『――オート4! 無事か、ディオート4ッ!』
「……こちら、ディオート4。まだ生きているみたいだ」
 フレーゼは気を失っていた。状況を見る限りは、ほんの一瞬らしいが。
 計器を確認すると、奇跡的にも無事だった。ただ、データリンクだけがイカれてしまっている。そのせいで、ステラとイグニスの状態はわからなくなっていた。
『ったく、心配させんな、バカヤロウ。で、何があった』
 フレーゼはディルの声に耳を傾けつつ、返答した。
「敵部隊長の機動兵器と交戦。急に相手が強くなって、外に追い出されたみたいだ」
 周囲にガーディアムの姿はない。上を見れば、穴の開いた戦艦がいた。
 フレーゼはアルマに通信回転を開いた。
「ディオート4よりディオート1へ。無事ですか」
『気分良好とは言い難いが、な』
 イリスもまだ生きているらしい。フレーゼは、そっと胸をなで下ろした。
「ディオート4よりディオート3へ。戦況は?」
『不利。まだ生きてんのが不思議だよ。数が多くてキツい、早く決めてくれ』
 仲間の方を振り返れば、馬鹿みたいに大量のガーディアムが舞っている。エクイットの数も目減りしており、敗北は時間の問題と言えた。
 そこに、ラナスの冷静な声が響いた。
『ディオート2より各機へ。敵戦艦より高エネルギー反応、来ます。ディオート4の真上です』
 フレーゼは思わず見上げた。
 モルスが通った穴から、純白の機体が姿を現わした。手に持つ光刃が、血に濡れたような、不気味な輝きを放っている。
『警告。敵機動兵器におけるMASの暴走を確認』
「MASの暴走?」
 モルスの電子音声に聞き慣れない言葉を見出だし、フレーゼは聞き返した。
『MASの暴走。MASは人間の精神力を増幅するものであるため、特定の感情が他の感情を圧倒的に超えた場合、乗り手が増幅された感情に支配される現象を起こす場合がある』
「つまり、怒りに周りが見えなくなっているってこと?」
『ポジティブ。対処法はなし』
「なしって、そんな……」
 モルスに文句を言っても仕方ない。モルスは、単に入力された知識を披露しただけだ。フレーゼは邪念を払うように頭を振った。
「とにかく、倒すしかないってことか」
『暴走状態のMASは行動予測が難しいため、退避を勧告』
「できるわけないだろ。このままじゃ、僕らだけじゃなくて、みんなも、それにユールフォビアも危険じゃないか」
『ポジティブ。暴走状態のMASを使用した機動兵器は、どの機動兵器が対戦しても危険度に変化なし。ただし、主を守るのも機動兵器の役目』
「言うね。でも、ごめん。それには応えられないよ」
『了解、想定の範囲内』
「……本当に言うね」
 モルスの前で、クロイツは止まった。剣を構え、今にも襲いかからんとしている。
 間合いを測るフレーゼの頭上から、イリスの声が降ってきた。
『ディオート4。モルスから現状は聞いたか?』
「MASの暴走、ですね。聞きました」
『ああ。あんなものはそうそう倒せるものじゃない。一撃で決めるぞ』
「一撃、当たりますか?」
『当てろ』
 んな無茶な、とフレーゼは小声で呟いた。
「仮に当てられても、今のクロイツは少し斬られたくらいじゃ止まりそうにないですよ。どうしますか?」
『レーヴァテインの技を使う。斬撃じゃあない方の、な』
「斬撃じゃない?」
『そうだ。どうやらこいつは、エネルギーを銃弾のように撃てるらしい。刹那の間だけ出力を上げれば通常の斬撃より強力だし、斬撃よりタイミングが測りやすいからな。それに残存エネルギーを全て注ぐ。外すなよ』
 フレーゼは思わずレーヴァテインを見た。見る限りでは、ただの剣の柄にしか見えない。
「ただでさえ機動性が高いガーディアムがMASを積んでいるんですよ? そうそう当たるものじゃないですよ」
『方法は自分で考えろ』
 ぷつんと通信が途切れる。代わりに、モルスの声が響いた。
『レーヴァテイン、ショットモードスタンバイ』
「……仕方ない、やるしかないか」
 フレーゼは覚悟を決めた。チャンスは一回、タイミングを間違えれば自分の命だけではすまない。重大な、重要すぎる任務。彼には重い荷だ。
 けれど。
「このくらいできなきゃ、ディオート・クラットは名乗れないさ」
 死を間近にして、フレーゼは落ち着いていた。燃え盛るようなユールフォビアとは、対照的に。
「さあ、来い!」
 叫ぶフレーゼには、迷いも恐れも見当たらなかった。

 モルスの握る剣から、光が消えた。斬撃ではなく、射撃を主とした形態。その威力は、近いほどに威力を増す。一点集中という意味合いでは、モルスの放つ一撃の中で、最大の威力を持つ代物だ。
 そして。激突の瞬間が、訪れた。
 空を蹴るように、モルスは宙を舞う。反射的に、クロイツも飛び出した。
 赤い、どこまでも赤い刃を、クロイツは突き出す。狙うは胴体部、コックピットのある場所。無駄な動きなどまったくない、綺麗な刺突だった。
 決まれば必殺。乗り手は死に、MASの途切れたペリキュラムは、豆腐を握りつぶすよりも簡単に砕かれるだろう。
