寮の一室。
 二段ベッドの上で、紅は膝を抱えていた。
「……」
 初めての実戦。
 自分がしていることが戦いなのだとーー初めて理解した実戦。
 ブランは、あのまま亡くなってしまった。即死だったという。
 組織が提携している病院で死亡宣告されたブランは、部隊で合同葬を行った。祖国フランスを脱したという話だったが、彼女の両親は、すでにフランスで亡くなっていた。
 連絡がついたのは、日本で後見人になっていたという初老の女性。悲しんではくれたが、仕事のことは理解していたそうだ。涙はなかった。
 ブランが死んでしまったことは、もちろん悲しい。部隊で最も親切にしてくれた彼女がいなくなってしまったことは、不安も感じる。
 だが、ブランには申し訳ないのだが……。それ以上に心に刺さるのは、夢に見るのは、敵の血なのだ。
 誰かを殺すということに対して、覚悟はしていなかった。サバゲーと同じ感覚で、しょせんはゲーム感覚だったのだ、
 サバゲーでは、弾丸を当てても、ヒットと言うだけ。BB弾では、大怪我をすることはまずない。
 もちろん当たりどころが悪ければそういうこともあるかもしれないが、まずまずないことだ。ゆえにこそ、気軽に銃を向けられる。
 だが、敵を撃ち殺して。それが、ブランの死と重なるのだ。
 ブランが死んだことで、部隊の中では泣く者もいた。それだけ人望があったのだろう。
 その姿が、敵と重なってしまったのだ。
 ブランを殺したのは敵だ。そう思えば憎めるはずなのに、そうは思えなかった。
「……あたしは」

 ーーもう、飛べそうにない。

 ごめんなさい、ごめんなさいと心の中で念じ続ける。その言葉が、誰に対してのものかも理解せぬままに。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 組織の土地、その片隅。
 そこに、人間大の石碑がある。刻まれているのはいくつもの名前。
 それは、この戦いで亡くなった者の名前だ。
「……」
 ハナダはそんな石碑の前に立つと、花を添える。すでにいくつもの花束が置かれている中、ハナダが供えたのは、菊の花を一輪きり。
 それ以上は必要ない。
 彼らの体も、魂も、ここにはないから。
 ストライカーユニットは、空を飛ぶ兵器だ。必然的に、死者は高空からたたき落とされることになる。
 死体がミンチになることは珍しくないし、海上などで死ねば、そもそも見つからないことも多い。今回も、4人の犠牲者が出て、遺体を持ち帰れたのはブランのものだけだった。
 だから、ただの石碑なのだ。遺体がないから。
 ハナダは石碑を眺める。そこには、30を超える名前が刻まれている。
 刻んだのはハナダ自身だ。石碑の設置許可はボスに求めたが、そこに名前を刻むのはハナダの仕事だった。
 ボスは、刻まれている名前については問わなかった。それは、ハナダの略歴を知っているからでもある。
「2年、か」
 謎の宇宙人が現れて、世界が侵略され始めた時。それが、この業界での認識だ。
 2年前。東南アジアの片隅で確認された機械兵士は、どこの国の所属でもなく、どんな相手にも攻撃を仕掛けてきた。
 携行火器はおろか、戦車の主砲さえ凌ぐ固さ。圧倒的なパワー。
 多くの犠牲が出ながらも、なんとか攻略し、研究を開始した。
 最初のASUは、不格好ながらも飛翔ができた。武器は通常の携行火器を用いるだけだったが、近づいてキャンセリングできるだけでも、仲間の援護にはなった。
 だが、その作戦には大きな無理があった。
 キャンセリング部隊は、必然的に、最も敵に近づくことになる。仲間からの誤射は後を絶たなかったし、そのまま殺される者もいた。
 この30を超える仲間はーーそうやって散った仲間の名だ。
「また、増えてしまったか」
 戦いに出るほど、ここに刻まれる名前は増えていく。もしも石碑がなければ、生き残るたびに参る墓が増えてしまって……。きっと、日がな一日、墓参りをしなければならなくなるだろう。
「……」
 墓碑を眺めていたハナダは、ふと、寮に視線を移した。
 秘密にしなければならないことが多い組織の寮だけに、開いている窓などない。だが、ハナダはそこに、新しい仲間の姿を幻視していた。
「コウも、いずれ……」
 彼女の才能は本物だ。シミュレーションとはいえ、初の戦闘行動で、ハナダを撃墜できる者など他にはいなかった。
 これでもくぐってきた死線はひとつやふたつじゃきかないのだ。新人に負けるようでは、今までの訓練は何だったのか。
 だが、そんな努力という名の積み重ねを、彼女は軽々と飛び越えてしまった。
 その才能は本物だ。天才だ。
 だが。
「もう、ダメかもしれないな」
 どれほど戦いの才能があろうとも、実戦で生かせなければ何の意味もない。
 彼女は、ブランの死に苦しんでいた。あれほど落ち込んだ姿を見ては、もう飛べとも言えない。
 もっとも、実際の紅は敵を殺したことにこそ傷ついていたのだがーーハナダはそこまで気が回っていなかった。
 とはいえ、仲間を失い、戦う意志を失った者も決して少なくない。
 元より、戦うことに強い意志を持つ軍人集団というわけではない。どちらかといえばユニットを起動できることを最優先した烏合の衆で、戦いについての知識は薄い者もいる。
