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☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ミドリの目的地は、拠点となった小学校から歩いて30分ほどの場所にあった。 「ここは……」 そこは、例外的に人の姿があった。大人が数人と、子供がたくさん。 「孤児院だよ」 ミドリはそう言って、門を開ける。すると、すぐさま子供たちが集まってきた。 そんな子供たちに、かすかな笑顔を覗かせるミドリ。 「ただいま」 「お姉ちゃんおかえりー!!」 「おみやげはー!?」 「ごめんね、今日は何もないの」 「えー!」 わいわいと騒ぐ子供たち。そんな子供たちを引き連れながら、ミドリは建物のかげにいた初老の女性に声をかける。 「ただいま、おばあちゃん」 「はい、お帰りなさい。翠さん」 「彼女たち。今の同僚なんだ」 「へえ、それはそれは。大変なお仕事、いつもありがとうございます」 そう言って、女性は頭を下げる。 だが、いまだに状況が理解できていないハナダたちは、首を傾げるしかない。 「ミドリ。ここはどこだ? どういうことだ?」 「うん。だからここは、孤児院だって。……わたしはね、ここで育ったの」 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 孤児院の応接室で、初老の女性ーー院長さんは、お茶を出してくれた。 「本当は避難命令も出ているのだけどねぇ。孤児たちは行き場がないから」 そう言う院長は、少しだけ疲れた笑みを見せた。 その隣に座るミドリは、対面に座るハナダと紅を見やる。 「ここはね、親がいない子供が集まっているの。育児放棄とか、児童虐待とか。本当に両親が亡くなった子もいる」 「ミドリも、ここで?」 「うん。わたしは両親が早くに亡くなっちゃって。親戚もいなくて。役所の人が、ここを紹介してくれたんだ。ここで7年過ごして、それから組織に所属した」 ミドリは天井を見上げる。決して綺麗な天井ではない。すでにボロボロと言っても差し支えないほど、年季が入っている。 「口減らし、ってわけじゃないんだけどね。孤児院はお金がないんだ。当然だよね、働いている人がいるわけじゃないんだから。今は卒院した人の寄附なんかで賄われている。そんな状況だから、わたしも早くにここを出たかったんだ」 「それで、組織に?」 「うん。まあ、お金になるからね」 組織は命をかける、しかも、限られた人間しか所属できない場所だ。 それゆえ、それぞれに支払われる賃金もそれなりのものだ。スポンサー企業から集まる資金は、潤沢にある。 「組織に所属して、お給料の半分はここに送金しているの」 「翠ちゃんのおかげで、ここの経営もずいぶん楽になったのよ」 「へえ……。意外だな」 ハナダのイメージにあるミドリといえば、ブランにべったりくっついている姿くらいなものだ。 そんな殊勝なところがあるとは、欠片も知らなかった。 「……あの、院長。少し外して貰えます?」 ミドリが言うと、院長はやんわりと微笑んだ。 「じゃあ、子供の様子でも見てこようかしら。ごゆっくり」 ゆったりとした動作で部屋を出ていく院長。残った三人の前には、紅茶の入ったカップだけがある。 「この間の戦闘。あの時、ハナダを落としたのは、間違いなく敵のエース級だったよね」 「……ああ」 「あの時、コウもピンチだった。ハナダがかなわないような相手、コウがかなうはずがないって思った。殺されちゃうって。でもーーわたし、援護射撃をしなかった」 ぐっ、と拳を握る。きつく、血がにじみそうなほどに。 「わたし、本当は全部わかってるんだ。たくさんのことから逃げて、現実から目を背けて。そんなの、何にもならないってわかっているのに」 「……ミドリ?」 「ブランはね、組織に所属したわたしに、優しくしてくれたの。孤児で、孤児院の外じゃ誰も相手にしてくれないようなわたしに」 そう、彼女はそういう人だった。 とても優しい人だった。誰にでも分け隔てなく愛情を注いでくれるような、まるで母親のようなーー。 「だから、そんなブランがいなくなったなんて、受け入れられなかった。苦しかったの。それが、わたしのどこかで、しこりになっていた。だから……コウがピンチになった時にも、助けられなかった。死んじゃえばいいって、心のどこかで思っていたんだ」 ミドリは、自然と頭を下げていた。 「ごめんなさい。ブランが死んだのは、コウのせいじゃないのに」 「それは……。ううん、あたしのせい、だよ。あたしがもっとしっかりしていたら、ブランが庇う必要はなかったんだもの」 「初めての戦闘だったんだもの。そんな子に、無理やり実戦をさせた組織が悪いの。本当はもっとサポートをつけなきゃいけなかったのに」 「でも、戦うことは、あたしが選んだことだから」 自分で言って、はっ、と紅の表情が変わった。 ミドリはそんな紅の変化に気づきながらも、続ける。 「ブランが死んだのは悲しいよ。でも、そんな理由でコウを憎みつづけていたら、ブランはわたしを許さないと思うの。だから、自分で自分に立ち向かうことにした」 ミドリは目の前にあったカップを手に取った。