☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 工廠の外に出ると、ブランは大きくため息をついた。
「はぁ。本当に、親方と星先生って仲が悪くて。顔を合わせると必ずケンカするの」
「そんな二人が整備主任と開発主任で、大丈夫なんですか?」
「まあね。親方の整備は丁寧でミスがないし、星先生の描いた設計図がなければ、みんなの装備も作れない。どっちも仕事はできるから、なんとか回っているかなって。工廠のみんなは、あのケンカに慣れてるし」
 それはそれでどうなのだ。
 そんなことを思うが、言っても仕方ない。どうでもいいことだが、離れたここでも言い争いの声が聞こえる。工廠は煩いはずなのだが……。
「さて。あのユニットは整備班の人が届けてくれるはずだから、先に練習しましょう」
「練習?」
「こっちよ」
 ブランが案内してくれたのは、大きな教室らしい場所だった。
 もともとは二つの教室を、壁をぶち抜いて一つにしたといった風。二重床になっており、そこにゲームセンターにあるような座席付きの筐体が並んでいる。何人かが、筐体に座ってヘルメットのようなものをかぶっていた。
「ここはシミュレーション室。VRでユニットにおける空戦の練習ができるの」
 ブランは空いている筐体に紅を座らせると、ヘルメットをかぶせる。両手と両足にも何かの装置が取り付けられた。
「はい。じゃあシミュレーションを開始するわよ」
 ヘルメットのスピーカーから、生で聞くのと変わらないブランの声が聞こえてくる。
 真っ暗だった視界は、突如として明るくなった。
「わぁ……」
 そこは平原だった。アルプスの少女でも走ってそうな、広い草地。空にはさんさんと太陽が照っており、鳥のさえずりさえ聞こえる。
 自分の服装もまた、いつのまにか、ストライカーユニットを装備したものに変化している。
 両腕には金属の筒状のものがついており、両足はごついブーツでも履いているようだ。重みを感じるわけではないが、先ほど見た限りだと、背中には大きなランドセルでも背負っている感じになっているのだろう。
「じゃあ、まずは飛翔ね。頭の中で、飛びたい方向をイメージしてみて」
「はい。あ、えっと、こうかな?」
 ふわりと体が浮かぶ。浮遊感もあるが、これはVRだ。実際に飛んでいるわけではないだろう。
「ストライカーユニットの操作も同じ。飛ぶには本人のイメージ次第で、どっちに行きたいって思えば、ユニットが反応して斥力装置を調整してくれるわ。次はまっすぐ飛んでみて」
「はい。うわっ!」
 前に進もう、と思った時には、進んでいた。
 空を飛んでいる。その感覚は、とても不思議なものだった。足元の草原が後ろに飛んでいき、耳元をごうごうと風が鳴る。
「じゃあ、そのまま! 足のライフルを取り出して!」
「こ、こう?」
 右足のところに手をやる。スイッチらしきものがあったので、そこを押してみた。すると、側面のカバーが開き、先ほどのライフルが顔を出す。
「小型のライフルなら足のウエポンベイに収納できるの。左足には拳銃が入ってるから」
 ライフルを手に取る。まるで十年来の友達であるかのように、しっくりと馴染む。
「シュート!」
 進む先に、的が現れた。目測50メートルほどの距離。
「ふっ」
 息を吐きながら撃つ。サバゲーでは絶対にありえない態勢、ありえない距離での射撃。
 けれど放たれた光線は、正確に的を打ち抜く。さすがにど真ん中というわけにはいかなかったが、右下に命中した。
「おー、凄いじゃない! 次はバイザーの表示に注目!」
 視界に、レティクルーー輪っかと十字の線が現れる。右の数字は距離計だろう。
「ごめんね、最初はレティクルなしじゃ当たらないって出したかったんだけど。数字は距離。銃を構えると赤い点がレティクルと重なるから、真ん中に合わせれば命中精度が上がるわよ」
「なるほど」
 レティクルは的を捉えている。銃を構えると、確かに赤いポイントが現れた。揃うように注意して引き金を引くと、今度はど真ん中から少し左に命中した。
「感覚は掴めた? じゃあ実践ね」
「え? い、いきなり!?」
「ゲームだってチュートリアルばっかりじゃ面白くないでしょ! ほら、敵が来るわよ!」
 視界に現れたのは、同じブルーメタリックの装備をつけた剣士。
「って、ハナダ?」
「来たな、コウ」
 ハナダの装備は特徴的だから、すぐにわかる。
 腰に差した刀。背中の飛翔ユニットは一回り大きく、逆に足のエネルギーパックは紅ほど大きくはない。
「ハナダの装備は超近接特化。本来は味方に援護してもらいながら敵に肉薄するってタイプ! そのぶん機動性とか鬼改造してるから早いわよ!」
「そういうことだ。じゃあ、行くぞコウ!!」
 次の瞬間。ハナダの姿が消えた。
「ッ!?」
 咄嗟に上に飛ぶ。次の瞬間、紅がいた空間を剣が薙いだ。
「ほう、反射神経は良いな!」
 にやりと笑う口元。
 早いなんてものではない。もはや瞬間移動の領域。
「自分を打ち出してるんだ……!」
 さっきのビーム射撃と同じ。自分を超高速で弾き飛ばすことによって、慣性も何もない無茶苦茶な機動を可能にしている。
「そら、どんどん行くぞ!」
 また姿が消える。紅は必死に飛び回り、ギリギリで回避していく。
 とにかく早すぎるから、レティクルも何もあったものではない。こんなもの……。
「どうしろっていうのよー!?」

