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その日は家に帰してもらった。 とはいえ、組織そのものや、世界情勢については、軍事機密も含まれる。家族といえど、すべてを話すわけにはいかない。 そんな中で、紅は緊張しながら、母と話すことにした。 「お母さん」 台所にいた母は、ノートパソコンと向かい合っていた。顔を上げ、紅を見ると、 「お帰り。遅かったわね。部活はなかったでしょ?」 「うん。ちょっと寄り道」 スマホで連絡を入れてあったから、母もそれほど心配した様子ではない。けど、娘が謎の機械兵士に襲われ、しかも秘密の軍事組織に誘われたなどと言ったら、まあ理解しないだろう。 紅の母は、小説家だ。父は紅が小さい頃に亡くなっている。 女手ひとつでここまで育てるのは、もちろん並大抵の苦労ではなかっただろう。母は職業作家としてそれなりの地位にいるから、まだ収入には余裕があっただろうが……。 そんな母には、紅も感謝している。しているからこそ、言いにくいこともある。 「ねえ、お母さん。バイトしたいって言ったら怒る?」 「好きになさい」 「ちょっと、危ないバイト……かもしれないんだけど」 「風俗?」 「ち、違うよっ!!」 「そうよねぇ。あなた、お母さんに似て貧相だものねぇ」 「お母さん!!」 「冗談よ。それは、死ぬかもしれないってこと?」 「それは……」 なんとも言えない。 帰り道に会った機械兵。その恐怖感は、今も残っている。 あんなのと戦ってーーいくら才能や武器があったとしても、無傷で済む気がしない。 あんな風に空を飛んで、墜落でもしたら、死ぬことは免れないだろう。 「……あなたのお父さん。なんで死んだか、話したっけ?」 「ううん。聞かなかった」 父の話を、母から聞いたことはない。 育ててもらっておいて聞きにくいということもあったし、なんとなく話題にできなかった。 紅が知っている父は、叔父が教えてくれた父だ。 母はノートパソコンを閉じ、 「あなたのお父さんね、自衛隊員だったの。それは知ってるわよね?」 「うん。叔父さんに聞いた」 「そ。でね、死んだのはね、災害派遣に行った時。大雨で土砂崩れがあったところで、救助に行って。二次災害に遭ったのね。他の隊員は助かったけど、お父さんは助からなかった」 「なんで……」 「生き残った仲間の人が言っていたの。お父さんはね、他の隊員を突き飛ばして、自分は避けられなかったって」 「……」 「その話を聞いた時にね。ああ、お父さんらしいなって思ったわ。危ないことを平気でやって、誰かが助かるならそれでいい、なんて。そうして怪我してきたことも、一度や二度じゃないし」 母は、ほう、とため息をついた。 「あなたも、あのお父さんの子供だもの。無茶をしたがるわよね」 「あ、あたしはそんなつもりじゃ」 「いいのよ。あなたの人生は、あなたが決めなさい。お父さんの人生を、お父さんが決めたみたいにね。ただし、後悔だけは絶対にしちゃいけない。どんな時も前を向いて、失敗したって、それを栄養にするくらいでなきゃ」 母は微笑みながら、言ってくれた。 「それなら、何をしたって良いわよ」 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 数日後。迎えに来たブランと共に、今度は電車で移動することになった。今日のブランは、普通にブラウスとスカートで、街中でも浮かない(物理的にではなく)格好をしている。が、普通に美人なので、かえって目立ってる気がしないでもない。 「この前はスクランブル発進だったけど、普段は飛行を認められていないからね」 「よく今までバレませんでしたね」 「バレてると思うわよ。でも、ストライカー装備の写真は、見たって本物とは思われないわ。いまどきなら、合成写真って言われる」 「……それもそうか」 誰もがスマホを持ち、簡単に写真をいじれる時代。 不可思議な写真は、かえって信憑性がない。そういう時代なのだ。 