輝きを増す。光が光を押し返し、生身の目では焼かれてしまいそうな光輝が弾けた。
 互いに互いを吹き飛ばすように吹き飛ばし、一旦、距離を置く。かと思ったのもつかの間、すぐさま剣を振るいながら、両者は駆けた。
 赤い剣を右飛びにかわし、青き剣士は横薙ぎに仕掛ける。クロイツは異常なまでの反射速度で、斬撃を打ち上げた。
『剣だけが戦いじゃないぞッ!』
 右手を柄から離し、クロイツの拳がモルスの顔面を叩く。
 モルスはお返しとばかりに腕を掴んで引き寄せ、頭突きをかました。
『戦いは、腕だけじゃない』
 再び剣を振り上げたモルスに対し、
『よくわかっているじゃないかッ!』
 よろめいた姿勢を瞬時に直し、クロイツは剣を剣で受け止めた。
『おとなしく倒れろ!』
『負けられないよ! 何か、何かあるはずなんだ! ペリキュラムだって人間と共存できる! その道を見つけるまでは、負けられないんだ!』
『できるものか! システムがある限り、ペリキュラムは害悪だ! システムを除けば、ペリキュラムが死ぬ! システムを残せば、星が死ぬ! どちらかしか助けられないならば、どちらを選ぶかなんて明白だろうが!』
『諦めたらそれで終わりじゃないか! 最後まで、ギリギリまであがけよ! 努力しろよ! 戦いたくないってのなら、殺したくないなら、そうしなきゃいけないんだ!』
 平行線の想いは刃となって、決して相容れない衝突を繰り返す。他の誰のためでもない、ただ、己のために。
 どちらも、目指すものは同じなのに。譲れない一線が違うから、決定的な違いが生まれる。
『できるものならやってみろ! 口先だけで! 世界が救えるものかッ!』
『夢を見ちゃいけないのかッ! ああしたい、こうしたいって! それが、生きるってことじゃないか!』
 激突、反動。開かれた距離を、燃えるような視線が埋めていた。
『……そうだ。夢を見ること、希望を持つこと。未来を信じること。それが、生きるということだ』
『なら、どうして――!』
『わからないか? お前たちの、その小さなためらい。僅かな甘え。それが、世界中に生きる者の、夢を、希望を、未来を、奪うということを』
 星に生きる者は、星を失っては生きていけない。
 ペリキュラムが生き続けることで、星が死ぬなら。それは、ペリキュラムのために世界中の全てを犠牲にするのと等しい。
『いい加減、諦めろ。お前たちは間違っている。だが、まだやり直せる。まだ間に合う。世界は崩壊していないんだ、まだ生きているんだ。お前たちが素直に敗北を認めれば、それで世界は救われる。この星に生きる、どれだけいるかもわからない、全ての生命を救うことになるんだ』
 ユールフォビアは、言葉で説得しようとしていた。
 最初から、傷つけあう必要がないのであれば、それが一番いい。互いに納得のできる回答であるなら、それこそが正解だ。
 けれど。
『僕は、嫌だ』
 フレーゼは、答えた。拒絶した。己の想いに従って。
『僕だって世界中の人たちを犠牲にしたくないし、するつもりもない。ペリキュラムも星も、どっちも生き残る道を探す。MASを取り外せないなら、せめて星にダメージを与えている、その原因を探してみる。そして、そいつを取り除く。駄目なら他の方法を考える。とにかく、ペリキュラムだけを犠牲にすればそれでいいなんて、僕には思えない』
『――どうして、そんなに懸命になれるんだ?』
 あまりに、想いが純粋で。
 どこまでも透き通った想いだったから、ユールフォビアにはわからなかった。命を捨てるほどの覚悟をする、その理由が。
『お前たちは、そんなに長く戦ってきたのか?』
『いいや。僕がモルスと出会ったのは、ほんの一年前だ』
『一年。お前たちの年月に対する概念は私とは違うだろうが、それにしたって短すぎる時間だ。世界と秤にかけられるほどの時間ではあるまい?』
 人の人生においても、ほんの何十分の一かの、短い期間。
 長い人生と比べれば、それはあっという間に過ぎ去ってしまう程度の、僅かな時間でしかない。
 それでも。
『時間なんか、関係ない』
 モルスと出会って一年。その間に、色々なことがあった。
 多くの人と出会い、戦い、触れ合い、笑い。出会ってからの期間を楽しんできた。
『僕の人生なんて、まだ短いよ。隊長よりも、ディルよりも、レイモンさんよりも、マッティオさんよりもずっとずっと短い。でも、楽しかったんだ。この一年。それまでが薄れてしまうくらいに、ずっと明るいんだ』
 それまでは、暗かった。多くの友達が死に、家族を失い、全てを失くしてきた。
 それでも、今がある。
 どこかのん気でぽやぽやとしているカトレア。けれど芯が強く、コンピュータなのに暖かい心を知っている。
