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 総員出撃命令が出ても、紅は気が進まなかった。
 ただ、部屋で一人、膝を抱えていることも怖くて……。ただ流されるまま、ユニットを着させられ、航空自衛隊の輸送ヘリに乗せられる。
 ヘリの中は、他の班も一緒だった。自然、紅の隣には、ハナダとミドリが座ることになる。
「……コウ」
 関西方面へ向かうまでの、いくばくかの時間。その間に、ハナダは口を開いた。
「戦場で迷ったら、死ぬんだぞ」
「そんなの……、わかってる」
 目の前で死んだし、目の前で殺したから。
 だから、死ぬということは、よくわかっている。
「……ねえ、ハナダ。ハナダって、すごく前から戦っているんでしょう?」
「うん? まあな」
「どうして戦えるの?」
 ハナダの鋭い眼差しが、コウを見つめる。
「戦わなければ死ぬのに、理由なんているのか?」
「でも、ハナダだって戦わない選択肢があったはずだよ」
「ない」
 はっきりと、ハナダは断言した。
「お前には言っていなかったが……。私は、実は2年前から連中と戦っている」
「え? それって……」
「そうだ。アメリカが襲撃される前、あの巨大戦艦が飛来する前だ」
 公式には発表されていない、最初の襲撃。
「私は日本生まれの日本人だが、15歳の時にアフリカへ渡っているんだ。父はNPO法人で働いていて、アフリカで人道支援活動をしていた。私も夏休みを利用して、父の仕事を手伝いに行ったんだ」
 ハナダの目が、遠くを見つめる。そこに存在する過去を。
「その時、連中が現れた。もちろん、政治的に危ない場所ではあった。国内情勢も、決して安定している地域じゃない。それでも、NPOの人間が、無条件で狙われるということはそれほど多くない」
「じゃあ……」
「父は機械兵に銃撃された。即死はしなかったが、腕と足を負傷した。向こうの病院じゃ満足な治療はできなかったし、できたとしてもーー助からなかっただろう」
 それからだ、とハナダは言う。
「当時、機械兵は、体制側でも反体制側でもない、イレギュラーな存在だった。皮肉にも、どちらもが協力するような形で、連中を殲滅しようとした。そこに、私も潜り込んだのさ。向こうじゃ素性のわからないアジア人兵士なんてのもいる。そういうのに紛れ込んだのさ」
「大丈夫だったの?」
「大丈夫なもんか。だがまあ、五体満足で、しかもなんら障害なく生きてこられたのは、今から思えば奇跡だったよ。それだけ復讐心に燃えていたんだな」
「……日本にはいつ?」
「組織ができたのは1年前。それと同時だ。最初は、機械兵士と戦闘経験のある人間を探している関野さんに見つかってね。ユニットの適性があるとなって、すぐさまスカウトされた」
「それからずっと?」
「ああ。無茶をしただけの甲斐はあったと思っている」
「でも、戦いなんだよ? 人が死ぬ」
「アフリカじゃ毎日死んでいたよ」
 ぞくりと、紅の背筋が震えた。
「父がNPOとして働いている頃からね。毎日死んでいたんだ。いや、日本でも死んでいる人間はいるんだが、向こうはその比じゃない。少なくても、日本にいて、銃弾で死ぬ人間はほとんどいない」
「……それは」
「アメリカでも、EU諸国でも、人を殺す兵器で死ぬ人は大勢いるんだ。日本にいるから、それを感じないだけでね。あるいは飢えで、あるいは水がなくて死ぬ人間だっている。そのいちいちを救うことはできないかもしれないが、父は、それでも頑張っていた」
 でも、とハナダは続ける。
「死んだんだ。父でさえ。正しさだけでは、死者は減らせない。力があって、初めて死者を減らせるんだ」
「力、を……」
「さいわいにも、私には適性があり、ストライカーユニットという力がある。今なら戦える。だから、私は遠慮しないよ。100人の命を救うためには、1人を犠牲にする必要は出てくる。その1人が、今は敵というだけだ」
