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 ミドリの目的地は、拠点となった小学校から歩いて30分ほどの場所にあった。
「ここは……」
 そこは、例外的に人の姿があった。大人が数人と、子供がたくさん。
「孤児院だよ」
 ミドリはそう言って、門を開ける。すると、すぐさま子供たちが集まってきた。
 そんな子供たちに、かすかな笑顔を覗かせるミドリ。
「ただいま」
「お姉ちゃんおかえりー!!」
「おみやげはー!?」
「ごめんね、今日は何もないの」
「えー!」
 わいわいと騒ぐ子供たち。そんな子供たちを引き連れながら、ミドリは建物のかげにいた初老の女性に声をかける。
「ただいま、おばあちゃん」
「はい、お帰りなさい。翠さん」
「彼女たち。今の同僚なんだ」
「へえ、それはそれは。大変なお仕事、いつもありがとうございます」
 そう言って、女性は頭を下げる。
 だが、いまだに状況が理解できていないハナダたちは、首を傾げるしかない。
「ミドリ。ここはどこだ? どういうことだ?」
「うん。だからここは、孤児院だって。……わたしはね、ここで育ったの」

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 孤児院の応接室で、初老の女性ーー院長さんは、お茶を出してくれた。
「本当は避難命令も出ているのだけどねぇ。孤児たちは行き場がないから」
 そう言う院長は、少しだけ疲れた笑みを見せた。
 その隣に座るミドリは、対面に座るハナダと紅を見やる。
「ここはね、親がいない子供が集まっているの。育児放棄とか、児童虐待とか。本当に両親が亡くなった子もいる」
「ミドリも、ここで?」
「うん。わたしは両親が早くに亡くなっちゃって。親戚もいなくて。役所の人が、ここを紹介してくれたんだ。ここで7年過ごして、それから組織に所属した」
 ミドリは天井を見上げる。決して綺麗な天井ではない。すでにボロボロと言っても差し支えないほど、年季が入っている。
「口減らし、ってわけじゃないんだけどね。孤児院はお金がないんだ。当然だよね、働いている人がいるわけじゃないんだから。今は卒院した人の寄附なんかで賄われている。そんな状況だから、わたしも早くにここを出たかったんだ」
「それで、組織に?」
「うん。まあ、お金になるからね」
 組織は命をかける、しかも、限られた人間しか所属できない場所だ。
 それゆえ、それぞれに支払われる賃金もそれなりのものだ。スポンサー企業から集まる資金は、潤沢にある。
「組織に所属して、お給料の半分はここに送金しているの」
「翠ちゃんのおかげで、ここの経営もずいぶん楽になったのよ」
「へえ……。意外だな」
 ハナダのイメージにあるミドリといえば、ブランにべったりくっついている姿くらいなものだ。
 そんな殊勝なところがあるとは、欠片も知らなかった。
「……あの、院長。少し外して貰えます?」
 ミドリが言うと、院長はやんわりと微笑んだ。
「じゃあ、子供の様子でも見てこようかしら。ごゆっくり」
 ゆったりとした動作で部屋を出ていく院長。残った三人の前には、紅茶の入ったカップだけがある。
「この間の戦闘。あの時、ハナダを落としたのは、間違いなく敵のエース級だったよね」
「……ああ」
「あの時、コウもピンチだった。ハナダがかなわないような相手、コウがかなうはずがないって思った。殺されちゃうって。でもーーわたし、援護射撃をしなかった」
 ぐっ、と拳を握る。きつく、血がにじみそうなほどに。
「わたし、本当は全部わかってるんだ。たくさんのことから逃げて、現実から目を背けて。そんなの、何にもならないってわかっているのに」
「……ミドリ?」
「ブランはね、組織に所属したわたしに、優しくしてくれたの。孤児で、孤児院の外じゃ誰も相手にしてくれないようなわたしに」
 そう、彼女はそういう人だった。
 とても優しい人だった。誰にでも分け隔てなく愛情を注いでくれるような、まるで母親のようなーー。
「だから、そんなブランがいなくなったなんて、受け入れられなかった。苦しかったの。それが、わたしのどこかで、しこりになっていた。だから……コウがピンチになった時にも、助けられなかった。死んじゃえばいいって、心のどこかで思っていたんだ」
 ミドリは、自然と頭を下げていた。
「ごめんなさい。ブランが死んだのは、コウのせいじゃないのに」
「それは……。ううん、あたしのせい、だよ。あたしがもっとしっかりしていたら、ブランが庇う必要はなかったんだもの」
「初めての戦闘だったんだもの。そんな子に、無理やり実戦をさせた組織が悪いの。本当はもっとサポートをつけなきゃいけなかったのに」
「でも、戦うことは、あたしが選んだことだから」
 自分で言って、はっ、と紅の表情が変わった。
 ミドリはそんな紅の変化に気づきながらも、続ける。
「ブランが死んだのは悲しいよ。でも、そんな理由でコウを憎みつづけていたら、ブランはわたしを許さないと思うの。だから、自分で自分に立ち向かうことにした」
 ミドリは目の前にあったカップを手に取った。紅茶はすでに冷めていた。
「コウ。戦うって、殺すってことなの。それはとっても悲しいことを生み出す。逃げてしまいたくなるくらいに。でも、悲しいことから逃げていたら、大切なものを取りこぼすから。だから、わたしはもう……逃げない」
 ミドリの視線は、まっすぐ紅を射抜く。
「コウ。あなたは、どうする?」

