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 ミドリは食堂にいた。
 カレーライスをスプーンですくい、口に運ぶ。
「うん。美味しいね、ブラン」
 食堂のカレーは評判が良い。カレーが嫌いな日本人もあまりいないが、それに加えて、確かに美味しいのだ。
「でも、この間は焦ったなぁ。まさかあんなに有人機がいるなんて。ブランの索敵でも発見できないくらいの光学迷彩ってのも気になるよね。ECMもECCMも使っていたはずなのに、まったく発見できなかった」
 たとえば、ステルス戦闘機という兵器がある。
 これは、レーダーにも映らない、まさにステルス性能が高い兵器だ。だがそれは、レーダー波を反射させない構造にすることで、レーダーでの探知を不能にする程度のもの。目視で見えなくなるわけではない。
「レーダーでも、目視でも探知できない、か。あんなのが大量に攻めてきたらヤバいよね。捕まえられない」
 目視で捕まえられないというのが、最も危険だ。
 人間、どうしても視覚の情報に惑わされる。目に敵が見えないと、敵はいないと判断してしまい、注意力が弱まる。その隙に狙撃されたら、一撃だ。
「この前は、戦闘機動に入る前に解除していたみたいだし、たぶんパフォーマンスは大きく落ちるんだろうけど……。いきなり近づかれるだけでもヤバい。特にわたしのユニットは重いから、回避できないし。タイミングがわからないから、AFSAWも使えないし」
 AFSAWは、ミドリにしか使えない兵装だ。
 高い攻撃力を有するが、先日のような乱戦状態の時には使えない。また、バッテリーの稼動時間が非常に短いため、長時間の戦闘は無理だ。そのため、先日の戦闘では稼動させることさえできなかった。
「ブランの索敵だけが頼りだし、索敵がなければAFSAWも使えないんだからさ。頼むよ」
 そう言って、空になった皿の上に、スプーンを放り投げた。

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 ボスの秘書を担当しているアリサは、食堂でクロエの分も弁当を作ってもらっていた。
 組織の運用方針を一人で決めるクロエは、執務室を離れる暇がない。昼食はたいがい食堂で作る弁当である。
 二人分の弁当を持ったアリサは、ふと、食堂を見渡した。
 決して広い部屋ではない。組織全員が一度に食事をすることも考えられておらず、席はせいぜい10席ほど。少し時間が外れていることもあり、今は客が一人しかいない。
「あ、アリサちゃん」
 食堂のおばちゃんが声をかけてきた。彼女は組織がここに拠点を作って以来の功労者で、いつも食堂を一人で切り盛りしてくれている。
「食材リスト、ついでに持ってっておくれ」
「はい」
 おばちゃんは必要な食材のリストを、アリサに渡す。
 組織そのものが公にできないものであることから、自由に買い物もできない。そのため、必要な物資は全てアリサを通すことになっている。
 リストをざっと見渡したアリサは、
「……? タバコ?」
 未成年者が多いこの組織では、喫煙者は一人もいないはず。
 なのに、そこに書かれているのは、紙巻きタバコの銘柄だった。しかも、食堂で使う食材じゃない。
「あの、このタバコは誰が?」
「ああ、ごめんね。アタシだよ」
「おばちゃんが?」
「そう。ずっと禁煙していたんだけどね。こうも人が減ってくると、気が滅入ってねぇ」
 おばちゃんはそのふくよかな頬を撫でながら、
「せっかく料理を作っても、食べてくれる子がいなくなっちゃ意味がない。ましてやここは、子供ばっかりじゃないか。アタシみたいな婆さんが死ぬならともかく、若い子らが帰ってこられないと思うとねぇ。お酒を飲むわけにはいかないし、せめてタバコだけでも、って。ダメかい?」
「いえ。ただ、喫煙は部屋でお願いしますね。ここは未成年者が多いので」
「わかってる。すまないね」
「……問題ありません」
 リストと弁当を持ったアリサは食堂を出ると、ふう、と息を吐いた。
「帰還できない者、か」
 そんなのは、今に始まったことではない。だが、先日の戦闘で死んだ4人という人数は、ここに組織が発足してから最大の被害だ。
 色々と、影響も出るのだろう。
 アリサは目を閉じて冥福を祈ると、上司に弁当を届けるべく、廊下を歩き出す。

