イリスは自室のベッドに寝転がり、暇を持て余していた。 イリスはディオート・クラットの隊長ではあるが、自室は他のメンバーと同じもので、特に変わりがあるわけではない。特に趣味があるわけでもないイリスは、待機時間は暇で仕方なかった。 いつもなら依頼の処理などの仕事をこなすのだが、残念ながら今はすることがなかった。 「何か、趣味でも持つかな?」 退屈になるたびに言っているが、実際に行動を起こしたことはない。どうにも戦いと仕事だけしか性に合わない、イリスなのだった。 ピーピーピー。 間抜けな電子音が響く。通信が入った合図だ。 イリスは起き上がると、通話をオンにした。モニターに映ったのは、どうにもぽやぽやした雰囲気をまとった女性――カトレアだった。 『こちら、カトレアですわ。イリスさん、お時間は大丈夫ですか?』 「ああ。何かあったか?」 『依頼ですわ。詳細はプリントアウトしますから、受けるかどうか、決めて下さい』 「了解」 短い通信を終えると、モニターの下から印字された紙が出てきた。 引きちぎり、イリスは内容に目を通す。その目が、ある一点で止まった。 「……グラヴィールドーム、だと?」 それは、依頼主の名を記した部分だった。イリスの目は、そこに注がれている。 イリスは静かに通信スイッチを入れた。 『はい、こちらカトレアですわ。受けるかどうか、決まりましたか?』 「ああ。この依頼、受けよう」 『わかりました、手配しますわ』 特に異常の見当たらないカトレアの笑顔を、イリスはじろりと睨みつけた。 「カトレア。お前、私がこの依頼を受けるとわかっていたんじゃないか?」 『あらあら。どうしてそう思うんですの?』 「お前は私と最も付き合いが長いからな。余計なことも、色々と知っている」 『――大丈夫ですわ。皆さんには、何も言いませんから』 「当然だ」 ぷつりと通信を切った後も、イリスは険しい顔のままでその場に佇んでいた。 「どうして、今頃になって?」 独り言を聞く者はいない。誰も、いない。 グラヴィールドームは他の一般的ドームと比べると、少し小さいドームである。 が、圧倒的に発達した軍需産業のおかげで、他のドームにも負けない力を有している、と噂されていた。 今。移動拠点『キャストラム』のメイン・ルームにある正面モニターには、その小さなドームが映し出されていた。 「あれが今回の依頼主、ってわけッスか」 腕を組んでモニターを眺めるディルは、正直な感想を漏らした。 「小さい、ッスね」 「けれども、軍事力は他国に負けないほどと言われています。今回の依頼も、その軍需産業絡みと聞きましたが」 ラナスはちらりと上司を見つめた。 イリスはモニターを睨むように見たままで答える。 「今回の依頼内容は『新兵器の実働試験』だ」 「試験? なんでそんなもんに傭兵が関わるんスか?」 変な顔をしたディルに、カトレアが答える。 「依頼人の話では、そこらの人型兵器では試験にならないほどのシステムなので、独自に高い戦闘能力を持つディオート・クラットに依頼したい、とのことですわ」 「でも、普通は外にデータが漏れるのって嫌うもんだろ? わざわざオレらを呼ばんでも、それこそ自国内のご自慢の兵器で試せばいいじゃねーか」 「それだけわたくしたちを信頼して下さった、ということではありませんの?」 ディルは未だに納得していない様子だったが、カトレアと議論しても無駄だと悟ったのか、口を閉ざした。 「カトレア。通信室を呼び出せ」 「はい」 正面モニターの画像が砂嵐に変わったかと思うと、すぐに男性の顔がモニターに映った。金髪碧眼で眼鏡をかけている、真面目そうな男だ。 その男の顔が映像に出た途端、イリスの眉間にシワが五本くらい増えたことに、メンバーは気付いていない。 『こちら、グラヴィールドーム通信室。応答願う』 「こちら、ディオート・クラット移動拠点『ペリキュラム』。依頼に従い参上しましたわ」 『ああ、ディオート・クラットか。では、ドーム頂点を開く。そこから中に入り、後は誘導に従ってくれ』 「承知しましたわ」 通信が途切れると、モニターには元の外部映像が映し出された。 男が言った通り、ドームの頂点が開く。カトレアはキャストラムを移動させ、そこから中に入った。 誘導に従って、ペリキュラムは大型のドッグに停泊した。そこには、すでに先客の戦艦までいる。 キャストラムよりも大きく、しかも見た目からして武装が半端ではない。動く武器庫と形容するのが相応しいだろう。 