|
オニクス魔術学院は数多くある魔法学校の中でも、本当に特色のない中堅校だ。 学力も並、運動も並、魔法も並。強いて言えば自由な校風が自慢と言えば自慢。基本的には生徒の自主性を重んじるというのが校訓で、失敗してもひとつの経験、という考え方。 そんな学校なので、意外と入学者もいる。今年の一年生は全部で76人。その一人がアルフォンス・スターである。 学院の廊下を、アルフォンスは一人で歩いていた。レンガ造りの建物はコツコツと足音が響く。 周囲にはいくらかの生徒がいる。皆がちらちらと視線を送るが、彼は意に介さない。 学院の新入生は全員が当年14歳だが、彼の身長は10歳のそれと相違ない。せっかくの制服も少し余りぎみ。周囲の視線は「なんで子供が?」みたいなものだが、慣れているので一向に気にしないのだ。 アルフォンスは手元の地図に視線を落とす。各部の部室を記載したものだ。 目当ての部屋の位置を確認。なんとかかんとか、部室まで辿り着く。 扉を開けようとしたところで、部屋の中から声が聞こえた。 『いいから出ていって!!』 「……?」 まだ入っていない。そう思っていたら、別の声が聞こえた。 『いいじゃねえか。この前までオレの部屋だったんだ』 『はん! その部屋を出ていく羽目になったのは誰のせいだったかしら!?』 『つれないねぇ』 『いいから出ていきなさい!!』 「……」 アルフォンスは構わず扉を開いた。 狭苦しく感じる部屋だった。両側には戸棚、正面にテーブル。テーブルの周囲はソファで囲まれている。 部屋そのものはそこそこの広さがあるようだが、圧迫感があるのは、その中央ーーソファに寝転がっている男のせいだ。 「あん?」 ソファに寝転がっていた男が起き上がる。身の丈はアルフォンスより頭2つは大きい。筋骨隆々とした肉体と相まって、巨大な壁に見える。そして、学生服が異様に似合っていない。 「なんだテメエは」 「ここ、デュアルの部室って聞いたんだけど」 「え? もしかして新入部員?」 別の声。すると、男のかげからひょい、と女の子が顔を出した。 生真面目そうな雰囲気の女子生徒だ。細身ではあるが、しなやかな体つきをしている。こちらは学校指定のスカートとブラウスがよく似合っていた。 女子は肩にかかる髪をかきあげ、 「新入部員はありがたいけど、取り込み中なの。明日にしてくれない?」 「取り込みって?」 「この邪魔者をどかさなきゃいけないのよ」 女子がにらみつけるが、男は意に介さない。 アルフォンスは男を見上げる。 「ふうん。おじさん、邪魔だからどいてって」 「あぁん? テメエ、先輩に対する口のききかたを知らねえようだな」 男はずい、と迫り、 「オレ様はドルゴー・ルードだ。全学デュアルの地区大会じゃ決勝まで行ったこともある。わかるか? そんだけ強ぇってことだ。あんまり舐めた真似してっとバラバラにしちまうぞ」 「デュアルで殺人は犯罪だよ、おじさん」 「……。意図的な殺人ならな。事故死は犯罪にならねえ。デュアルってのはそういう危険を前提でやるもんだ」 「先に宣告したら事故っていうのは苦しいと思うよ、おじさんの時代は知らないけど」 アルフォンスが答えた瞬間、ドルゴーは少年のえりを掴んでいた。 「三度目だ。テメエもデュアル、やるんだろ? 闘技場に来い」 「いいよ」 ドルゴーが離すと、少年は部屋から出た。後を追ってドルゴーも部屋から出る。 「闘技場ってどこ?」 「こっちだ。来な」 のっしのっしと歩くドルゴー。少年も付いて行こうとして、ぐい、と引き留められる。 「ちょ、ちょっとあなた! ドルゴーはラフプレーも上等の危険な男よ! やめなさい!」 部屋にいた少女だ。本気で青くなっている。 その顔を見て、アルフォンスはくすりと笑った。 「大丈夫。もっと危ない奴とやったことあるから」 ★ ★ ☆ ☆ ★ ★ 闘技場は校舎の外にある。 幅100メート、奥行き300メート。長方形のフィールドが全部で4面。デュアルの他、魔法の演習などにも用いられる。フィールドはそれぞれ地中に防護障壁の魔方陣が埋め込まれており、フィールドの中と外は隔絶された空間となっているのが特徴だ。 そんなフィールドで、アルフォンスとドルゴーは着替えもせずに向かい合っていた。 