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 星は、部隊で唯一といっていい研究者だ。
 とはいえ、彼女でさえストライカーユニットの全容を把握できているわけではない。
 コアユニットは未だに未知の部分が多く、運用できるレベルのデッドコピーでさえ、量産には程遠い。
 もっとも、いくらユニットを作ろうとも、それを運用できる人間はもっと少ないのだが。
 そんな星のもとにも、先の戦闘結果は届いていた。
 自室としている研究室。学校の理科室のような、大きく黒い机の上には、戦闘結果の報告書が散らばっている。
 その前に座り、星はうなだれていた。
「四人撃墜……」
 重いすぎる結果だ。貴重な適合者を失ったことも痛いが、それ以上に、四人もの人間が死んだという結果が重い。
「あのユニットを使っていて……」
 星は、決して自分が開発したユニットが最強などとのたまうつもりはない。元より敵はこちらの使うユニットの本家本元、強いのは分かりきっている。
 だが、それでも。
「生きて帰せなきゃ、開発する意味なんてないじゃない!」
 星は唯一といっていい研究者だ。ユニットの成果は彼女の成果であり、ユニットの失敗は彼女の失敗を意味する。
 学校の勉強なら、努力を評価してもらえることもあるだろう。けれど、彼女がいるのは戦果だけが全ての場であり、勝つことだけが意義の組織だ。
 彼女の存在意義とは、すなわちユニットが勝利することが全てなのだ。
 死者を出した兵装に、意味などない。
 ギリギリと歯を食いしばる。
 痛みは消えない。

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 整備主任の荒野は、組織のあらゆるユニットを整備している。
 可動部の摩耗具合、銃器のライフリング、飛翔ユニットの汚れ。
 どんな小さな変化も見逃さない。それは、それだけ常にユニットを見続けているがゆえに可能な芸当だ。
 今日も工廠でユニットの整備をしていた荒野は、全ての整備項目にチェックしてから、またビスの締め付け具合を確認していく。
「主任、締め付けは最初に確認したじゃないですか」
 一緒に整備をしていた若い整備員が言うが、荒野は手を止めない。
「お前。この前、なんで四人も撃墜されたと思う」
「え? そりゃ、敵が強かったからじゃ」
「違うな。整備不良だ」
「んなわけないっすよ。主任の整備に穴があるわけないっすもん」
「なんでそんなことが言えるんだ?」
 荒野は部下をジロリとにらみ、
「あいつらは常に鍛練している。星だって常に強い兵装を研究してんだろう。なら、負ける要素は整備不良だけだ」
「んな無茶な! 鍛練していたって強い相手はいるし、負ける時は負けるでしょ? 戦いなんすから」
「なら整備はいい加減でいいってか? あぁ?」
「そ、そういう意味じゃ」
「いいかお前。覚えておけ。俺たちがしている整備作業にパーフェクトはない。人間なんだから、どっかでミスをする。ミスを見つけるためには、何回でも繰り返してチェックするっきゃない。そうやって、全員を生きて帰して、初めて整備は完了するんだ」
「生きて、帰して」
 部下の喉がごくりと鳴る。
 荒野は名前の通り鼻息荒く、
「そうだ。誰かが死んだら整備不良だ。俺たちの責任だ。今回は四人も俺たちが殺したんだ。そのことを頭に叩き込んでおけ! いいな!!」
「は、はい!!」
「わかったらさっさと作業しろ!!」
「はいぃ!!」
 部下を叱りつけ、荒野は作業に戻る。
 完璧な整備は、まだ終わらない。