「グラヴィールが軍事には力ぁ入れてるって聞いてたけど、戦艦まで持ってやがるのか。大層なもんだな」 「僕らが言うことじゃないけれどね」 艦を降りたフレーゼたちは、案内が来るのを待っていた。 ドッグの端、キャットウォークと呼ばれる、狭い通路の上。手すりはあるが、下を見るとかなり高い。高所恐怖症の人間なら、間違いなく足がすくむだろう。 「ラナスちゃん。あの戦艦、どのくらいのレベルだと思う?」 「キャストラムが戦えば勝負にならないでしょうが、一般的な戦艦からは遙かに高い水準だと思われます。相手にするには、ユニバーサルドームくらいの戦力が必要になるかもしれません」 「要するに、世界有数の力ってわけだな」 結論のようにディルが言った時、カツンカツンと、鉄板を踏む音が聞こえてきた。 その方向に目をやれば、先ほどの通信室にいた男が、こちらに向かってくるところだった。 「遅くなりましてすみません。ボクが今回の依頼をした者です。開発研究部門責任者、マッティオ・ラインケーナといいます」 青白い顔や華奢な身体は、この男が研究員だと物語っている。実際、白衣がよく似合っていた。 男は顔に薄っすらと笑みを浮かべ、手を突き出した。 「……ディオート・クラット代表、イリス・シャングイナだ」 イリスは険しい表情のまま、その手を握った。 (ディル。隊長、どうしてあんなに不機嫌なんだと思う?) フレーゼは小声でディルに話しかける。ディルもまた、小声で返した。 (さーな。別に隊長の嫌いなタイプにも見えねーが……) (じゃあ、依頼で何かあったとか?) (それはねーだろ。隊長は何かあったなら、依頼は受けない。受けたってことは、問題ないってことだろ?) (それは、そうかも。だとすると、なんであんな顔をしているんだろ?) 「ディル! フレーゼ! 行くぞ!」 『はいいぃぃ!?』 イリスの恫喝に、男ふたりは思わず背筋を伸ばしてしまった。 見れば、マッティオと険悪ムードのイリス、それにラナスは、もう歩き出していた。ディルとフレーゼも慌てて後を追う。 「こちらにどうぞ」 マッティオは苦笑を浮かべ、面々を案内する。 ドッグからそのまま連絡通路で繋がれた研究所に移る。狭苦しい通路をごちゃごちゃと歩くと、マッティオはひとつの扉の前で立ち止まった。 「こちらです」 マッティオの後について、四人も中に入る。そこは、研究室にしてはやけに大きい部屋だった。何人かの白衣を着た男女が忙しげに動き回り、机の上には何かの図面が広げられている。床の上は、コードで一杯だった。そして。壁際には、一体のエクイットが立っていた。 見た目からすると、現行で最新型のエクイットだ。ドームごとに開発されているので多少の差異はあるものだが、それにしてもデザインにおかしい部分があった。 「何だぁ? あの角は?」 そのエクイットには、頭に三本の角が生えていた。正面、右斜め後方、そして、左斜め後方。通常のエクイットにはない装備である。 「あれがあのエクイットが普通のエクイットと違う点ですよ」 「そんなものは見ればわかる」 イリスはマッティオを睨んだ。 「あれの試験運用か?」 「ええ。明日から戦闘実験ということで、構いませんね?」 「……ああ」 話が途切れたところで、じっとエクイットを眺めていたラナスが口を開いた。 「あの角に関しては説明してもらえない、でしょうね?」 「いえ。構いませんよ」 「は!?」 あまりにあっさりと言うマッティオに、ディルは思わず声を出してしまった。 「いや、あの、いいんスか?」 「ええ。あなた方を信用していますからね」 マッティオはにっこりと笑い、エクイットを見上げた。 「あれは未来予測型回避システム、通称『フォーテス』です」 「未来予測型、回避システム?」 マッティオは頷き、 「まあ、簡単に言ってしまえば、相手の動きをある程度までコンピュータが予測し、回避マニューバを作動させるというものです。もっとも、予測できるのはほんの数秒先までなんですがね」 それは、画期的なシステムとも言える。 相手の行動が読めるのであれば、その回避は容易い。また、攻撃を当てるのも難しくはない。機動性で負けていなければ、理論上はこのシステムがある限り、敗北はそうそうないだろう。 「それで、これが実用に耐え得るものかどうか、試したいのですよ。仮にこれが実戦で使えるレベルになれば、戦場における生存率は飛躍的に高まる」 そう語るマッティオの目は、まるで子供のように輝いていた。 |