選手控え室には、顧問のメイドが待っていた。
「危なく死ぬところでしたね」
「死んでないっすよ」
「確かに、あの判断は適切でした。相手の懐に飛び込む、一見すると無茶ですが、相手の攻撃を回避できる唯一の場所でもありました。その判断力は悪くない……。ですが、それ以前に決め手が甘すぎます。相手の耐久力を見誤りましたね? 一の太刀で十分と侮り、全力を出さなかった」
「後半は、そうはいかないっすよ」
「それは相手も同じです。こちらの手の内は知れた。剣のインパクトでダメージを出すなら、こちらの攻撃をあえて受け流しに来ることでしょう。それでは、あなたの攻撃は意味をなさない」
 アルスの攻撃は、剣を当てる瞬間に魔法を解放することでダメージをかさ増ししている。それは裏を返せば、その瞬間を外すだけで回避できてしまうということ。
「それに、後衛の彼女もなかなかどうして悪くありません」
「そうですね……。リン・シャンの攻撃魔法、あんな威力の魔法なんて見たことありません」
「超学生級ですからね。軍の魔法使いと比べても遜色ない。詠唱は少々遅いようですが、ハルト・キッスのように、絶対に耐えきる前衛がいるなら、その程度は問題になりません」
 改めて考えても、とんでもない強敵だ。
「先生、どうしたら勝てると思いますか?」
「それは自分で考えなさい。デュアルとはそういうものです」
「相変わらずひでーな……。それでも顧問っすか」
「デュアルで教えられることなどいくらもありませんよ。最近はみんな、勘違いしているから困ります」
「勘違い?」
 ええ、とルーナは続ける。
「自分の生き死にを、他人が左右できるなどと思っていることです。自分の生死は自分で決めるもの。それが戦いです」
「……なるほどね」
「戦場ではいつだって己の才覚だけが頼りです。魔物を前に、練習でやったことがないシーンだから、などと言って通用しますか? デュアルの本質とはそういうものです。敵はいちいち教えてなどくれないし、教わるのを待っているような人間は殺されるのです」
「さすが先生。良いこと言うじゃん」
「そ、そう? だいぶキツいこと言ってる気がするんだけど……。要するに、弱い奴は死ねってことよね?」
「当然です。戦いというのはそういうもの。そして、一度でも負けた者は殺されるのです」
 ルーナはアルスを、そしてセリルをにらむ。
「幸いにもこれはトーナメント。一度でも負ければそれでおしまいなのです。それは、魔物相手の戦闘と変わりません。勝つ以外に生き残る方法などないのです」
「勝つしか、ない……」
「理解しましたか? では行ってらっしゃい。敵を殺さなければ、自分が死ぬだけです」
「了解っ」
 アルスは刀を手に取ると、ぐっ、と背筋を伸ばし、闘技場に向かって歩き出した。

★ ★
 ☆ ☆ 
★ ★

 
 休憩時間を終えて控え室から出てきたハルトとリンは、特に変わらない様子だった。
「今度は決めさせて頂きますわ」
「じゃあ、こっちは倒させて貰うよ」
「そんなこと、アタイがさせねえ」
「じゃあ、私がさせるわ」
 四人の間で火花が散る。
『さあ、全国学生デュアル大会! 第一回戦! 大注目の後半戦だー!!』
 実況の声が場内に響き渡る。
「アルス、作戦は?」
「いらないよ、そんなもの」
 対するアルス、その瞳は、ユーバと相対した時と同じように燃えていた。
「ぶち殺す。それだけ」
「ふふっ。了解、任せるわ」
 二組のデュアリストが向かい合い、そしてーー。
「ファイッ!!」
 審判の声と同時、アルスは同じように走り出す。
 ただし今度は、ハルトに向かわない。その先にあるのは、ただの壁だ。
「っ!?」
 驚きつつもハルトは同じようにゴーレムをまとう。全身が土くれに包まれていく。
 そんなハルトを尻目に、アルスは壁に到達した。
 闘技場の端っこにある壁は、高さ6メートもある。その上には観客席が並び、防護の魔方陣で守られている。
 つまり、たいていの無茶をしても観客席は無事ということだ。
「ちょいとごめんよ」
 アルスは膝を曲げると、観客席に向かって思いきり飛び上がった。
「きゃー!?」
「わー!?」
『おおっと!? アルス選手、観客席に突っ込んだー! しかし観客席は魔方陣で守られているから乱入はできないぞー!?』
 実況の声を聞き流しながら、アルスは観客席ーーその手前、魔方陣に・・・・足を突く。
「やらなきゃ死ぬ、なら……ッ!!」
 魔方陣がアルスに反応し、バチバチと反射する。その衝撃を足の裏に感じながら、かかとの位置で小さな魔法を発動させた。
「爆破!!」
 それは、相手を牽制する程度の小さな魔法だ。だが、客席を守る防護魔方陣は攻撃魔法に強く反応し、その衝撃を反射する性質がある。
 その時、もしも何かが接触していたら。

「ったりゃあああああああ!!」

「なっ、んだとッ!?」
 魔方陣に弾かれる形で、アルスは飛び出す。それは風を使った加速などとは比べ物にならない、まさに弾けた弾丸そのもの。
 速度はすなわちパワー。それはユーバの戦い方を見て学んでいる。
 ましてや、人間が知覚できる速度を遥かに越えた、超速度の突進なら!
「ぐッ!?」
 腰だめに構えた剣を頭に、アルスはゴーレム化したハルトに突撃した。容赦のない体当たりは質量差があるはずのハルトを吹き飛ばし、ゴーレムごと相手を後退させる。

「舐めるッ、なああああああああああああああああ!!」

 ハルトもまた、全力でアルスを受け止める。ウォールと化したハルトと、そんなハルトを勢い任せで吹き飛ばすアルス。
 だが、さしものハルトといえども、不動というわけにはいかない。ざりざりと地面をこすりながら後退せざるを得ず、
「きゃっ!?」
「ッ!?」
 聞き慣れた声に、ハルトは思わず振り向いた。後退し過ぎて、ハルトの後ろに隠れて詠唱していたリン・シャンの邪魔をしてしまったのだ。
「リン!」
 ハルトにとって、リンは何よりも大事なものだ。だが、それはアルスからすれば、大きな隙。
「余裕十分!!」
「っ!! しまっ……!!」
 ハルトが気付いた時にはすでに遅く。
「一の太刀!! 業炎!!」
 魔力を込めた全力のインパクト。
 胴打ちされたゴーレムは、中央からひび割れ、砕け散る。
 生身が露出したハルトは、それでも闘志を燃やしてアルスをにらんだ。なおも戦う姿勢。
「まだまだァ!! リンは、アタイが……!!」
「ごめんね、させないわ」
 けれど、これはデュアルなのだ。
 アルスにばかり注目してしまったハルトは、近づいていたセリルに気付きもしなかった。ゼロ距離、ユーバさえも回避できなかったマシンガンの射撃。
「ッ!!!」
 全身にボディブローを浴びたようなものだ。
 地面を二転、三転と転げ回ったハルトは、壁に激突してようやく止まり、そのまま意識を失った。
「……わたくしたちの負けね」
 ハルトとぶつかった際に詠唱が途切れてしまったリンには、もはや抵抗する術などない。
『後半開始1ミニ!! 劇的な幕切れだー!! 勝者は新人アルフォンス・スター!!』
 審判のコールはあったのだろうが、会場を埋め尽くす歓声によってかき消されてしまい、聞き取ることはできなかった。