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☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ”校舎”の裏手には、寮があった。 組織の寮といえど普通の寮と変わりはない。ただ、敷地に限度がある中では部屋も狭く、紅があてがわれたのも四人部屋。それも、二段ベッドが部屋のほとんどを占拠しているような場所だった。 同室は、同班のメンバー。すなわち、ブランとハナダ、それにミドリの三人だ。 夕食の時間を終え、部屋に戻った紅は、ベッドの上に横たわる。そこしか場所がないので選択の余地はない。 「……」 ミドリやハナダの姿はない。一人で壁とにらめっこをしていると、ぽん、と肩を叩かれた。 振り返ると、白人美女がこちらを見ていた。 「どうしたの。壁に穴が開くわよ」 「ブランさん……」 「ブランでいいわよ」 ベッドに腰かけたブランは、紅を見やる。 「何か悩み?」 「悩み、というか」 紅はシミュレーションをした時に感じたことをそのまま口にする。 「あの、なんだかゲームみたいだなって」 「シミュレーションのこと?」 「はい」 「実際、シミュレーションはゲームみたいなものよ?」 「そうなんですけど、そうじゃなくて。なんというか、これ、本当に戦いのための訓練……なんですよね?」 「そうね」 「でも、あたし実戦ってしたことないし、それに……今のままだと、本当に戦闘なんて出来るのかな、って」 紅の問い掛けに、ブランはんー、と考える。 「えっと。前に言ったわよね。アタシの故郷、もうないって」 「はい、聞きました」 「アタシの故郷が焼けた時、両親の手配で、ニッポンに疎開したの。両親はニッポンのアニメとかが好きでね? 昔からよく来ていたみたい」 「それで、日本に」 「うん。でも、ニッポンに来てからも、アタシの目に焼き付いた炎は消えていないの」 目に焼き付いた炎。 「だから、ここに来たのよ。戦うことでしか、炎は消えてくれないと思うから」 「戦うしか、って。でも、戦えば、故郷みたいな風景を見ることにもなりますよね?」 聞いてから、しまったと思った。それは、あまりに残酷な質問だ。 だが、ブランは構わず答えてくれた。 「確かに、戦いつづければ、いつかは負けると思うわ。その時、戦火に焼かれる町を見ることになるかもしれない」 でも、とブランは続ける。 「何もしなくても、アタシが住んでいる町は焼かれるかもしれない。そうなった時に、ただ黙って焼け落ちる姿を見るのは、きっと、もっとつらい」 「……」 「だからこそ真剣に訓練だってするし、戦いだってする。そうしなければ、失うものがあると知っているから」 人間を突き動かすものは、愛とか勇気とか、そんなものよりもっと確実なものがある。 切迫感。今ここで動かなければ死んでしまうという恐怖心。 8月31日になれば嫌でも宿題をやるような。受験前日に思わず参考書を開いてしまうような。 学生の紅からすれば、その程度しか思いつかないーーけれど実際には、もっと切迫したもの。 「今はゲーム感覚でも仕方ないと思うわ。実戦経験もないしね。けど、戦いに出れば、嫌でも実感するわ。死なないためには、死ぬほど頑張るしかないってことに」 ブランの言葉が、深く胸に刺さる。 ーー死ぬほど、頑張るしかないんだ。 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 部屋を出たブランは、ほう、とため息をついた。 そのまま、給湯室まで足を運ぶと、ミドリが紅茶の用意をしていた。 「飲むでしょ?」 「タイミング良いわね」 「ふふん」 茶葉をポットに入れ、蒸らす。砂時計をにらみながら、ミドリは口を開く。 「どうだい、新人は」 「そんなに気になる?」 「さっきまで部屋で一緒だったんでしょう」 「……さては聞いていたわね」 そう言うと、ミドリはくすりと笑う。 「ずいぶんと面倒をみるじゃないか。母親かと思ったよ」 「あら、妬いてるの?」 「そんなんじゃないさ」 そう言いながらも、ミドリはブランの服をつかむ。 そんなミドリに、今度はブランがくすりと笑った。 「彼女。戦えると思う?」 「正直、五分五分だと思うわ」 「根拠は?」 「彼女はニッポン人だもの。戦いというものに、最も縁遠い国の子」 アメリカは、今や機械兵との激戦区。EU諸国やイギリス、アフリカなども、戦火にまみれている地域はある。 実際に戦火を浴びていない場所も、避難民などの姿を見れば、引き締まる部分はあるだろう。 けれど、ニッポンはそもそも難民すら受け入れていない。そんな国では、戦争を間近に感じることなどないだろう。ましてや彼女は、ニッポンという国の中でも田舎の出身だ。 「今は訓練でも、結構いけてると思うわ。ハナダ相手に一本取るなんて、普通にできることじゃない。でも、それと実戦は別かもしれない」 「じゃあ、崩れる?」 「かもしれない。その時、支えになれる人がいればいいのだけど」 「ブランは私のものだよ」 「はいはい。わかってるわよ」 そう言って、ブランはミドリの頭をなでる。 砂時計の砂は、とっくの昔に落ちきっていた。 |