 悪友のようにフレーゼを連れまわす、ディルファン・アジャシス。軽口ばかりだが、その実、本当に仲間を想っている。
 いつも無表情の、ラナス・プラネッシア。口数は少ないが、今の居場所を本当に大切にしている。
 フレーゼを叱ってばかりいる、イリス・シャングイナ。皆を守り引っ張る、父親的な存在。
 そして、モルス。様々な戦場を共に駆け巡ってきた。泣きも笑いもしない、けれど、大切な仲間。
『カトレアも、ディルも、ラナスちゃんも、隊長も、もちろんモルスも。みんな大事な仲間だ。家族だ!』
『兵器が、家族――だと?』
『モルスはただの機械じゃない。話さないから何を考えているのかわからないけど、きちんと想いがある。そして、僕はモルスに何度も何度も助けてもらった。モルスがいなかったら、僕はとっくの昔に死んでいるよ。だから、今度は僕がモルスを助ける。僕も命を張る。それが、僕がモルスにできる、お返しだ』
 対峙する二機の間に、沈黙が落ちた。動きもせず、話もしない。ただ、睨み合っていた。
 長いような、短いような静寂。破ったのは、白い機体だった。
『……そう、か』
 感動したとも、呆れたとも言えない。様々な色が混ざり合って色を失くしたような、不安定な響きがあった。
『お前の想い、確かに聞いた。だが、叶えるわけにはいかない。それが私の信念だ』
『うん。仕方ない、ね』
 差し向かっているのは機械同士なのに、空気が重い。殺意ではない、ただ相手を倒したいという想い。それが、空気を変えていた。
『私はお前の全てを否定してやる。私の信念を貫く、そのためにこの星に来た』
『僕もあなたを否定する。僕は僕の信念を通して、この星を救ってみせる』
 一拍の間。そして、両者は踏み込む。
『おおおおお!』
 何をも犠牲にしないという想いと。
『はあああああ!』
 何かを犠牲にしてでもという想いが。
 正面から、激突した。
 クロイツはモルスを弾く。逆にモルスは袈裟斬りをしかけるが、クロイツはそれすらもかわし、必殺の突きを繰り出す。モルスはその一撃を、首を傾けてかわした。
 更に踏み込み、モルスの斬撃が続く。クロイツは右胸の装甲を犠牲にしながら、なおも怯まず反撃に転じる。
 どちらもギリギリだった。互いの想いを限界まで乗せた剣は、装甲など容易に切り裂く。正面から斬撃を受ければ、結末は必殺。以上も以下もない、死だけが待つ。
 にも関わらず、どちらも退こうとしなかった。
 前に、前に。
 攻めて、攻めて。
 防御などない、逃げなど考えられない。ひたすらに攻撃し、相手を否定する戦い。認められない、認めるわけにはいかないからこその、悲しげな争いだった。
 決着は、見えない。

 猛攻と猛反撃の応酬。その小さな変化に気付いたのは、イリスだった。
『フレーゼ! 注意しろ、様子が変だ!』
『はい!?』
『斬撃の威力が不安定になっている! 下限は防げるが、上限はレーヴァテインの出力系にダメージを与える恐れがある!』
 クロイツは何も言わず、ただひたすらに剣を振るう。その姿に、フレーゼもおかしいと気付いた。
 先のユールフォビアは、頼まれなくとも感情をそのままぶつけて来た。自分の人生、その全てをもってフレーゼを倒そうとしてきた。
 今は、それがない。不気味なまでに平静を保っていた。
 それでいて、打ち込みは苛烈、動きは俊敏。どんどんと鋭さが増していくようだ。
『隊長! どういう状態か、わかりますか!?』
『わからん! とにかく警戒だ!』
 クロイツの猛攻は止まらない。一言も発さず、どこか嵐の前の静けさを思わせた。
『あ……』
 そのクロイツから小さな呟きが漏れた。
『ああああああああああ!』
 それはすぐさま、叫びに変わる。
『おああああッ!』
 床を踏み砕き、クロイツはモルスに肉薄した。斬り上げる斬撃をかわせないと判断したフレーゼは、剣で受け止める。
『ごああッ!』
『なッ――!』
 それも、予想外の威力に弾かれた。
 続けざまに迫り来た拳が、モルスを宙に浮き上がらせる。そして、とどめとばかりに回転の加わった蹴りが、モルスを壁に叩きつけた。
 クロイツの攻撃は休まない。かろうじて立ち上がったモルスに体当たりを加える。その威力は、壁にヒビを入れた。
 モルスはゆっくりと崩れ落ちる。地に倒れ伏し、金属同士が激突する甲高い悲鳴が響いた。
『――ッ!』
『フレーゼ! 無事か!?』
 返答は、金属音にかき消された。
 クロイツはモルスを踏みつける。何度も、何度も。
 先に負けたのは、モルスよりも床面だった。徐々にヘコんだかと思いきや、突如、穴が開いた。
 モルスは、戦艦の舞う空に落ちてゆく。