紅の住んでいた町から空を飛ぶこと、約1時間。下ろされたのは、どこかの建物の前庭だった。
「さ、寒かった……!!」
 こちとら学校帰りの制服姿。カーディガンにスカートという格好は空を飛ぶのにまったく適した服装ではなく、普通に風邪引くかと思った。
「すまないな。だが、あそこで逃がすと、次にはもう会えないだろうと思って」
「だからっていきなり拉致る!? 誘拐だよこれ!!」
「すまない。あ、それとさっきは助かった」
「順序が逆!!」
「まーまー。落ち着いて」
 遅れて降りてきたのは、同じようなブルーメタリックの鎧を着た女性だった。バイザーを脱ぐと、金色の髪がふわりとなびく。
「ごめんなさいね。ハナダーーその子、真面目すぎて強引なところがあって」
「そういう問題ですか? ここはどこなんですか? あなたたちは何なんですか!?」
「全部説明するって。まず、アタシはブラン。この班の班長」
「班?」
「見てわかったと思うけど、アタシたちは、あの機械兵たちと戦っているの。組織でね。で、アタシも、あなたを強引に連れてきた子も、組織の一員ってわけ」
「そんなのニュースでやってませんけど」
「情報規制もしているからね。それに、ニッポンでの運用実例は、アタシたちが初めてだから。ネットの情報だと少し流れていると思うけど」
「……嘘くさいです」
 そう言いつつ、紅は、彼女が言っていることが完全な嘘ではないことも理解していた。
 そもそも、人が空を飛ぶだけでSFだ。ましてや、あんな銃や、ジェット機さえ落とす敵を撃墜するなどと。
 自分の目で見たはずのものが、いまだに実感として湧いていない。
 ブランと名乗った白人の女は、綺麗な日本語で続ける。
「本来は軍事機密なんだけど、あなたは知らなければいけない。そのうえで、選択して欲しいのね」
「さっきの子も言ってましたけど。どういうことですか?」
「アタシたちが使っているこの鎧ーーエースストライカーって装備はね、誰でも装備できるものじゃないの。もちろん色々な制限はあるんだけど、何より、特別な才能が必要って言われている」
「言われている?」
「うん。装備しているアタシたちが言うことじゃないんだけど、なんでエースパックを装備できない人がいるのか、その理屈はいまだにわかっていない」
「わかって……いない?」
 なんだそれ。そんなものを装備して空を飛んでいたというのか。
 万が一にでも事故が起きたら、取り返しがつかないだろうに。
「気持ちはわかるわ。でも、これがないと、あの機械兵士たちには歯が立たないの。欧州諸国でも採用されたけど、向こうでは装備できる人が本当に少ない。ニッポンで、これだけ装備できる人がいるということ自体が奇跡なのよ」
「……」
 だんだんと飲み込めてきた。
 機械兵士が現れて? それに対抗する特別な装備があって? それを装備できる人は選ばれた人だけで? そしてその人は少ない?
「何の漫画よ」
「ニッポンの漫画はアタシも好きだけど、残念ながら現実よ」
「だからなおのこと悪いんです」
「……お願い。話だけでも聞いていって」
 そう言って、ブランは建物を見上げる。
 そこにあったのは、一見すると学校にも見えた。小さな前庭があり、正面は金属製の重そうな扉がついている。横に長い建物は窓らしい場所があるのだか、見える範囲はすべて鉄板で覆われていた。
「ここが組織の本部。アタシたちのボスに会ってほしい。そこで、あなたの才能も、状況も知って欲しいの」
「それは、あたしに……戦えってことですか?」
 さっきの、あの機械兵士。
 対面しただけで恐ろしかった。あんな相手と、戦う? しかも空を飛んで?
 ーー何の冗談だ。
「聞けば、戦いたくなるわ。特に、あなたみたいな人は」
「なら聞きたくありません」
「お前!」
 激昂したのは、刀を持った少女ーーハナダだ。
「状況を理解していないのか!? 今のままじゃ、ニッポンだけじゃない、人類そのものが滅亡するかもしれないんだぞ!!」
「ニュースじゃ日本は安全だって」
「そんなはずあるか! 連中はまだニッポンに来ていないが、時間の問題だ! 大国が軒並み苦戦しているし、小国はすでに落とされたところもある! その現状で、自分だけは戦いたくないなんて言うつもりか!?」
「ハナダ! 落ち着きなさい!!」
 ブランはぴしゃりと言ってのけると、剣士の少女を後ろに追いやる。残った仲間が、すぐさまハナダを捕まえた。
「ごめんなさい。でも、本当に戦況が良くないの。聞いてほしい」
「だから、嫌です」
「……アタシ、白人よ。見ての通りね。出身はどこだかわかる?」
「アメリカとかですか?」
「フランスよ。パリで生まれた。10歳の時に、ニッポンに引っ越してきたんだけどね」
「……」
「フランスも、連中の被害に遭っているの。パリの、アタシが幼い頃に住んでいた地区は、もう焼かれた」
 あまりにも淡々と言うから、理解が遅れた。
 ーー焼かれた。
「話を聞いてほしい。アタシは、アタシの故郷みたいなことを、繰り返したくない」
「……ずるくないですか、それ」
「説得に、ズルはないわ」
 そう言って、ブランはパチリとウインクした。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 案内された部屋は、それほど広い部屋でなかった。
 十畳ほどのスペースに、デスクと応接セット。それだけしかない。壁際には鉄板が張られており、元は窓があったのだろうと推測される。室内は、LEDの白い光が照らしていた。
「お客人かな」
 デスクに向かってノートパソコンのキーを叩いていたのは、スーツ姿の女性だった。ネクタイを締めた姿は、どこか男のようでもある。
 応接セットの方では、髪の長い女性が同じようにパソコンと向き合っていた。こちらは手を止めず、ひたすらキーを叩きつづけている。
 先頭で入ってきたブランが、後ろに控える紅に耳打ちする。
「デスクの方が組織のボス。クロエさんよ。ソファに座っているのが秘書のアリサさん」
「クロエさんと、アリサさん」
 二人とも、まだ20代くらいに見えた。組織のトップと呼ぶには、あまりに若い。
 クロエはノートパソコンを閉じると、立ち上がった。
「いらっしゃい。関野黒絵だ。クロエでいいよ」
「あ、はい。えっと、真中紅です」
「コウさんだね。よろしく」
 軽く笑顔を浮かべたクロエは、
「さて。ブラン、お客さんを連れてきた理由は?」
「彼女が、適性があると。ハナダから」
「へえ。なるほど」
 クロエはそのまま紅に近づくと、じっと目を見てきた。
 クロエの瞳に、紅の顔が映るほどの距離。
「あの」
「うん。いい目だね。ハナダ、適性があるとの根拠は?」
「私が所持していた銃を、彼女は取り扱うことができました」
「なるほどね。十分な根拠だ」
 くるりと戻ったクロエは、椅子に腰を下ろす。