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 VRのシミュレーション画像は、外でモニタリングすることが可能だ。
 ブランが紅とハナダの戦闘を見ていると、その肩にひょこんと首が乗った。
「どうだい、二人は」
「ミドリ……」
 志賀奈翠。ブランやハナダと同じ班に所属する、ストライカー適性を持つ少女だ。
 長めの髪を頭の後ろでくくった姿は快活そうだが、実際の彼女は、ブラン以外とは殆ど話をしない。
 ブランは画面に視線を戻し、
「コウ、なかなかやるわよ。ハナダの攻撃をかわしてる」
「へえ。エール装備だよね、彼女?」
「そう」
 エール装備は、基本形とされる。
 対するハナダの装備はバルタイプ。弾丸という意味で、大型の斥力装置を背負うことで、まさに弾丸のように飛び回る。
 挙動を制御するのが難しいため、上級装備ではあるがーー理論上、本気のバルタイプを捉えることは誰にもできない。
 バルタイプを捉えるには、弾幕を張って、逃がさないようにするのが定跡。だが、紅の持っている装備は、ライフルとハンドガンのみで、弾幕を張れるような装備はない。
「このままだと彼女、何もできないよ」
「うん。普通なら。でも今はまだ、ハナダも油断してるじゃない?」
「確かにね。いつもの動きからすれば、物足りないところだけど」
「つまりはそこに……付け入る隙があるかも」

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

「ちょこまかしおって!」
「逃げるに決まってるでしょー!!」
 反射神経と視力の良さは、紅の武器であった。
 生まれ持った目の良さは、ハナダの瞬間的な挙動も、どっちの方向に飛んだかくらいは判別できる。
 向きさえ分かれば、逃げることくらいは可能だ。元よりハナダの剣は届いてもせいぜい2メートル。無茶苦茶に逃げれば、逃げ切ることは不可能じゃない。
 だが、逃げ続けるにも限度がある。いずれ集中力が切れ、追い詰められるだろう。
 反撃するしかないのだが……。
「ライフルで当てられる挙動じゃない」
 いくらライフルの弾速が早くても、ゼロ距離でもない限り、ハナダの挙動の方が早い。
 となれば、当てることはほぼ不可能。
「とはいえ、武器はこれしかない……なら」
 かわせないようにするしかない。
 紅は地面に向かって飛び降りた。そのまま、地上スレスレを飛行する。
「逃がすか!!」
 上空から迫るハナダ。けれど、紅はハナダの姿など見ていなかった。
 見つめる先には地面ーーハナダの影!
「ここ!!」
 次の瞬間、紅は空中でロールした。腹と背中が逆転し、まぶしい太陽が視界を奪う。
 紅はろくに狙いもせず、引き金を引いた。
 衝撃は、あまりなかった。
「……?」
 目を開く。地面の上に寝転がっていた。
 目の前には剣を腰に戻すハナダの姿が。
「目をつぶったまま射撃する馬鹿がいるか」
 そう言うハナダの背中、飛翔ユニットのどてっ腹に穴が空いている。紅の射撃が当たった証拠だ。
 と、自分のバイザーに表示が現れた。自分の体を模した画像のうち、背中の部分が赤くなっている。
「バイザーに人体表示と、赤くなっている部分があるだろう? 赤い部分は深刻なダメージを受けた箇所だ。自己診断機能で破損したと判断した部分がそうなる。黄色は危険域、緑色は普通だ」
「じゃあこれは……」
「飛翔ユニット破損。飛行不能。戦闘不能と同じだ」
「あー、負けちゃったかぁ」
「当たり前だ! ド新人に負けたら私の存在意義がなくなるだろうが!」
「ふふーん。そうは言うけど、あなただってやられちゃったじゃなーい?」
 耳元のマイクから聞こえる声。ブランだ。
「背中にライフル喰らったら、飛翔速度はガタ落ち。もう慣性機動もできないでしょ? タイマンならそれでもいいけど、多対多だったら、もう死に体よ」
「っ……わ、わかっている」
「ハナダは油断があったわね。コウは、作戦は良かったわ。実際の戦闘はサポートもあるし、機械兵士はあんなに早くないから、もっと決めやすいと思うわよ。じゃ、シミュレーションおしまい! お疲れ様!」
 視界がぶれる。
 思わず目を閉じ、次に開いた時には、教室に戻っていた。
「……くらくらする」
「シミュレーションすると、どうしてもね。無理に立たないで、少し休んで」
 実際に耳でブランの声を捉える。
 椅子に体を預けたまま、紅は深く息を吐いた。
「……まるで、ゲームみたい」
 だが。これからやろうとしているのは、実際の戦闘だ。
 本当に、こんな気持ちのままで良いのだろうか。
 隣の座席で立ち上がるハナダを横目に見ながら、紅はそんなことを思っていた。