「では、コウさん。現状の把握はできているかな?」
「正直、何もわかってないに等しいです」
「では、そこからだね。アリサ、画面を」
「はい」
 アリサと呼ばれた女性がキーを叩くと、天井から吊されていたプロジェクターが動き、壁に映像を映し出した。同時、部屋のLEDが消灯する。
「我々は、世間で言う宇宙人と戦闘している。実はあまり知られていないが、件の機械兵士が地球上で確認されたのは、もう2年も前になる」
「2年前!?」
 紅は、まだ中学生だった頃だ。だけど、そんな連中が現れていたなどという情報は、耳にしたことがなかった。
「最初は東南アジアで確認された。現状、世界中で現れる機械兵士とは強さがまったく違っていたがね。当時ですでに、12.7mmの機銃では傷ひとつつけられない化物だった」
「それ、本当なんですか」
「事実だよ。だが、当時は現在アメリカに出没している巨大船のような、目立つ存在がいなかった。いわゆる機械兵士が単独で大気圏を突破してきていたと見られる。数は少なく、大気圏突破で相応にエネルギーを消費するのか、強さはさほどでもなかった。それでも、1体で戦車が何両も潰されるような被害は出たようだがね」
「戦車が……壊される?」
「その最大の理由は、連中があまりに固いことにある。当時はその理屈がわからず、戦車の主砲をぶち込んでも壊れない化物に苦戦していた」
 プロジェクターは、破壊された戦車の写真を映す。
 主砲はひしゃげ、なかばから無理やり引き裂かれていた。
「いくつかの機械兵士を破壊し、その研究が開始された。その結果、連中は用途のわからないユニットを搭載していた。どうもそのユニットによって、連中は破格の防御力と、圧倒的な攻撃力を有していたと見られる」
「そんなこと、可能なんですか」
「それをコピーしたのが、ブランたちも装備しているエースストライカーユニット……ASUだよ」
「回答になっていませんが」
「ふふ。エースストライカーユニットを開発したところ、連中の駆逐はあまりにも簡単に進んだ。連中と同じ技術が、破壊には必要だったんだ。連中にとっては当たり前の技術だったようだがね」
「あの。ぜんぜん意味がわかりません! なんなんですか、なんで倒せなかったんですか!?」
「不可視の力場、と言って理解してもらえるかな」
「……?」
 画面が切り替わる。人型のユニットを中心に、同心円状の線が描かれている。
「斥力場と呼んでいる。連中のユニットは、一般的な物理法則における重力や電磁力と同じように、物理的な力を退ける力場を発生させることができるんだ。言うなれば、空に向かってボールを投げたら、勢いがなくなっていくようなものだ」
「えっと……」
「理解できないかな。なら、物理の授業で、ベクトルというのを習うだろう。力には強さと向きがある。連中は、この強さや向きを、ある程度は自由に扱えるんだ」
「……なんかの漫画で読んだ気がします」
 ベクトルを操る能力。その漫画では、最強のキャラクターが持つ固有の能力だった。
 それを、機械の兵隊が、揃って持っている……?
「重力をキャンセルできるから、連中は自由に空を飛べる。銃弾に込められた運動エネルギーを相殺できるから、銃弾は弾かれる。爆弾を爆発させようが、火で炙ろうが関係ない。おまけに、連中が放つ銃弾はありえないパワーを持ち、戦車さえ腕力でへし折ることができる。そりゃ、単独で大気圏突入くらいできるわけだ」
 画面が切り替わった。機械兵士の説明が英語で書かれている。英語の成績が3でしかない紅には、とても読むことはできない。
「もちろん連中が扱うベクトル操作は限界がある。戦術爆撃や、滑空砲を何発もぶち込めば破壊は可能だ。だが、それは敵が1人2人の場合。年明けに現れた宇宙船は、そもそも数も桁違いで、頑丈さも尋常じゃない。米軍が苦戦しているのは、そういうわけだ」
「……でも、そのASUってやつを使えば、反撃できるんですよね?」
「ああ。ASUにも斥力場の発生装置が搭載されている。そして、ふたつの斥力場は、互いに干渉してキャンセリングが可能なんだ。イヤホンのノイズキャンセリング機能と同じようなものだと捉えている。当初はアメリカが独自に入手した技術だったが、米国防長官は独断で世界各国の主要機関に情報を流出させた」
「え、それって大問題じゃないですか」
「当たり前だ。だが、それだけ国防長官は先見の明があったということだな。自国だけでは、連中を倒せないとわかっていたんだろう。事実、最も早くASUの開発に成功したはずのアメリカが、今では連中にいいようにされている」
「それは、どうして?」
「ASUが誰にでも扱えるユニットではないからだ」
 今度は、鎧の画面になった。人間に装着する形の鎧は、やはりどこかSFチックだ。
「動作原理がわかっていない斥力場を流用しているのだから、無理もないんだが……。ASUは起動できる人間とできない人間がいる。可能なのは、主に10代女性。たまに男性や20代以上の者でも起動させられるが、違いは不明だ」
「それを、あたしは起動できた……」
「そうなる。ちなみに、ハナダたちに持たせているユニットと、その関連装備は、同じ斥力場の技術を使用している。斥力場で相手の斥力場をキャンセルし、攻撃を通す仕組みだ。それを、君は使えた。つまるところ、君はユニットを起動できる人間ということだ」
「……」
「このユニットを取り扱うことのできる者は、今のところ組織でも50人といない。世界中に敵が現れている現状で、50人もいないんだ。それがどれほど絶望的な状況か、理解できるかな?」
「どれほどなんですか」
「今のままでは、およそ1年以内に人類は滅亡しかねない」
「……ッ」
 ぞくりと背筋が震える。
 それは、先ほどのブランの言葉と重なって聞こえた。