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 紅を子供と共に園庭へ出すと、さっそく遊び道具にされていた。
 子供と遊ぶのが苦手なハナダは、先ほどの部屋で、遊ぶ姿を眺めている。その隣には、ミドリの姿があった。
「お前が孤児院出身だったなんて知らなかったよ」
「誰にも言わなかったからね」
 ミドリもまた、窓の外で遊ぶ子供たちを、ぼんやりと眺める。
「で、どうしてここに私たちを連れてきたんだ?」
「わからない?」
「わからないから聞いている」
「コウのことだよ」
「……」
「わたしも、初めて人を殺した時のこと、忘れたわけじゃないよ」
 組織の戦いは、基本的に国内を主戦場としている。
 日本出身のミドリは、たまに来る無人機との戦いがほとんどだった。対人戦は、いくらも経験がない。
 だが、皆無というわけではなかった。
 たった一度ではあったが。
「半年前の戦闘、覚えてるでしょ?」
「有人機が一機だけ混じっていた、あの混成部隊か」
「そう。わたしが有人機を撃墜したの。わたしは銃だから、人間を殺す感覚なんて、本当はないはずなんだけどね。それでも覚えてるし、夢にも出たよ」
「それでもお前は、戦いからは逃げなかった」
「孤児院に送金しなきゃいけなかったからね。守るものがあったから、仕事そのものからは逃げなかった。代わりに、現実からは目を背けていたんだけど」
「仕方ないことだったんだろう」
「そうだね。でも、それじゃいけないからね」
 くすりと笑い、ミドリは続ける。
「けど、コウはまだ迷っている。このままじゃ、飲み込まれてしまうかもしれない」
「あいつほどの才能があっても?」
「戦いの才能と、心を決着できる才能は別だよ。どれほど戦いのセンスがあったところで、人を殺すことに慣れることはできない」
「……」
「その点、ハナダは割り切れている。まあ、そういう世界を見てきたってのも関係しているんだろうけど。人間の命は、ボロ切れより簡単に破かれる。けど、命は大切なものだ。ボロ切れじゃない」
「そんなこと、理解している」
「理解しているのに殺すの?」
「……なるほどな。だから割りきっている、か」
「そういうことさ。わたしたちは、自分が守りたいもののために、他人が守ろうとしているものを傷つけているんだ」
「守ろうと、か。……じゃあ、連中は、何を守ろうとしているんだ?」
「さあ。そういうのを考えるのは、わたしたちの仕事じゃない。わたしの仕事は、みんなを殺させないことだよ」
 そう言って、ミドリは子供たちと遊ぶ、普通の高校生を見つめる。
「コウにとっては、どうなのかな」

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 普段、遊んでくれる相手がいない孤児たちにとって、遊び相手は餓えていたようだ。
 とにかく取り囲まれて、もみくちゃにされた。
「ちょ、ちょーっとストップー!!」
 言っても聞かない。子供とはえてしてそういうものだ。
「ねえねえ、お姉ちゃんもミドリお姉ちゃんの仲間なんでしょ!? すごいんでしょ!!」
「す、すごい?」
「うん!! ミドリお姉ちゃんはすごいんだよ、たーくさんの敵をやっつけてるの!」
「……敵を」
 目の前を、あの赤がよぎる。
 思わず、手が震える。
 けれど、子供たちは、そんな機微など意に介さない。
「すごいよね、ミドリお姉ちゃん! 僕も大きくなったらミドリお姉ちゃんみたいなヒーローになるの!」
「ヒーローになるって……」
 子供らしい無邪気さに思わず苦笑しつつ、ふと、その言葉が頭の中に響いた。

 ーーヒーローになる。

 なる、なる、なる。
 そう、なるんだ。今はヒーローじゃなくても、いつかはヒーローに”なる”んだ。
 ミドリの話を聞いて、初めて知った。彼女が抱えていた思い。負の感情。
 戦っているとはいえ、人間だ。苦しい感情、マイナスの感情などあって当たり前。それでも譲れないものがあるから争うのだ。
 このまま自分が戦わなくても、組織は戦いつづけるだろう。
 その結果、誰かが死ぬかもしれない。実際、先日の戦闘でも、死者が出た。
 けれど、自分が戦えば、失われる命は減らすことができるかもしれない。
 何かを持っていれば、失うことは恐怖に繋がる。それは当然のことでーーそれでも戦いつづける者。
 それを、人はヒーローと呼ぶのではないか。
「戦うことは、殺すこと」
 ミドリはそう言っていた。けれど、本当にそうなのか。
 怖いなら、立ち向かうしかないではないか。

 ーー殺させないために、殺さないために。

 それが、自分の戦う理由。
「決めた!!」
 ぐっ、と全身を伸ばす。思いのほか空気が美味しく感じられた。気付かなかったけれど、今日の空は青かった。
「戦うのは怖い、けど」
 誰かが死ぬのは、もっと怖い!
 紅の瞳には、確かな光が宿っていた。