気絶したドルゴーは闘技場の隅にあるベンチに移し、アルフォンスは少女と共に部室へ戻ることにした。
 学院の廊下は二人が並んでも余るほど広いが、今は他の生徒の姿がない。
「あれだけ力の差を見せつけてやれば、そうそう顔見せ出来ないでしょ」
 アルフォンスが言うと、少女はくすりと笑った。
「そうね、あいつには良い気味だわ。彼、他校の生徒と暴力沙汰を起こしたうえ、よくない連中と付き合っていてね。対外試合が禁止になったの。事実上の部活禁止よ」
「ふうん。あいつも一応、デュアルの選手なんでしょ?」
「そうよ。もっとも、パートナーの男も似たり寄ったりだけどね。ドルゴーは部活禁止になった後も、他に居場所がないみたいでね。よく部室に来るのよ」
「そういうものか」
「そうらしいわね。でも、助かったわ。あなた、子供なのに強いのね」
 少女の言葉に、アルフォンスはぴたりと足を止めた。
「アルフォンス・スター」
「え?」
「アルフォンス・スター。名前だよ。一年生だからって子供扱いしないで貰いたいな」
「え? あ、そっか。そうね、子供が学院にいるはずないわよね」
「……」
「ご、ごめん」
 少女は素直に謝り、胸を張った。
「私はセリル・ブラッキー。三年生よ。あなたの先輩ね」
「その割には弱そうだね」
「なっ!? お、大きなお世話よ! それに弱くないわ!」
「だって、ドルゴーなんかに反撃できないんだろ?」
 少年の言葉に、セリルは窮した。
「……言っておくけど。ドルゴーの強さは本物なのよ。あれを適当にあしらえる、あなたが凄すぎるの」
「そうでもないよ。もっと強いやつも知ってるから」
「そりゃ、そんなこと言ったら、私だってあなたより強い人は知っているわ。でも、そんなのは本当に全国トップクラスの選手くらいよ」
「……? この学院は、他より面白いデュアリストがいるって聞いたから来たんだけど」
 アルフォンスが言うと、セリルは肩をすくめた。
「ほとんどはドルゴーの起こした暴力事件をきっかけに辞めちゃったわ。今も残っているのは私だけ」
「げっ」
 アルフォンスは露骨に顔をしかめ、
「じゃあ、大会に出るなら、あんたがパートナーなの?」
「そういうことになるわね」
 デュアル。それは二人一組デュアルの名の通り、コンビで戦う格闘競技だ。
 魔力珠に込めた魔力が尽きるまで戦う競技で、武器も魔法もなんでもアリ。とにかく相手をぶちのめせばいい。
 攻撃と防御を分けたり、二人でアタックしたり。無限に存在する戦略は、競技の奥深さと相まって、人気に貢献している。
「……それにしても」
 デュアルは、もともと軍部の訓練だったものをスポーツ競技にしただけあって、少々乱暴な点は否めない。
 少なくても、こんな子供ーー正確には一年生なのだし、14歳だろうけどーーがプレイするような競技ではない。
 ましてや。
「あなた、さっきの試合で四色の魔法を使っていたわね?」
「そうだけど」
 炎・水・風・地。
 ごく基本の魔法だが、四種類とも使いこなすプレイヤーというのは非常に珍しい。普通はどれかに偏るものだ。
「あなた、魔法は万能型選手オールラウンダーなのね?」
「魔法だけじゃないよ。剣術も格闘術も負けるつもりはない」
「本気の万能か……」
 セリルとて、万能タイプの選手と会ったことがないわけじゃない。
 だが、たいていは『炎と水』『風と炎』といった具合に、2種類程度の魔法を使いこなすものだ。しかも、それぞれの魔法は特化プレイヤーに劣る。
 だが、彼の魔法は地面特化のドルゴーにも負けてなかった。それだけ強力な魔法が使えるうえ、体術もこなせる。
 彼となら、本気で地区大会を勝ち抜けるかもしれない。
「ふふっ。いいわ、あなた、私と組みましょう。目指すは全国大会!」
「……いいけど。あんた、強いの?」
「こ、これでもそれなりには強いのよ! それに! この学校じゃ他に選択肢なんてないんだからね!?」
「それもそっか」
 くすりと笑ったアルフォンスは、手を差し出す。
 セリルもまた、笑顔でその手を握り返した。
