「いてて……」
 文字通り桁が違う相手。
 これほどの相手は初めてだ。そう、初めて”敵”に会えたのだ。
「にゃろう」
 アルスは立ち上がる。その目はまっすぐ、敵を見据えている。
「どうした、ガキ。もう終わりか?」
「まさか」
 とはいえ、決め手には欠ける。
 アルスの魔法は多種多様。だが、どれも威力には欠ける。相手の弱点を狙い打つことで足りない威力をカバーしているだけなのだ。
 対するユーバは多様性などない。一点突破、だがその一点が飛び抜けている。
 圧倒的な敏捷性。どんな攻撃も受け流してしまえるだけの速度。もしも威力の大きい魔法を使えたところで、あのスピードでは回避されてしまうだろう。
 強い魔法ほど溜めも長いし、何より消費が大きい。アルスの魔法力では1発が限界だ。
 何度も試すわけにはいかないーー。
「……セリル。おれが一撃で決める。ただ、準備に少しだけ時間がかかるんだ。20セクでいいから時間を稼いで」
「あの化け物相手に、20セク?」
 よろめきながらも立ち上がったセリルは苦笑を浮かべた。
 あの化け物を相手にすれば、普通は一瞬で倒される。それを20セクも?
 なんとかできるだろうか。いや。
「なんとかしちゃろうじゃないの!」
 年下の男の子に、負けてる場合じゃない!
 セリルはマシンガンを抱えると、全力で突っ込んだ。
「ん? 今度はテメエか」
 構えるユーバ。セリルでは相手にならないだろう。
 わかってはいる。だが、これならどうだ!
「ファイア!!」
 至近距離からの発砲だ。
 ユーバは驚異的な敏捷性で、遠くからの射撃なら弾けてしまう。だが、至近距離からならば、見えたところで速度が足りない。あくまで弾速はこちらの方が上なのだ。
「ちっ!!」
 当然、ユーバは弾くのではなく、距離を置くようにして逃げる。そこが狙い目。
 アルスのように短縮した詠唱は無理だが……。セリルとて、伊達に数年間もデュアル選手をやっているわけではない。
「来たれ水精、霜天の王ーー」
 マシンガンの良いところは、コントロールなしの魔力注入でいいところだ。魔力をマシンガンに注ぎながら、自分は呪文の詠唱に集中することができる。
 ユーバが逃げる。弾丸が追いつく。
 その瞬間、
「ざけんなッ!!」
 ユーバは弾丸を手で弾いた。そこがチャンス!
「【氷輪の王座アイシクルバーン】!!」
「ちッ!?」
 相手の足元を氷結させる魔法。もちろん長時間キープできるわけではないが、ほんのわずか足止めするためになら、これで十分。
「今!!」
 思い切り地面を蹴飛ばし、ユーバに肉薄する。近距離からの銃撃。
 かわせるはずはないーー。
「はん」
 その時。セリルは確かに見た。
 ユーバが壮絶な笑みを浮かべている姿を。
「【雷光の砲撃サンダーレイジ】!!」

 ドン!

 空気が破裂した。セリルは意図せず転んでしまう。
「な、に?」
「けっ、舐めたことしてんじゃねえぞ!!」
 セリルの目の前に、ユーバが立っていた。雷撃で魔法弾も氷も、何もかもを弾き飛ばしたのだ。
「なんて無茶な……」
「勇者、舐めてんじゃねえぞ! 消えろや!!」
 セリルに向かって振り下ろされる拳。その矛先が、途中で曲がる。
「ッ!?」
 ばかん、と岩弾が砕けた。アルスの攻撃だ。
「今度はクソガキかぁ!? 何を……!!」
 振り返ったユーバ、その視界に、燃える少年が映った。
「な、んだ!?」
「おれは普段、詠唱は省略している……」
 全身に炎を宿し、真っ赤に燃えている。
 火だるまのようにも見えるが、違う。魔力をまとっているのだ。
「けど、本気で詠唱すれば、このくらいはできるぜ」
「……なるほどな。ジジイ仕込みってわけか。いいぜ、来いよ!」
「言われずとも!!」
 突っ込むアルス。受けるユーバ。
 アルスの全力を込めた斬撃を、ユーバもまた、魔力を込めた拳で受け止める。
「るうああああああああああ!!」
「ぬううううううううううん!!」
 炎と雷がぶつかり、弾け、互いの防護を打ち破らんと迫り合う。
 一瞬の拮抗。その時こそ、アルスの待ち望んでいた時間。
「今だぜ!! 解放!!」
「ッ!?」
 本来、アルスは詠唱しない・・・・・
 その彼が詠唱を必要とする状況、それは、魔法を発動させない・・・・・・時!
「テメエ、遅延チャージか!?」

