拠点である小学校に戻った紅は、すぐさま星博士のもとを訪れた。
 工廠の隅でパソコンと向かい合っていた彼女の隣に立ち、紅は頭を下げる。
「お願いします。あたしに、武器をください」
「……いきなり何よ」
 キリのいいところでキーを叩く手を止めた星は、回転椅子をくるりと回す。
「個別武器の相談? 今は修羅場でそれどころじゃないんだけど」
 実際、二人の後ろでは、荒野の怒号が飛び交っている。大破したユニットをすぐさま使える状態に整備し直さなければいけないのだ。
 普通なら一ヶ月ほど猶予が欲しいほどの事態。だが、現状にそれだけの余裕はない。
 そういう状況は薄々理解しつつ、それでも紅は頭を下げる。
「お願いします。欲しい武器があるんです」
「まあ、要望は聞いてあげる。あなたは基本ユニットのうえ、損傷もないから、まだ改造の余地は残っているし。どういう兵装が欲しいの?」
「非殺傷性の武器です」
「……あなた、馬鹿じゃないの?」
 星は頭を引っかきながら、続ける。
「相手はこっちを殺そうとしてきているのよ? こちらが非殺傷性の武器を使ったからって、相手が遠慮してくれるわけじゃない。それに、非致死性のゴム弾なんて通用する相手でもない」
「わかっています。それでも、博士に頼むしかないんです。他の人にはできないことだから」
「私にもできないことはできないわよ」
「……たとえば、ですけど、相手のユニットも、空を飛んでいますよね。つまり斥力装置で飛翔している。なら、その飛翔ユニットだけを無力化できませんか?」
「飛翔ユニットだけの破壊? 無茶を言わないで。どういう技術よ、それ」
「たとえばですよ。どんなに使い勝手が悪くても構いません、あたしがなんとかしますから」
「入ったばかりのペーペーが何を言っているのよ。冗談は休み休み言いなさい」
 ひらひらと手を振るった星は、
「とにかく、要望は考えておいてあげる。けど、現実には無理ね。帰りなさい」
 そう言うしかなかった。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 その晩。
 工廠は24時間の突貫作業中。そんな騒音は、体育館から離れた教室にまで響いていた。
「……」
 けれど、その程度では、星の集中を破るには至らなかった。
 星の前には机がひとつ。その上には、剣のような兵装が置かれている。星は一人、その兵装をじっとにらみつけていた。
 と、そんな部屋に、どかどかと足音を響かせながら、男が姿を現した。
「おう、こんなところにいたのか」
 整備主任の荒野だ。星はそこで初めて顔を上げ、
「何? 今、忙しいんだけれど」
「大破ユニットの応急修理は完了したんだが、コアユニットの起動に不安が残る。このままじゃ、実戦には出せん。お前さんの確認が必要だ」
「そう」
 それでも、星はその場から動こうとしなかった。ただじっと兵装を見つめつづけている。
「ん? なんだ、その武器。見覚えないな」
「実戦に投入したことはないもの」
「使うなら図面よこせ」
「……使っていいと、思う?」
「はぁ?」
 荒野が首を傾げると、星は珍しく、弱々しく表情を曇らせた。
「理論上、このユニットは、相手のユニットを振動させる共振周波数を発生させることができる。直撃させれば、内部から破壊できる」
「相手のユニットを内部から破壊できるのか。そりゃ凄い」
「けど、欠点が多いの。エネルギー消費も多いし、何より共振させるに
は、ものすごく近づかなきゃダメ。重量もそれなりにあるから、これを持つと、重い兵装は持てなくなる」
「条件付き、ってわけか」
「そう。それもとても厳しい条件。それに、そこまで条件を満たしたとしてーー本当に相手のコアユニットを確実に破壊できるのか、自信が持てないの」
「ふうん。で? なんでそんなもんを出してきたんだ」
「……欲しがっている子がいるの。紅って子。覚えてる?」
「基本ユニットの奴だな。だが、欲しがっているならやればいいだろう。何を悩む必要がある?」
