やかましいスマホのアラームを叩き切り、ゆっくりと体を起こす。
「……」
 スマホの画面を見る。4月21日。7時22分。
 機械は正確に動いてくれるので、自分で設定した通りの時間に鳴っても当たり前なのだが、寝起きが決して良くない身としては、恨めしくさえ思う。
「コウー! 起きてるー!?」
 母の声に、紅は顔をこすった。
「起きてるよー」
「はーい!」
 母の声を聞き流しながら、なんとかベッドから離れると、カーテンを開けた。
 朝の弱々しい日差しの中、それでも町は活動を始めていた。
「ふう」
 軽く息を吐き、紅はもそもそと着替えを始めた。
 学校の制服に着替え、姿見を見る。
 身長155センチ。体重44キログラム。
 体重は同年代でも少ない方で、うらやましいを通り越して憎まれることさえある。そのぶん、いろんなところがスレンダー過ぎるのは少し悩み。
 髪は伸ばすのが面倒なので、小学校の頃からずっとショートヘアだった。もう少し伸ばせば色々とアレンジできるんだろうけど、それも性分には合っていないからと、結局あきらめている。
「よし」
 とりあえずおかしいところはなかったので、自室を出る。キッチンでは、母が洗い物をしていた。
「コウ、早くしないと遅れるわよ」
「はーい」
 ダイニングテーブルにはトーストとサラダが並んでいる。紅は椅子に座って、レタスをくわえた。
「ん……」
 すでについていたテレビでは、朝のニュースが流れている。ニュース画面の3分の1には、今日の米軍と謎の軍隊の戦いについて、情報が流れていた。
 どこからともなく現れた、謎の飛行船。
 そこから現れた機械の兵隊は、ニューヨークの市民を虐殺した。
 史上最悪の大事件が起きて、はや三ヶ月。ニューヨークを拠点とした船に、米軍はすぐさま応戦した。
 けれど、結果は芳しくない。なぜか不明だが、相手の船には、銃弾や爆撃が通用していないのだという。
 一方的な虐殺は、アメリカを皮切りに、ヨーロッパ各国やアフリカ諸国にまで広がり始めている。国連は非常事態を宣言。日本は今のところ被害がないものの、他人事では済まされず、自衛隊は人道支援活動をしているのだという。
 けれど、日本の女子高生に過ぎない紅にとっては、どこか遠くの話だ。実感は一切ない。
 トーストとサラダを食べ終えた紅は、手早く顔を洗い、化粧を済ませる。
「行ってきます」
「気をつけなさいね」
「宇宙船が来たらどうしようもないよ」
 そう言いながら、家を出た。マンションの廊下を歩きながら、外を見る。
 空は去年と変わっていない。でも、世界のどこかでは、謎の船ーーネットでは宇宙船だなどと噂されているーーが、たくさんの人を殺しているのだという。
「まるで映画みたい」
 それが、紅の素直な感想だった。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 日本人の平和ボケなのか何なのか、アメリカやヨーロッパが大打撃を受けている昨今でも、学校は普通に授業があった。
 はたしてこの状況で学校の勉強がどれほど役立つのかよく分からないが、それでも一応は学生の身。授業をサボるわけにもいかない。
 平凡に授業を受けて、昼休みになった。
 教科書を鞄に仕舞う紅の前に、クラスメイトが立つ。
「紅、学食行こうよ」
 両月胡桃。紅のクラスメイトで、一番の友達だ。
「んー」
 財布だけ持った紅は、胡桃と一緒に学食へ向かう。
 学食のメニューは、少しだけ減った。輸入が滞っているからだという。それだけが、学生からすれば変化らしい変化だ。
 紅は醤油ラーメンを、胡桃はカツ丼を頼む。並んで空いている席に座ると、食事を始めた。
「なんかさー、こんなことしていて良いの? って感じしない?」
 カツをかじりながら、胡桃は言う。
「それはあたしも思うけど……。でも、できることなくない?」
 謎の宇宙船が襲撃しているのは、アメリカが7割。ヨーロッパが2割ほど。日本国内では被害例がなく、政府の公式発表でも、現在日本では被害が確認されていない、の一点張り。
「もっとこうさ、アメリカまで行って敵を倒してくるとか!」
「米軍でもダメなのに自衛隊で役立つわけ?」
「自衛隊じゃないよ、紅が行って片付けてくるんだよ」
「あたしはウルトラマンか」
 胡桃は空手部ということもあってか、血の気が多い。意見は攻撃的だが、気持ちはわかる。
「だって、紅は銃とか上手いじゃん」
「それはサバゲーだから。それに、銃なら胡桃だって使うでしょ」
「あたしは突撃が好きなだけ」
 紅と胡桃が知り合ったのは、中学の時。
 二人とも違う学校だったのに知り合えたのは、共通の趣味ーーサバイバルゲームだった。
 血の気が多い胡桃は、兄に誘われて。
 紅は、変わり者な母の影響で。
 たまたま参加したサバイバルゲームではあったが、女子中学生の参加者というのは二人しかいなかった。そのせいですぐに仲良くなり、とうとう同じ高校に進学したのだ。
「紅、サバゲーでもスナイプすごいじゃん。狙撃主として世界を救う! 的な」
「サバゲーできるだけで世界を救えるんだったら、世の中ヒーローだらけだよ」
 サバイバルゲームは、しょせんゲームだ。
 元自衛隊の参加者とかもいるにはいるが、現実とは大きく違う。撃ち合っているのはBB弾だし、当たっても痛いだけだ。
「サバゲーやってて言うのもアレなんだけどさ。なんか、やだよね。戦争してるってさ」
「それ言ったら、今に始まったことじゃないじゃん。宇宙船が来る前だって、中東とかじゃ戦争してたんでしょ?」
「そうだけどさー」
 そう、そうなのだ。
 戦争など、今に始まったことではない。平和な日本に生まれ育ったせいで、紛争地域など感じたこともないだけで。
 裏を返せば、そんな平和な日本だからこそ、銃撃戦をゲームにするなどということができるのかもしれない。
 どこまでも平和で、そんな平和に慣れきっている日本人。
「このままで、いいのかなぁ」
 それは、全員の胸中に宿る想い。