その日は何の前触れもなく、突然訪れた。
 ”校舎”内に響く警報音。ふぁんほんふぁんほんと鳴り響く音は、会話さえままならなくなる非常警報。
『敵部隊を確認! 総数未確認! 全班出撃要請!!』
 響く放送に、食堂でお茶を飲んでいた紅はガタッと席を揺らした。
「来たか」
 一緒にお茶を飲んでいたハナダもまた、カップを置き、紅を引っ張る。
「行くぞ!」
「う、うん」
 駆け出すハナダと共に、紅も工廠へ飛び込む。
 そこにはすでに、紅のストライカーユニットも用意されていた。
「整備はできてる! とっとと飛びやがれ!!」
 親方の吠声を背中に受けながら、ユニットに飛びつく。
 両足、両腕に装着。上半身のユニットは整備班に手伝ってもらい、手足のユニットと上半身ーー”鎧”を繋ぐ。
 最後にバイザーをかぶり、装着完了。
「行くぞ」
 先に準備ができていたハナダと共に、紅は空に浮かび上がる。工廠の天井が開き、青い空が覗く。
「出撃!!」
 ハナダと共に空へ。すると、反対方向からブランとミドリもやって来る。
「OK? ハナダ、突っ込みすぎないでね。アサルトはハナダとコウ、サポートはアタシ。ガードはミドリ。いい? 行くわよ!!」
 すぐに現地まで飛行ーーというわけにはいかない。
 バッテリーには限度があり、飛行時間と戦闘時間を足せば、せいぜい4時間ほどでエネルギー切れになる。
 先日のように近場での戦闘ならばともかく、今回は日本海の海上が戦闘区域。ユニットの速度で飛翔しても、おそらくは片道で100分ほどかかる。往復200分。240分しか飛行できないユニットにとって、戦闘時間はいくらも残らないし、そもそも間に合わない。
 そのため、最初に飛んだ先は、近場にある自衛隊の基地だった。そこには、すでに暖まった輸送機が待ち構えている。
「早く!」
 輸送機の開いた穴に飛び込むと、すぐさま閉じた。そのまま、輸送機は飛行する。
 戦闘機には遠く及ばない速度ながら、輸送機の全速力は、ストライカーユニットの速度をはるかに凌駕する。ただ目的地に向かうだけなら、こっちの方が早い。
 狭い格納庫の中で一息ついた四人。戦場までは、およそ20分。
 と、格納庫内に、コックピットからの放送が入った。
『先に戦闘機が出ている。俺の任務はお前達を戦場……いや、不審機の発見域まで送り届けることだ』
 一方通行の放送だから、こちらの声が届くわけではない。なので黙っているしかないのだが……。
『……正直。お前らみたいな胡散臭い、女子供の部隊に任せなきゃいけないと思うと、ムカつくところはある』
「いいのか、そんなことを言って」
 ハナダは思わず返してしまうが、聞こえているはずもない。
『だが任務は任務だ。ランデブーポイントまで残り10分』
 予想より早い。風に乗っているようだ。
『俺がジェットパイロットなら、お前らなんかに任せず、連中を撃墜してやりたいところだが……。そうもいかない。頼むから、海の中から藻屑を探せなんて任務を増やしてくれるなよ』
「応援しているのか文句言っているのか、どっちなのかしらね」
『ランデブーポイントまで3分』
 その放送で、全員が格納庫の扉前に集まった。
 扉が開く。ごうごうと流れる風、外はすでに海だった。きらきらと海面が輝いている。
『3、2、1ーーGO!!!』
 紅は床を蹴り飛ばすと、空に踊り出た。そのまま風に流されそうになるが、ユニットの斥力で無理やり態勢を立て直す。
「戦闘空域だ! 指示通りに!!」
「了解!!」
 バイザーのマイク越しに、耳元で聞こえる声。紅も大きな声で返すと、指示の通り前に出た。
 陣形の勉強は、シミュレーションの合間に行っている。紅の担当するアサルトは、すなわち前衛。敵機体に近い位置に陣取り、的確に攻撃していくことが求められる。
 ブランが担当するサポートはその名の通り、味方の支援。戦闘中に夢中になると途切れがちになる本部との通信や、味方全体の動きを確認しながら、的確に指示を出していくことが求められる。
 一方で、ミドリが担当するガードは、火力支援を主とする。重めの火器を搭載しているミドリのユニット、飛行速度こそ遅いものの、撃ち負けることはまずまずない。その圧倒的制圧力を武器に、敵の動きを面で押さえつつ、味方の退路を守る仕事だ。
 飛行すること、いくばくか。空に黒い点が見えてくる。
「敵影発見!!」
 紅はシミュレーション通りに叫び、ライフルを構える。

 ーー集中!