「あなたみたいな脳筋には理解できないかもしれないけどね、武器というのは、100%動作して、初めて武器として成立するの。どれほど素晴らしい理論の上に成り立っていても、実戦は様々な条件が変化する。実験室で成功した武器だからといって、実戦で使えるわけじゃないのよ」
 星は兵装をなでながら、
「この武器もそう。これは、ストライカーユニットと同じコアユニットを使用している。だから、実験には限度があった。ストライカーユニットも同じではあるけど……あれは使わなければ死んでしまう兵装。これは、使わなくても死なない兵装よ。使わなくていい武器なら、渡したくない」
「それでも信じてやるしかないんだろ」
 荒野の言葉に、星はキッと表情を変えた。
「こんな武器を渡して、もし撃墜されたらどうするの!? あんたみたいな、ネジ締めてるだけの馬鹿に!! 私の重責はわからない!!」
「ふざけんじゃねえ!!」
 星博士の胸倉をつかみ、荒野は言う。
「俺がいつもどんな思いで整備してると思ってんだ!? 俺がミスれば、俺が整備したユニット使ってるやつは死ぬんだぞ!! それでも、俺がやらなきゃ結局人類は死ぬんだ!! わかってんのか!? いつもなんとか全員生き残って帰ってきて欲しいってお祈りして、ギリギリまで歯ぁ食いしばって整備している俺達の気持ちが、お前にわかるのか!!!」
「っ……!!」
「こっちだって同じ重責背負ってんだ! 開発のせいにしたことなんか、俺は一度だってねえぞ!!」
「……あなた」
 星を放し、荒野は息を整える。
「いいか。そりゃ、開発はお前だけが頼りだ。他の開発班の連中なんて、自分じゃろくに考えることもできてねえ脳無しばっかりだ。けど、お前は別だ。お前がいなきゃストライカーユニットは存在しないし、日本はとっくの昔になくなっていた。そのくらい、俺にだってわかってるつもりだ」
 けどな、と荒野は続ける。
「重責はお前のもんじゃねえ。お前が頑張ったことは誰だって知ってらあ。それで勝つ、それが俺達の役目ってもんだろうが。お前に責任なんざない!」
 はぁはぁと息を荒げながら言いきった荒野に、星はくすりと笑う。
「何それ。慰めているつもり?」
「なんだよ。悪いか」
「ううん。ちょっと意外だっただけ」
 表情を柔らかくした星は、兵装をなでる。
「ねえ。この武器、使えると思う?」
「俺はコアユニットのことなんざ欠片もわからんよ。けど、お前が作った武器で、使えなかったもんはひとつもない」
「あら、そうかしら」
「当たり前だ。お前だって、仕事で開発してるんじゃないだろう」
「……?」
「俺だって同じだと思っていたけどな。生き残るために、仕事してんだろうが」
「ぷっ。そうね、その通りだわ」
 戦わなければ生き残れない。
 ならば、戦うしかない。
 実戦で役に立てないことはわかっている。そんな自分でも戦えるのは、この、開発という現場だけなのだ。
 この現場から逃げてしまっては、自分の存在意義など、どこにもなくなってしまうのだ。
 ならば。新しいから、実績がないからといって、逃げてしまっては意味がないのだ。
「ありがと、荒野主任」
「んだよ、気持ち悪いな」
「ううん。ちょっと、素直になりたいなって」
 そう言って、星博士は笑顔を見せた。
「私は私を信じきれなかった。でも、私を信じてくれた、あなたを信じてみることにするわ」

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 翌朝。紅は、星博士から呼出しを受けた。
 体育館に行ってみると、部屋の隅に、それが置かれていた。
 見た目には剣に近い。80センチほどの刀身に、グリップ。だが、剣のように鋭い刃があるわけではなく、全体的に丸みを帯びている。握りのところには、よく見ると引き金がついていた。
「来たわね」
 紅を出迎えた星は、どこか疲れが浮かんだ顔で、兵装を指す。
「これが、あなたが言っていた兵装よ」
「え? じゃあ……」
「非殺傷性の武器。使い方は説明するけど、その前に。これを使って相手を倒せる保障はしないし、それで殺さない保障もできない。それでも使う?」
「もちろん使います! だって、博士が用意してくれた武器なんですから!」
 紅の言葉に、星は目元を拭った。
「うん。そうこなくっちゃね!」