闘技場が歓声に包まれている。その中にいて、アルスは冷静だった。
 音が遠い。ただ目の前の敵だけが全て。
「アルス、集中しなさい……なんて。言うまでもなかったわね」
「もちろん」
 目標はユーバ・ガリアスだ。だが、目の前の敵を倒せないようじゃ、届くはずのない相手。
 前情報は何もない。相手はこちらを分析しているかもしれない。だが、そんなものは関係ない。
 そんなことを知らずとも勝てる程度には、強くなったつもりなのだから。
 円形の闘技場、その正面。
 入ってきたのは女性の二人組だ。
 かたやは体にぴっちりとした服を着ている。腕には手甲を嵌めているが、それ以外に武器があるようには見えない。
 かたやは完全にマジックスタイルだ。ローブに魔力を高めるアミュレット。古典的とさえ言えるが、裏を返せばそれがもっとも理にかなったスタイルということだ。
「両者前へ!」
 審判の声が響く。アルスはいつもの剣を軽く握った。
「アルフォンス・スター! セリル・ブラッキー! 対! ハルト・キッス! リン・シャン! 構え!!」
 軽く息を吸い、深く吐く。
「ファイッ!!」
 号令と共に駆け出す。
 が、それより早く。
「来たれ地霊!! 【地平の巨人ジオギガント】!!!」
 前衛フロントの女ーーハルト・キッスは地面に手をつき、魔力を胎動させる。
 地面が揺れ、砂礫がうごめき……。
「なっ!?」
 それらをまとったハルトは、巨大な壁に見えた。
「な、なんだあれ!?」
『出たー! ハルト選手お得意の土人形ゴーレム魔法!』
 土人形ゴーレム。魔法によって作り出した人形兵士で己を守る高等魔法だ。特に魔法研究などを専門にしている者は、ゴーレムを番犬代わりにしていることも少なくない。
 だが、デュアルではゴーレムを扱うことは少ない。手数が増えるとは言っても、操作するのは一人だ。結局、操作者がやられ、損することの方が多い。
 そう、普通ならば、だ。
「マジかよ……」
 ハルトは全身をゴーレムで覆っていた。
 ゴーレム魔法のデメリットは、操作者が意図的に操作しない限り、ゴーレムは自立稼働しないということだ。自立させたゴーレムを作るためには長い時間が必要で、デュアルの試合中にできるようなことではない。
 そして、操作者がゴーレムの操作に集中してしまうと、そのぶん自分の防御がおろそかになる。結果として、どちらも立たない状況に陥りがちだ。
 そのデメリットを、彼女は強引に解決した。
「こいつは土の鎧だ。アタイを抜きたきゃ、この鎧ごとぶっ壊すしかねえぜ!!」
 吠えるハルト。その巨体が迫る。
「くっ!」
 アルスはたまらず後ろに下がり、セリルと肩を並べた。
「後ろが見えないな」
「あいつの裏に隠れているんだわ」
 リン・シャンはゴーレム化したハルトの後ろに隠れている。そこで大呪文を詠唱し、一気に決めるつもりなのだろう。
 もたもたしていられない。
「いくよ! 援護を頼む!」
 駆け出すアルス。引いてどうなるものでもない。
「はッ! 良い度胸だ!!」
 ハルトは剛腕を振り回す。それだけで恐ろしいほどの風圧が迫る。
「ふッ!」
 身軽なアルスは剛腕をかわし、そのまま後ろへ駆け抜けようとするがーー。
「甘い!!」
 ハルトは強引にジャンプし、アルスに体当たりをかました。質量の違いすぎる相手だ。耐えきれずアルスも引くしかない。
「完全な防御か……!」
 ハルトはこちらを攻めて来るわけではない。アルスとセリル、二人の動きを確認しながら、文字通り巨大な壁として君臨しているのだ。
 フロントウォールーー前衛壁と呼ばれるスタイル、その極端な姿だ。
「しかも動きが早い……」
 普通、あれだけ大きな土の鎧をまとえば、動きにくくて仕方ないだろう。かといってその操作にも魔力を使えば、消費量が多すぎて壁になる前に力尽きてしまう。
 彼女の魔力が持っているのは、おそらく、鎧を操作していないからだ。それなら魔力の消費量は限定的で、デュアルの試合程度ならば耐えられる。
 つまるところ、彼女が戦えているのはーーあの巨大な鎧を、力で動かしているからだ。それだけの筋肉を、彼女は備えている!
「この馬鹿力が! 邪魔だ!!」
「はん! 悔しかったらアタイを壊してみせろよ男!! お前ら程度に、負けるわけにゃいかねえのよ!!」
 刀一本を武器にしているアルスにとって、これだけ大きな土の塊というのは非常に嫌な相手だ。
 だが、今はあの特訓で生み出した技がある!
「後半なんて待たねえ! 一気に決めてやらあ!!」
 剛腕を振り切る疾風の速度。そのまま距離を詰め、懐に。
 刀に魔力を。込めるは一種、土をも砕く風の魔力!
「疾風! 一の太刀!!」
 回転と共に振り回した刀。インパクトの瞬間に魔力を解放させ、魔法を内側から叩き込む!
「ぬっ!?」
 吹き荒れた疾風はゴーレムの体を削り、自重に負けた腕がへし折れた。
 その後ろ、後方で詠唱する女の姿。
「見つけた!!」
 そのまま後衛を狙おうとしたアルスに対し、

「っせるかぁぁぁぁぁ!!」
 
 ハルトが吠えた。巨体をアルスとリン・シャンの間に滑り込ませ、受け止める。
「っ!!」
前衛壁フロントウォールを舐めんじゃないッ!!」
『おおっと! 素晴らしい攻撃を見せたアルス選手に対し、ハルト選手の超ファインプレー! 体で相手の攻撃を受け止める捨て身のガードだぁ!!』
 実況が叫ぶ。
「壁の役目ってのはね、壊されないことじゃないのよ。死んでも後ろを守ること。敵と味方の間で立ちふさがることよ」
 土くれがうごめき、ゴーレムの左腕が再生していく。
 それは、さながら彼女の覚悟だ。
「アタイの後衛、お前らなんかに触れさせるものか」
 ぎらつく瞳。そこに宿るのは、強い強いーー覚悟。