トレーラーとモルスは並んで谷間を進んでいた。 目指すドームまでは、今のペースでも残り一時間ほど。この谷間を抜ければすぐである。言い換えれば、どこかの襲撃があるとするならば、ここが最後のチャンスということになる。 ここまでも何度か襲撃があった。そのたびにモルスが退けてきたため、積荷だけはなんとか無事で済んでいる。 『レイモンさん。襲撃があるとすれば間もなくです、覚悟はできていますか』 「あたぼーよ。死ぬ覚悟だってとっくにしてらぁ。ま、兄さんが守ってくれるんだろ? だから、そんな覚悟もいらねーだろうけどな」 『あんまり僕なんかを頼りにしないで下さいよ……』 そうこうしている間に、トレーラーとモルスは谷間の中心近い部分に辿り着いた。その、途端。 ずん、と地面が揺れる。谷の上から岩石が転がり、トレーラーの進路を塞いだ。モルスはすぐさまマシンガンを構え、谷の上に向ける。 『こちらに交戦の意思はない! 武装解除し、投降せよ!』 念のための掛け声。返答は、銃弾の雨だった。 モルスは自身の体をトレーラーの上に運びつつ、鉛弾を放つ。 弾丸と弾丸が弾き合い、一部はモルスに降り注いだ。 『おおおおお!』 モルスはそれでも強く、地面を蹴る。銃弾に逆らうように崖を登り、一挙に崖上へ。 崖上にいたのは二体のエクイット。手にマシンガンを携えた、最新型だ。 エクイットたちが銃口をモルスに向ける。それだけの動作をする合間に、モルスは剣を引き抜き、エクイットに迫っていた。 銃を撃つ前に、一体のエクイットが腕を裂かれる。慌ててもう一体が銃弾を放つが、モルスはエクイットを壁にし、それをかわした。 銃弾を放ちながら逃げようとするエクイットに、モルスは壁にしたエクイットを投げつける。衝突してバランスを崩したところで、光刃が両者の足を斬り飛ばした。 『こちらに殺す意思はない、おとなしく投降しろ』 二体のエクイットを見下ろし、モルスは改めて銃器を向けた。 『――お前、馬鹿だな』 『何?』 動くことはできなくなったエクイットは、けれど、声に勝利の響きがあった。 『お前の負けだ。我々の仕事は機動兵器の破壊じゃない、ユニットの奪取だ』 しまった、とフレーゼが叫ぶ、その前に。 崖下から、銃声が聞こえた。 エクイットは放り捨て、モルスは慌てて崖下に跳ぶ。谷間には、スクラップになったトレーラーと、包みを抱えたエクイットの姿があった。 『このおッ!』 刃を手に、モルスは壁面を駆け降りる。エクイットは包みを手に、モルスに背を向けて走り出した。 『逃がすかあッ!』 壁面を蹴り、大きく跳躍。モルスはそのままエクイットに飛び込んだ。 重力に従って放物線を描くモルス。その動作が、途中で弾かれた。 『なッ――!?』 よろめき、モルスは背中から地面に着地した。その間にも、エクイットは逃げ去ろうとしている。 慌てて後を追おうとするモルスだが、その動きを牽制するように、頭部に衝撃が走った。 『こ、れは?』 狙撃、だった。どこか、おそらくは崖の上に、スナイパーが潜んでいるらしい。 うかつだった。眼前の敵に意識を奪われ、その他の相手を完全に失念した、フレーゼの敗北だった。 このままでは逃げられてしまう。が、いかにペリキュラムが特別な人型兵器と言っても、スナイパーライフルで撃たれ続けて耐えられるほどではない。このままでは、追うことができない。 『くそッ!』 立ち尽くすモルスから、フレーゼの苛立ちが響く。だが、叫ぼうが泣こうが、現状は変わらない。 『退いてくれ! あれは誰かに渡せないものなんだ!』 叫び、歩こうとすると、どこからか銃弾が飛んでくる。跳弾が激しく、方向が断定できない。 『くそッ! どうして、わかってくれないんだよ!』 