 対するモルスは、剣を握ったまま、しかし振り上げようともしない。紅刃はまっすぐにモルスのコックピットを狙い、
『ッせるかぁ!』
 モルスの手が、クロイツの剣を掴んだ。形なき光の刃を、強引にそらす。
 ギキィ、という金属が裂ける音。左手は焼け焦げたが、刃はギリギリでコックピットを避け、モルスの左肩を貫通していた。
『今だあああぁぁぁッ!』
 柄をクロイツに向けた。逃げようとするクロイツの腕を、モルスは逃がさないとばかりに掴む。腕を掴まれたクロイツは身動きできず、しかもゼロ距離。決して、外れることはない。
『ぶち抜け! レーヴァテインッ!!』
 瞬間、レーヴァテインが光り輝いた。悪魔の名を冠する剣にしては、あまりに美しい光が、クロイツを飲み込む。
 光は機動兵器を貫いてもまだ止まらず、天を目指した。吸い込まれるように戦艦の穴に光が飛び込み、次の刹那。
 ズズン、と重苦しい音が響く。そして、戦艦は徐々に傾いた。
 一撃は動力炉をかすめたらしい。ゆっくりと、戦艦は地上に向かって降りて行く。
 同時に、出力系をやられたクロイツが傾く。その身体を支えるように、モルスは手を伸ばした。
『……何の、つもりだ』
 ユールフォビアの疲れきった声が聞こえた。MASから解き放たれ、平静な己の心を取り戻した、ユールフォビアの声が。
『死なせない。救えるなら、助けられるなら、ひとりだって見逃せないんだ』
 フレーゼは、何も変わっていなかった。甘くて、おひとよしで、人殺しを誰より嫌う、フレーゼのままだった。
『逃げろ。クロイツと一緒だと、お前たちまで潰されるぞ』
 空から迫る巨大な影を見上げ、ユールフォビアは言った。それでもフレーゼは、放さなかった。
『助かるなら、一緒だ』
 浮き上がるだけでも精一杯の状態でも、フレーゼは言った。動けないままで。
『隊長、MASを解除して逃げて下さい』
『馬鹿。アルムブレイカーがなければ、クロイツを支えきれないだろうが。運命共同体だ。私を死なせたくないなら、お前の力でどうにかするんだ』
『そんなこと、言われても……』
 迫る空は速度を増していく。出力一杯のモルスは動きが取れない。それでも、青い戦士は荷物を捨てなかった。そして、そのせいで動けない。
『このバカヤロウが』
『え?』
 モルスの目の前が揺らぐ。何もない空間から姿を現わしたのは、装甲は削れ、ボロボロになりつつも浮かぶ、ステラの姿だった。
『ずらかるぞ、フレーゼッ!』
 モルスの腕を掴み、ステラは飛び立つ。ひたすらに、戦艦の影から逃げるように。
『む、無茶だよ、ディルッ! 間に合わない!』
『間に合わないなら、間に合わせます』
 声と共に。戦艦の裏から、ずんぐりした機動兵器が飛び出した。ステラと同じようにボロボロになった、イグニスだ。
 イグニスは全速力で飛び、ステラをまねるようにモルスを掴んだ。
『ラナ』『助かるなら、一緒ですよ』
 フレーゼの言葉を遮り、ラナスは言った。
 ひたすらに、飛ぶ、飛ぶ、飛ぶ。
 迷わない。放さない。四人はただひたすらに、生き残るために飛ぶ。
『誰ひとりとして欠けるわけにはいきません。そのために、私たちは戦うことを選んだのですから』
『カッコつけてテメエだけ退場かぁ? んなの、誰が許すかよ。ちっとくらい、オレのいいとこも出させろ』
『フレーゼ、どうやら、私たちはまだ死ねないらしいな』
 諦めていなかった。誰も欠けない未来を、全員の希望を叶えるために、皆が努力をしていた。強い心が、輝いていた。
『これじゃあ、僕が諦めるわけにはいかないですね』
 だから。フレーゼも、死力を尽くそうと思えた。
『当たり前だろ。ま、テメエはその白いヤツに集中してな。お届けはオレとラナスちゃんに任せろ』
『出力制御は私が行う。フレーゼ、お前は絶対にクロイツを逃がすなよ』
『イグニス、最大戦速で危険区域から離脱します』
 心はひとつ。絶対に生き残るという強い想い。誰かを見捨ててしまっては意味がない。全員が生き残らねば、何の意味もなかった。
 ペリキュラムは、そんな『想いの力』を、遠くに届かせるためのもの。
 ちょうど、こんな具合に。
 ――青い空に、陽が見えた。
 直後、フレーゼたちの背後を戦艦が通り過ぎた。戦艦は重々しい大音響と共に、砂漠に落ちた。
 間に合ったのだ。紙一重、けれど確かに、彼らはまだ生きている。
『あー、あれなら乗員も生きてるだろ。砂がクッションになったはずだ』
 落ちた戦艦を見つめ、ディルの声が響いた。
 欠けなかった。死ななかった。
 想いは、届いた。
『やった、のか?』
 ぽつりと、フレーゼは呟いた。
『やったに決まってんだろが、アホ』
 ディルが軽口で答えれば、
『敵機動兵器部隊の停戦を確認。エクイット隊も死者はいないようです。戦線離脱者は多いですが』
 ラナスは沈着に状況を説明する。
『よくやった、フレーゼ。お前の勝ちだ』
 そして、イリスは珍しくフレーゼを褒めた。
『――った』
『あ?』
『勝ったんだ……』
 モルスは握りしめた拳を天に突き上げる。乗り手の意志、そのままに。
『僕たちの、勝利だ!』
 勝者のおたけびに、エクイットたちの歓声が答えた。