「逃げねえ度胸は褒めてやるぜ」 こうして正面から見ると、改めてデカい。腕はアルフォンスの倍ほどもあり、がっしりとしている。 そんなドルゴーの武器は巨大な戦斧だった。両手で持つはずのそれを、ドルゴーは片手で担いでいる。それだけのパワーがあるのだ。 「……」 相対するアルフォンスの武器は、特徴的な剣だった。片刃しかなく、鋭く尖っている。刃には波状の紋様が走っていた。 アルフォンスの剣は刃渡りも短く、せいぜい腕の長さほど。対するドルゴーの戦斧はアルフォンスの背丈よりも大きい。 正面からぶち当たれば、アルフォンスの剣など簡単にへし折れてしまいそうだった。 「ちょっと、やめなさいよ……」 少女の空しい声が響く。 部室にいた少女は、闘技場の外で見学するしかない。闘技場の中に入れるのはプレイヤーだけだ。 もちろん、少女の言葉になど、二人は耳を貸さない。 「ガキ。用意しな」 「うん」 お互いが魔力珠を掲げる。 拳大のそれは、持ち主の魔力を蓄え、防護魔方陣を展開できる代物だ。 デュアルとは、防護魔方陣の削り合いだ。魔方陣は魔力が残っている限り展開されているが、衝撃を受け止めるたびに魔力は散らされる。 お互いに相手の防護を削り、砕き、魔方陣が展開できなくなった方が負けとなる。 「……」 最初にチャージする魔力量は自由だ。たくさんチャージすれば何度か殴られても問題ないが、そのぶん攻撃に回すリソースが足りなくなる。 アルフォンスはいつもと同じ。チャージする魔力量は控えめに。 「用意はできたか? じゃあ行くぜ」 「いつでもどうぞ」 「はん。本当にいい度胸だ。じゃあ、いくぜ……!! 試合開始だ!!」 開始直後、ドルゴーは地面を蹴った。巨体とは思えぬ速度に、アルフォンスも目を見張る。 「遅ぇ!!」 振り上げた斧を、まるで木刀のように振り下ろす。地面を砕き、土煙が舞う。 「ちっ、逃げたか!!」 ぶおん、と風が巻く音が響き、煙が晴れた。アルフォンスは半歩逃げたところで構えたままだ。 「おじさん、意外と早いね」 「けっ!! 減らず口を叩けねえようにしてやるよぉ!!」 ドルゴーの苛烈な攻撃。 軽々と振り回される戦斧は、一撃でも当たれば致命傷だ。ろくに防護魔方陣を展開していないアルフォンスでは間違いなく耐えられない。 だが。 「くそっ、ちょこまか逃げんじゃねえ!!」 当たらなければ関係もない。 紙一重ではあるが、アルフォンスはドルゴーの斧をかわし続けている。 ーー否。 「ふうん。おじさん、斧の重さをいじってるね」 「っ!?」 かわしながら言うアルフォンス。目を見張ったのはドルゴーの方だ。 直撃を受けたならわかる。だが、見ただけで斧の重量を操作していると、なぜ気付ける? そう、ドルゴーの得意とする魔法は地属性。物体の重さを変化させ、インパクトの瞬間には重く、それ以外の瞬間は軽くさせることができる。 「はっ! タネが分かったところで、逃げ回ってるだけじゃ一緒だぜ!!」 「それもそうだね」 とん、と軽く跳んだアルフォンス。ドルゴーは離されまいと追いすがる。 そんな彼に、 「じゃあ、こんなのどう?」 ひゅっ、と剣を振り上げた。剣の軌跡は風となり、風はそのまま渦を巻く。 「旋風!!」 横一閃。小さな竜巻はドルゴー目掛けまっすぐ突っ込む。 「しゃらくせえ!!」 魔力の通ったそれを、ドルゴーは斧で粉砕した。空気が爆発し、突風が吹き荒れる。 その中で、アルフォンスはニヤリと笑った。 「烈火!!」 「なにっ!?」 瞬間、立ち上る炎。 たまらずドルゴーは後ろへ下がる。その足元が、 「流水!!」 「っ!!」 泥となって崩れる。足場が緩くなると、体重のあるドルゴーは一気に体勢を崩された。 「重圧!!!」 勢い殺さず、アルフォンスは強く踏み込む。懐に入ってからの、鋭い一太刀。 それはドルゴーが行っていたのと同じーー重量操作を加えたうえでの一閃。 「がッ……!!」 もちろん剣の重量などたかが知れる。だが、それを数十倍にもして、しかも勢いつけて叩き込まれれば。 「バカ、な……」 ドルゴーはそのまま、地面に倒れ伏した。転がり出た魔力珠からは、防護魔方陣に必要なだけの魔力は完全に失われていた。 |