「……そっか」
 違うのだ。なにもかも。
 生きてきた道も。これから生きていこうとする道も。
 ずるだった。他人の生き方を参考にして、自分に免罪符を作ろうとしていた。そんなことが成立するはずもないのに。
 正しいと思うことも、それを押し通す力がなければ、他の力に捩曲げられてしまう。自分で願うことがあるなら、強引にでも主張しなければいけない。
「その勇気が、あたしにはない……」
 それが、紅の足をにぶらせているのだ。
『間もなく到着します』
 放送が入る。
 戦闘は、近い。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 兵庫の山奥。
 足元に広がっているのは緑色の森だ。アップダウンのある山肌は、びっしりと木々で覆いつくされている。
 少し後方に下がってしまえば、谷間に広がる集落がある。一応、全住人は避難済みだが、できればそこまで下がりたくはない。
 紅たちは戦闘を目指す空域に到着すると、すぐさま各班ごとに森へと潜んだ。ここで敵を待ち受ける算段だ。
 まんじりともしない時間。長いような短い時間は、1時間ほどだった。
「早いな……」
 遠く、山の稜線を超える巨大な飛行機。そして、その周囲を守るように飛行している機械兵たち。
 木々の間に隠れていた紅たち3人は、その姿に、ごくりと喉を鳴らす。
「コウ、無理はしなくていい。だが、戦わなければ、もっと多くの人間が死ぬことになる。そのことは肝に命じておけよ」
「……うん」
「ミドリ、火力支援を頼む。ECMとECCMは?」
「積んでいるよ。ただ、ブランが休んでいるぶん、サポートは期待しないでね。ジャミング展開し続けるくらいしかできないから」
「……休み?」
「うん。それにしても、なんでブラン、今日は来てくれなかったんだろうね? この修羅場だってのにさ」
「お前……。いや、いい。そうだな、今日はミドリが頼りだ。頼むぞ!」
「はいはい。わたしの射線に入らないでね」
「無論だ。行くぞ!!」
 ハナダを戦闘に、3人は飛び立つ。
 突如として現れたストライカー部隊ではあったが、敵に動揺は見られない。機械の兵士だからだろうか。
「おおおおおおお!!」
 先頭を切るのはハナダ。青い光が一直線に伸び、敵機を両断する。
「ッ!!」
 紅は緊張して固くなるが、血は流れない。機械兵士だ。
 その後ろから、わらわらと敵機が出てくる。動きが単調だーーやはり機械兵士か。
「それ、なら……」
 紅は銃を手に取る。そうすると、体は自然と動いた。
 敵機を狙い、引き金を引く。反動はあまりない。
 銃弾は正確に敵機の腕を打ち抜く。やはり血は流れない。
 そのまま、紅は顔面に当たる位置を狙撃した。飛翔のバランスが崩れ、山の中に落ちていく。
「これなら……」
 紅は、ぐっと覚悟を決めた。
 まだ、人を殺すことに対する覚悟はできていない。だけど、ここでこの機械兵士たちを壊さなければ、もっと多くの人が犠牲になることは事実。
 戦う以外に選択肢はない。なら、戦うしかない!
「ああああああああ!!」
 戦う覚悟など何もない。それでも、体は自然と動き、敵機を狙う。
 紅自身は気づいていない。初撃で、敵機の心臓や頭を狙っていないこと。必ず手や足を狙い、血が流れないことを確認してから撃墜していること。
 それでも、紅の動きはやはりずば抜けていた。ひゅんひゅんと飛び交う敵、普通ならばレティクルを合わせるだけでも難しい。
 それを、勘だけで当てていく。それは天性の才能と呼ぶべきもの。
 まるで的当てゲームであるかのように、正確に打ち抜く。後方からミドリが支援射撃をすることで、戦闘空域を制圧していく。
 数では劣っているストライカー部隊ではあったが、確実に優勢を築いていた。