紅茶はすでに冷めていた。 「コウ。戦うって、殺すってことなの。それはとっても悲しいことを生み出す。逃げてしまいたくなるくらいに。でも、悲しいことから逃げていたら、大切なものを取りこぼすから。だから、わたしはもう……逃げない」 ミドリの視線は、まっすぐ紅を射抜く。 「コウ。あなたは、どうする?」 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 紅を子供と共に園庭へ出すと、さっそく遊び道具にされていた。 子供と遊ぶのが苦手なハナダは、先ほどの部屋で、遊ぶ姿を眺めている。その隣には、ミドリの姿があった。 「お前が孤児院出身だったなんて知らなかったよ」 「誰にも言わなかったからね」 ミドリもまた、窓の外で遊ぶ子供たちを、ぼんやりと眺める。 「で、どうしてここに私たちを連れてきたんだ?」 「わからない?」 「わからないから聞いている」 「コウのことだよ」 「……」 「わたしも、初めて人を殺した時のこと、忘れたわけじゃないよ」 組織の戦いは、基本的に国内を主戦場としている。 日本出身のミドリは、たまに来る無人機との戦いがほとんどだった。対人戦は、いくらも経験がない。 だが、皆無というわけではなかった。 たった一度ではあったが。 「半年前の戦闘、覚えてるでしょ?」 「有人機が一機だけ混じっていた、あの混成部隊か」 「そう。わたしが有人機を撃墜したの。わたしは銃だから、人間を殺す感覚なんて、本当はないはずなんだけどね。それでも覚えてるし、夢にも出たよ」 「それでもお前は、戦いからは逃げなかった」 「孤児院に送金しなきゃいけなかったからね。守るものがあったから、仕事そのものからは逃げなかった。代わりに、現実からは目を背けていたんだけど」 「仕方ないことだったんだろう」 「そうだね。でも、それじゃいけないからね」 くすりと笑い、ミドリは続ける。 「けど、コウはまだ迷っている。このままじゃ、飲み込まれてしまうかもしれない」 「あいつほどの才能があっても?」 「戦いの才能と、心を決着できる才能は別だよ。どれほど戦いのセンスがあったところで、人を殺すことに慣れることはできない」 「……」 「その点、ハナダは割り切れている。まあ、そういう世界を見てきたってのも関係しているんだろうけど。人間の命は、ボロ切れより簡単に破かれる。けど、命は大切なものだ。ボロ切れじゃない」 「そんなこと、理解している」 「理解しているのに殺すの?」 「……なるほどな。だから割りきっている、か」 「そういうことさ。わたしたちは、自分が守りたいもののために、他人が守ろうとしているものを傷つけているんだ」 「守ろうと、か。……じゃあ、連中は、何を守ろうとしているんだ?」 「さあ。そういうのを考えるのは、わたしたちの仕事じゃない。わたしの仕事は、みんなを殺させないことだよ」 そう言って、ミドリは子供たちと遊ぶ、普通の高校生を見つめる。 「コウにとっては、どうなのかな」 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 普段、遊んでくれる相手がいない孤児たちにとって、遊び相手は餓えていたようだ。 とにかく取り囲まれて、もみくちゃにされた。 「ちょ、ちょーっとストップー!!」 言っても聞かない。子供とはえてしてそういうものだ。 「ねえねえ、お姉ちゃんもミドリお姉ちゃんの仲間なんでしょ!? すごいんでしょ!!」 「す、すごい?」 「うん!! ミドリお姉ちゃんはすごいんだよ、たーくさんの敵をやっつけてるの!」 「……敵を」 目の前を、あの赤がよぎる。 思わず、手が震える。 けれど、子供たちは、そんな機微など意に介さない。 「すごいよね、ミドリお姉ちゃん! 僕も大きくなったらミドリお姉ちゃんみたいなヒーローになるの!」 「ヒーローになるって……」 子供らしい無邪気さに思わず苦笑しつつ、ふと、その言葉が頭の中に響いた。 ーーヒーローになる。 なる、なる、なる。 そう、なるんだ。今はヒーローじゃなくても、いつかはヒーローに”なる”んだ。 ミドリの話を聞いて、初めて知った。彼女が抱えていた思い。負の感情。 戦っているとはいえ、人間だ。苦しい感情、マイナスの感情などあって当たり前。それでも譲れないものがあるから争うのだ。 このまま自分が戦わなくても、組織は戦いつづけるだろう。 その結果、誰かが死ぬかもしれない。実際、先日の戦闘でも、死者が出た。 けれど、自分が戦えば、失われる命は減らすことができるかもしれない。 何かを持っていれば、失うことは恐怖に繋がる。それは当然のことでーーそれでも戦いつづける者。 それを、人はヒーローと呼ぶのではないか。 「戦うことは、殺すこと」 ミドリはそう言っていた。けれど、本当にそうなのか。 怖いなら、立ち向かうしかないではないか。 ーー殺させないために、殺さないために。 それが、自分の戦う理由。 「決めた!!」 ぐっ、と全身を伸ばす。思いのほか空気が美味しく感じられた。気付かなかったけれど、今日の空は青かった。 「戦うのは怖い、けど」 誰かが死ぬのは、もっと怖い! 紅の瞳には、確かな光が宿っていた。 |