夕刻。その日の任務を終えたキャロ・メカクスのもとに、来客があった。
 軍の宿舎。その一室で、来客を出迎える。
「先生、お久しぶりです」
「久しぶりですね」
 相変わらずメイド服を着た珍妙な教師は、卒業ぶりに会ったというに、にこりとも笑わなかった。まあもともと笑うような人ではない。
「どうしたんですか、急に」
「察しはつくのでは?」
「まあ、多少は」
 ローテーブルを挟み、ソファに向かい合って座る。来客用の一室には、他に誰もいなかった。
「アルス君とセリルなら順調に伸びると思いますよ」
「それはもちろん。ですが、それでユーバたちを倒せるかというと?」
「……ユーバ一人になら届きうる。それが印象ですね」
「さすが。正確ですね」
「まあ、これでも軍人ですから」
 そう、ユーバ一人なら戦えるかもしれない。だが、これはデュアルなのだ。
 決闘ではない。
「ユーバの後ろにはオリーヴがいます。彼女はエルフの回復術師。ありえない存在です」
「まさに」
 エルフは、他のあらゆる種族より魔力量が多い。それはデュアルというルールにおいては圧倒的に有利だ。
 魔力で防護魔方陣を作るデュアルでは、魔力量が多い者、すなわち防御力の高い者、ということになる。
「普通の後衛は、回復のために魔力をとっておかなきゃいけないから、防御力はそこまでじゃない。普通は速攻で倒すことを狙うもんです。けど、オリーヴはまともに倒せる相手じゃない」
「前衛並みの耐久力と、驚異的な回復魔法の技術。確かに彼女を倒すことは非常に困難ですね」
「なにか作戦は?」
「ありませんよ、そんなもの。ただ鍛えるだけです」
「……先生、割とそういうところは脳筋ですよね」
「事実そうですから。オリーヴだけを引き離すことは、ユーバがしないでしょう」
「まあ、そうでしょうね」
 あのユーバも、オリーヴだけは大切にしている。実際に彼女を先に倒すことはできないだろう。
「ただ、アルフォンスならユーバと並べるだけのプレイヤーになりうる。そう思っています」
「それは、まあ、確かに」
「それでいいのです。ユーバを制御するのは不可能。ならば、彼と並ぶ存在が生まれなければ」
「先生、昔からそういうスタンスですよね。ユーバに並ぶ存在がデュアル界に必要って」
「ええ。なので、あなたにもアルフォンスは容赦なく鍛えるように、釘を刺しに来ました」
「……先生じゃないんですから、人間の心ってのはあるんですけど」
「必要ありません、そんなもの」
 久しぶりの教え子に会っても笑わない女が、くすりと笑った。
「勝つことが全てです。それ以外の一切はどうでもよいことですよ」

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 月日は容赦なく流れる。
 季節はあっという間に変わり、気付けば全国大会の開催日程が目前となっていた。
 その日も、アルスはシン・ガルドから剣の訓練を受けていた。
 今日は学院の闘技場を借りている。二人の剣がガンガンと当たる様は、さながら馬車同士が衝突しているかのような衝撃音だ。
「よし、ここまで」
 剣を弾いた姿勢で止まったシンに、アルスは頭を下げた。
「ありがとうございました」
「ん、ありがとうございました」
 互いに礼をしたところで、姿勢をとく。
「ずいぶんと強くなった。君の必殺技ーー全力の”太刀”を破れるプレイヤーはそうそういないだろう」
「うす」
「けど、まだコントロールには甘いところがある。いや、それだけコントロールが難しいという意味でもあるんだろうけど、とにかく百発百中ってわけじゃない。大技はなるべく控えた方がいいだろうね」
「わかってるっすよ」
 合体魔法という強力な武器は手に入れた。
 だが、相反する力を、概念を抽出する形で合成する魔法は、どうしたってコントロールが難しくなる。しかもそれを剣に込め、インパクトの瞬間だけ力を解放しようというのだ。
 訓練するために合わせられたのはシン・ガルドだけ。それも、普段から鍛えている軍人の彼だからこそであり、普通のプレイヤーでは受ける訓練さえできなかっただろう。
 それほど強力、だがそれゆえに難しい技術。
「正直、一年生の君が扱うような技術ではないと思う。来年、再来年ともなれば、もっと正確に操れるようになるだろう」