そのまま電車で移動すること、約2時間。 やはり美人の白人女子と移動するというのは普通に目立ったが、まあ仕方ない。 先日も訪れた組織の本部は、やはり傍目には学校のように見える。ブランが案内したのは、”校舎”の隣。”体育館”のような場所だ。 重い鉄製の扉を開けると、中にあったのは二つ目の扉。そこで風を受けながら、再び扉を開くと、ようやくそれが見えた。 「っ!!」 外見は体育館でも、中は工場だった。 紅も学校の授業で工場見学には行ったことがある。あるいはテレビで見たこともある。だから、そういうイメージに近い。 天井から吊された工具。整然と並んだ作業台に、きっちり色分けされた通路。壁面にはやはり工具が引っ掛けられるフックが並んでおり、どの工具がないのか一目でわかるようになっている。 中でも大きな作業台に乗っている人型は、ストライカーユニットだろう。それを、作業員風の男性がガチャガチャといじっている。 「ここは工廠って言ってる場所。ユニットの生産とか、整備を担当している場所よ。あれがユニットの整備作業。使うたびにチェックして、おかしくなっているところがないか確認するのよ」 「へぇ……」 「あ、ねえ。親方は?」 ブランは手近にいた作業員に声をかけた。 「おう、親方ぁぁ!!」 大きな声で呼ぶと、巨体が現れた。 縦にも横にも大きな男性。作業服のボタンがはちきれそうな巨体に、もじゃもじゃのヒゲ面。とにかく豪快な雰囲気が漂っている。 「彼が整備主任の荒野さん。みんなは親方って呼んでいるわ。親方、この子は新人の真中紅ちゃん」 「おう! ってことは新しいユニット選びだな」 親方は大きな手で紅の頭をなでる。 「わっ、ちょ、ちょっと!?」 「ちっこいな。だが、ユニットを装備するにはちょうどいい。お前さん、体重は?」 「はぁ!? あの、いきなり失礼じゃないですか!? 女子に体重って!」 「わかっとらんな、お前さん。体重はユニット選びに一番大事な要素だ」 「……へ?」 親方はユニットを見やり、 「ストライカーユニットは空を飛ぶ機械だが、じゃあどんな重量でも運べるかって言ったらそうじゃない。むしろ斥力装置の限界はかなり低くて、それだけで空を飛びつつ戦闘行動も可能であるように計算すると、装備荷重には限界があるんだ。少しでも多くの装備を載せたいなら、人間は軽い方がいい」 「そ、そういうことですか……。でも、あんまり軽いと、力がないんじゃ?」 「ユニットにはパワーアシストがついている。人間の腕力なんざ男も女も大差ないレベルでアシストするから、男女の差はない。もちろんユニットを起動できることは大前提だが、そいつを抜きにすれば、目方の軽い女子の方が向いているくらいだ。男は女より背が高い奴が多いし、筋肉の比重が多いから重い奴が多い」 「なるほど……」 「んで。お前さんの体重は? まあ後で正確に計測するが」 「えっと、44キロ、です」 「戦闘経験は?」 「ありません」 先日の戦闘は、まあ経験には含めないだろう。 「銃火気の取り扱いは」 「サバゲー経験あるんで、エアガンみたいのなら……」 「サバゲーか……なら反動が少ない銃の方が合うな。格闘は? 剣道とか柔道とか」 「そっちは経験ありません」 「なら、装備荷重と……。うん、こっちのやつだな」 親方は、工廠の隅に二人を案内した。そこにはハンガーラックが並んでおり、ユニットがかけられている。 「こいつらは今のところ装備者のないユニットだ。お前さんには、こいつが合うだろう」 親方はガチャリとハンガーラックからユニットを降ろす。 ブルーメタリックなのは他のメンバーと同じ。装備は比較的シンプルそうだが、両足の部分は他のユニットよりも膨らみがある。 「エールタイプだ。飛行力が高く、機動性に富む……と言えば聞こえはいいが、要するに基本装備しかしてない。ただし大容量のエネルギーパックが装備されているから、長距離飛行も可能ではある」 「どうしてこれを?」 「実弾を載せるタイプのユニットは、重量があるから取り扱いが難しい。