「【烈風の惨禍ファズブラスト】!!」

 ゼロ距離、全力を込めた大魔法。
 突風がユーバの体を貫き、吹き飛ばす。かわすことも耐えることもできない一撃で、ユーバは壁に叩きつけられた。

「や、やった……」
 アルスの全身を覆っていた火が消え去る。魔力が尽きたのだ。
 もうもうと立ち上る土煙。だが、いかにユーバが化け物といえど、全力の攻撃魔法をゼロ距離で食らったのだ。無事では済むまい。
 アルスはそう確信し、追撃しようと剣を構えーー。
「ッ!?」
 直後。殴り飛ばされた。
「やってくれるじゃねえか」
 殴られるまで、何が起きたかさえ理解できなかった。
 後から気づく。そう、自分は殴られたのだと。
「嘘、だろ……!?」
 無傷というわけではなかった。確かにユーバには魔法を直撃させたし、実際、彼の体は薄汚れている。いくらかのダメージも通っているはずだ。
 なのに、彼はピンピンしていた。当たり前のように2本の足で立ち、当たり前のようにこちらを睥睨している。
「ガキのくせにやるじゃねえか。確かにあのジジイから剣を貰っただけのことはあるようだな。だが、まだ力不足だ。俺様を倒すにはな!!」
 飛び出すユーバ。その拳は早く、苛烈。
「いっ!?」
 殴られるまで殴られるという感覚さえない。
 ユーバは全ての攻撃に対して後出しで間に合うように、あらゆる攻撃が食らってから気づく。
 ありえないほどの加速。そのスピードは、そのまま攻撃力にも加算される。
 特別な魔力を込めているわけでも、特別に強い拳なわけでもない。ただ”早すぎる”だけで、一撃一撃が必殺級の威力を叩き出す。
「アルス!!」
「仕舞いだ!! 【雷帝の怒声ラムウシューター】!!」
 地面に倒れかけたアルスの体を、ユーバは容赦なく蹴り抜いた。さながらボールのように。
 ぶんぶんと回転しながら宙を舞ったアルスは、そのまま地面に激突した。
 ぴくりと手が動く。こぼれた剣に、必死に手を伸ばしている。
「はん。死んじゃあいねえようだな」
 くるりと振り返ったユーバはセリルを睨みつける。
「まだやるか」
「……降参よ」
「だろうな。ま、ガキの割にはよくやったんじゃねえの」
 当たり前のように闊歩するユーバ。その後ろ姿を、セリルは見送ることしかできなかった。

★ ★
 ☆ ☆ 
★ ★


 選手控え室に戻ったユーバ。どっかりとベンチに座ると、ひょこひょことパートナーが寄ってくる。
「傷。見せて」
「……」
 パートナーのオリーヴは、ユーバが唯一、言うことを聞く相手だ。
 はだけたユーバの胸元。そこには傷跡が残っている。かすかだが、アルスの魔法によるものだ。
「防護結界の上からこれほどの……」
「……いいから治療しろ」
「うん」
 オリーヴはユーバの胸元に手をかざす。
「【癒しの導ピュアヒール】」
 淡い光が胸元を包むと、傷跡が徐々に消えていく。
 オリーヴは魔法学校でも珍しい、回復魔法のスペシャリストだ。彼女ほどの回復魔法を使いこなせる者は学生はおろか、軍などにもほとんど存在しない。
 それほど貴重な回復魔法の使い手ではあるが、オリーヴが治療するのはユーバと、ユーバが路上で半殺しにした相手だけだ。
「……」
 治療を終えてからも、ユーバは動かなかった。オリーヴはそんな彼のかたわらに立ち、じっと見据えている。
 あるいは、ユーバの言葉を待っている。
「初めてだぜ」
 やがて、ユーバはぽつりとこぼした。
「俺様に傷をつけた野郎も、俺様が殺し損ねた相手も」
「……ん」
 ユーバの蹴り。あれはただのキックではない。
 あらゆる武器が壊れてしまうユーバにとって、ある意味で必殺の攻撃。以前、同じ攻撃で、ユーバは魔物を破裂させたこともある。人間相手には威力が過ぎる一撃だ。
 あの時は、攻撃を受けた時の怒りに任せ、つい思い切り打ち込んでしまった。普通の人間なら即死していた。
 なのに、アルスは死ななかった。それどころか、気絶さえしていなかった。
 特別に強い防護結界をまとっていた様子はない。ということは、こちらの攻撃に合わせ、なんらかの魔法を使ったのだ。
「たぶん、俺様の蹴りに合わせて、風の魔法を使いやがったんだ。攻撃に攻撃を合わせることで威力を殺し、自分は後ろに吹き飛んで耐えきりやがった……」
「良いセンスね」
「咄嗟にできるこっちゃねえ。判断力、決断力、魔法の発動速度……。あらゆるもんが揃ってねえと、あんな真似はできねえ」
 ユーバは立ち上がり、ちっ、と舌打ちした。
「オリーヴ。あいつの名前、覚えてるか」
「アルフォンス・スター」
「アルフォンスか。爺さんが見込んだだけのことはあるな。……覚えたぜ」
 ユーバの瞳に殺意が混じる。
「全国大会で今度こそぶち殺す」
「ほどほどにね」

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 一方、アルスは救護テントに運び込まれていた。
 応急治療が終わった頃には、すでに日暮れも近づいていた。簡易ベッドに横たわったアルスのかたわらには、セリルが座っている。
 その顔が夕日に照らされ、赤く染まっていた。
「どうだった? ユーバは」
「化け物だね。でも、全然届かない相手じゃない」
「やっぱりあんたは凄いよ。ユーバに一撃入れた選手なんて初めてよ」
「でも、一撃じゃ倒せなかった。まだまだだね」
 その横顔に垣間見えるものは、悔しいとか、悲しいとか、そういう感情ではない。
 強い向上心だ。
「セリル。あいつとは、全国に行けばまた戦えるんでしょ?」
「ええ。私たちもあいつも、全国大会には出場するわ。あいつらは絶対に負けないから、どこかで必ず当たる相手」
「今度は倒すよ」
「ええ、もちろん」
 良いパートナーを持った。
 セリルは、素直にそう思えた。?