「それじゃダメっすよ」
「なぜ?」
「ユーバが出てこなくなっちまう」
 ユーバ・ガリアスが学生のうちに戦わなければ、彼を学生デュアルで倒せる機会は永遠になくなってしまう。
「来年チャンスがあるなんて考えじゃダメだ。今年、この大会で倒さなきゃいけない」
「うん。その心意気はデュアルプレイヤーにふさわしいね」
 勝つことが全てのデュアルにおいて、負けても来年、なんて考えはふさわしくない。それはデュアルの考え方ではないのだ。
 そんなアルスを眺めたシンは、ぺたんとフィールドの地面に座った。
「アルス。そこに座りな」
「……?」
 座ったアルスを前に、シン・ガルドはくすりと笑った。
「お前は強くなることに対してまっすぐだ。そういうやつは伸びる。実際に、ここ何ヵ月かでやたらと強くなった」
「それはまあ」
「オレたち軍は、普段は魔物と戦うことが任務だ。魔物との戦いにおいて一番大事なことは、勝つことじゃない。負けないことだ」
「負けないこと?」
「そうさ。魔物を殺すことが大事なんじゃない。魔物に、この国の人を傷つけさせないのが任務なんだ。だから時には最善じゃないとわかっていても、放棄せざるをえない場合もある。東にある砦は知ってるか?」
 アルスは首を横に振る。そうか、とシンはつぶやき、
「あの砦は10年前まで見張り塔として使われていた。塔の周辺には集落もあった。けど、10年前に魔物の群れが襲ってきてね。守りきれないと判断した当時の軍部は、砦の放棄を命令した。集落を守る者がいなくなるということを承知のうえでね」
「……」
「もちろん断腸の思いだ。けど、多くの人命を守るためにはそれしかなかった。みんなの思い出がある家々を守れなくても、だ。結果、家々は壊され、今は砦の痕跡が僅かに残っているだけだ」
「まあ、軍ならそういう判断は必要かもしれないっすね」
「そうだ。オレも、軍に入ってそういう戦い方を習った。デュアルで言えば、後衛を守る前衛の立場だな。絶対に後衛を傷つけさせない、そのためならどんな作戦も使う。それが軍の考えになっている」
 けど、とシン・ガルドは続ける。
「デュアルはそうじゃない。勝つことが大事なんだ。負けない、なんてのはデュアルの戦いじゃない。学生時代にデュアルのことしか考えてなかったオレにとって、正直、軍の考えはちょっと合わないところもあるんだ」
 シンはその大きな手でアルスの頭をぐしゃぐしゃとなでる。
「お前みたいなのと訓練できて楽しかったよ。久しぶりに、勝つってことにこだわる楽しさを思い出した」
「……そりゃどうも」
「アルス、勝てよ。お前が一位になれ。全国の頂点ってのは、それだけで違う世界が見えてくる」
「もちろん」
 アルスは、兄のように笑う青年に、笑顔で返した。
「そのつもりっすよ」

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 その頃。セリルはルーナと共に、書類の山を運んでいた。
「先生。これ、私が手伝う必要あります?」
「もちろん。こんな大量の書類は重いでしょう」
「先生なら余裕では」
「まさか。このか弱いメイドをつかまえて?」
「か弱い?」
「もちろん」
「……」
「……」
「……先生。ひとつ聞いてもいいでしょうか」
「なんでしょう」
「アルスは成長しています。今のアルスは、届くでしょうか」
「無理ですね。けれど、全国大会を経験すればわかりません」
 メイドが足を止めると、学生も足を止めた。
「今までアルフォンスが戦った相手は、圧倒的な格下か、常識外れの格上ばかりです。対等な相手との対戦は、実はあまり経験がない」
「それは、そういえば、そうですね」
「人間を最も成長させるのは、”育たねば死ぬ”という恐怖です。今ここで進化しなければ勝てない、けれど全く届かない相手でもない。そういう相手との戦いは、人間を飛躍的に成長させます」
「この全国大会が、そういう場所になると?」
「そう願っています。他の参加者次第ですが」
「もしもアルスが成長したら、先生はどうしますか?」
 その質問に、ルーナは平然と答えた。
「それはあなたの方がよく理解しているでしょう」
 そう言って、当たり前のように歩き出した。セリルはそんなルーナの後ろを、苦笑混じりについて行った。