かといって、ハナダのような格闘特化も向いていない。なら、むしろエネルギーパックを大きくしておいて、ビーム射撃の弾数を増やした方が効率的だ」 「ビーム射撃の武器なんてあるんですか!?」 「おう。こいつだ」 ウエポンベイから取り出してきたのは、先日、ハナダが落とした武器と似ていた。ノズルのようなものが突き出た近未来的シルエットのライフルだ。 「ADXー52。例の装置が内蔵されたライフルで、もちろん選ばれた奴にしか取り扱いはできない。金属弾を斥力装置で超加速させて射出するが、装置での加速だから反動はあまりない。射出した弾丸は一瞬で溶けて光線状になり、直線的に飛んでいく」 「えーと、つまり?」 「コウ、アニメとか見る? レールガンって感じ!」 「ああ、そういう……」 イメージはできた。要するに、ビームが出る感じなんだろう。 「射程距離は理論上500メートル程だが、斥力装置の射程がそこまで届かないから、最大射程は目安だな。貫通力があるから、味方には向けるなよ」 「は、はい!」 「射出用の弾は120発まで装填できる。M4カービンの六倍だ、十分だろう」 「そんなに……」 「サブウエポンに、もう少し小型の銃を装備しておけ。こっちは30発装填、射程も短いし威力も低い」 次に出してきたのは拳銃だった。もっとも、正しく拳銃というよりは、やはりゲームセンターにあるような銃をイメージさせる。 「エネルギーパックがやたらでかいが、それでも荷重はまだ50キロくらい可能だ。必要に応じてカスタマイズしてやるから、なんでも言え」 「カスタマイズ?」 「ユニットは荷重制限さえ守れば、後はある程度、魔改造ができる。俺たちはそのためにいると言っても過言じゃねえ」 親方はどこか誇らしげに言う。 「ただ、俺たちでも受けられない相談がある。基礎技術の相談だな」 「基礎技術?」 「……お前さん。ストライカーユニットを、なんだと思っている?」 親方の質問に、紅は首をかしげた。 「何って、パワーアシストのついた、凄い装備?」 「間違いじゃねえ。というか、俺たちの認識もその程度だ。何より、なんでユニットを使える奴と使えない奴がいるのか、斥力装置とは何なのか。それは、俺たちにもわかってない」 「あ……」 それは、先日リーダーさんも言っていたことだ。 「斥力装置の特性は理解している。コピーも可能だ。けど、エネルギー保存則に従えば、存在しないエネルギーは生まれない。なのに、斥力装置は、何もないところから物体を射出できるほどのエネルギーを生み出す。これは保存則に逆らっている」 「あ、なるほど」 紅も高校物理くらいは習っている身なので、エネルギー保存則くらいは理解している。 エネルギーは、形を変化させることはあっても、存在が消えてなくなることはないし、何もないところから生まれるわけもない。 「それが気持ち悪いんだよ。俺たちは、何かとんでもないものを消費しているんじゃないか、ってな……」 「あの、解明とかは」 「それはクサレ女の仕事だ。俺たちの頭じゃ追いつかねえ」 「誰がクサレ女よ」 と、甲高いーーヒステリックとさえ受け取れる声が響いた。 振り返ると、白衣姿の女性がこちらをにらんでいた。服は黒のスーツだが、足元はスニーカーだ。 「えっと……」 紅が戸惑っていると、ブランがこっそり耳打ちしてくれる。 「開発主任の星先生。きつい性格」 それは見ればわかります。 星博士は親方に詰め寄り、 「だいたいね、あなたたちみたいな繊細さの欠片もない人間が整備していること自体、狂気の沙汰なのよ。ストライカーユニットは人類の英知さえ超えた奇跡よ。それを、そこらのスクラップと同列に扱われても困るわ」 「あぁ!? 俺たちの整備が手ぇ抜いてるって言いてえのか!!」 「あなたたちみたいな粗野な人間に扱われること自体が恐怖だって言っているのよ!!」 「なんだとぉ!?」 「なによ!!!」 いがみ合う二人から徐々に離れるブラン。紅は、おとなしく彼女についていくことにした。 |