 紅はそんなメンバーの最たる者で、それだけに、不安は抱えていたのだ。
「もしまた出撃させれば……」
 今度こそ、彼女が落とされるかもしれない。あれほどの才能があっても、死ぬ時は一瞬だろう。
 そのことに、恐怖しないわけがない。
 そう考えて、ハナダは苦笑した。
「私は、仲間を失うことが怖いのか……。それとも、強い才能を失うのが怖いのか。どちらなのだろうな」
 その答えは、ハナダの中にしかない。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 クロエは組織を預かる立場にある。
 紆余曲折はあったにせよ、彼女の判断がすなわち組織の判断であり、日本という国の防衛そのものに関わる。
 本来ならば内閣の承認なしに運用できない部隊ではあるが、いまだ法律の外にある組織であることを利用し、クロエは自衛隊との連携を重視してきた。
 何より、ストライカーユニットは機械兵士に対する唯一の切り札。その存在なしに、勝負にはならない。
 そんなストライカーユニットを預かる立場であるクロエだからこそと言うべきか。政治的な場にも、召集を要求される。
 執務室のノートパソコンに、会議室の模様が映し出されている。
 クロエは組織の一員であり、自衛隊とも協力する立場ではあるが、当然閣僚でもなんでもない。社会的地位は一切ないのだ。そんな彼女が、政府筋の人間と何度も会えば、それだけで問題が生じる。
 そこで出された代替案が、テレビ会議という方法だった。
『以上が先日の戦闘における報告です』
 ディスプレイの向こう側では、防衛省の官僚が戦闘結果を報告している。実際に戦場まで来ていたわけでもないのに……。
『関野君。この結果はなんだね』
 口を開いたのは、確か自衛隊の幕僚長だったか。
 クロエにとって、ストライカーと機械兵以外の人間は、あまり興味が湧かない相手だ。
「この結果というのは」
『惨敗ではないかね! 貴重な適合者を4人も失ったのだぞ!!』
「状況は理解しておりますが」
『いいや、理解していない! 適合者を発見することがどれほど困難か、まるで理解していない! 君は貴重な戦力を自動車か何かと勘違いしていないかね!?』
「おっしゃる意味が理解しかねますが」
『なんだと!!』
「彼女らが貴重な存在であることは、誰よりも私が理解しております。金ではかえられない存在であるということも。ただ、それと先日の戦闘結果は別の問題です。何より重要なことは、日本の領空に機械兵がいたということ、、、、、、、、、、、、、、、、、
 そう、今まで標的になっていなかった日本が、標的にされたということ。
「日本はストライカーユニットの適合者が比較的多い。そのため、他国よりもよほどしっかりと国土防衛ができるような、恵まれた地位にあります。ただ、それでも国土全てを守ることはできません。取捨選択が求められる」
『国内に捨ててよい場所などない』
「人命を考えればその通りでしょう。けれど、現実にこの拠点や、ストライカーユニットを構成する部品を生産している各企業が落とされれば、その瞬間に日本という国は終わります」
 それが現実だ。
 戦車や戦闘機では国内を守りきれない。いや、そもそも自衛隊が総力をあげたところで、国土の全てを防衛するなど不可能だ。
 アメリカ軍は本土防衛に力を割いていて、日本の近くには原子力空母さえいない。
「……それに、望みもあります」
『望み?』
「連中はイナゴのように、特定の地域を食いつぶしては、他の地域に移動していく。拠点化という行為をしないのです」
 一番最初に襲われた国はーーもともと人口がそれほど多い国ではなかったがーー焦土と化したものの、その後、同じ地域で機械兵が確認されたことはない。
 彼らは高い戦闘力を有する割に、その戦闘力を用いて支配行動を取らないのだ。
「食いつぶされる場所は、確かにダメージを受けます。ただ、連中が移動してしまえば、その場所は安全が守られる。国民を一カ所に集中させ、一度敵に明け渡してから再び占領すれば、人命を失うことなく未来に繋ぐことができます」
『そんなもの、国民が納得するはずがあるまい』
「世界大戦の時でさえ、集団疎開はしていました。同じ理屈です」
『何十年も昔の話だ。現代では不可能だ』
「……」
 その後も、何度か議論は白熱したものの、機械兵士に対する有効な作戦が生まれぬまま、会議は終了することになった。
 ディスプレイの電源を落としたクロエは、椅子に深く座り、息を吐く。
「なぜ連中は、破壊だけして支配をしないんだ……」
 それは不思議なことだった。
 どんな戦争でも、欲しいものは土地であり人。けれど連中は、土地を支配するでもなく、無力な人々を奴隷にするわけでもない。
 まるで破壊そのものが目的であるかのように、荒らすだけ荒らして終えてしまう。
「あるいは、何かを……探しているのか?」
 そう考えれば理屈に合う。
 だが、わざわざ宇宙から来て、地球まで何を探しに来たというのか。
「まさかここが、イスカンダルというわけでもなかろうに」
 クロエにも、わからないことはある。