 ーー故郷は、焼かれた。

 それは、嘘でも誇張でもない。ただの事実なのだ。
「日本も供出された情報をもとに、ASUを開発した。だが、実際に取り扱うことができる人間はいくらもいない。今は、とにかく戦力が必要なんだ」
「戦力……。それが、この”組織”ってことですか? というか、この組織って何なんですか?」
「当初は私設軍隊といった位置づけだったな。現在は日本政府とも繋がりがあるし、自衛隊とも連携をしている。表向きにはフランスに本社を置いている民間軍事会社だ」
「し、私設軍隊?」
 紅は首をかしげ、
「あの。戦闘機とかミサイルとかって、すごく高いんですよね?」
「戦闘機ーーたとえば『トムキャット』は3800万ドルだな。1ドル100円でも、38億円だ」
「お、億!? そ、そんな兵器を私設って、クロエさんはいったい……」
「そうだな。まずはじめに、ASUはそれほど高価な機体ではない。構造に使っている部品は一般的に流通している代物で、1機は約1000万円ほどで作れる」
「え、安……」
「主体となる制御装置はコアユニットと呼ばれる、敵が使用している技術と同じ技術のユニットだ。これは技術を敵から奪ったものだから元手がかからないし、部品はしょせん金属だ。戦闘機のような、最新の電子機器を大量に注ぎ込む装置とは、そもそもが異なる」
「それでも、数を揃えたら凄い金額ですよね?」
「うむ。そのあたりは融通がきいたからな」
「……?」
 紅が再び首をかしげていると、ブランがこっそりと耳打ちした。
「クロエさんてね、お嬢様なのよ。超絶お嬢様。ノワールグループって知らない?」
「うぇっ!?」
 ノワールグループ。ヨーロッパに拠点を置き、世界各国でなんでも作る多角企業。ミサイルから墓石まで、なんでも用意できる幅広い傘下企業を持ち、国内でも莫大な売上を重ねている。
「ノワールグループの会長は、クロエさんのお爺さん。お母さんはフランス人で、日本人の男性と結婚したの」
「じゃ、じゃあハーフ?」
 驚くべきはそこではない。
「……まあその通りだ。ノワールグループとしては、世界の状況を決して軽視していない。連中の駆逐は、いまや世界の課題だ。当然、グループ企業全てが我々のバックアップに入っているし、グループ外でも協力してくれているところがある。そういう後ろ盾を使って、政府と交渉している」
「す、すごい……」
「クロエさんが凄いのは、それだけじゃないわよ。自分でもユニットを扱う戦士なんだから」
 ブランが言うと、クロエはじろりとにらむ。
「私が戦場に出るのは最後の手段だ。確かに私はユニットを起動できるし、その点があるから組織のボスを勤めている。だが、私の主な仕事は、お前たちを安全かつ的確に運用することだ。戦場で指揮することじゃない」
「はーい」
 ふう、とため息をついたクロエは、再び続ける。
「話がそれたな。現状、日本に連中はほとんど攻めてきていないし、今はスクランブル発進した我々だけで対処できている。だが、それができなくなる日はいずれ来る」
「スクランブル発進……?」
「敵が一人も、日本に来ていないと? そんなはずないだろう。単に連中にはステルス機能がないから、レーダーで捕まえられているだけだ」
 はっ、と気づいた。
 ニュースでは、日本は安全と強調していた。だが、そんなはずはないのだ。あれは、国民が混乱しないようにという政府の嘘。
 そう、日本にも、敵は来ているのだ。そして、最初に戦火にまみれるのは、ちょうど自分が住む町のようなーー海辺の町。
 自分の家が火に包まれる姿が、フラッシュバックした。
「どうだろう。我々に協力してもらえないだろうか。もちろん給与は発生するし、生活の保障もしよう」
「あの、でも」
「誰かがやらなければ、いずれ日本という国はなくなる。物理的にな」
 誰かがやらなければ。

 誰かって誰だ?

 そう。誰かなどという人はいない。自分か、自分以外なのだ。
 もちろん、嫌だと言って逃げることはできる。戦いなんて想像さえしたこともないし、まだ学生だし、お母さんにも何も言っていない。
 そもそも話はわけがわからないし、自分に世界を救う才能があるなんて言われてもピンとこない。
 こない、けれど。
「……」
 切り替わった画面。そこには、機械兵士によって被害を受けた国の写真が出ていた。
 見るからに悲惨な光景。モザイクもかけられているが、実際に死んでしまった人も大勢いるのだ。
 そんな敵に立ち向かうだけの、力。
「……あの。おためしってありますか」
 だから、そんな言葉が、ぽろりと漏れた。