最終日の訓練も終わり、とりあえず夕食だけでも、というマッティオの言葉に従って、フレーゼたちはまだ待機していた。フレーゼはひとり、与えられた部屋の椅子に座って、ぼんやりと壁を見つめている。特にすることもなく、暇を持て余していた。
 と、コンコンと扉を叩く音が聞こえた。
「はい」
 返事をしながら立ち上がり、フレーゼは扉を開いた。そこには、予想外の人物。
「こんにちは、フレーゼ君」
「マッティオさん? もう食事の時間でしたか?」
 廊下に立っていたのは、にこにこと笑うマッティオの姿だった。
「いや、ちょっと、君と話をしたくて。時間、いいですか?」
「構いませんよ、どうぞ」
 マッティオと共に中に入り、彼には椅子を勧め、フレーゼ自身はベッドに座った。
「ええと、依頼に関係する話ですか?」
「関係なくもない、といったところですね」
 話が読めないフレーゼに、マッティオは続けた。
「君は戦いが苦手、なんだよね?」
 フレーゼは苦笑を浮かべ、
「わかります?」
「あの戦いを見ればボクにも推測できますよ。ボクも一応、機動兵器の研究者ですからね」
 フレーゼはため息混じりに頷いた。
「僕は、戦いなんて嫌いです。誰かが死ぬところは見たくない。誰かを殺したくない。誰かを殺させたくない」
 言って、自嘲的に笑った。
「傭兵の台詞じゃないですけど」
 対してマッティオは、ゆっくりと首を横に振った。
「心根は立派ですよ。世界中の人々が君みたいな人なら、世界から争いは消える」
 現実は、そうではないけれど。
 その言葉は、暗に語っていた。
「でも、今回の依頼はきちんとこなしてくれるんですね」
「隊長の受けた正式な依頼ですし、戦いじゃないですから」
「作っているものは戦いのための道具ですが?」
 途端、フレーゼは何も言えなくなってしまった。
 マッティオの台詞は正しい。いかに人を生かすために開発された存在でも、所詮は兵器。使い道によっては、より多くの人を死に追いやる道具なのだから。
「フレーゼ君。君を見ていると、どうにも半端という印象が拭えないんですよ」
「半端、ですか」
 マッティオは頷き、
「戦いたくないと言いながら、傭兵なんてしている。殺したくないと言いながら、エクイットを遥かに上回る機動兵器を使っている。争いは嫌いだと言いながら、兵器開発の手伝いをする。言動と行動が一致していないんです」
「それ、は……。生きるには、仕方なく――」
「仕方なくで、殺せるんですか」
 マッティオは、フレーゼの僅かな反論すら封殺した。そんなものは認めないと言わんばかりに。
 つい、フレーゼは視線を床に落としてしまった。
「やろうと思えばできるはずです。殺さずに世界を変えること。争いを絶やすこと。けれど、君は口ばかりで、行動が伴わない。違いますか」
「――いえ。マッティオさんの、言う通りです」
「なら。どうして動かないんですか。機械は勝手に動きません。動かす人間がいます。それは、誰ですか」
 ふと、フレーゼは顔を上げた。
「マッティオ、さん。まさか――」
 最後で言わせず、マッティオは手で制した。
「ボクはしがない研究者。君の思うような人物ではありませんよ」
 マッティオは壁の時計に目を向けた。
「そろそろ食事の時間ですね。行きましょうか」
 立ち上がったマッティオは、フレーゼに手を差し延べ、にこりと笑った。
 フレーゼも弱々しく微笑み、その手を握る。
「フレーゼ君。君には力がある。ボクは、信じますよ」
 彼女が信じた、君を。
 最後の言葉は小さくて、フレーゼの耳には届かなかった。

 夕食も終わり、外は薄闇に包まれていた。
 その中を、シャープな外形の戦艦が飛んでいく。段々と離れ、少しずつ小さくなっていく戦艦の姿を、マッティオは寮の屋上から眺めていた。
「フレーゼ・ハイブリーダ、か」
 正直に言えば、彼にはどうしてイリスがフレーゼにこだわるのか、その理由はわからなかった。
 彼の見る限り、フレーゼは最も戦いに向いていないタイプの人間だ。だが、世界を変えるためには、痛みを伴う戦いは避けられない。殺さずに争いを絶やすなどというのは、所詮は理想でしかなかった。現実には、大なり小なり、戦わねばならない相手がいる。
 それなのに、彼ときたら、人殺しはしたくないなどと言う。人を殺さなければ世界はそうそう変えられないのに、彼は、殺せないと言った。
 いかなる理由をもってしても、殺しを許容しない人間。ある種の頑固者。
「あるいは、そういう人間だからこそ、得られるものがあるのかもしれないな……」
 彼にも、イリスにも得られなかったものを。
「やはり、君が羨ましいよ、フレーゼ君」
 さて、とマッティオは腕まくりをした。
「ボクはボクでやらないとな。それが、彼女との約束だ」
 彼は彼なりのやり方で世界を変えていく。
 それが本当にできるのかはわからないけれど、諦めなければ叶うと言ったのもまた、自分だった。
 なら、せめてフレーゼに言った分くらいは実践しなければならない。証明しなければならない。やろうと思えば、できるということを。
「まずはプログラムの整理と量産体勢の確保だな……。あの頭が固い上の連中を説得するとなると、気が重い」
 愚痴を漏らすマッティオの顔は、その言葉とは裏腹に、希望と気力に溢れていた。
 青い戦艦は、もう見えなかった。