 その時、一切の音が消えた。周囲から青が消え、的だけが目の前に映る。
 レティクルなど必要ない。当たる。
 紅が引き金を引くと、黒い点はぐらりと揺れ、そのまま海へと墜落していく。次の瞬間、青が戻ってきた。空の青、海の青。
「いい命中精度だ!」
 そんな通信をしながらも、ハナダはすでに敵と斬り結ぶ距離まで迫っていた。お得意の直角機動で敵の攻撃をかわし、そのまま一刀両断にする。
 ハナダの持っている武器は、一見すれば刀のようだが、実際には刀ではない。やはり斥力装置を利用した一種のチェーンソーに近い武器で、刃は高速振動している。普通に振るってもパワーアシストで問題なく扱えるが、彼女の持つ刀は、さらに斥力装置で加速する斬撃を放つ。
 まさに神速の剣。間合いに入ればかわしようがない。
「すごい、やれる……。これならやれる!」
 緊張していた。初めてのまともな戦闘行動、いくらサバイバルゲームをしたって、実戦となれば緊張しない方がおかしい。
 だが、実際に体を動かしてみれば、よくわかる。
 当てようとする必要などない。的には当たって当たり前、、、、なのだ。
 それは、生まれながらの才能。本人は気付かなくても、まさに銃と生きるために授かったギフト。
「ふっ」
 一撃で一体。
 確実に敵を撃墜していく。飛翔ユニットを打ち抜けば相手は即落下だし、エネルギーパックも直結しているのか、稼動さえしなくなる。
 これならやれる。その確信が、紅の胸中にあった。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 ブランはサポーターとして、全体をよく見ていた。必要に応じ、本部と通信を行う。
 ブランのストライカーユニットは通信に特化した機能を持っている。紅は気づいてもいないが、実は敵もECM(通信を邪魔する装置)を使用している。対してブランは、ECCM(対ECM装置)を起動させ、仲間内で滞りなく連携できるように取り計らったりもしている。
「……」
 ブランにとって、実戦は初めてというわけではない。散発的に訪れる敵に対し、スクランブル発進を何度か経験している。
 その時にも知っていたのだがーー敵はどこかと通信している。おそらくはアメリカ本土にいる宇宙船だろう。連中に、他に拠点になりそうなものは発見されていない。
 信号は意味がわからないもので、解析は進んでいない。宇宙人では言語体系さえ違うだろうから、解析できないのも仕方ない。
 だから、連中の通信について傍受できても、その意味がわかるわけではないのだが……。
 なんとなく。本当になんとなくなのだが、いつもと違う気がするのだ。
 そもそも、敵の数はいつもより遥かに多い。部隊がこれだけ出撃しているのも初めてのことだ。
 他の班のサポーターとも連携しつつ、撃墜はうまくいっているものの……。
「なんだろう。この不安感」
 いつもより敵が多いから? いつもより敵の通信量が多いから?
 違う。そんな、現実的なものが原因ではない。
 もっと言葉では説明できない、感覚のようなもの。それが、自分に訴えかけているのだ。

 ーー逃げろ、と。

 祖国フランスを追われた時から、ブランは敵の強さを甘くみたことなど一度もないし、復讐の火だって胸の中にある。
 だが、それ以上に恐れているのだ。連中は、人間の心といったものは一切ない。殺すとなれば容赦なく殺す。
 その連中が、これだけの数がいて、こんなに手緩いなんて?
「っ!!」
 その時、初めて理解した。
 敵を撃墜し続けて、いつの間にか戦線が伸びている。連携するには距離が遠い!
「みんな戻って!!」
 指示した直後。遠く、他の班が戦闘している空域でーー閃光が走った。