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 ”校舎”の裏手には、寮があった。
 組織の寮といえど普通の寮と変わりはない。ただ、敷地に限度がある中では部屋も狭く、紅があてがわれたのも四人部屋。それも、二段ベッドが部屋のほとんどを占拠しているような場所だった。
 同室は、同班のメンバー。すなわち、ブランとハナダ、それにミドリの三人だ。
 夕食の時間を終え、部屋に戻った紅は、ベッドの上に横たわる。そこしか場所がないので選択の余地はない。
「……」
 ミドリやハナダの姿はない。一人で壁とにらめっこをしていると、ぽん、と肩を叩かれた。
 振り返ると、白人美女がこちらを見ていた。
「どうしたの。壁に穴が開くわよ」
「ブランさん……」
「ブランでいいわよ」
 ベッドに腰かけたブランは、紅を見やる。
「何か悩み?」
「悩み、というか」
 紅はシミュレーションをした時に感じたことをそのまま口にする。
「あの、なんだかゲームみたいだなって」
「シミュレーションのこと?」
「はい」
「実際、シミュレーションはゲームみたいなものよ?」
「そうなんですけど、そうじゃなくて。なんというか、これ、本当に戦いのための訓練……なんですよね?」
「そうね」
「でも、あたし実戦ってしたことないし、それに……今のままだと、本当に戦闘なんて出来るのかな、って」
 紅の問い掛けに、ブランはんー、と考える。
「えっと。前に言ったわよね。アタシの故郷、もうないって」
「はい、聞きました」
「アタシの故郷が焼けた時、両親の手配で、ニッポンに疎開したの。両親はニッポンのアニメとかが好きでね? 昔からよく来ていたみたい」
「それで、日本に」
「うん。でも、ニッポンに来てからも、アタシの目に焼き付いた炎は消えていないの」
 目に焼き付いた炎。
「だから、ここに来たのよ。戦うことでしか、炎は消えてくれないと思うから」
「戦うしか、って。でも、戦えば、故郷みたいな風景を見ることにもなりますよね?」
 聞いてから、しまったと思った。それは、あまりに残酷な質問だ。
 だが、ブランは構わず答えてくれた。
「確かに、戦いつづければ、いつかは負けると思うわ。その時、戦火に焼かれる町を見ることになるかもしれない」
 でも、とブランは続ける。
「何もしなくても、アタシが住んでいる町は焼かれるかもしれない。そうなった時に、ただ黙って焼け落ちる姿を見るのは、きっと、もっとつらい」
「……」
「だからこそ真剣に訓練だってするし、戦いだってする。そうしなければ、失うものがあると知っているから」
 人間を突き動かすものは、愛とか勇気とか、そんなものよりもっと確実なものがある。
 切迫感。今ここで動かなければ死んでしまうという恐怖心。
 8月31日になれば嫌でも宿題をやるような。受験前日に思わず参考書を開いてしまうような。
 学生の紅からすれば、その程度しか思いつかないーーけれど実際には、もっと切迫したもの。
「今はゲーム感覚でも仕方ないと思うわ。実戦経験もないしね。けど、戦いに出れば、嫌でも実感するわ。死なないためには、死ぬほど頑張るしかないってことに」
 ブランの言葉が、深く胸に刺さる。
 ーー死ぬほど、頑張るしかないんだ。

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 部屋を出たブランは、ほう、とため息をついた。
 そのまま、給湯室まで足を運ぶと、ミドリが紅茶の用意をしていた。
「飲むでしょ?」
「タイミング良いわね」
「ふふん」
 茶葉をポットに入れ、蒸らす。砂時計をにらみながら、ミドリは口を開く。
「どうだい、新人は」
「そんなに気になる?」
「さっきまで部屋で一緒だったんでしょう」
「……さては聞いていたわね」
 そう言うと、ミドリはくすりと笑う。
「ずいぶんと面倒をみるじゃないか。母親かと思ったよ」
「あら、妬いてるの?」
「そんなんじゃないさ」
 そう言いながらも、ミドリはブランの服をつかむ。
 そんなミドリに、今度はブランがくすりと笑った。
「彼女。戦えると思う?」
「正直、五分五分だと思うわ」
「根拠は?」
「彼女はニッポン人だもの。戦いというものに、最も縁遠い国の子」
 アメリカは、今や機械兵との激戦区。EU諸国やイギリス、アフリカなども、戦火にまみれている地域はある。
 実際に戦火を浴びていない場所も、避難民などの姿を見れば、引き締まる部分はあるだろう。
 けれど、ニッポンはそもそも難民すら受け入れていない。そんな国では、戦争を間近に感じることなどないだろう。ましてや彼女は、ニッポンという国の中でも田舎の出身だ。
「今は訓練でも、結構いけてると思うわ。ハナダ相手に一本取るなんて、普通にできることじゃない。でも、それと実戦は別かもしれない」
「じゃあ、崩れる?」
「かもしれない。その時、支えになれる人がいればいいのだけど」
「ブランは私のものだよ」
「はいはい。わかってるわよ」
 そう言って、ブランはミドリの頭をなでる。
 砂時計の砂は、とっくの昔に落ちきっていた。