『バーカ』 『……え?』 モルスの背後から弾丸が伸びた。鉛の弾は走るエクイットの足関節を、正確に貫く。 続いて、何かが崖を駆ける音。しかし、そこには何かがあるようには見えない。何も見えないが、そこには確かに何かがいた。 待つまでもなく、崖の上からエクイットが転がり落ちてきた。手にはスコープ付きの、長いバレルを持ったライフルを持っている。間違いなくモルスを狙っていたスナイパーだった。 『これって――?』 この現象に、フレーゼは心当たりがあった。目に見えない援軍。それは、ひとりしか考えられない。 『いよう。お前が頼りねーから、つい手が出ちまったぜ』 景色が歪む。そして、援軍は姿を現した。 『ディル! ずっといたのか!?』 現われたのは、丸いフォルムの女性的な人型兵器・ステラ。姿を周囲に溶け込ませる能力を持った、ディル専用のペリキュラムだった。 『おう。お前だけじゃ頼りないからな。けど、話をしてバレるのも阿呆らしいからよ、ずっと黙ってたってわけよ。スナイパーは、そうでないとな』 それより、とディルの声が続く。 『依頼人は生きてるだろうな? 死んでたら依頼料が下がるぞ』 『あ、そうか』 振り向くモルスに、 「ひでーな、兄さんよ。俺の命よりか金が大事ってか?」 声がかかった。 トレーラーの荷台に、がたいの良い男が座っている。額からは血が流れていたが、それ以外に外傷は見当たらなかった。 『レイモンさん! 無事でしたか?』 「おう、死に損ねた」 初老の研究者は、笑って言った。 トレーラーが破壊されてしまったため、ドームの前まではモルスがユニットを抱えて歩いた。レイモンは、その肩に座っている。ディルはフレーゼたちの後ろを警戒しながら歩いていた、 ドームの前には、エクイットが待っていた。モルスたちの姿を認めると、エクイットたちは敬礼で答えた。 「兄さん、ここでいい」 モルスを止め、レイモンは器用にぴょんぴょんと飛び跳ねて地面に降り立った。 「世話になったな、兄さんよ」 レイモンの隣にユニットを置くモルスに声をかける。と、モルスはしゃがんだ姿勢のまま、コックピットのハッチを開いた。 「世話だなんて。僕は、何もしていませんよ」 シートに座ったままながら、フレーゼは頭を下げた。 「いーや。実際、お前さんがいなきゃ俺は死んでいた。そりゃ間違いない」 「……でも。あのユニットがあったら、また多くの人が死ぬんですよね」 フレーゼが言うと、レイモンは口の端を歪めた。 「兄さんも言うなぁ。だがよ、残念ながらそうなるとは限らねーわけよ」 「え?」 レイモンは笑みを引っ込め、続けた。 「兄さん、よく覚えておきな。兵器ってのは、ただの道具だ。そこに善悪はない。善とか悪を産むのは、人間よ。殺すために生まれたもんでも、人間が使い道を誤らなきゃ、そりゃ兵器じゃなくなる。人型兵器ってのは、そういうもんなんだ」 「兵器じゃない、人型兵器ですか?」 「おうさ。兄さんにゃまだ理解できんかもしれないけどな。いつか、わかる時が来る。想いを遠くに飛ばすためには、力が必要な時もあるんだ。人型兵器ってのは、そのために使うもんなんだ。遺跡を発掘していると、それがよく感じられる」 それは、抽象的な話だった。具体性など何もない、まるで絵空事のような話でしかない。 けれど、その話には、どこかに真実があるような雰囲気を含んでいた。 「じゃな、兄さん。あんたに会えてよかったよ。また機会があったら、酒でも飲み交わそうぜ」 背中を向け、手を上げるレイモンに、フレーゼは深々と頭を下げた。 「――ありがとう、ございました」 「こちらこそ」 その男の背中は、フレーゼにとって、どこまでも大きかった。 |