 一陣の風が吹き抜ける。それは、何かを予感させるような風でーー。
 ふと。アルフォンスはどこか小馬鹿にしたような表情で、
「それはそれとして。セリルって三年生……。17歳なんでしょ?」
「ええ、そうよ」
「それなら、あんまり子供っぽいパンツはやめたほうがいいよ」
「は?」
 はたと気づく。そういえば今、風が吹き抜けた。身長が低いアルフォンスは……。
「〜〜〜〜!! バカ!!」
 のんびり歩く少年。
 つかみどころのない少年だが、セリルの胸には、どこかワクワクとする気持ちが跳ねとんでいた。

★ ★
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 アルフォンスが入部することになった翌日。
 放課後、アルフォンスはセリルに連れられ、学院の廊下を歩いていた。
「どこに行くの?」
「職員室よ。顧問の先生に挨拶しておかないと」
「いるんだ、顧問」
 学院の課外活動は、自由な校風のおかげか、かなり活発に行われている。音楽、スポーツ、芸術活動。なんでもありだが、指導教諭がいない活動ーーいわゆる”顧問なし”も多い。それだけグループが細分化されているということでもある。
「いるのよ。顧問はルーナ・ディルアーガ先生。女性よ」
「ふうん」
 入学してまだ日が浅いアルフォンスは、教師の名前もよく覚えていない。当然、名前だけ聞いても顔が浮かぶわけではない。
「まあ、特徴的な人だから、見ればすぐわかるわ」
 ちょうど職員室に辿り着く。横引きの扉をガラリと開いた。
 中には教師が何人か座り、羽ペンを懸命に動かしている。誰も彼も普通の教師に見えるし、それほど特徴的な人物など……。
「いた」
 いた。
 その人物は、美しい銀髪を頭の後ろでくくっていたが、それでもなお腰まで伸びている。
 だが、そんな美しい銀髪以上に人目を引くのはーーメイド服だった。
 メイド服だ。
「セリル。ここは学院だよね?」
「そうね。あれは先生の趣味だそうよ」
 学院の教師がメイド服だ。
 いや、教師に制服はないし、確かにメイド服は仕事着だ。疑いの余地はない。
 けど、それはお屋敷で家事全般に勤しむ人の仕事着だ。まかり間違っても人にモノを教える人の服装ではないはずだ。
 と、メイド服の教師がこちらに気づいた。
「セリルさん。何か?」
「はい、ルーナ先生。新入部員です」
「やめようかな……」
「このように、非常にやる気が溢れています」
「良いことですね」
 どうやらこの空間において、アルフォンスには発言権がない様子だ。
 ルーナは黙ってアルフォンスを見つめる。その眼差しには、一切の色が感じられなかった。
「……」
 どうも、ただの変人ではないらしい。
 ルーナは屈み、アルフォンスと目線を合わせる。
「新入生ですね。お名前は?」
「アルフォンス・スターです」
「結構。ではアルフォンスさん。わたくしと手合わせをしましょう」
「手合わせ?」
「あなたはたいへん強そうです。けれど、自分より格下の相手から教えを乞うタイプでもないでしょう。わたくしの中に、あなたよりも優れた部分を感じるようなら、教師として接しなさい」
「……了解」
「では、闘技場に参りましょう。セリル、あなたも一緒に」
「あ、はい。もちろん一緒に行きますが」
「何を言っているのです。デュアルは二人で一組でしょう」
「え?」
 聞き返したセリルに、ルーナは事もなげに返す。
「二人でかかってきなさい。それでちょうどです」
 その言葉に目をむいたのはセリルだ。
「せ、先生! アルフォンスは新入生ですけど、ドルゴーをタイマンで倒すほどの強さなんですよ」
「知っていますよ。闘技場の使用許可を出したのはわたくしですから」
「でも、それなら……!!」
「その程度であれば、問題ありません」
「……安く見てくれるじゃん」
 アルフォンスがぽつりとこぼすと、ルーナは冷たい眼差しで見下ろす。
「高く見られたければ、高く見せることです」
 そう言ったルーナはニコリともしなかったが、アルフォンスの背筋には冷たいものが通り抜けた。